表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/146

26話 謁見



 予定より大分遅れて、王都ブルクハルトの中心に位置する居城へ到着した。


 強靭そうな立派な黒馬6頭が引く豪華な馬車が迎えに来た時は、皆で口を開けたまま目を擦ったものだ。6頭馬車など乗った事も無かった彼らはその揺れの少なさや、乗り心地の良さに大変満足した。


 道中窓から外の様子を見ていたが、美しい建物や物珍しい珍品、芸術、魔法、店舗の数々に降りて散策させてくれと懇願してしまいたい程だった。

 此方の都合で時間が押している事も重々承知していたので口には出さなかったが、零れ落ちそうな言葉をイシュベルトは喉元で何回も飲み込んでいた。


「お疲れ様で御座います。此方が我が王陛下が御座す、王城で御座います」


 外を馬で駆けていた先程の竜騎士が、馬車の出口に足場を立て付けてくれる。


 馬車を降りた一同はその大きな居城を改めて見上げ、壮大な様子に圧倒された。モンブロワ公国の城も大きいが此処までではない。柱の細部にまで拘られた装飾や、汚れひとつない白い城壁は見事としか言いようがなかった。


「ハッ…見掛け倒しじゃなければ良いがな」


 ホーリーの小言も耳に入らないくらい、イシュベルトは感動に打ち震えていた。


 すると、城の扉が左右に開き、この世の物とは思えぬ絶世の美女が現れる。白いドレスを身に纏っていて、装飾品が彼女の魅力を最大限に引き立てており、美貌は留まる事を知らない。


 優しそうな微笑みで此方に近付き、手前で美しい所作のお辞儀をする。


「皆様、玉座で王陛下がお待ちです」


 「私がご案内させて頂きます」と言うと美女はドレスの裾を翻し、歩き始めた。声も耳触りが良く、非の打ち所が無い美人。


 暫く見惚れていた客人はハッと我に返り、互いを窺いながら彼女の後へ続く。


「ま、待って下さい!」


 イシュベルトは心臓が止まるかと思った。ホーリーは先導していた美女の元までツカツカと歩いていき、その場で跪いた。


「貴女は非常に美しい!こんな美しい女性を見たのは生まれて初めてだ!お名前を聞かせて下さい!」


「……リリアス・カルラデルガルドと申します」


 にっこりと笑う女神の様な女性の手を拐い「俺はホーリー・アランです!リリアス殿…どうぞ御見知りおきを」とそっと手の甲に口付ける。

 リリアスと名乗った彼女は、柔らかな表情で「アラン様、どうか御立ち下さい」とホーリーに囁いた。


「ははは!こんな美しい女性を案内に付けて下さるとは、魔王も粋な事をなさる」


 上機嫌な彼がそう言うと、前の方からミシッと何かが軋む音が聞こえた。ホーリーは国でも見た事が無い程の美女に名前を教えて貰い、剰えその甲に口付けをする事を許され天にも昇る気持ちだった。


「アラン伯爵、此処は魔大陸なのですぞ!我々の常識は全く通じない…少し落ち着いて下さい!」


 イシュベルトが前を歩く女性に聞こえない様、声量を落として注意するが、ホーリーには唯の嫉妬心としか受け取れない。(リリアス殿に挨拶出来たこの俺が羨ましいのだろ)小煩い奴を連れて来てしまった、と少し億劫になる。


「此方が、玉座の間です」


 優雅に微笑んだ彼女が言うと、何もしていないのに大きな扉が動いた。(いよいよか…)イシュベルトは手の汗を拭い、小間使いの少年はどんな見目の魔王が居ようと悲鳴を上げないよう口元を押さえる。


 ホーリーはただ目の前の女性の姿に見惚れていた。冒険者の2人は扉を潜る際、「武器は…良いんですかい?」と微笑む天女に声を掛ける。


「嗚呼、そのままで結構ですよ」


 武器を持ったまま国王へ謁見など聞いた事もない。それ程他国の使者を信用して、この国は大丈夫なのだろうかと冒険者は暫く悩んでいたが、意を決して歩を進めた。


 扉の向こうは広い大広間で、これ1つで立派な邸宅が建つのではないかと疑われる程豪華なシャンデリアが頭上で輝いている。(それが、4つもあるのか!)イシュベルトはその財力に息を呑んだ。


 廊下にあった豪華絢爛な美術品、調度品、家具の1つに至る迄拘り抜かれた一級品だ。底知れない財力…、果たしてこの交渉は上手くいくのだろうか?


 奥を見れば玉座らしき椅子があったが、遠くてその全貌は分からなかった。赤いカーペットを踏み締めて歩く黒髪の美女の後に続き、徐に足を動かす。


 玉座に程近い階段の下に、4人の魔族が此方を見ていた。背の高い眼鏡の男、ローブを着た魔導師、巻角が生えた少年、快活そうな金髪。そして玉座に、白髪の青年が座っていた。


 イシュベルトは目を疑った。(まさかこの、青年が…!?)何処の誰だ、ブルクハルトの魔王はキュクロプスに似ていると法螺を吹いた愚か者は。


 玉座に座る青年は醜さとは一切無縁で、神話の神がこの世に体現した様な美しさを秘めていた。白髪の髪に、ワインレッドの瞳、芸術品と呼ぶに相応しい整った容姿をしている。

 何処の国の服とも似つかわしくない服ははだけているが、中性的な顔立ちで、女は勿論男でも一瞬ドキッとさせられる神秘的な魔性が漂っていた。


「此方へ御並び下さい」


 同じく人外の美しさを持つ女性にそう言われたのは、階段下の魔族と一定距離離れた場所だった。

 イシュベルトはそれに従い、黙って頷く。黒髪の彼女が玉座に程近い階段の中頃に登り、自らの主人に向かって片膝を突いた。


「我が主人様、モンブロワ公国の使者の方々をお連れしました」


 青年の宝石の様な瞳が、自分達の方に向けられるのが分かった。その瞬間イシュベルトは膝を折り、頭を垂れる。


 冒険者の2人と小間使いの少年もそれに倣い、揃った動きで跪いた。ただ1人、ホーリーはその場に立ち尽くして惚けた間の抜けた顔をしており、イシュベルトは一瞬、魅了チャームの魔法でも掛けられたのではと焦る。


『リリス、有り難うね』


 神々しい姿とは打って変わって、随分砕けた言葉を使うものだと思った。魔王は案内を終わらせた家臣に礼を言い、此方に向かってにっこりと微笑む。


 彼は本当に、【鮮血】と恐れられユニオール大陸までその名が知られた魔王なのだろうか。変わり身…影武者なのではないかとイシュベルトは密かに疑った。


『さて、モンブロワ公国の皆、顔を上げて。膝なんて突かなくて良いよ。そこの彼みたいに楽にしてね。何たって君達は僕にとっての初めてのお客さんなんだからね』


 実に楽しそうに話す魔王は嘘を言ってる様には見えない。イシュベルト達は互いの顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がった。(アラン伯爵は、まだ美女に見惚れているのか…!)


「…おほん、心遣いに感謝する。お初に御目にかかる、ブルクハルト王国の魔王殿」


『…うん、初めましてだね。君は?』


「俺はユニオール大陸モンブロワ公国のホーリー・アラン伯爵だ」


『アラン伯爵で良いのかな?』


「左様」


 ホーリーが話す度、イシュベルトは己の身にナイフを突き立てられているのではと感じた。


 大国の王に対して正しい言葉遣いも知らない彼に、冷や汗が流れる。対するブルクハルトの魔王は気にした素振りも一切見せず人の良い笑顔で応対していた。


『後ろの人達はアラン伯爵の付き人かな?』


「はい。私はイシュベルト・マインと申します。お会い出来て大変光栄で御座います陛下。そして彼は我々のお世話をしてくれてるマルコ。此方の2人は道中の護衛を依頼した冒険者のヘンリクとバッハです」


「宜しくお願い致します」


 紹介された者は深くお辞儀し魔王の様子を窺う。特に気に障った様子は無く、興味深く『へぇ、冒険者…』と呟いていた。


『それで?君達は如何してこの国に来たんだい?』


 まるで友人に語り掛ける様な穏やかな声色で、青年は椅子に座り直して頬杖を突いた。


「それが…」


「それはこの文書を見て貰えば分かる!」


 イシュベルトはどう話せば良いものか迷って言い淀んだが、横のホーリーが声を上げ懐の国から預かった文書を出す。


 控えていた見目麗しいメイドがそれをトレーの様な物で受け取り、階段まで運ぶと絶世の美女がそれを拾い上げ中身を注意深く確認した。それを玉座の主人に渡して、やっと魔王が文書に目を通す。


『…』


 イシュベルトは緊張で眩暈を起こしそうになった。文書の中身もそうだが、ホーリーの態度は一国の王を前にして許されるものではない。


 恐らく噂に聞いていた程恐ろしい風貌では無かった事と、これ程発展した大国の王であるにも関わらず驕った所が無く威厳や圧力を感じさせない人柄である事でホーリーの中で自らの立場の方が有利であると錯覚してしまったのかも知れない。


 文書に書き記されているのは、この間国でも有数の観光地が放火にあった事とそれに魔族が関係しているのではと疑っている事。何か知ってる事があれば情報提供を呼び掛けるものだった。


 実はモンブロワ公国から魔大陸に来ているのは彼らだけではない。魔大陸の国7つの内3カ国に使者が派遣され、同じ様な文書を持って訪問していた。


 3つの国の選抜方法は比較的豊かな国、情勢が安定している、目星い強い魔族が居る国、であった。勿論他の国にも使者が訪れているなど口が裂けても言わないが、これには理由がある。


 放火、惨殺事件は直ぐ国を上げて調査がされた。しかし、調べれば調べる程に犯人の痕跡や証拠が一切出てこない、言わばお手上げ状態だった。

 だが、これ程に鮮やかな手口で隙の無い犯行など、人間業じゃないとの結論に至ったのだ。

 本来であれば泣き寝入りするしかない現状だったが、ある貴族が、これ程脅威になる魔族は魔大陸でもなかなか居ないのではないかと声を漏らした。


 それを聞いた大公は文書を作って届けさせカマを掛けて反応をまず見て見ようじゃないか、と言い出したのだ。もしも犯人が見付からずとも、未知なる国と繋ぎを付けておくのも悪くない、と。


 豊かな国に文書を投函するのもその為だ。大公はこの遠征で彼らが何か国として有利な情報、資源、関係を魔大陸の国々と結べる事を求めている。


 犯人探しは国を訪問する建前で、二の次だった。


『つまり、国で有名な庭園が燃えちゃって、何か知らない?って事かな』


 大国の王としては情け無い笑顔で白髪の青年がそう言うと、ホーリーは大きく頷いて見せた。イシュベルトは彼の身分を弁えない行動にハラハラして、(それだけじゃないでしょう、アラン伯爵…)と心の中で叫ぶ。


 彼らと友好な関係を築き、行く行くは貿易や共同開発の足掛かりにならなくては此処に来た意味が無い。


『知ってるも何も、ごめんね。その花畑を燃やしちゃったのは僕達だ』


 まるで、化粧室へ席を立つけど悪いね、とでも言われてる様な気軽さで目の前の魔王はとんでも無い発言をしイシュベルトや他の面子は面食らった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ