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21話 初舞台



 此方へ強烈な光を放つ鉱石のライトが、非常に眩しい。僕は大歓声を受けながらモレルに密かに指示された舞台の真ん中へ脚を動かした。

 眩んでいた目が光に慣れてくると、扇形の大きな舞台の周りに沢山の人間が埋め尽くしているのが見える。


 何処かの劇場みたいな造りの、後方の列に行く程高低が高くどの席からも中央の舞台が見え易いようになっていた。

 観客は皆仮面の舞踏会で着ける様な怪しげな仮面をしていて、趣味が悪い。服装からして、裕福な家の者だという事が窺える。


「ご覧下さい皆様!彼の陶器の様な肌、絹糸の様な髪、それらは全て真珠の様な輝きを秘めた白!しかし、その瞳の色は…」


 僕の周りでモレルが叫んだ。


「ワインの様な濃厚な赤色なのです!そう、彼はこの大陸で2人目のルビーアイの持ち主だ!」


 観客が騒めく。珍妙な物を見る様な目で身を乗り出し、此方に注目する。


「ご安心下さい。枷はしております」


 僕の手を持って、前に突き出された。魔力封じの指輪を観客に見せて、万全だとアピールする。「水魔法じゃないのか?」と何処かで声がした。


「よくぞ!聞いてくれました!」


 モレルは待ってましたとばかりに笑顔を見せ付け、舞台裾からもう1人人間を出す。黒子の様に目立たない衣装の彼は、僕に近付き魔法を発動させた。


 僕は為す術なく棒立ちで、大人しくしている。


「魔法解除!」


「さぁ、彼の瞳をご覧下さい!水魔法による幻覚なのか、その目で確かめて下さい!」


「おいおい…」


「本物だ、」


 僕のルビーアイは健在で、会場が息を呑む。沈黙し、瞠目し、畏怖して、モレルの自信に満ちた態度に納得し…舞台上の僕を嘱目し、喝采が起こった。


「売ってくれ!言い値を出す!」


「薬で躾けているの!?私も一杯持ってるわ!」


「こっちにおいで…っ」


「その瞳をもっと見せてくれ!」


 僕へ差し出される前列の手に圧倒され、一歩後ろに退く。するとモレルが僕の背中に手を回し、後退を阻んだ。


「欲しいでしょう?美しいでしょう?彼は私達が保護しました。スラムの隅で生きて来た彼は私を父の様に慕ってくれています」


 僕はスラムに住んでないし、彼を父の様に慕った覚えもない。


「まぁ…、彼が如何しても貴方方の方に行きたいと言ったら、私も考えざるをえませんがねぇ」


 観客の僕に呼び掛ける声が大きくなった。モレルは僕を暫く手放す気は無さそうだが、それでは客が面白くない。


 こんな風に言っておけば、ルビーアイに価値があると信じる輩はこの見世物小屋に繁々と通う事が予想出来る。


「しかしこの容姿だ…簡単には私も手放したくない」


 僕にベタベタ触りながら、モレルがにやにや笑った。僕は努めて冷静に、ただ無反応の無表情を貫く。


 此処で僕が彼に一発お見舞いしようものなら、舞台袖と観客の前、奥の出入り口にいる彼の部下に取り押さえられるだけだろう。


「均整がとれた身体でしょう?アルビノの様に白く、肌理の細かさと言ったら…吸い付くようだ。髪も柔らかく、滑る様な指通り!それにこの儚げな顔…神話の絵画から抜け出して来たみたいでしょう?」


 大袈裟に僕の見た目を褒める。彼の言葉の度に観客の視線が這うのが手に取る様に分かって、非常に不快だった。


「金を積む!幾らだ!?」


「素晴らしい…娘の遊び相手にピッタリだ!」


「ルビーアイよ!?魔導師として私が育てるわ」


 観客の間で言い争う声が大きくなる。モレルは狙い通りだと、唇で綺麗な弧を描いた。僕はやる気も無く頭をボリボリ掻いて、物欲に醜く自己主張する金持ちを冷めた様に見る。


 その視界の端に、何かが動くのが見えた。猫でも入り込んだのかな?と興味を惹かれて小さな影を追うと、それは猫でも犬でも無く人間の…ニコだった。


 姿勢を低くして見付からない様に、こそこそ脚を忍ばせている。僕と目があったニコは「逃、げ、る」とゆっくり唇だけを動かした。(如何いう事?)


 テントの幕と観客が座る階段が影になって、ニコはまだ見付かっていない。僕の視線を辿られて見付かってしまわない様に、彼女を見ないようにした。


 ニコの手には小瓶が大切そうに握られている。多分、それを使って何かするつもりなのだろうけど…危険過ぎない?見張りも何人も居るし、観衆も含めればこの人目だ。見付からない様にするのが、難しい筈。


「ほぉ、おやおや…」


 横のモレルが、嘲笑を漏らした。


「皆様ご覧下さい!勇敢にもこの青年を我が者にしようとする、少女がこのテントに紛れ込んだ様です!」


『ッ!!』


 スポットライトがニコを照らす。眩しそうに手を翳して動きを止めた隙に、背後から近付いたプロレスラーみたいな男に取り押さえられた。


 小瓶も拐われ、「魔獣用の、興奮薬だ」とモレルに投げて渡される。彼はマイクのスイッチを切り、観客に聞こえない声でニコに喋りかけた。


「愚かな…君はもっと賢いと思っていたんだがね」


「シロ、自由にして」


「彼は我々に必要な子だ」


「薬で、繋いででも?」


「当然だ。薬を飲んで、廃人になるまで此処に尽くして貰う。最後は、…そうだな。貴族に高値で売るか、…その前に眼球を売るか…それから私が飼うのも良いな。まぁ微々たる違いだよ」


 それを聞いたニコはモレルをキツく睨む。怖そうな顔の大人にこれだけ囲まれて、尚も噛み付きそうな彼女は豪胆の持ち主だ。

 モレルに代わって僕にも部下が1人付き、ニコの方へ駆け寄る事が出来ない。


「嗚呼、そう言えば君の両親も」


 小太りな彼が身を屈めて、ニコへ近付いた。


「ラピスに狂って死んで行ったっけね?」


「ッ…お前が!」


 彼女の瞳が憎悪を宿す。興奮して飛びかかりそうになる彼女を、見張りが羽交い締めにした。


「フーッ、フーッ」


 振り切ってモレルの横っ面を引っ掻きそうな勢いのニコは、荒い息で奥歯を噛み締めている。


 彼女の両親、ラピスで死んじゃったのか。原因は言うまでも無く、この男だ。


「ふふ、それに…此処に彼を連れて来てくれたのは君じゃなかったかな?」


「……だから、助ける」


 拳を握り締める彼女に、モレルは嫌な笑顔を浮かべる。部下に何事か命じて、マイクを口元に当てた。


「さぁて!お待たせしました皆様!」


 演出掛かったお辞儀をして、モレルが続けた。


「何とこの少女は、無理矢理、我々から青年を奪って行くと言うのです!何て身の程知らずか!」


 観客からブーイングと野次が飛ぶ。飲み物が入っている紙コップが舞台上のニコ目掛けて飛んで来た。僕は堪らず『ちょっと、』と声を掛けるが、部下が背中に刃物を突き付けてくる。


「黙ってな」


『ッこの、』


 捕らえられたニコへの野次は止まない。彼女はそれに怯む事無く、モレルをジッと見ていた。


「皆様のお怒りは尤もだ!そこで!我々は彼女に試練を与えようと思います!」


 試練…?


「この子が持ち込んだこの瓶…、これは魔獣を興奮させ攻撃性を高める薬が入っています!この薬を使用した魔獣を、見事倒す事が出来たら!青年を渡しましょう!」


 テントの奥から大きな檻が入れられる。キャスター付きで男3人が押すそれは、3m近くあった。布が取り払われ、中から見えたその姿に、会場から悲鳴が上がる。


 巨大な身体に人間の様な皮膚、その所々は赤黒い傷があって腰布1枚の姿だ。なんと言っても顔に目玉が1つしかない。鼻は変な方向へ曲がり、唇は無く歯茎が剥き出しの状態だ。


 観衆が口々に「キュクロプス…」と呟いている。彼の首には大きな首輪がしてあって、長い鎖が檻と繋がっていた。ニコもこの魔物には恐れが滲み、脚が震えている。


「キュクロプスの首輪は特別性…絶対に外れる事はありません。勿論、皆様に危害が及ばぬ様に鎖の長さも調整されています」


 部下がキュクロプスに薬を嗅がせた。すると巨大な魔物は檻の中で暴れ、ガチャガチャと大きな金属音が辺りに響く。化物の咆哮が会場を包んだ。


「これは、児戯と思って貰って構いません。ルビーアイの青年の出し物をする前に、前座といきましょう」


 モレルが、本気でニコを殺そうとしてるのが分かる。会場全体が雰囲気で察した。この少女は、醜悪な化物に無残に殺される、と。


「さぁ、勇敢な少女は、キュクロプスを降す事が出来るのでしょうか!?」


 檻の鍵が外され、巨大な化け物が力任せに出て来た。観衆が歓声を上げ、僕は慄然とする。彼らにとって、これは出し物なのだ。


 少女1人の命も即興の殺しの舞台に上げ、楽しむ事が出来る。


 (、狂ってる)これが、見世物フリークショーか。


 モレルと部下が、鎖の届かない観客席近くの安全な所へ逃れた。僕は手下に引かれて舞台上の、袖の所へ連行される。ニコを捕らえていた手下が彼女を突き飛ばし、興奮した様子のキュクロプスの目前へ追いやられた。


「ほら!闘え!」


「潰しちまえ!」


「血ぃ見せろ血ぃッ!」


 丸腰の少女と、巨大な怪物。相反する狂った出し物に、観客は喜んでいた。唇の無い、牙が剥き出しの状態の巨人は、獲物を前に耳を劈く怒号を上げる。


 ニコは恐怖でその場から動けずにいた。喉がヒリ付く思いをしていた僕は部下の拘束を跳ね除け舞台上へ駆ける。


「シロ!?」


 ニコと怪物の間に素早く入り込み、一か八か指をパチンと鳴らした。










ドカァアアッ!!!




 僕が指を鳴らした瞬間、キュクロプスが頭から潰れた。これは僕も予想外で、顔が引きつる。(てっきり、あの時みたいに消えてくれるかと思ったんだけど)


 凄まじい重力が掛かった様に、脳天から見事にプレスされている。そして、僕の目の前に金髪の少女がフワリと降り立った。


 彼女は僕の足元に跪き、にっこり可愛らしい笑顔を浮かべる。(血塗れじゃなければ、実に愛らしい)


「偉大で崇高なる王陛下…ララルカ・スタンフィード、その御身の下に戻りました」




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