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1話 不運な男



(どうして僕は、こんなにツイてないのだろう――…)


 喉元に当てられる冷たい刃物、嫌な汗が首筋から流れ落ちた。


 視界の端でキラキラと不気味に光るソレを出来る限り見ないようにして、柄を握る人物を見上げる。


 僕がつい先程まで、信頼できる仲間だと思っていたその人物を――…。
























 僕の人生は不幸の連続だった。


 傘を持ってない日に限って雨が降るし、鳥に糞を落とされる事も頻繁にあるし、学生の時虐められたのだって不運が幾度にも重なった結果だ。

 やってない仕事のミスを責められる事もしょっちゅうで、指名手配犯に間違えられて職務質問を受け、偶然(エロ本を買ったばかりで挙動不審になっていたからなんだけど)が重なり逮捕されそうになった事もある。


 そんな僕の人生の中でも、今日の不運は随一だ。まさか雷が落ちて、そこに居た僕に当たるなんて。


 雷が人に当たる確率って1000万分の1とかじゃなかったっけ?高額宝くじの一等が当たる確率と一緒。何で宝くじじゃなくて、よりにもよって雷の方が当たるんだろう。

 僕だからって理由に納得してしまいそうで怖い。慣れとは恐ろしいものである。


 半ば諦めたように溜め息を吐いて、現状を整理しようとした。そう、僕は雷に撃たれて死んだ筈なんだ。


 あの時の凄まじい痛みと、身体が硬直する感覚、熱と痺れは夢なんかじゃない。しかし、両手を確かめるように握ると、確かにちゃんとした感覚がある。


 丸焦げになったりしていない。


 周囲は何も無い真っ白な空間だ。


(これは、間違いなく死後の世界か――…?)


 すると、後方で小さな鈴の音が聞こえて飛び跳ねるように驚いて、勢い良く振り向いた。


「こんにちは」


『ぅわ!?』


 そこには古風な着物を着た綺麗な女性が優雅に微笑んでいる。

 吃驚して変な声を出してしまったが、驚くのも無理はない。


 鈴の音が聞こえるまで、其処には誰も居なかった筈だ。


「驚かせてしまいましたね、すみません…。私は生命の女神、イザベラと申します」


 僕に近付いて来るイザベラさんは、見る者全てを魅了する優しい笑みを浮かべる。


 幾多にも重ねられた着物なのに襟抜きはしっかりとしてあるし、帯に巻かれた腰は括れがはっきりと分かる。

 重々しそうな豪華な髪飾りと彼女の色香が相まって、僕の花魁のイメージと酷似している。


「貴方様の死は不運な事故。しかし、それではあまりに不憫だと思い、貴方様にとって良い話を持って参りました」


『良い話……?』


 イザベラさんは扇子で口元を隠しコロコロと笑う。


 疑うように聞き返した僕は、自慢じゃないが良い話があると持ち掛けられたのはこれが初めてではない。

 生前に3度程同じ台詞に騙されて、高い壺(業者)と、馬券(同僚)と、水晶(占い師)を買わされた事がある。


「世の中には、そっくりな人間が3人は居る…、と聞いた事はありませんか?」


 …あれ?どう言う売り込みだろう。


「世界には、そっくりと言うより同じ魂を持った存在が何人か生まれる事があるのです。大変珍しいのですが。そして彼らは密かに繋がり合い、影響を受け合っている」


 宗教か何かだろうか?

 何処か遠くを見詰めながらイザベラさんは淡々と話を続けた。


「貴方の不運も、もしかしたら片割れの影響を受けてしまっていたのかもしれませんね」


 どう言う事だろう。


 僕に今まで降りかかっていた不幸は、僕に似た誰かの不運も引き受けていたって事かな。って言う事は、僕が犬の糞を踏ん付けていた時、もう1人の僕はダイヤモンドでも踏ん付けていたのだろうか。

 『ははは、良いなぁ』なんて乾いた声で笑っていたら、イザベラさんはとんでもない事を口にする。


「そのもう1人の貴方様…、同じ魂を持った方ですが、後数分でお亡くなりになります」


『は!!?』


 綺麗な笑顔で突拍子のない事を…。


「あ、ご心配なく。彼方の世界での事情ですので、貴方様の死亡とは何ら関係ありません」


 つまり、僕が死んだからその人も道連れって言う事ではないらしい。


 イザベラさんは扇子を帯に挟み、此方に真っ直ぐ向き直った。長い睫毛に縁取りされた瞳に捕らえられ、ギクッとする。


「そこで、お亡くなりになる彼方の世界の貴方様の身体に、同じ魂である貴方様がお入りになるのは如何かと思いまして!」


 にっこりと満面の笑みのイザベラさんを前に、僕は首を傾げただけだった。(これ、多分宗教とかじゃないな…)


『えっと、イザベラさん…、それってどう言う』


「そのままの意味です。抜け殻になった身体に、貴方様の魂を当てがいます」


 イザベラさんは両手の人差し指と中指を人に見立て、分かりやすい様にと説明してくれる。

 彼女は随分軽い感じで言ってるけど、多分僕にとっては重大な選択だ。


『あの、』


「ご安心下さい!彼方の身体の、死亡に繋がった身体ステータスの異常は全て私が治癒致しますので」


 そう言う事を言いたいのではない。


『なんで、僕にそんな…』


「世界は1つではありません」


(話が通じない!)


『それは』


「お礼には及びません!」


『イザベ』


「時間がありませんね!さぁ、お別れの時間です」


 僕に選択の余地は無いのかな。


 せめて、もう1人の僕が居た世界は平和で安全で、戦争とか無い世界だったら良いなと願った。


 イザベラさんの髪飾りの鈴がチリン、と高い音を鳴らす。

 すると僕が立ってる辺り一帯に魔法陣らしき複雑な模様が5つ出現し光り輝いた。


 眩しくて目を瞑る瞬間に見えたイザベラさんは、今まで見た笑顔のどれより穏やかに微笑んで見えた。








「貴方様の行末は、幸か不幸か…。せめて、幸多からん事を―――…」



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