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14話 王都ブルクハルト



「うんまいのです〜!」


「美味しいです…!」


『本当だねぇ』


 先程露店で買った串焼きを頬張り、口々に感想を言い合った。熱々で、タレと肉の相性が抜群だ。噛む程に旨味と肉汁が口内に溢れる。


 僕はエリザが買って来てくれた黒のローブを羽織り、フードをすっぽりと被っていた。すると外から瞳が見えなくなり、その途端店の人から声を掛けられるようになり感動した。


「ねぇ!其処の人!魔導師かい?この杖、手にフィットするのよ!持ってみないかい!?」


「おう、ポーション探してるならウチが1番安いぜー!!」


「へへへ…良い薬があるぜぇ、仕入れたばかりだ…。少しの量でぶっ飛んで天国に行けるぜ…へへへ」


 一部変な人も居るけど、商売熱心な人が多い。行き交う人々の表情も明るくて活気がある。僕はローブのフードを少しだけ上げて、街の様子を盗み見ていた。


『おっと…』


 ボケっとしていたら人とぶつかりそうになる。フードを深く被っているせいで視界が狭まった事もあり、人通りが多い道は歩き辛い。


「シロ様!」


 よろよろしていたらエリザが戻って来てくれて、僕の左手を握ってくれた。


『いやぁ、助かったよエリザ』


 手を引いて先導してくれるエリザにお礼を言って、へらへら笑う。多分、あのままだったら迷子になってたよ。


「………シロ様さえ、良ければですが」


 エリザが恥ずかしそうに耳まで真っ赤にして、俯いてもごもご言う。


「フードをお被りの間、私がこのまま手を繋いでいても宜しいでしょうか?」


 (何でそんなに照れてるの?)僕より一回り小さな華奢な女の子の手だ。


『良いの?こっちからお願いするよ』


 それを聞いた彼女は幸せそうに微笑んだ。エリザは優秀なメイドさんである。僕が困ってるのに一早く気付いて介助してくれるこの子は、恐らく横断歩道で渡れないお年寄りに寄り添い一緒に渡るタイプの子だ。


 そう、前方で猫と睨み合って毛を逆立て威嚇してる君とは違うんだリジー。


 唸るリジーに追い付こうと歩いていると、露店に気になる店を見つけ立ち止まる。前を歩いていたエリザは僕が急に止まったので不思議そうにこっちを見た。


「シロ様、何か気になる物でも?」


『うん』


 可愛らしいアクセサリーが並ぶ店だ。


「あらあら、可愛らしい彼女にプレゼントかしら?」


 僕に気付いた女店主が冷やかすような声を掛けてきた。エリザはそれに真っ赤になって反応し、露店台の横に蹲り顔を両手に埋めている。


「か、彼女!?…恐れ多い…っ!お、シロ様には…、…、アス様もいらっしゃいますし、…ル様だって…今の言葉が……、……様の耳にでも入ったら…。私、殺されてしまいます!で、ですが、…シロ様が望まれるのであれば私は」


『はい』


 やっと立ち上がったエリザに、彼女の瞳の色と同じエメラルド色の、四つ葉のクローバーがチェーンで繋がった20cmくらいのキラキラした黒い棒を渡す。


「こ、これを私に…!?」


『うん、あげるよ。今回のお忍びのお礼ね』


「あ、有り難う御座いますっ!!」


 大切そうに両手で受け取って、揺れるクローバーを見詰めて口元を緩めていた。


『髪飾りみたいだけど、エリザは髪が長いから普段簪みたいに使ったらどうかなって思ったんだよね』


 ?マークを頭上に浮かべるエリザから棒を受け取って、帽子を取って貰った彼女の後ろに回り髪を纏める。

 櫛が無いからあんまり綺麗には出来ないけど、纏めた髪を捻って黒い棒を挿す。毛束をひっくり返し地肌に添わせ再度棒を押し込むと、見事簪の役目を果たした。


『こんな感じ』


「あ、有り難う御座います…シロ様は手先が器用でいらっしゃるのですね」


 チャリ、とチェーンが揺れる。エリザの顔は林檎の様に赤かった。(いや、僕は不器用だよ)それだって上手い人がやったらもっと綺麗になるんだ。


『リジー!』


「お…、シロ様どうしたのです?」


『オシロ様から、君にも今回のお礼ね』


 リジーの瞳は茶色いけど少しピンク掛かってるから、里桜みたいなお花の髪飾りだ。簡単に付け外しが出来るタイプなので彼女が手こずる事も無いと思う。


「わぁ!有り難う御座います、なのです!」


『里桜の花言葉って確か…おしとやかにしてね、だったっけ』


「大事にするのです!」


『ゲホッ…!』


 両手を広げて僕に激しいタックルをしてきたリジーは、にこにこと花のような笑顔で喜んでる。僕は怒る気も起こらず、『言ってる側から…』と呆れたように笑って髪を撫でた。


 よし、お土産も買ったし明日は南の港の方に行ってみようかな。、と、その前に…。


『エリザ、申し訳ないんだけどこれ…持っていてくれないかな?』


「これは…」


 僕はリリスから執務室で渡されたお小遣いが入った袋をエリザに渡した。


プラチナ金貨じゃないですか…!こんな沢山…っ」


『リリスがくれたんだけど、さっき店の人に見せた時悲鳴を上げられちゃってさ』


「それは…道でホイと出されたら驚きますよ」


 さっき貰ったお釣りの金貨も十分あるし、残りは無駄遣いしないようにしっかり者のエリザに預けておくに限る。


 此処の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、大金貨だ。金貨が1万円くらいの価値で、白金貨が10万円くらい。

 リリスから預かった袋には20枚以上の白金貨が入っている。僕はそんな大金をぶら下げて、街を楽しむなんて出来ないんだ。何せ、ノミの心臓だからね。


『港街に宿を取りたいのだけど、良い所ないかな?』


「でしたら貴族御用達の高級ホテルが幾つか…」


『豪華な所じゃなくて良いよ。そもそも、僕はあまり目立ちたくないし…』


「お…シロ様は何でそんなに目立ちたくないのです?いつもだったら気に入らない街の連中を派手に血祭りに上げてるのです」


『……』


 聞いただけで胃が痛くなる、とんでもない暴露だ。僕は誤魔化す様に曖昧にへらへら笑っておいた。気を取り直し『あっちに海が見えるから、こっちから行った方が早いんじゃない?』と2人の前を歩き出す。


「ぁ…、シロ様そちらは…」


「こっちは、あんまり通りたくないのですぅ」


『?』


 僕は薄暗い路地を通り抜け、変貌した景色に愕然とした。(スラム、かな?)彼女達が躊躇った理由が、嫌でも分かるその有様は酷い。

 廃墟のような、傷んだ建物が建ち並ぶ其処には、汚れた服を着た物乞いが蔓延っている。缶詰か何かの空の入れ物を、力無く握って首を垂れていた。


『凄い、スラム街だね』


「…王都が瞬く間に発展していく裏では、その…貧富の差は大きくて…」


 奥に進むにつれて、更に酷いものになる。しっかりした建物は少なくなり、トタンや木材を使った住居が多く目に付く。

 自らの手で作ったと思われるそれらは吹き曝しで、窓硝子は嵌め込まれてない。ただ辛うじて雨を凌げる程度の家だ。


 道端のゴミも数え切れない。悪臭が鼻につくが、今は気にならなかった。


『ねぇ、大丈夫?』


「ッ!!お、…シロ様!?」


 小屋に凭れて蹲っていた、目が虚ろな青年に声を掛ける。彼は、僕が膝を突いて話し掛けると、ニヤニヤと笑い出した。その濁った瞳には、まるで僕は映っていない。


 リジーとエリザは危険は少ないと判断すると、少しだけ緊張を解いた。


「…恐らく、今王都を蝕んでいる薬物中毒の者でしょう。彼らは大体、スラムに行き着きますから…」


「へ…へ へへっ…ぁへ…」


 青年は涎を垂らしながらただ笑っていた。そう言えば、前にリリスが珍しく難しい顔をしていたっけ。

 確かラピスラズリなんてお洒落な名前の薬物が流行っていて、その売人や密売組織がなかなか捕まらないらしい。

 ラピスラズリは決して宝石などではなく、摂取すれば中枢神経に作用し快感を得る事の出来る薬物だ。


「スラムに居る大半の者は、ラピスの中毒者って噂もあるのです」


『嗚呼、だからリリスもあんなに一生懸命だったんだね』


 国の統治者(本当は僕がやらなきゃなんだろうけど)として、国に住む人々の生活水準の向上は必須項目。金を配ってスラムを取り壊しても、元を潰さない限り永遠に増え続ける。


 僕みたいに気の弱い市民を食い物にしてる連中が蔓延してる間は、スラムは無くならない。


 僕は平常を取り繕っていたが、華々しい王都の裏の顔を見てしまい少し気分が滅入った。何処にでもあるとは言え、現実を見るとなぁ…。お忍びを終えて帰ったら、1度詳しく調べてみよう。


 僕らは足早にスラムを突っ切り、海の見える区画に脚を踏み入れた。夕焼けに照らされた海がキラキラ輝いていて、その景色に僕は息を呑んだ。


『…、』


「綺麗なのです…」


 港街の横は、砂浜が広がる南国のリゾートみたいな雰囲気の場所。前方の海へ組み木で橋が架けられており、一際目立つ巨大な建物が海の上に浮かんでいる。


 此方から見えるだけでもレストランやホテル、ボートなど、多分その他にも娯楽が沢山詰め込まれた施設が夕陽を背に輝いていた。


「彼方はユートピアと呼ばれる複合娯楽施設です」


『うわぁ、凄いね』


 亀の甲羅の上に立派な洋館が建っている様な施設は、外灯が灯され何とも幻想的に見える。


「彼方で休まれて行きますか?」


『ううん、僕には敷居が高いよ』


「………シロ様のご冗談は分かりにくいです」


『どゆこと?』


 だって見るからに豪華で高級そうじゃないか。僕は庶民が泊まるようなお宿でゆっくりしたいよ。


「お、シロ様ッ!砂浜に蟹が居るのですっ」


 リジーが優れた視力で浜を横断する生物を見つけ、興奮気味に声を上げる。僕は彼女が走って獲物を追い掛けようとするので『走ると転ぶよ』と言いながら後ろ襟を摘んだ。


『良い宿が見つかると良いなぁ』


 僕は港街の方へ足を向けて歩き出し、海の心地良い音に耳を傾ける。


「港近くのホテルは海の幸が新鮮でとても美味しいと聞きますよ」


『それは期待しないとね』


「こっちなのです!」


 僕はリジーに手を引っ張って貰いながら、まだまだ人通りの激しい活気のある港街の雑踏に混じった。



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