13話 お出掛け
ガルムは僕が寝ている間に、死刑執行された。全てユーリに任せたのはリリスは公開処刑を望んでいたし、その他の幹部には荷が重いと感じたからに他ならない。
とんだ汚れ役を押し付けてしまったが、任命した時、何故か感激して小躍りして喜んでいたのがとても印象的だった。ユーリなら眠るように死ぬ薬とか作れそうだし、まさか同僚だった人物を痛ぶる趣味はないだろう。
「安らかに逝きました。穏やかな顔で、最期にやっと死ねる…と呟いておりました。どうやら彼は死場所を探していたのかもしれませんね」
後日恍惚に満ちたユーリにそう伝えられ、僕は神妙に黙祷を捧げた。
『ごめんね、ユーリ。嫌な仕事をさせて』
「とんでもありません、アルバ様!反逆は大罪です。正しい人選であったと、私は信じて疑いません。死して尚、恥辱を尽くされる処遇は、当然の事です」
ん?何だか良く分からない単語が出てきたなぁ。
それにしてもユーリが心なしかウキウキしている。
「では、アルバ様。私はこれにて失礼致します。サンプルが腐らない内に防腐処理を終えなくては」
『うん、そうだね。またね』
良い顔で仕事に戻る部下に、僕は笑顔でひらひら手を振った。
◆◇◆◇◆◇
残党処理や後処理などのガルムの一件が落ち着いた頃合いをみて、僕はリリスに外出を申し出た。
「…畏まりました。外出期間は如何程になられますか?また、近衛は30…いえ、50人程で宜しいでしょうか」
うん、宜しくないね。
『期間かぁ…そうだな4日くらいだよ。それに、ちょっと出掛けるだけだから近衛は要らないかな』
「いけませんアルバ様!いくら国内だからと言って大切な御身お一人でなど…!アルバ様の身に何かあっては…」
一体外の世界に何があると言うのだろう。僕は誰かに命を狙われていたりするのかい?少したじろくけど、僕もそろそろ外の空気を吸うべきだ。
確かに城の中は安全で、何不自由ない生活を送れている。それは感謝するべき喜ばしい事なのだが、このままではダメ人間になる気がした。
しかもあの公然の場で、国の代表としてしっかりするね発言までしてしまった。
僕が執務室で行なっているごく少ない仕事と言えば、確認くらいなのだ。殆どリリスが公務を行なってくれて、僕はと言うと報告書に目を通して『なるほど』とか『凄いね』と半笑いで呟くだけ。
細かな数字やデータが羅列されているけど、ちっとも理解出来ない。この世界には写真も無ければ、状況を知るための動画もパソコンもタブレットも無い。
一般人の僕からしたら上げられた文書の報告書のみで状況や実態を掴むのは不可能だった。(此処は異世界だしね)
まずは、人々の暮らしの様子から実際に見てみたいんだ。政策はそれからでも遅くないと思う。異世界の暮らしに興味があるし、偶には外に出て城下町を満喫したい。
街の宿に泊まって、現地の料理に舌鼓を打つ…最高だ。この王都を見て回るだけでも、絶対1日じゃ足りない。
『下の街を少しぶらぶらするだけ。此処から見える港街も行きたいなぁ』
「しかしアルバ様、」
『うーん、分かった!信頼出来る人を一緒に連れて行けば、納得してくれる?』
「…信頼出来る者、ですか?」
リリスが訝かる。
「五天王ならば、1人でアルバ様をお守りする事は容易かと思いますが…。失態を払拭する為、皆それぞれ慌ただしく動いてまして…。それ以下の者となると、5人…御身に傷をつけず、…それならば盾が2人……7人近衛に騎士を」
失態って何だろう?(初耳だなぁ)それに7人は少し大所帯過ぎないかい?ただ、僕が人々の暮らしに触れ合うだけだよ。7人も周りに引き連れて街の散策なんて多分不審に思われるし、僕は目立ちたく無い。
『うんうん、大丈夫だよ!リリスも忙しいでしょう?任せて。それに、僕が思ってる人は僕がリリスや五天王の皆と同じくらい信頼して、頼りにしてる人だよ』
「…アルバ様が、それ程仰るなら…」
彼女は渋々といった様子で、期待に胸を膨らませる僕の外出を許してくれる。心の中でガッツポーズして、早速準備を始めた。
僕は待ちに待った、城の外の街に遊びに来た。
ブルクハルト最大の都市、王都ブルクハルト。巨大な城を中心に、東に森、南に海、北に山、西は平原に囲まれた物資豊かな土地である。
都市を囲む城壁は地平線の彼方にあり、様々な建物が広大な土地を埋め尽くす。巨城がある中心に行くほど建築物は大きく、立派な佇まいをしていた。
至る所に細微な所まで再現された彫刻や芸術品っぽい像があったりして、街全体が美術館みたいだ。城にある噴水とは又違った規則性で水が出る美しい噴水を背に、僕は振り返った。
『君達も早くおいで』
「お、お待ち下さい王陛下…っ!」
「わぁあ〜久々の城下なのです!」
信頼して頼りになる2人のメイドさんは馬車を降りて燥ぐ僕を追い掛ける。エリザは心配そうに、リジーは周囲をキョロキョロしていた。
『…、』
雲一つない一碧を見上げて、肺一杯に空気を吸い込む。嗚呼、自由だ。いや、普段から割と自由にさせて貰ってるけどね。
「王陛下ぁっ」
『エリザ、外に居る間は僕の事はシロって呼んでって言ったでしょう』
「そうは言われましても…」
躊躇うエリザは、今日は何時ものメイド服ではない。淡い黄色の(パステルカラーって言うの?)膝丈のワンピースに白いブラウス姿で、結んでいた髪を降ろして少し大人っぽい。
上品な女性らしい帽子を被って胸まである髪はウェーブして、僕の知っているエリザではないみたいだ。
「シロ様?なのです?」
首を傾げるリジーも、深い赤色の長いスカート姿だ。上は白いひらひらした感じの服で、首元はちょっとしたレース。袖は薄い布で出来てるシースルー。
意外に大人びた格好で最初面食らった。
『今回はお忍びだからね。目立ちたくないんだ』
「め、目立ちたくないと仰りながら、し、シロ様…その御格好は…」
『え?』
僕はいつも通り、古代のギリシャっぽい服。これまた僕はバスローブと見分けのつかない無駄に腰紐が長い全体がクリーム色の衣装だ。袖に刺繍がしてあって、変な穴もある。(これまた何のための穴かな?)
『これ目立ちそう?』
「上からローブを羽織れば大丈夫なのです!」
うーん、よく考えたら胸筋見えるしだらしないか。お城でこの格好がもう自然過ぎて考えが至らなかった。
『よし、じゃぁまずはお買い物に行こうか』
「商いが盛んな区画は向こうです」
「王陛下!レッツゴーなのです!」
『シロね』
王都ブルクハルトの商業区画に辿り着いた僕は、その賑やかさに目を輝かせた。先程は美術館みたいな無駄に綺麗な区画だったが、此方もしっかり整備され赤い屋根に茶色い外壁が統一された街並み。
主要な道路は広く、しっかり舗装され歩道と分けられている。そこには数え切れない馬車や人が活発に行き交っていた。
『今日は何かのお祭り?』
「いえ、そんな事は…」
「ぉ、シロ様!王都はいつもこんな感じなのです!」
歩道に幾つもある屋台に目を奪われながらキョロキョロしていると、リジーが元気良く教えてくれる。
毎日これか…凄い、凄いぞ王都!僕はわくわくしながら屋台の品物を眺めていた。そして暫く歩いた後、周囲の異変にやっと気付く。
『?』
屋台の店員さんもお客さんも、僕を見た途端急に避けるのだ。目を合わせない様に俯いて、クモの子を散らしたようにお客さんが消えていく様は少し露骨で傷付く。
何でか全く分からず、2人に聞いてみようとしたら横から野菜屋の店主らしきオバちゃんが近付いて声を潜め話し掛けて来た。
「お前さん、田舎から出て来た子かい?」
『う?うん、そうだけど…』
田舎と言うか城からね。
「瞳は、その…水魔法でそう見えるようにしてるんだろ?止めといた方が良いよ」
(ッ!!!!)ヤバ…。急にドッと汗を掻く。僕は何時ものへにゃっとした情け無い表情を張り付けて、動揺を隠した。
『なな、な何で?』
隠せなかった。
「ほら、あの城に住んでるこの国の王様だよ。彼は本物のルビーアイだからね。目を付けられちまうよ」
ん?どういう事?
「お前さん知らないのかい?この国の王様はそれはそれは恐ろしいお方なのさ。前街に来た時なんか、住宅街の一画が吹き飛んじまってね。何でも、子供にぶつかられたのが気に障ったみたいで…」
『え、それ本当?』
滅茶苦茶やん。僕はダラダラ汗を流しながら笑顔をキープする。
「唯一無二の希少な瞳を真似された、なんて知ったら…どれだけお怒りになられるか…」
『なるほどなぁ。それで皆僕を避けるのか。てっきり服が変だからかと思った』
僕はひらひらした太腿辺りの布を摘む。
「降り掛かる火の粉には、近付かないのが1番だからね。五天王も目を光らせているし、とばっちりが恐ろしいのさ」
気が遠くなる程長い魔歴の中でも今までに3人しかルビーアイは居ない。莫大な魔力に恵まれると言われる稀少な瞳は、力を欲する者からしたら、喉から手が出る程に欲しいものだ。
幸い僕は憧れのルビーアイを模倣する粋がった青年って事で遠巻きに見られていたらしい。髪が真逆の色をしているせいか、その恐ろしい王様だってバレてない。
『教えてくれて有り難うね』
僕は安堵しながら、八百屋のオバちゃんにお礼を言った。
「王陛か…むぎゅ」
後ろから近付いて来たリジーの口を素早く押さえ、彼女をお店がある辺りから引き離す。(タイミングが悪過ぎる…)げんなりして頭を抱えた後『あれ?エリザは?』と周囲を見回した。
「お…シロ様の目と服を隠せるローブを探して来るって言ってたのです!」
(オシロ様…)僕は喧騒から少し離れた、植木が植えられた横のブロックに腰を下ろした。
「お、シロ様、地面に座られると汚れてしまうのです!」
『大丈夫大丈夫、ちょっとくらいね』
「お…シロ様の服を汚したなんてペトラ様に知れたら、リジーがお仕置きされてしまうのです!私が此処にお馬さんになるので、お…シロ様は其処に座ると良いのです!」
『却下だなぁ』
女の子に座る男って最低じゃない?それもこんな人通りの多い公衆の面前でするのって、羞恥プレイ過ぎない?
『そうだ、さっきリジーが言い掛けたのってなんだったの?』
「?…あッ!そう、大事な事なのです!」
『うん、どしたの?』
「さっき此方を監視するような視線を感じたのです」
リジーに言われて、頬杖を突いて何となく周りを見るけど、そんな視線全く感じない。リジーは犬耳をピンと立てて、四方に忙しなく動かしていた。
『……気のせいじゃないかな?』
「そうだと、良いのです…」
どこか不安そうなリジーがそう答えた時、人の波を掻き分けてエリザが帰って来た。




