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136話 魔導結晶



 大きな音と共に地震かと錯覚する程の横揺れに見舞われた。打ち上げ花火を彷彿とさせる爆発音は腹の底を殴打されたかのような衝撃。左右に揺さ振られ、立っていられなくなる。


「な、なんだぁ!?」


 イヴが叫んだ。


 机が傾き皿が絨毯に吸い込まれ原型を無くす。カウンターのウイスキーボトルが、グラスと共に次々に落下してけたたましい音がした。


 暫くすると振動がおさまり周囲の状況を確認する。列車は何事もなく走り続けていた。

 ジュノが直ちに全車両の様子を見てくるよう、鬼族の人へ指示を飛ばした。イヴは窓に頭を打ちつけたらしく、涙目でこめかみを押さえている。


「大丈夫ですか?アルバラードさん…」


『僕はジュノが庇ってくれたから平気…』


「オレを心配しろよ」


 グラスや食器が床に散らばり、揺れの凄まじさが分かる。(高級品だっただろうに…)

 ブルブルに『何があったのか分かる?』と聞いてみると、彼女は頭を振った。


「爆発音は前方の車両から聞こえました」


『様子を見に行ってみようか…』


 僕がヨロヨロしているので、ジュノが手を貸してくれる。足元に気を付けながら先頭車両に向かった。


 展望車両から一階に降りる。そこには車掌さんが3人居て、運転手は見当たらなかった。


 車両の右側に巨大な石があった。中に水が入っているように絶え間なく内側の光が動いている。(これが魔導結晶?)神秘的な光景に感嘆の息が溢れた。


「こ、これはラブカ様…」

「こんな所へご足労頂かなくても」


「一体何があった?」


 車掌さんが狼狽えながらジュノの対応をする。彼らが言うには線路にあった石に乗り上げたとの事だ。


 端っこに居た車掌さんが帽子を深く被る。僕の視線を避けるような動きに目を丸くした。


『…?、あ!君は…』


 僕に格安でチケットを売ってくれた親切な人だ。


 意気揚々と声を掛けようとした僕の肩にジュノの手が置かれ、引き止められる。

 驚いて見上げた先に居た彼の表情はナイフのように鋭かった。僕の前ではあまり見せない顔にゾクリと鳥肌が立つ。


『ジュ…、』


「………貴様らは何者だ…?」


 前に腕を出して庇われた。彼の素振りは明らかな警戒。


 ジュノのただならない雰囲気にイヴも真剣な顔をする。


「はは、何をおっしゃるのやら…。我々は魔導列車の運行を任された…」


「――嘘を吐くな」


 キッパリと言い切る彼には確信があるようだ。車掌さんたちは顔を見合わせて困憊している。


「魔導列車は俺が設計した。運行や管理に関わる全従業員の顔と名前は自然と目に入る」

 

「ご、ご冗談を。それではラブカ様は列車に関わる全ての従業員の顔と名前を覚えている、と仰っているようなものですよ?」


「その通りだ」


 (すご…!?)即答するジュノに目を剥く。彼の記憶力はどうやら僕とは比べ物にならない。

 確か前にも彼の記憶には驚かされた事がある。


「貴様らは何だ?誰に許可を得て此処に居る」


「……チッ。これだから魔王はよぉ」

「ブルクハルトとタタンの奴らも列車に乗せて、3人仲良く葬ってやろうと思ったのに…」


「はぁ!?お前ら…」


 チケットを安値で売ってくれた男の人は、忌々しそうに僕たちを睨む。帽子を取って、どうでも良い物のようにヒラリと捨てた。もう本性を偽る気がないのか、開き直ったように口が動く。


「お前たちも終わりだッ!仮に助かったとしても、キシリスクと戦争になるだろうなぁ!」


「…、」


 キシリスク魔道王国でイヴが命を落としたとすると、確かにタタンの人たちは黙っていないかもしれない。ただでさえ切迫していた状況だし、火に油を注ぐように憤懣が爆発する。(って、あれ…?)


『ねぇ、ブルブル』


「はい」


 僕の足元に居たブルブルが姿を現す。


 見た目が四つん這いのエイリアンな彼女のグロテスクな容姿に男たちの顔は青褪めた。


『彼らがキシリスクとタタンの戦争を企てた一味って事で間違いないんじゃない?』


「間違いありません。…しかし…、既に手遅れだったかもしれません」


『え?』


 舌を回した猟犬から視線を戻す。


 車両を一見したジュノは弾けたように運転席に向かった。2つ並んだ席の真ん中に立って、液晶画面に視線を固定したまま手元のボタンを指で弾く。


 珍しく焦っている彼に『どうしたの?』と尋ねた。


「…申し訳ありません、アルバラードさん」


『ん?』


「……各車両に接続されたブレーキの回路を切断されました」


『…、えっと…それはつまり』


 嫌な汗が伝うと同時に頬が引き攣る。


「…はい。…列車のブレーキが効きません」


『な…なんだってぇえ!?』


◆◇◆◇◆◇


 魔道列車は走り続ける。流れる景色が速く感じるのは僕の焦燥が故か。


 場所を2階へ移した。

 鬼族によって3人の車掌は拘束されている。彼らを前に僕たちは仁王立ちをしていた。


「貴様らは何者だ」


「……ダチュラ…」


 目が虚ろな3人はイヴの【王者の強制力(コウアース)】のお陰で包み隠さず暴露する。


「ダチュラだぁッ!?」


 座っていたイヴが立ち上がった。仕方ない。魔王会議で知ったけど、各国ともダチュラには困らされている。

 ブルクハルト国内でも妙な研究をしていたし、思い出したくないけど構成員に拷問もされた。(イタタ…)


「ブレーキを破壊して何のつもりだ?」


「……このままスピードを緩めずにルシュ・エベレに突っ込めば…列車は曲がりきれずに脱線する」


「ルシュ・エベレ…」


 するとジュノは僕を見上げた。


「アルバラードさん、未来の俺は列車の事故で1万人の死傷者が出たと言ったんですね?」


『う、うん…』


 間違いない。魔王会議で開戦に至った経緯についてイヴと言い合いになった時に、確かに1万人の負傷者が出たと言っていた。


「…ルシュ・エベレの街に、大きなカーブがあります。このままのスピードで突っ込んだ場合、…間違いなく周囲の建物を巻き込んだ大きな脱線事故になるでしょう」


『じゃぁ…!』


「はい。彼らの言っている事は間違いないようです。疾走している列車の魔導結晶は高温状態です。そんな状態で周辺の施設に突っ込めば…凡そ3km一帯の建物を吹き飛ばす筈です」


『それは…どういう事?』


「下の車両に格納されていた魔導結晶は、エネルギーの使用中は高温状態になります。そこへ例え一滴でも水が触れた場合、大爆発が起こります。この大きさの結晶であれば、3km一帯は何も無くなるかと…」


『ひぃ』


 魔導エネルギーはとってもデリケートみたいだ。下の運転ルームにあったあの綺麗な石が魔導エネルギーの源、魔導結晶。


「ダチュラの狙いもそれでしょう。ルシュ・エベレは運河が近く、例のカーブ付近に浄水場があります。他の街より爆発を誘発する条件は整ってます」


 魔導列車の乗客は多く見積もっても1200人。列車の脱線で何故1万人の負傷者が出たのか不思議だったけど、今分かった。


「…きっとアルバラードさんたちが来た未来でもそこで事故が」


 建物を巻き込んだ大爆発を伴う事故。しかも、計画的で仕組まれている。何処で脱線させれば被害が大きくなるのか考えられていたなんて。


「そうまでして何でお前らダチュラが戦争を起こそうとしてんだよ!何の得があるんだぁ!?」


「あの方が戦争をお望みだからだ…」


『あの方?』


「あの方は混沌を望んでいる」

「本当に魔王に相応しいお方だ!」

「我々はあの方にお仕えするのみ…ッ!」


 狂気じみた哄笑が響く。


 誰も知らないダチュラの頭。彼は思ったよりも危険人物なようだ。


「あの方って誰だぁ?」


 イヴの能力発動中の質問に虚偽は許されない。僕はゴクリと喉を動かして彼らの返答を待つ。


 すると、彼らのニヤけていた口元から血液が一筋溢れた。目がグルンと白目を剥き全身の力が抜ける。


「Avresti dovuto lasciarglielo fare!(こいつら…死んでいます!)」


 鬼族の人が確認し、声を上げる。それを聞いたジュノは小さく舌打ちをした。


「予めボスの正体に関する質問には答えられねーようにしてたみたいだなぁ。それは自分自身でなのか、ボスがしたのか分かんねーけど」


『そう…』


 自分自身でなら強い忠誠心。彼らの崇拝するボスの仕業なら酷い仕打ちだ。


 視線を切ると、僕は頭を切り替える。


『……まぁ、彼らの事は置いといて、今は列車を止める方法だけど…ジュノ』


「はい。アルバラードさん」


『この列車は先頭車両が牽引しているのかい?』


「そ、そうです」


 ならば車両の接続部が鍵だ。

 

 僕は必要な情報を得る為に、この先の道のりに関して執拗にジュノに質問した。


『なるほど…』


 ルシュ・エベレのカーブまで凡そ20分足らずで到達する。一刻の猶予もない。


 すると、不安そうなイヴが「旦那ぁ、どうするつもりなの?ブレーキ壊されたんだし、もう列車は止められねーんじゃ…」と言葉を挟む。


『ん?んー…試してみる価値のある作戦はあるよ』


 僕はジュノに貰った魔導列車の図面をテーブルに広げる。


『乗客、乗員は全員後部車両に移ってもらう。その後、先頭車両を切り離せば最低でも乗客の命は助けられる』


 ジュノが小さく頷く。


『問題はこの魔導結晶を積んだ先頭車両なのだけど、…誰か【転移】を使える人は居るかい?』


「オレは無理だなぁ」


「…俺も…術式は知ってますが魔力が少なくて…。お役に立てずすみませんアルバラードさん」


『大丈夫だよ』


 言いながら、最善策を模索する。(やっぱり、この方法しか思い付かない)僕は意を決して行動を開始した。


『じゃぁ、2人とも後部車両に移って』


「ど、どうしてですか!?」


「そうだぜ?アルバの旦那が残るならオレもこっちが良いんだけど!?」


 ケロリと言う僕に、予想はしていたけど激しい抵抗に遭う。


『2人が移った後で、後部車両を切り離す。後は先頭車両を誰も居ない場所に僕が魔法で【転移】させる。だから先頭車両は物質量が少ない方が魔力を使わなくて良いんだ』


「このデカブツを転移させるってぇ!?」


 先頭車両だけでも凡そ40t以上ある。本来であればそれ程の物体の転移は数人がかりの魔術師によって行われる。


「確かにアルバラードさんの魔力量なら可能かと思いますが…危険です。俺も側に…」


『大丈夫、大丈夫。それより切り離すのは問題なさそう?』


「は、はい…、それについては問題はありません。連結装置のナックルを破壊すれば切り離せます」


 ジュノが図面の連結部分を指差した。


『分かった。乗客は離れた車両で、衝撃に備えて低い姿勢をしてもらった方が良いね。注意喚起は任せるよ』


「承知しました。部下に通達します」


「おいおいおい!?話を進めちゃって良い訳ぇ!?」 


『ゆっくりしてる時間はないからね。ホラ、イヴも鬼族の人たちと一緒に乗客の人たちを守ってあげてね!』


 僕はイヴの背を押して、先頭車両から2車両目へ詰める。


「ちょ、旦那…!」


『後は任せたよジュノ』


 鬼族の人たちも後部車両へ誘導し、先頭車両には僕しか残っていない。

 にっこり微笑むと、ジュノは心配そうに眉根を下げた。


「……。分かりました。転移する先をお聞きしても?」


『…ブルクハルト建国時に荒れ地だった場所があった。そこなら誰も居ないし、安全だよ』


 転移先を聞いて、ジュノは目を瞑る。絞り出すように「、承知…しました」と言って胸に手を当てた。


『じゃぁ、扉が閉まったら僕は離れているから、連結器具を頼むね』


 僕が乗る方は走り続けるが、後部車両は動力源もなくなりすぐに停まるだろう。

 

 僕は穏やかに手を振って、扉が閉まるよう一歩離れた。


 暫くすると大きな金属音がして、車体が揺れる。どうやら接続部分を切り離せたみたいだ。後部車両の重みがなくなり、スピードが上がった。


『っと…、ゆっくりしてられないな』


「ご主人様は大嘘吐きですね」


 足元の空間からニュッと姿を現したブルブルに心臓が跳ねる。


『ブルブル、ダメじゃないか!ジュノたちと一緒に居ないと!』


「ご主人様はこちらに居るのに?」


『と、とにかくダメだよ。今ならまだ間に合う筈だ。向こうの車両になんとか飛び移って…』


 透明になって様子を窺ってたのだろうか。彼女の声色は「転移、だなんて…」と僕を非難する。


『、バレちゃったかい?』


「ええ」


 僕は魔術が使えない。つまり、【転移】ができない。


『2人には内緒だよ』


 困ったように笑って口元に人差し指を当てる。


『ブルブルは転移できるよね?頼むから安全な所に』


「それは承りかねます」


『、どして?』


 動揺を隠して拒否した理由を聞いてみる。


「何故って…このままだとご主人様が危険だからです」


『まぁ、危ないのは確かだけどね』


 (ブルブルには僕の計画もお見通しなのかな?)連結が切り離されたら、先の進路にある陸橋でこの車両を谷底に落とすつもりでいる。

 ルシュ・エベレに到達するまでに何とかするには、それしかない。


「死ぬおつもりですか…?」


『いや、死にたくはないけど…これが最善かなって』


 僕はダチュラの人たちの所持品だった魔晶石を懐から出す。彼らがブレーキを壊した、大きな衝撃を受けたら爆発する危険な石だ。


「それで橋を落とすのですね」


『そうさ。だから、君は直ぐに転移してほしい』


 図面を広げながら横目で確認したけど、運転席横に外へ通じる扉がある。そこから前方の線路へ向けて投げれば、ブレーキの回路を破壊した時みたく爆発が起きる。

 陸橋を崩す必要はない。線路から脱線させるだけでも、この車両は重みに従って谷底へ落下する。


「私が温存している魔力は、ご主人様とタタン様を未来へ返すためのもの。私が今魔法を使ったら2人ともこの時代に取り残されますよ」


『死んでしまうより良い。生きていれば、チャンスはきっと巡ってくる筈だから』


 ブルブルさえ居れば可能性は無限にある。その時にイヴと一緒に元の時代に戻ってくれたら僕は本望だ。


「でしたら、今ご主人様と共に転移しても同じかと」


『魅力的な話だけど…1万人の人が死ぬと分かっていて、列車を放ってはおけない。君が僕たちを連れて来たのは、事故を防ぐためでしょう?』


「命と引き換えに、とは申してません」


 ブルブルは足を動かそうとしない。でも、今回ばかりは僕も譲る気はない。


 沈黙の中、僕らは互いに睨み合っていた。



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