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135話 食堂車



 皆で2階3両目の食堂車に場所を移した。列車の中とは思えない見事なテーブルセッティング。生花も飾られ上品な高級感のある空間だった。長方形の室内にはテーブルが3つしかない。十分な間隔が設けられ、広々した造りだ。大きな出窓は外の景色を堪能出来た。

 従業員が食事を運んで来るので、ブルブルが空間に溶ける。


「旦那ぁ、まぁた食べねぇの?いい加減ちゃんと食わねぇと力が出ねぇよ?」


『うん…、そうなんだけどお腹がね…。でもスープは少し貰おうかな』


 胃は痛いが食欲はあった。


「沢山あるので、遠慮なく召し上がって下さい」


 僕の向かいに座ったジュノは目を細めてニコニコしている。まるで至福の時を過ごしているかのように恍惚としていた。


 睫毛長いなぁ、女の子にモテるどろうなぁ、などと見つめていると、ジュノはソワソワと落ち着かない様子で視線を彷徨わせた。

 ただ、ジュノが先程まで首から下げていた例の宝石がいつの間にか見当たらない。(今回の件とは関係なさそうだからいっか)


『そうそうジュノ、お願いがあるのだけど』


「何なりと仰って下さい」


『う、うん?えっとね…。この列車を次の駅までで運行を停止してほしいんだ。念の為、今日はそのまま動かさないでほしい』


「分かりました。お言葉の通りにします」


 拍子抜けする程簡単に列車の運休を約束してくれた。(本当に良いの?)あまりにすんなり了承してくれたのでお願いした僕の方が呆気に取られる。


 恐る恐るぎこちない様子で「…あの、…」と言葉が続く。


『何だい?』


「貴方の仰る通りにしますので…その、…」


 しどろもどろでモジモジしている。(会議でもこんな事あったなぁ)美青年が顔を赤くして落ち着かない様子はそれだけで絵になると言うか破壊力が抜群だ。


「…、の…。…ッ…宜しければ、貴方のお名前を教えて頂けませんか?」


 一世一代のプロポーズが来る雰囲気だったので身構えてしまった。

 ジュノの質問にいち早く反応したのはイヴだ。


「はぁあッ!?【月】テメー、旦那の名前も知らねーでそんな良い子ぶってやがんの?キモ…」


「黙れイヴリース・ベルフェゴール・タタン…」


「オレの名前はちゃっかりフルネームだし」


 僕が目を丸くしていると、「タタン様に二つ名が付いたのはこの時代から約1年後です」とブルブルが教えてくれた。(なるほど)

 でも確かに、僕の名前も知らないのに5年後と変わらない態度なのは流石に気になる。


『えっと、僕の名前はアルバラードって言うんだ。長い名前だしアルバで良いよ』


 名を聞いたジュノがうっとりして何度も僕の名前を小さく繰り返す。


「えぇ〜?旦那ぁ、オレは?オレも旦那の事アルバって呼んで良いよね?」


『勿論だよ』


「じゃぁこれからはアルバの旦那って呼ぶ事にすんね!」 


 人懐っこい笑みを向けるイヴは、上機嫌で食事を続けた。(旦那は変わらないんだね)

 城で出されるようなコース料理を堪能している。


『それでね、ジュノ。何故君は僕を知ってるの?てっきり今から2年後の魔王会議レユニオンで初めて会うのだと思っていたけど…』


「2年後…魔王会議で…?」


『ちゃんと、順序立てて説明するよ』


 僕達はブルブルの能力によって、今日起こる魔導列車の脱線事故を食い止める為に5年後の未来から来た事や、それによって多くの死傷者が出てタタン国との戦争に発展する事、しかしこれらは何者かに仕組まれている事実を伝えた。


『ちょっと信じられないかもしれないけどね』


「いえ、俺はアルバラード様が仰る事なら…」


『え…様?』


「、お嫌ですか?」


 責めてもないのにシュンと肩を落とす彼に『嫌と言うかどうして…』と眉尻を下げる。


『呼び捨てで構わないのだけど、……えっと、5年後のジュノは僕をそうは呼ばないんだ』


「俺は何と呼んでいるのですか?」


『アルバラードさん、かな』


「では、お許し頂けるなら俺も…、アルバラードさんと」


 名前も知らなかった相手に、何故此処まで畏るのだろう。

 アルバくん、君はジュノに一体何をしたんだい?

 首を傾げてみるけど、ジュノは照れたように俯き僕と視線を合わせようとしなかった。それを見たイヴが「根暗野郎」と吐き捨てる。


『凄く言いにくいんだけど、僕は前回の…ううん、5年後の魔王会議の前にそれ以前の記憶が無くなっちゃって…。申し訳ないのだけど、君を覚えてないんだ』


「俺の事など構いません」


 あの時と同じ答えだ。

 聖王国で魔王会議の合間にあった親睦会で、ジュノは全く同じ事を言っていた。

 

『…僕とはいつ知り合ったの?』


「…っ……」


 ジュノが返答に詰まる。表情が強張り、口を噤んでしまった。


「すみません…、その……」


『い…言いたくないなら良いよ!5年前のジュノは僕を知らないと思っていたから、吃驚しただけさ』


 笑顔を取り繕ったが、気になって仕方がない。ただ、ジュノの顔が曇ったので堪らず臆病になってしまった。

 もっと前に僕と会った事があると言う事。いつか教えてくれると良いけど、そこに関しては5年後のジュノも頑なに語りたがらない。


「2年後アルバラードさんも、魔王になられるのですね?」


『え?うん…』


「では、魔王会議レユニオンで…」


『そうだよ。どんな再会をしたのかは覚えてないけど、会う事になると思う』


 そう言えばその時の事を前にジュノが話していた気がする。公用語が分からなくて、アルバくんと話しそびれてしまったのだっけ。


 出された冷製スープを前にスプーンを取ろうとすると、横のイヴが満面の笑みで笑っていた。

 彼の手にはスプーンに掬われたスープが滴っている。


『や、イヴ気持ちは嬉しいけど自分で食べるよ?』


「何でぇ?昨日は食べてくれたじゃん!旦那の右腕はオレのせいだしぃ、これくらいさせてよ」


 ホラ、とスプーンを揺らすイヴに根気負けして口を開けた。彼が善意でしているのは間違いないので、この際僅かな羞恥心など捨てる。

 すると前方から不穏なオーラが立ち込めた。


「おい…イヴリース・ベルフェゴール・タタン…さっきの言葉は本当か?」

 

「あ〜?何だよジュノ・根暗フィム・ラブリーズ」


 (ラブリーズ…)ここぞとばかりに対抗してフルネームで、思い付く悪口をお見舞いしている。

 ジュノはそんな事はお構いなしで続けた。


「アルバラードさんの右腕が貴様のせい?返答次第では列車から放り出してやる…!」


「あ〜あ〜五月蝿いなぁ。…旦那とキシリスクに入ったばかりの時にオッサンに撃たれたんだよ!お前が広めた魔導銃で!」


「俺が…」


 そういえば、僕は魔導に関してよく知らない。

 解説を求めて何気なくジュノを見ると、暗い顔で沈んでいた。


『ど、どしたのジュノ!?』


「俺が作った物がアルバラードさんを…」


 犬耳と尻尾が力無く垂れた幻覚が見える。彼のせいじゃないのに凄く落ち込んでいる。


『気に病まないでジュノ!僕は大丈夫だよ!ホラ、えーっと、元の時代に戻ったらシャルに治してもらうし、その為にブルブルに腕を預かって貰ってるし!時間が止まってるからちっとも痛くないしね!』


「…、…」


 悔恨の念に呻くジュノは「Cazzo(カッツォ)…」と目を伏せた。僕が覚えているジュノ語録によると「クソ」とかそんな意味だ。薄々気付いていたけど、彼はキシリスク語だとちょっぴり口が悪い。


 右腕は少し不便だけどイヴがカバーしてくれるし、僕としては何の問題もない。

 そもそも、ジュノが作った物であっても彼を責める要素にはならない。


『僕は便利な物は皆に広めてより多くの人に使われるべきだと思ってるよ。ジュノが広めたっていう魔導銃って素晴らしいと思う』


「…」


『物自体には何の罪も無いし、結果的に撃たれちゃった訳だけど、イヴに怪我は無かったし僕は今回の件は全く気にしてないよ』


 言い聞かせるように言って、ニッコリ笑って見せる。彼が納得は出来ないが理解を示した所で、話題を変える為『それより』と区切った。


『魔導に関してずっと聞きそびれていたのだけど、魔導と名の付く物はジュノが作ったモノなの?』


 なんたってジュノは魔導王だもの。


「……厳密に言えば違います。特殊な石を加工して、莫大なエネルギーを発生させる手段を考案したのが始まりです。それを魔導エネルギーと呼んでいて、俺にその呼び名が定着したんです」


 続けて、キシリスクのエネルギー資源の殆どを賄っていると教えてくれる。


『凄い発明だね!街も見て回ったけど、そのお陰でとても発展してた』


 惜しみない賛辞にジュノは擽ったそうに俯く。


 ホログラムや、映写機より精密な映像技術、電化製品に近い機能性抜群の名器たち。犬型ロボットの番犬や、店番をする細身のロボットも全て、ジュノの発見した魔導エネルギーにより成り立っていると言う事。

 聞けば魔導列車はジュノが設計を手掛けた代物だそうだ。


 あれ、これって簡単に教えて良いのかな?キシリスク魔導王国の収入資源やエネルギー資産などは機密に関わるのでは?

 僕がチラチラと気にしていると、ジュノが柔らかく微笑む。


「大丈夫です。アルバラードさんにはキシリスクの全てをお教えします」


『いやいや、僕を信用し過ぎだよ』


 勿論キシリスクに攻撃を仕掛けたりするつもりは毛頭ないが、あまりに不用心ではあるまいか。


 でも、各国に魔導エネルギーを取り入れられたなら利便性は飛躍的に上がる。現在エネルギー資源の中心は鉱石と魔石だ。人口的な魔晶石はコストが掛かる。鉱山採掘は限りがあるし、砂海国には山が無い。他からエネルギー資源が確保出来るなら均衡が取れる。

 魔大陸において魔導エネルギーの需要性は確かだ。


『そうだ!レールをブルクハルトまで繋げるとか出来ない?』


「ご用命頂ければ直ぐに取り掛かります」


『本当!?あ…それには聖王国を跨がなきゃいけないから、確認しなきゃ』


 列車が国を行き来出来れば国交も盛んになるだろうし、魔力の有無に関わらず国民の皆が気軽に国外旅行に出掛けられる。

 転移は便利だけど、僕は旅行するなら移動込みで旅を楽しみたい。車窓の景色を見ながら旅行なんて胸が躍る。


 将来的にはブルクハルトだけじゃなく、魔大陸全土に展開したい。

 イーダは寛容だから利益を提示すれば賛同してくれる。(問題はオルハとイヴかな…)リリィお婆さんは断固拒否しそうだが、彼女の国は地の上に無いので安心だ。


『列車をイチから作れるなんて…やっぱりジュノは凄いなぁ』


 元の世界とは違う技術だけど、線路を滑走する乗り物をイチから生み出すなんて簡単な事じゃない。絶賛する僕を前にジュノは照れた様子で手を弄る。


「何もかも全てアルバラードさんのお陰で…」


『え、僕?』


 まさかと思いつつジュノを見上げるが、彼は視線を落としている。(聞き違いかな?)

 すると横から「へぇ〜?オレも居るのにお国事情言っちゃって良いんだぁ?」と頬杖突いたイヴが会話に入った。


 柔らかだったジュノの目元が氷のように冷たくなる。


「貴様が聞いたところで俺の不利にはなり得ない」


「ハッ!余裕こいちゃってさぁ」


 ジュノは冷たくあしらい、イヴはフォークを噛んで椅子の上で胡座をかく。


『こんな時だし協力し合おうよ。ごめんよジュノ、イヴは臍を曲げてて』


 塔に行った際、ジュノに扮していた鬼族の人に過去の遺恨について謝罪した事を告げる。ジュノは酷く驚いたようでツンとそっぽを向くイヴを一瞥した。


『それにイヴはジュノを助ける為に列車に残ったんだよ』


「旦那!違うだろぉ?コイツが、オレが脱線事故を起こした犯人だって言い張って、タタンに宣戦布告しやがるから…!」


 暴かれたイヴはあたふたと手を振り必死に弁解した。僕と話す時みたく素直になれば、きっとジュノとも仲良くなれるのになぁ。


「そ、それにさぁ、オレは旦那の右腕だし?」


 静かに聞いていたジュノが反応する。ギギギ、と首を動かす様は見事にホラーだった。


「右腕だと…?」


「アんだよ」


「取り消せイヴリース・ベルフェゴール・タタン!アルバラードさんの右腕は俺が務める」


「はぁ〜あ?ジュノ・根倉フィム・ラズベリー…お前は旦那の耳朶か何かだろぉ?」


 悪意でニヤつくイヴは、スープを飲む僕の横で立ち上がる。つられたのかジュノも起立し、テーブルに手を突いて反論した。


「Pezzo di Merda!(ふざけるなッ!)貴様など…アルバラードさんの小指にも満たない分際で」


「お前なんか爪かなんかだろぉ」


「ささくれが!」


「甘皮野郎ぉ!」


 子供みたいに啀み合う2人をほのぼの見守っていると、透明化を解除したブルブルが足元に来た。


『次の駅で列車の運行を中止するって言ってくれてるし、脱線事故は未然に防げたかな?』


「停止するまで油断は禁物です」


『そうだね。駅までどのくらいだろう?』


 窓の外の景色を見ると、長閑な自然が広がっている。スピードは一向に変わらないし、駅への到着はまだ先なようだ。


『ジュノ、今列車に乗ってるお客さんは大丈夫かな?』


「…運転士に伝え、予めアナウンスしておきます。極力目的地に行けるよう金銭などで埋め合わせしましょう」


『頼むよ』


 ジュノが鬼族の1人を呼びつけ耳打ちをする。彼は深々と一礼して運転手へ伝言を伝えに行った。


 話に区切りがついた辺りで紅茶を啜っていた手を止める。


『そう言えば、何で視察を早めたの?』


「本当だよなぁ!お陰でこんな回り道して苦労してよぉ」


 イヴはデザートを頬張りながらジト目でジュノを睨んだ。


「…、それは…」


『ブルブルから聞いたけど、数ヶ月振りの休日だったんだって?ちゃんと休まないと体に毒だよ』


 ジュノの顔を覗き込む。視線が合うと頬を赤くして手元を弄っていた。


「…ある村で、変わった金貨が使われたと報告が入って……」


 懐から金色に輝く金貨を取り出す。見覚えのある輝きに目を丸くした。


『…これって』


「ある村ってまさか隅っこのちぃせぇ村かぁ?」


 ジュノが頷く。彼の指先で光るのは僕が村で使ったブルクハルトの金貨だ。


「遥か西に国が建国されたと聞き及んでいました。噂程度ですが、王の容姿とその功績も…」


 功績は僕のものではないので、チクリと胸が痛む。そう言えば5年前はブルクハルトが建国されて間もない頃だ。


「ルビーアイだと聞いてアルバラードさんではないかと、心の底で思ってはいたのですが…様々な情報が散乱していて確信は持てなくて。本来であれば俺が会いに行きご挨拶するべきでした」


 国を築いて以降ずっと働き詰めだったジュノ。国の為に奔走していた中、西国の金貨が使用された報告を受けブルクハルトの関係者ではないかと直々に探しに来たそうだ。

 立場上、視察と銘打たないと外出が難しい状況で苦肉の策だったらしい。


 (まさか)僕が金貨を使ったからジュノの行動が変わってしまったのか…。あの時僕が金貨を使わなければ、ジュノはこの列車に乗車する事も無かった。

 軽率な行いを反省し、バタフライエフェクト効果に息を飲む。


『でも良かったよ。僕のせいでジュノが事故に遭うなんて絶対嫌だもん』


「いえ…俺が勝手に判断したので…」


 ジュノの口振りから察するに、僕の容姿は知っていたみたい。でも名前は知らなかったってどういう事だろう…。

 どちらかと言うと、大陸中を名前と一緒に悪い噂が広まっているので、他の人々とは順序が逆な気がする。せめていつ会ったのか分かればなぁ。


「でも問題はさぁ、脱線事故を起こしてタタンとキシリスクが戦争するように仕向けた奴らなんじゃない?」


『そうだね…』


 今回の件を回避しても、また仕掛けて来るかもしれない。そもそもキシリスク魔導王国とタタン国が戦争して得をするのは誰だろう?


「外患誘致罪はこの国で最も罪が重い。それを承知でキシリスクの国民がそんな事を企てるとは思えない」


「はぁー?それって、タタンの誰かがやったって言ってるのかぁ?」


「そうは言ってない」


 ジュノは僕以外の人には基本、無表情だからか誤解されやすい。あのイーダでさえも、ジュノは何を考えているのか分からない、と両手を上げている。


『そう言えば、ブルブル。列車の外に変な物は無かったかい?』


「はい。屋根上や車両の下には不審物は見当たりませんでした」


 車両の中は僕とイヴで確認したし、列車に爆発物が仕掛けられている線はないかな。映画の見過ぎか変な想像ばかりしてしまう。事故になったら取り返しがつかないので、用心するに越した事はないと思うけど。


『ジュノ、次の駅までどれくらい?』


「次は――…」


 ジュノの視線が窓の外の景色に走る。

 その瞬間、車体が大きく揺れた。



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