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132話 金貨



 警笛が鳴り窓がビリビリと震えた。僕は警笛の意味を察するが、イヴは何が起こったのか吃驚している。

 しかもこの列車が脱線すると聞いた途端にだ。列車が発した大きな音に周囲を警戒し「おいおい…なんだ?どうしたんだ?」と慌てていた。


『落ち着いてイヴ、大丈夫だよ。今のはただの警笛。列車っていうのは警笛を使って合図を送ったり注意を促したりするんだ。さっき踏み切りがあったからそれじゃないかな』


「なんだ、そっか…。、そっかじゃねぇ。落ち着いていられるかよ!この列車が事故るって嘘だろぉ!?」


 真っ青で頭を抱えるイヴの背を摩る。


『それより、未来にキシリスク魔導王国が無いってどういう事だい?』


 ブルブルの言葉の一文を繰り返した。


「正確にはお二人がこの列車に乗る前の時間軸です。そこではラブカ様は今日の魔導列車脱線事故に巻き込まれ、命を落としています」


「【月】の野郎が事故で死んだ…?」


 弾けるようにイヴが顔を上げる。見開いた翡翠色の瞳は微かに揺れていた。


 ーージュノが死ぬ。

 僕達が過去へ来た事で。


 押し寄せる現実に目の前が真っ暗になる。しかし、その端で電流がパチリと光った。


『……、僕達が乗る前…?』


「そうです」


『つまり、僕達の行動次第ではジュノを助けられるって事だね…?』


 (冷静になれ…)未来はまだ決まった訳じゃない。


「その通りです。…しかし、危険が伴います。事故を防ぐか、ラブカ様と共に慰霊碑に名を刻むか…2つに1つです。今なら元の時代に戻り、何事も無かったように過ごす事が出来ます」


 ブルブルが提案する。僕は少し間を置いて、ゆっくりと首を振った。


『…そこにジュノは居ないのでしょう?』


「はい」


『なら答えは決まってる』


 僕が変えてしまった未来だ。こうなったら全て拾い集めてみせる。

 決意して拳を握ると、ブルブルが笑った気がした。勿論彼女に表情などない。おっかない顔面が此方を見ているだけだ。


「ご主人様は、そう仰ると思ってました」


『そうかい?』


 断言する彼女に困ったように笑う。


『でも、イヴはどうする?僕が無理矢理乗せちゃったんだ。彼だけでも元の時代に…』


「馬鹿言うな。旦那が残るならオレも残るよ?今オレは旦那の右腕な訳だし、【月】の野郎がオレに命を救われたと知った時の顔も拝んでみたいしぃ」


 当然の如く言って悪戯っ子みたいに歯を見せる。イヴはジュノへの嫌がらせに関しては余念が無い。

 サディスティックな悪い笑みは彼なりの誤魔化しなのか、本気でジュノに嫌がらせしたいだけなのかは不明だ。


 何方にしても僕1人より心強い。お礼を言うと、彼は「ん、…んん」とまた照れた様子で咳払いした。


「分かりました」


『ブルブルは列車から降りてても良いよ?出来る事はするつもりで居るけど、何からして良いのかも分からない状態だ』


 すると猟犬はこれ見よがしに溜め息を吐く。


「…私の助け無しで、ラブカ様と相見えた時言語の壁をどうするのですか?」


『あ』


 ジュノは公用語を喋れない。彼と会っても意思疎通が出来なければ、僕はきっとただの必死な不審者だ。


「ラブカ様の言葉を聞き取り、私がお2人へ訳して伝えましょう。ラブカ様への言葉も同様に。スムーズな疎通が出来る筈です」


『…有り難う。頼むよ』


「私が皆さんを巻き込んだのです。最後までお供しますよ」


 脱線事故を防ぐとは簡単な事ではない。凡ゆる可能性を潰していく必要がある。

 しかし、皆で力を合わせれば何だって出来る気がした。


◆◇◆◇◆◇


 先頭車両2階、豪華ラウンジの窓辺にキシリスク魔導王国、国王ジュノ・セラフィム・ラブカの姿があった。

 群青の艶ある髪に雪の様に白い肌。瞳は黄金色に紅が混じる特徴的な色彩の青年。

 上半身の線が際立つ服は鬼族の民族衣装だ。その胸元でワインレッドの大きな宝石が揺れていた。


 彼は若いながらに3年前キシリスク魔導王国を建国した鬼族の統率者である。

 国は小さく居城も周囲の国々と比べると立派とは言えない。しかし白夜塔はジュノが設計に携わっており、設備的な面で言えば最先端だ。

 国を走る魔導列車の創設など、彼の知識量は常軌を逸している。

 

 ジュノは顰めっ面で頬杖を突き、列車からの景色を睨んでいた。苛立たしげに指で肘掛けを叩いており、彼の心情が窺える。


 指が首に掛かるチェーンを弄る。ほぼ無意識であり最近は考え事をしている最中に出る癖だった。

 指に掛かる重みに酷く安心する。宝石がそこに有ると思うと自然と心が落ち着いた。

 

 本来今日は数ヶ月ぶりの公休だった。しかし今朝、思いもよらぬ知らせを聞いて公務の予定を早めた。

 疲労が溜まっていたがジッとなんてとてもしていられない。

 

 本当は何もかも投げ捨ててその地へ馳せ参じたかった。

 だが彼の身分が足枷になり、公務という形を取らざるを得なかった。

 それが眉間の皺や指が鳴らす一定のリズムといった焦燥という形で表れている。焦れたジュノは冷め切った紅茶を干した。


 彼の手には国外の金貨が握られていた。


 キシリスク金貨とは違う、純度の高い上等な金貨。今朝方〈ヴィンセント・ウォーリス〉の街で換金された物だ。

 商人がザワつき領主が動いた事で、この金貨の存在が発覚した。

 街の近くの〈ヴァロント・デュレ〉の村に住む物売りの男が持って来たと言う事までは調べがついている。


 物売りの男を見張るよう指示は出した。後は彼がどういう経緯で金貨を手に入れたのか問いただすだけだ。


 今年大陸の西の方でブルクハルトなる国が建国された。その王は【動く塔】魔大陸の災厄と言われた魔女、アメリア・メイダールを討ち滅ぼした英雄だとされる。


 彼の噂は魔大陸中を騒がせていた。


「……」


 ジュノは遠い目で思いを馳せる。

 首のチェーンを忙しなく弄っていた。


 コン コン


 視線がドアの方へ動く。ラウンジの外からジュノの部下が遠慮がちに声を掛けた。


「Mi scusi, padrone. Ho preso la persona che ha causato il rumore. Allora, come vuole che proceda?(失礼致します、ラブカ様。先程1階の一般車両で騒ぎを起こした者達を拘束しました。どのように致しましょうか?)」


 声が震えていたのは、主人の機嫌が悪いのを重々承知していた為だ。

 今朝知らせを受けた際、即刻〈ヴァロント・デュレ〉へ馬を走らせようとしたジュノを無理矢理引き留めた。

 それが尾を引いて今のジュノは最高潮に不機嫌だった。長期の多忙による寝不足も相まって、普段感情を表に出さない彼から珍しく不穏なオーラさえ感じる。


 ジュノは酷使して痛む目頭を押さえた。


「… Pezzo di Merda… Non lo sai se non lo dici tu?La testa è adornata?(そんな事…俺がいちいち判断しないと駄目なのか?貴様らは何のために頭が付いているんだ?)」


「Ma, padroni… È simile al quarto principe. Dice di essere un principe.(しかしラブカ様…。捕らえた1人が…その、タタン国の第四王子と酷似していまして…。実際に王子だと名乗っているのでどうしたものかと)」


「Questo è un sacchetto di Fanta?(何だと?)」


 ジュノの目が鋭くなる。

 タタン国の第四王子は以前キシリスクに来た際、神を貶める発言をした。良い印象は皆無だった。


「Ti prego guidami. Inoltre, se si sta insultando senza nervosismo sessuale, sarete hanting la testa.(案内しろ。もし本物で、また同じ事を繰り返すなら首を刎ねてやる)」


「Sei in pericolo, quindi sei a Vert.(危険ですので念の為ヴェールを)」


 ラウンジから出て来たジュノに部下は薄い布を手渡す。認識阻害が付与された魔法アイテムだ。

 

 ジュノは渋々ヴェールを被る。ラウンジの外には4人の部下が控えており、ジュノと似たような格好をしていた。

 合流し1階へ歩き出す。ジュノを先頭に、家臣4人は2列になり彼の後に続いた。


 彼らを捕らえて隔離したとされる5両目の車両は騒がしかった。

 他の客を締め出した車両の通路に2人の男が居る。彼らを後ろ手に捕らえているのは列車の警備員だ。タタン国の第四王子と言い張る男にほとほと困り果て、此方の到着を心待ちにしている。


 外套を着た男が大きな声で喚いている。その姿は報告にあった通り、タタン国の第四王子に似ていた。

 もう1人は白髪の青年。ワイシャツの右腕部分を玉結びにしており、隻腕である事が一目瞭然だった。


 先頭を歩くジュノと、2人の視線が交わる。

 とは言っても、彼らから見ればジュノの顔はヴェールに包まれており何処を見ているのかも誰かも分からないが。


『ジュノ…?』


「……」


 確信が持てずアルバが呟いた。



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