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131話 列車



 ブルブルと別れた僕達は街中を歩いていた。

 線路の周辺は建物が少なく疎らだ。防音の為か巨大な壁を挟んで住宅地がある。


『ブルブルを待つ間、折角だしこのまま駅に行ってみない?運が良ければ列車を見れるかもしれない』


「えぇ〜?」


 僕はキシリスクの列車を見た事がない。両腕を頭の後ろで組んでいたイヴは気が進まない声を上げたが、拒否はしなかった。


 もしも列車が魔大陸に普及したら大陸中を駆ける乗り物として皆に親しまれる。地竜や馬より一度に沢山の人や物資を運ぶ事が出来るし、転移の際の魔術師の膨大な魔力も必要ない。

 何より車窓からの風景を楽しみながら旅行が出来る。

 魔法での移動は時間も掛からず便利だけど、たまには列車に乗ってお出掛けするのも楽しい。


 キシリスクの中心にある駅は一見すると駅だと分からない程に立派な建物だった。バーミリオンの外壁は煉瓦を象ったお洒落なもので、フォレストグリーンの屋根は一際目立つ。

 中には沢山の人が行き交っていて、出店が並んでいた。

 ガラス張りの待合室、店員がロボットの土産屋、立ち食いの飲食店まである。

 幾つもの風船が駅内の要所に括り付けられていて、祭りのようで浮き足立つ。


 口を開けたままキョロキョロ見回し『おぉ…』やら『わぁ』など感じたままに声を漏らす。それにイヴが呆れていたが、感動を抑えられなかった。


「此処は相変わらず賑やかだな…」


 タタン国の王子は苦虫を噛み潰した顔をしている。


『イヴは来た事あるの?』


「嗚呼、父上と…例のパーティーの前にさ。ちょっと寄ってみたけど…まぁ、あん時もこんな感じだったぜ」


 複雑な表情をしたイヴが言わんとしている事は分かる。優れた技術を素直に認めたいが、戦争中の敵国である為躊躇いが残っている。

 戦争を未然に防ぐ事が出来たら、互いの国が歩み寄る未来もあるかもしれない。


『!』


 広い駅内の案内をしている車掌さんを見付けた。


「どうしましたか?」


 誠実そうな印象を受ける、正しく制服を着こなした若い男性だ。ふわりと優しい笑みで迎えてくれる。


『少し聞きたい事があるのだけど…列車は後どれくらいで来るかな』


「もう間もなくですよ。お急ぎ下さい」


『あ…僕は乗らないんだ。観光で見に来ただけだよ』


「そういう事でしたら、彼方から見るのがオススメです」


 車掌さんはそう言って、鉄道ファンなら誰もがシャッターを切る絶好のスポットを教えてくれた。そこだと線路の曲がり具合から全体が見えるらしい。

 

「しかし、此処迄来て勿体ないですよ。せっかくいらしたのですから、一度乗車してみては?一般車両は良心的な価格ですしチケットも此方で購入してますよ」


 爽やかな笑顔で営業を始める車掌さんは、魔導列車の様々な種類のパンフレットを寄越す。


 すると列車が来るのを知らせるチャイムが鳴った。


 幼児の如く待ち切れない気持ちで、教えてもらった場所で列車を待つ。

 前方に現れたのは蒸気機関車とは異なる非常にスタイリッシュな列車だった。

 前方は大きなスモークガラスで、鼻先が突き出たフォルム。2階建てで大きく、海外の豪華な寝台列車のイメージがピッタリだ。濃蒼色の巨体が駅に滑り込んで来る。


 風船が風に煽られて飛んで行ってしまった。視線が風船を追い掛け、上を見上げた拍子に車両の窓に見知った姿を捉えた気がした。


『え…』


 ほんの刹那。でも確かに。


「どうした、旦那」


『さっき、2階にジュノが乗ってた気が…』


 とうに通り過ぎた車両を見遣る。

 ドクドクと動悸が激しい。

 このチャンスを逃すと2度とないかもしれない。(事故が起こった後で後悔はしたくない)

 僕は乾いた唇を舐めた。


『イヴ、これに乗ろう!』


「え…っ!?」


 突拍子のない発言に耳を疑う。僕は言い終えると同時に足を動かしていた。

 先程案内をしてくれた車掌さんの所へ駆ける。


『やっぱり乗りたいんだ!これで大人2人分のチケット買えるかな』


 僕は有り金全てでチケットの購入を試みた。


「有り難う御座います!特別キャンペーン中で割引させて頂きますね!快適な列車の旅をどうぞ、お楽しみ下さい」


 銀貨8枚と引き換えに、金色のチケットを2枚貰った。

 戸惑うイヴの手を引いて、人を掻き分けて進む。


「旦那ぁ、本気で乗るの?」


『今日、ジュノと話が出来ないと明日に間に合わないかもしれないでしょう?…と、ごめんよ通して!』


 直ぐに出発してしまうのではないかと焦る。見物している人々の間を縫って進んだ。

 

 実際に列車を見て、もしもこの巨体が脱線事故を起こしたらと想像してゾッとする。一部2階建ての10両編成。大惨事になるのは間違いない。


 真ん中辺りの車両に飛び乗ると丁度扉が閉まった。乱れた息を整えていると、数名の人と擦れ違う。

 イヴが人目を気にしてフードを被った。


『…この車両は何両目だったっけ?一般車両が自由席なら良いけど…』


「自由席?」


『人を多く乗せる乗り物はお客さんの快適な環境維持や定員数を守る為に座席を指定して管理している事もあるんだよ』


 チケットに表記がないか確かめていると「旦那は列車に詳しいな」とイヴに感心された。

 それが暗に何故見た事もない魔導列車に詳しいのかと言われているようでギクリとする。(前の世界の知識なんて言っても…)

 この世界で技術が進歩している魔大陸でも、魔導列車は画期的な乗り物だ。他の大陸には無い事は勿論、キシリスク以外に所有していない。


『あはは…』


 誤魔化すように笑って平静を取り繕う。

 地面が揺れて列車が動き出したのを知った。


 するとイヴは大声を上げて窓に張り付く。


「おぉおお〜!スゲー!本当に動いてる」


 僕もつられて窓の外を見る。

 鉄の巨体が線路を滑走しているのを肌で感じ興奮していた。後ろへ流れていく景色の速さに感動している。

 妙な意地を忘れて称賛する彼は純粋にキシリスクを褒めていて、それだけで乗って良かったとさえ思える。


『取り敢えず作戦会議しよう。空いてる席に座ろうか』


 場所を変えようと移動を始める。前方へ進み、そこが6両目である事を知った。通路を挟んで両側に2列座席が並んでいるスタンダードなタイプだ。


「座らねぇの?」


『うん…内容が内容だからあまり人が居ない所が良いなぁ』


 5両目と6両目の間に2階へ通じる螺旋階段があった。チラッと見えた2階の内装は全くの別世界。上品な赤い壁紙が超VIPルームだと告げている。


 それでも1階の5両目も贅沢な個室タイプだ。通路が左側に寄り座席が壁で仕切られていた。

 扉に付いた小窓から覗くと、座席が向かい合っており談笑するのに最適な場所。

 小さな子供がはしゃいでいたが、全く声が漏れていない。防音もしっかりしている。


 4両目も同様のタイプだった。やっと見つけた空いた席の扉を恐る恐る開ける。

 イヴはフカフカの座席にご満悦で、車窓の景色を楽しんでいた。

 扉を閉めて、イヴの向かいに腰を下ろす。


「で?【月】の野郎は何処に居るんだぁ?」


『多分2階の1、2両目くらい。一瞬だったから分からないけど…』


 僕は車掌さんに貰ったパンフレットの、列車の内装が描かれたページを見る。

 2階の1両目は座席と言うよりラウンジと言った方が正しい。硝子張り展望デッキでお茶が飲めるお洒落な車両だ。

 2両目はシャワールーム備え付けの豪華ホテル張りの部屋。

 3両目は食堂車。

 4両目は会議室。

 5両目は1階と同様に個室に分けた座席のようだ。


「じゃぁサクッと行って来ようぜ!明日の列車の運行を止めろって」


『そんな簡単にいかないよ。ジュノが居るって事は他の鬼族の人も居るだろうし…。騒ぎを起こせば最悪摘み出されるかもしれない』


 2階は超VIP空間だ。警備の人も居るかもしれない。


 すると扉の窓から死角の辺りに歪みが出来た。この光景に慣れてきつつある僕は平常で『お帰り』と迎える。


「…お待たせしました。……、何故、列車に乗っているのですか?」


 キョロキョロと周囲を見回したブルブルが告げる。


『ジュノがこの列車に乗ってるんだ。なんとか接触出来ないかと思って』


「……その時、誰かと会ったり話したりしましたか?」

 

『特には…』


 意味深な質問に首を傾げた。


「ご主人様、タタン様、落ち着いて聞いて下さい。私は先程のラブカ様の行動の変化に対し、原因とその後の未来を検証してきました」

 

 イヴはお腹が減ったのかジュノに買ったお菓子の箱を開けて包みを解く。マドレーヌのような焼き菓子を美味しそうに頬張っていた。

 (お腹減っちゃったよね)朝食もまだだったので仕方ない。


「ご主人様とタタン様が過去へ来た事により、早くも未来が変わっていました」


『!それってマズイんじゃ…』


「この時代から5年後…つまり、私達が元居た時代にキシリスク魔導王国は存在しませんでした」


「はぁ?」


 イヴが顔を顰める。


『どう言う事?』


「まず、きっかけは脱線事故です。その事故の日付が変わっています。事故が起こるのは今日。まさに今乗っているこの列車が事故に遭います」


「『な…何だってぇえ!?』」


 思わずイヴとハモった。驚きのあまり座席から立ち上がり、イヴはお菓子を喉に詰めそうになっている。

 僕は自らの不運を嘆くしかなかった。



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