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116話 商会



 アンジェリカとブルクハルトを繋ぐ街道。

 土を踏み固めて出来た道は荷馬車が擦れ違える程に広い。

 辺りは緑の絵の具を蒔いたような草原であり、奥には大地が割れて押し出てきたかのような丘も見える。

 

 先頭にニナ、次にレティジール、アンドリュー、ゼレスの順で最後尾を白髪の青年と小さな少女が歩いていた。

 アルバは相変わらず荷物を抱えており、それを少女が懸命に気遣っている。大きく膨らんだリュックの重みを少しでも緩和しようと両手で支えていた。


『ニコ、大丈夫だよ。腕を上げてるのは辛いでしょ?無理しないで』


「シロ汗、凄い。手伝う」


『これくらい平気さ。これで少しでも力が付いたら、力比べにジュノかオルハを腕相撲にでも誘ってみようかな』


 本気か冗談かへにゃりと笑う彼の額には大粒の汗が光る。


「遅れるな小僧!」


 レティジールの怒号が飛んだ。


「全く、魔族の癖にこれしきの荷物で素早く動けないのか?」


『うーん、僕はひ弱な方だからなぁ…』


 ゼレスが苦言を漏らすが、魔族にしては実に情け無い返答だ。プライドの欠片もない。


 すると先頭を歩いていたニナが「シッ」と人差し指を立てて急に止まり、周囲に目をやった。

 地面に耳を付けて正体を探る。


「…この先に何か居るかもしれないわ」 


「魔物か?」


「街道に出た魔物は剣せ…、ッ…他の冒険者が退治したらしいから暫くは出ねーと思うがな」


 小高い岩の上に立ち目を凝らしたニナは、荷馬車が見えると言う。


「人に囲まれてる。野盗かもしれないわ」


「げぇ、面倒くせぇ」


 眉を顰めたレティジールは黙考した後「迂回するぞ」と指示を出した。仲間は頷き街道から進路が逸れる。


『荷馬車が野盗に遭ってるの?』


「嗚呼、そうらしい」


『助ける為に回り込んでるのかい?』


 青年の問いにゼレスは頭を掻いた。


「良いか?貴族のボンボンには分からないかもしれないが、彼には彼の考えがある」


 彼の考えが一向に分からないので小首を傾げる。


 【白百合】一行は背の高い生い茂る草木に身を隠しながら街道を避けた。

 最後尾に居たアルバの足が止まる。


『このままじゃ馬車が…』


「余計な事に首を突っ込む程、こちとら暇じゃねーんでな」


 レティジールの冷えた声に、見捨てるつもりだと理解した。

 勇者とは悪しき者を倒す存在だと認識している彼にとって不思議な心地だった。


『ちょっと見て来る』


 荷物を抱えたまま歩き出した青年を【白百合】の面々は引き止める。


「勝手な真似すんなッ!」


 いつも従順だった彼が初めて命令を無視した。此方の声が耳に入っていないかのようにアルバは進み続ける。


「チッ…」


 舌打ちをしたレティジールは首を一振りし、彼らは青年の後を追い掛けた。


 草木を掻き分けて進むと、開けた場所があった。そこから見慣れたリュックが見えてレティジールは安堵すると共に怒りが湧き上がってくる。


「小僧ッ!テメー…」


『シッ…』


 身を低くして段差がある谷間を見下ろしていた。人差し指を唇に当てた青年は注意深く荷馬車を見ている。


 レティジールはその双眸に微かな違和感を感じた。


 先程までのヘラヘラした様子は微塵も無く、静かに観察している彼の姿は狩りをする肉食魔獣のようで怖気が走る。


『あ…ちょっとマズいかもね。護衛の人が居るなら邪魔になるかと思ったのだけど…』


 荷馬車の周囲を囲む6、7人の野盗に対して戦えそうな者は4人。

 数の不利に加えて1人の野盗が荷馬車の車輪を壊した。馬を走らせて逃げる事が困難になる。


 荷物を下ろした青年がユラリと立ち上がった。


「おい、小僧まさか」


『危ないからニコは此処に隠れててね』


 土の斜面を滑り降りた青年の動きは早く、常軌を逸していた。微な稲妻が尾を引いた事に誰も気付けなかった。


 野盗が荷馬車に乗っていた男を地面に引き倒し、刃物を振り上げる。

 人を殺す事に一切の躊躇いもない、寧ろ快感を得ている表情に男の足が凍り付いた。視界を閉ざして迫る刃に死を覚悟する。


 甲高い何かが弾ける音がして、恐る恐る目を開けた。


「な…」


 ローブ姿の青年が此方に背を向けて、恐ろしい凶器から魔法の防護壁を駆使して守ってくれている。


 突如現れた彼に、野盗も荷馬車の護衛も驚いた。


「魔導師…!?」

「何でこんな所に…ッ」


『優位性を保てなくなったって、見逃してくれたりしない?』


 緊迫した場面でも情けない笑顔を浮かべる白髪の青年に、底知れない恐怖を感じる。

 鋭利な刃物を持った野盗相手にも臆せず戯言をかますその豪胆。何処か掴み所のない彼はその力量さえ測らせない。


 たじろく野盗に追い討ちをかける形で、レティジール達が合流した。


「悪党共!この剣聖レティジール様が相手だ!逃げるなら今のうちだぜッ!」


「リーダーは火新龍さえ討伐しています!」


「マンティコラも瞬く間にやっつけたわ!」


 野盗達は剣聖と聞いて、臆した1人が駆け出すと蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 「口ほどにもねー」と吐き捨て、剣を収めるレティジールにアルバが笑い掛けた。


『なんだ…やっぱり助けに来てくれたんだね!』


「あ…?嗚呼…」


 野盗が後退ったのを見計らって降りて来たが、彼は都合の良い事に何かの作戦だと勘違いしている。


 先程の見事な防護壁は何だったのか。

 ブルクハルトの貴族は魔法も嗜む習慣があるのか。


 自分はとんでもない間違いを犯しているのではないかと疑う。実は名のある魔導師で、剣聖のニセモノが居ると噂を聞きつけ捕まえに来たのかもしれない。


 レティジールはユニオール大陸のナイル国で生まれた。元山賊で冒険者に転身して間もない。

 本当はBランク冒険者であったが、ある時魔物との死闘を見た村人が剣聖だと勘違いをした。彼の容姿、赤茶の髪が代々剣聖に受け継がれる特徴として一致しており、村人達は彼を大いにもてなした。


 それに味をしめた彼は自らをレティジールと名乗り始め、剣聖がリーダーを務める【白百合ホワイト・リリー】のパーティーに見合う仲間を集めた。

 元盗人のアンドリュー。元山賊仲間のゼレス。元詐欺師のニナ。


 剣聖のパーティーと名乗るだけでご利益に肖りたい輩は羽振りが良くなる。

 本物が名声を轟かせる毎にレティジールの収入は増えた。その収益で白鎧に白剣なども購入し今に至る訳だ。(バレたのか?)


 しかし、アルバは英雄に出会った少年のような顔で此方を見ていた。


「小僧、さっきの防護壁は…」


『さっきの?嗚呼、魔道具アーティファクトだよ』


 そう言って見せられたのは龍が絡み合う指輪だった。(なんだ、魔道具かよ)魔族が持つなど珍しい。

 彼が飛び出す直前に見せた身の毛もよだつ雰囲気が嘘のように霧散している。(気のせいか?)


『王都に凄い魔道具を売ってる店があってね』


「ほぉ、素晴らしい品ですね…」


 指輪を注視したアンドリューが顎を摩る。


「冒険者様ッ!」


 声がして其方を見れば、荷馬車に乗っていた人々が並んでいた。


「危ない所を本当に有り難う御座います!」


「はは、命拾いしたなテメーら」


 胸を張って功績を誇るレティジールの後ろで、白髪の青年は荷物を取りに戻ろうとねずみ返しの斜面に悪戦苦闘していた。

 草を掴み引っ張って、更に崖の上の少女になんとか手伝ってもらいやっと荷物に辿り着く。


『はぁ、はぁ…』


「偉い、シロ」


 腰を落として息を整えていると、少女が髪を撫でてきた。お返しに『ニコも言った事を守ってくれて嬉しいよ』と頭をポンポンする。

 彼女は身の危険を省みない大胆な行動をする時があるので青年は心配していた。

 

 その言葉に少女はコクンと頷き「我慢した」と零した。


◆◇◆◇◆◇


 荷馬車の者は商会の主人とその使用人、御者、雇われ兵が4人だった。


わたくしアンジェリカで商売を営んでいるローズ商会の会長をしております、カーベル・プリムローズと申します」


 中年の口髭を蓄えた男が挨拶する。彼は続けて使用人と御者、護衛人達の紹介を終えた。


「シロ様、命を救って頂いた御恩は忘れません」


『僕1人じゃあの後どうする事も出来なかったよ。レティジール様が来てくれなきゃ、彼らが逃げ出す事もきっとなかっただろうし』


「そうだぜ。弱っこい小僧なんて次の瞬間には串刺しにされてたかもしれねぇ。精々この俺に感謝してくれよ」


 雇われ兵が荷馬車の車輪の応急処置をする中で立ち話をする。


 カーベルは青年に命を助けられ讃美を惜しまない。勿論剣聖が悪党を追い払ってくれたのも感謝していたが、あの時身を挺して剣を弾いてくれたのは他ならぬ彼だった。


「皆様に何かお礼をしたいです。何方へ向かっておられるのですか?」


『ブルクハルトだよ』


「それは奇遇ですね!私達も王都に向かっております。どうか今晩の野営の際の食事はご馳走させて頂けませんか?」


「え?命を助けて貰ったのに、食事だけで恩を返したつもりなのかしら」


 ニナの棘のある言い回しにも笑みを崩さないカーベルは「とんでも御座いません!ブルクハルトは私の支店が幾つかありますので、是非ともお立ち寄り下さい!」と勧める。


「あら、何があるの?」


「衣類や雑貨、化粧品など様々な物を取り揃えておりますよ」


 女性向けの商品もあると知り、ニナは気を良くした。


「レティジール、ブルクハルトに着いたら行ってみましょうよ」


「勿論タダなんだろうな?」


「はい。恩人の皆様から金銭を受け取る訳にはまいりません」


 余程の商会なのかカーベルは当然のように言い放つ。


「まずは今晩のご馳走を楽しみになさってて下さいね!」


 車輪の修理が終わり、雇われ兵が御者に合図を送ると荷馬車が動き出した。


 【白百合】一行は口角を上げて後に続く。カーベルに荷物を馬車に積まないか聞かれて、青年はその言葉に甘えた。

 少女の手を握って荷馬車の後ろからついていく。


 雇われ兵が四方に居て、勇者一行も居る。何とも心強い布陣に青年は呑気に鼻歌を歌い始めた。



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