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106話 睡眠



 パロマ城の廊下で、集まる視線に緊張する。挙動不審で歩いていると、鬼の形相のオルハに背中を叩かれた。


「シャキッとしやがれッ!」


『無茶言わないでよ…』


 僕の外見がオルハなので非常に目立っている。普段城でも隙が無く振る舞ってる彼が、壁伝いに歩いたりビクビクしてるから、周囲も極めて異質な光景として目に映っているのかもしれない。


『……耐えられそうにない。吐く。胃が痛い。尻尾が重い。僕が【鮮血】だって言っても良い?』


「ざけんな!んな事言ったら俺のスキルが他の野郎にもバレちまうだろうがッ!俺らしくしとけ!」


 (そうは言われてもなぁ、)コソコソ喋っていると、廊下の奥から「おおぉ」と初老の男性が近付いて来た。


「オルハロネオ様、お久し振りで御座います…!」


 勿論僕の方に挨拶して来る。(誰?)オルハに会って感激しているみたいだけど、当の彼は僕の体なのを良い事に先を歩いていた。


『ちょ、オル…せ、【鮮血】!ま、待って…、ぁ、違う…待ちやがれドカスー』


 オルハに成り切って悪態を吐く。

 足を止めて振り向いた彼は目元がピクピクと痙攣し、あからさまに怒っていた。(だって仕方ないじゃん!)


「オルハロネオ様?」


『あ…ごめんね。えっと…申し訳ないけど後日話を聞く事にするよ!良いかい?』


「は、はい!勿論で御座います…!」


 僕はホッとしつつ恐縮する男性に目をやる。人の良さそうな柔らかい雰囲気のオジさんだ。

 すると背後から足音が近付いて来て、僕の尻尾をむんずと掴む。(うぎゃ!)


「良いから無視しろド・カ・スがッ!」


 ご立腹な王様に続いて、城の外に出た。


◆◇◆◇◆◇


『また此処かい?』


 連れて来られたのは、この前泊めてもらった建物だった。


「他のアジトの場所までテメーに知られてたまるかよ」


 どうやら彼の秘密のアジトは複数あるらしい。聞けばオルハが滞在する場所の条件として、出入り口が2つ以上ある事、窓が大きい事、隣が空き部屋である事など、独自ルールが存在するようだ。


 以前は息抜きのお忍び部屋だと思っていたけど、彼の過去を知った今なら分かる。

 用心深い彼らしい、暗殺や奇襲に遭った時の事を想定しての位置取りの部屋。城も彼にとっては安全とは言えないのだ。転々と寝起きする場所を変えて、居るかもしれない謀反者に居所を掴ませないようにしている。


 凄く嫌そうに眉間に皺を寄せるオルハは、鍵を開けて僕を室内へ促す。


 他人の視線を感じない庶民的な個室は凄く心が落ち着いた。破れたソファに腰を下ろし、疲れた様子のオルハを見遣る。

 彼は部屋を注意深く見渡した後、窓辺に張り付いた。僕が此処に初めて来た時も全く同じ行動をしていたのを思い出す。

 暫く窓の外を見て、気が済んだのか壁に身を預けて腕を組んだ。


『明日は早いのかい?』


「嗚呼、早めに寝とけ。早朝に行って叩くぞ」


『じゃぁ…どっちがベッド使う?』


「はァ?んなの、…」


 言われて気付いたみたいだけど、オルハの体をした僕がソファを使うと脚がはみ出る。


「……俺がソファで良い…」


 僕の体の方がちょこっと小さいから、オルハは奥歯を噛み締めながら了承した。僕は『やったー』と上機嫌でソファに寝転ぶ。


「どうせ寝ねェし。それよりテメー、俺の顔で笑うな」


『今は誰も居ないし、良いじゃない』


「……」


 酷く不服そうに顔を歪めている。

 オルハの笑顔を見たのは、エニシャとトレレスの街に観光に行った夜のあれ一度きりだ。


『…笑うくらい良いじゃん』


 別に笑ったからって、相手に舐められるとか、隙を見せる事にはならないと思う。オルハがいつも仏頂面なのは、まるで自分に近付くなと周囲に威嚇しているみたいだ。


『さっきのオジさんって誰?』


「あ〜?丞相の事か?」


『丞相って偉い人だよね。僕はそんな人を差し置いて出て来ちゃったのか…。後で怒られない?』


「ハッ!俺を怒る?んなの誰にも出来ねェよ」


 そう言えば、オルハは自分の部下を身近に置かない。会議でも唯一幹部を連れていなかった。(……)


 エニシャもオルハは仕事のし過ぎだって言っていた。彼女は外出を共にする名目でも、仕事を休んでくれて嬉しいとさえ零していた。


 オルハの仕事量は膨大なものだ。それは人を信用出来ない彼が大体の事を1人で解決してしまう器量の持ち主であるのも理由の一つ。

 睡眠時間は極僅かで、パロマ帝国の実務を殆ど熟している。

 さっきの丞相のオジさんも悪い感じはしなかった。オルハを心から尊敬する敬意が伝わって来た。 


『…もっと周りを頼っても良いと思うけどなぁ』


「はァ?いきなり何よ。俺のやり方にケチつけんなクソが」


『普段もあまり寝てないって聞いたよ?』

  

 さっきもどうせ寝ないとか言ってたし。


「出所はエニシャか?寝なくても大丈夫なんだよ。眠くもねーしな。ひ弱なテメーと一緒にすんな」


 釈然としない。オルハって実は不眠症?


『何でそういう言い方しか出来ないかな。…君を心配しちゃいけない?』


「心配だと?テメー何様だよクソッタレ」


『友達だと思ってるけど…』


「はァ?」


 眉間に濃い皺を刻む。

 どうやら僕の片思いみたいだ。まぁ、良いんだけどね。


「ふざけた事抜かすんじゃねェぞ!」


『まぁたそうやって直ぐ怒る』


「…チッ、気に入らねー」


 ご立腹なオルハは不必要に足音を鳴らして、外へ行こうとする。


『何処行くの?』


「…明日の予定は変わらねェ。準備だけはしっかりしておけ」


 それだけ言うと、彼は何処かへ行ってしまった。


◆◇◆◇◆◇


 おかしい。早朝出発って言ってたから、頑張って朝早くに起きたのにオルハがソファで爆睡しているのだが。


 昨日、僕はこの前市場の人から貰った食材で晩ご飯を作った。

 オルハの分も一応作ってはみたけど、彼は朝まで帰ってくるか分からない。まぁ、保存が効くから適当に冷蔵庫擬きに突っ込んでおいた。


 ご飯を食べた後はお風呂に入って、ベッドに転がって本を読んで…。こんな事をしていると一人暮らしの頃を思い出す。

 欠伸が出たと思ったらいつの間にか眠りについていた。


 少し早めに眠ったお陰で早起き出来た。誰かさんに蹴飛ばされずに済むと安心したまでは良いけど、薄暗い室内にオルハが帰って来ていて吃驚した。

 眠らないって言ってた癖にソファに身を横たえて、普通に寝ている。

 昨日彼が食べるか不明だが作り置きしていた惣菜は綺麗に無くなり、流しに食器が重ねてあった。


 僕は欠伸をしながら彼に毛布を掛けた。近付いても微動だにせず、ぐっすり眠っている。

 子供みたいに寝ているオルハを放って、顔を洗いに洗面台へ向かった。





「……」


『おはよーって言ってももう直ぐお昼だけど』


 顰めっ面で身を起こしたオルハに挨拶する。


「…また寝てたのか?俺が…?」


『日頃の睡眠不足が祟ったんじゃない?』


 寝坊した彼は僕を見上げて、非常に不機嫌そうだ。


「…起こせよ」 


『え〜?だって君よく寝てたし、ドラゴン討伐はお昼からでも良いかなって』


「よく寝てただと…?適当言うんじゃねーぞ…」


 事実を言っただけなのに凄く納得いかなそうだ。(何で?)


「…認めねェぞ…こんなん、クソ…」


『まぁまぁ、眠れて良かったじゃない。体調は万全で行かないと』


 そんなに憤らなくても違う体だから、オルハの思うように動かなかったって可能性もあるし。僕がそうフォローすると、彼はやっと飲み込んだのか立ち上がった。

 ただの寝坊に過敏すぎやしないかい?

 

『ご飯出来てるけど』


「嗚呼…」


 まだ眠そうに欠伸を零すオルハにお茶を差し出す。

 残った食材で作った簡素な食事だが、彼は意外に文句を言わない。

 蜆の味噌汁と焼き魚、だし巻き卵、雑魚と大根おろしの酢の物、ほうれん草のお浸し、それらの和食に合わないトースト。


『パロマにもお米があればなぁ…』


 僕はほかほかの白いご飯を想像して息を吐く。


「米だと?」


『そ。ユニオール大陸で盛んに育てられてる穀物なのだけど、こういう食事にはピッタリだよ』


「…はーん…」


『ブルクハルトで育ててもらってる稲がそろそろ刈り時だけど、お裾分けしようか?』


「……考えとく」


 味噌汁を啜るオルハの言葉に面食らう。てっきり要らねェよって言われるかと思っていた。


「前も思ったが何でお前料理作れンだ?」


『ん?僕料理するの好きでさ。簡単な物なら自分の部屋で作ったりしてるんだよ』


 せっかくキッチンが備え付けてあるし、活用しないとね。食材さえあれば大体のものは作れる。

 でもあまり自分で作ってしまうと料理人達が落ち込んじゃって大変だから、最近はあまり作っていなかった。


『人の為に作ったのはオルハが初めてかも。食べてくれる人が居ると作り甲斐があって良いね』


「…はーん」


 興味あるのやら無いのやら、彼は気のない返事をした。



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