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105話 過去



 オルハロネオは、パロマ帝国先代皇帝の第一皇子として生を受けた。

 皇太子と持て囃される彼が初めて挫折を味わったのは、思春期真っ只中。当時思いを寄せていた相手に盛大にフラれ、純粋だったオルハは荒れに荒れた。

 言葉遣いも粗暴になり、人間不信に陥った彼は堕落した生活を送る。


 青年期に突入する頃には日替わりで女を侍らせ酒に溺れていた。


 そんな彼を救い出したのがクロード・ミュエット。緑の髪の鹿のような角をした青年だった。


 城へ仕える従者ヴァレットのクロードが、オルハの近侍に当てがわれた。なんでも皇帝に、荒れた子息の世話係にしてほしいと頭を下げたらしい。


 やりたい放題していたオルハは物好きも居たもんだ、と鼻で笑った。落ちぶれた皇太子の近侍になりたいと志願する者は居ない。


 しかし意外にも2人は年齢が近い事もあって次第に意気投合し、かけがえの無い友になった。

 クロードはささくれたオルハの心に寄り添い、親身に話を聞いてくれた。


 腫れ物扱いされていたオルハにとって彼は誰よりも信用できる近侍だった。少し口煩いが、自分の事を思って吐かれる小言は心地良かった。


 立ち直ったオルハは生まれ変わったように勉学と稽古に励み、瞬く間に教養と実力を身に付けた。言葉遣いこそ直らなかったが、周囲から時期皇帝は彼しか居ない、彼に任せれば帝国は安泰だ、と言われるまでに成長した。

 それをクロードは自分の事のように喜んでくれて、オルハはそれが堪らなく嬉しかった。


 そんなある時、事件が起こる。

 彼の食事に毒が盛られたのだ。


 体内の血液が沸騰しているような、嘗て無い発熱と壮絶な体の痛み。血反吐を吐いて生死の淵を彷徨い数日に渡り寝込んだ。


 その夜もオルハは寝室のベッドの上で絶え間ない苦痛に悶えていた。

 毒素が体を蝕み朦朧とする意識の中で、真っ暗闇に浮かぶ鋭利な輝きを捉える。

 咄嗟に身を翻し見えない影に枕を投げ付けた。切り裂かれた寝具から羽毛が舞い散る。


 護身術を駆使して応戦し、鋭く尖った形状の武器を奪ってその人物の顔面を突いた。

 相手は紙一重で刺突を回避する。


 しかしオルハの魔力を纏ったもう一方の手が放った掌底打ちが相手の内臓を破壊した。

 無粋な侵入者は吐血し、足元から崩れ落ちる。

 肩で息をしながら、暗殺者を見下ろした。


 月明かりに照らされた侵入者の顔を見て、目を剥いて絶句する。


「…、ロード…?」


 震える唇で紡ぐ言葉はあまりに弱々しく、声にさえなっていなかった。


「はは、…ゲホッ…はぁ、はぁ…抵抗される予感はしていましたよ。毒で弱らせたとはいえ、貴方を殺すのは簡単ではない、と」


 見慣れない黒装束に身を包むクロードは、脂汗を流しているがいつも通りだった。


「なんで…、お前が」


「此処に仕えて6、7年…でしたかね。はは…は、素晴らしい演技だったでしょう?」


 全部嘘だったのか。あの時自分を救ってくれた言葉も、優しさも、みんなみんな全て。

 クロードが言っている言葉の意味が全く理解出来ない。解りたくなかった。


「…、っ…どうしてッ!」


「憎き皇帝への復讐ですよ…!」


 幼少の頃、クロードは皇帝が差し向けた騎士団によって父親を殺されている。それは彼の父が極悪な盗賊の頭だったからに他ならないが、クロードにとっては関係無い。父親を突然奪われた。

 罪人の家族として母と村を追われ、流れ着いた街の路上で凍えて眠る事も少なくなかった。

 陰惨な幼少時代を送った彼が辿り着いた答えこそ、父を亡き者にした皇帝への復讐だった。


 クロードは考えた。ただ殺すだけじゃ足りない。生きているのが地獄とさえ思う程の苦痛を味合わせるべきだと。


 ある程度の知識と礼儀作法を習得し出生さえ偽れば、城へ転がり込むのは容易だった。


 後は憎い皇帝に媚びへつらい信頼を得る。真面目に仕事を熟して日々観察し、奴の弱味をやっと見付けた。

 家族ーー。皇帝が何より大切にしているモノこそ、皮肉にもクロードが奪われたモノだった。


 憎しみが募る。(滅茶苦茶にしてやる…!)


「ゲホッゲホッ…、最高の復讐を思い立ったは良いのですが、貴方は強すぎたのです。しかし貴方を最初に殺さないと、必ず私の邪魔になる。……殺そうにも隙が無く、信用を勝ち取り近侍としてチャンスを窺うしかなかった。お陰で長い年月を要しました」


 クロードが醜く歪んだ笑みを浮かべる。


「期待を寄せる息子を惨殺され、次に愛娘が犯され殺されたとなれば…皇帝もさぞかし嘆くでしょう?くくく、…ゲホッ、…嗚呼、いや、娘の方は奴隷商人に売り払っても良かったかもしれませんね。ははは、傑作です…!」


「ッテメーこの、」


 頭に血が昇り、拳に力が篭る。胸倉を掴んで引き寄せたが、クロードは既に事切れていた。


「くそ、くそ、くそがァ…ッ!このクソッタレッ!ァァああァァあああァ…ッ!!」


 虚しい咆哮が部屋に響いた。


◆◇◆◇◆◇


「ーーそれ以来、オルハお兄様は何をするにも独りを好まれますの」


『……』


 濃い話を聞いてしまった。僕が聞いても良かったのだろうか。


 彼の行き過ぎとも言える用心深さ、猜疑心の原因は最も信頼していた親友の裏切り。


 そして理解する。魔王会議レユニオンでフェラーリオがガルムリウスの話を持ち出した際に垣間見せた表情の意味。

 僕が部下に裏切られたと知り、昔の自分と重ねたのだ。


「でも今回、オルハお兄様からアルバラード様に協力を申し込むと聞きまして、…私は嬉しくなりましたの」


 喜んでくれてるところ申し訳ないけど、それは相手が相手だからオルハも盾が欲しいんじゃないかな。

 冒険者から僕の話を聞いて、使えると思ったのかもしれない。


 話に聞き入って忘れていた紅茶に、ミルクを混ぜてスプーンで掻き回す。


『…』


「気が重くなるお話をしてしまいましたね。申し訳ありません…」


『ううん、謝らないでエニシャ。教えてくれて有り難う』


 いつもの癖で困ったように微笑む。すると、エニシャの部屋に置かれた通信石が点滅した。


◆◇◆◇◆◇


 オルハに執務室に呼び出された。僕はどんな顔して会えば良いのか迷った後、扉をノックする。


「入れ」


 短い返事が聞こえて、それに従った。


 執務室にはオルハしか居らず、僕は先程の話を思い出して頬を掻く。


「なんだ?モジモジしやがって…。便所ならさっさと行って来い」


 (違わい)深い溜め息をした後、僕は結局何事もなかった振りをした。気の利いた言葉が見つからない。


『一体どうしたの?エニシャがまだ怒ってるか気になるならーー』


「違ェよタコ。いや、……。…………エニシャはまだ怒ってンのか?」


 このシスコンめ。


『本人を訪ねてみると良いよ。それより、雷神龍の討伐っていつの予定?僕一度ブルクハルトに…』


「明日だ」


『明日!?』


 僕の都合を一切無視したスケジュールだ。心の準備だって出来ていない。


「テメーは黙って、俺に付いてくりゃ良い」


『そう言われてもなぁ…』


 オルハは机の向こうでガシガシ頭を掻く。


「今回荒野に棲み着いた雷神龍は幸いな事にまだ成体じゃねェ。そう不安がるな」


『……』


「なンだよ?」


『励まされたのかと思っちゃって』


 目を瞬いた僕にオルハが怒る。「ンな訳ねーだろ!」と怒鳴られるが僕はクスクス笑った。


『それで、明日の確認をする為に僕を呼んだのかい?』


「それもあるが…俺の能力について話しておかなきゃなんねェ」


『何で?』


「それが発動条件だからだ」


 固有スキルや特殊魔法は、反則なまでに便利な力だ。エニシャの扉渡りにも満たさなければならない条件があるように、オルハの持つスキルも幾つかルールがあるらしい。


『明日はそれを使ってドラゴン討伐するって事?』


「そうだ」


 彼の性格上、能力を知られるのは本当なら避けたい筈だ。忌み嫌う僕に能力を告げてでも、早急に雷神龍を討たないと国が危険に晒されると承服している。


「俺の固有スキルは【入れ替わる精神スピリット・リプレイス】。前に聖王国で見せただろ?」


『バーテンダーの男の人に僕を襲わせたやつ?』


「…、嗚呼それだ。アレは体の一部を乗っ取る軽いモンだったが、本来は魂ごと入れ替えちまうスキルだ」


 魔王にはチートしかいないらしい。鬼族のジュノといい火縄銃のフェラーリオといい、更にはオルハまで…規格外としか言いようがない。

 やっぱりおっかない集団だ。


「発動条件は幾つかあるが…まず一に、肉体的な接触が最低条件だ。二に、能力の名前を言う必要がある。三に、相手にイエスと言わす事だ」


『かなりリスキーだね』


「まぁな。だが便利なモンさ。本来は会話の中でブラフ立てながら相手に分かんねェように契約を結ぶ。今回は急ぎだからな。…テメー漏らしやがったらただじゃおかねェぞ」


『はいはい』


 言い回ったところで僕に良い事なんてない。


「…で、今お前と契約を結んだ」


『え、こっわ』


 知らない内に契約させられてるなんて、恐ろしいじゃないか。


 すると、僕の目線がいつもより高くなった事に気付いた。瞬きをした瞬間、立ち位置が変わっている。お尻に違和感があるし、何より目の前に僕が仁王立ちしていた。


「これが【入れ替わる精神スピリット・リプレイス】だ」


 得意げに口角を持ち上げた僕の姿をしたオルハが解説する。


 僕はオルハの体で、オルハは僕の体になっていた。


『凄い…本当に君になってる』


 今の体を見回しながら、最後に尻尾を動かしてみる。黒くて硬い感触の尻尾は確かに感覚があった。


「…ベタベタ触んな」


 腕を組み顰めっ面のオルハは作戦を告げる。


「俺はお前の体で雷神龍を殺す。雷が効かねェこの体なら、奴の地を焼く稲妻も怖かねェ。テメーは物陰に隠れておけ。俺の体に間違っても傷一つ付けるなよ?」


 なるほど。オルハが言っていた、僕が腰抜けでも大丈夫ってそう言う事か。


『僕の体を一時的に貸してあげるから、ブルクハルトに帰っても良い?』


「何言ってやがる。テメーも来るんだ。あんま離れっと元に戻っちまうからな」


 悲壮な顔をすると、オルハが眉を顰めた。


「キショい顔すんな」


『君の顔だけども』


「俺の顔だからだよ」


 自虐ネタだろうか。


『じゃぁ言うけど、僕の顔でそんな怖い顔しないで』


 話に聞いているアルバくんそっくりだ。


「うるせェわ。テメーこそ変な歩き方すんな!」


『動くと尻尾が…、なんだか慣れないんだもん』


 僕はヘコヘコ歩いているのを指摘される。オルハの尻尾は長く、置き場所に困った。


「バランス取り易いだろォがよ。代わりに俺は尾が無くて気持ち悪ィぜ」


 彼の尻尾はバランスを取る為にあるらしい。(まるっきり猫じゃないか)


「明日までに体に慣れろ」


『無茶言うなぁ…。君の体大きいし尻尾もあるしで慣れる気がしない』


「我が儘言うな。ホラ、行くぞ」


 オルハは部屋を出ようとする。


『何処に行くんだい?』


「アジトだよ。こんなクソッタレな体で、城になんか居れるか」


『……分かった』


 僕は産まれたての子鹿のように歩き出す。それを見て、オルハは意外そうにしていた。


「やけに聞き分けが良いじゃねェか」


『君の体で城に居たら、僕がオルハだと間違われちゃうもん。パロマの統治について分からない事聞かれたって困るし、君だって僕を人目に晒したくないでしょ?』


 本棚に蹴躓く僕を見ながら、彼は「まぁな」と額を押さえた。



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