101話 お茶会
昼過ぎ、パロマ城を訪れた僕とユーリがドアを叩くと、エニシャの部屋に招かれた。
今日は天気が良いとの事で、庭の木陰になった辺りに茶会の準備をしてもらう。丸く白いテーブルに椅子、沢山のお菓子と紅茶が揃った。
エニシャに促され席に着くと、パロマの紅茶の香りが鼻を掠める。(これブルクハルトに流してくれないかな…)
『それにしても、僕は少しオルハロネオを怖がり過ぎてたみたい』
命を狙われてる立場で少し疑心暗鬼に陥っていた。
それとも問答無用で攻撃された事件が尾を引いてたのか、周囲の者を近付けさせない目付きの悪さと暴言のせいか。(あれ?…怖くて当然じゃないか)
オルハロネオが僕にただならぬ私怨を向けていたから今まで気付かなかったけど、彼は意外に話せる人物だった。
変な輩から助けてくれたし、寝こけた僕を追い出さなかった。
『優しい所もあるね』
「オルハお兄様は誤解され易いですが、とても優しいですわ」
『とても……それはエニシャ限定だろうけど』
いつも顰めっ面の彼が、彼女を前にすると穏やかなお兄さんに変身する様は思い出すだけで悪寒がする。
ケーキスタンドの3段目にあるケーキを、ユーリが取り分けてくれた。
「オルハロネオ様がアルバ様を宿屋に送って下さったと聞いた時は驚きました」
『うん、そうなんだよ。忙しいだろうから別にいいって言ったんだけどね』
フォークでケーキを切り分けながら先程の出来事を省みる。
朝食の片付けをした後、問答無用でズボンを渡された。やっぱり引き摺る程長いなぁ、と思って脚をプラプラさせて座っていると、言っていた通り彼が裾を折ってくれた。
その後、やっと僕は宿屋に戻って来たのだ。その際何故かオルハロネオも一緒に付いて来た。
酒場に居た冒険者も店主も、城へ居る筈の王様の登場に吃驚していた。店内を一瞥した後「コイツは俺の客人だ。クソな真似したら生きてる事を後悔させてやンぞ」と脅し文句を言い残し立ち去った。
言葉遣いは兎も角、また変な目に遭わないように牽制してくれたのだと思う。
その後ユーリが駆け付けてくれて、今に至る訳だ。
『この服もオルハロネオのだから返さないと』
僕は紙袋を指差す。
ずっとワイシャツとズボンでいたかったのだけど、サイズが合わなくて不自然に見えてしまうって言われ泣く泣く着替えた。ユーリが持って来てくれていた別の服は、これもまたシャルのだろう。
初日と似たようなデザインの膝丈のスカートだ。…スカートだ……。
オルハロネオから借りた服は紙袋に入っている。
『彼って損な性格してるよね…』
「そうですか?確かに、オルハお兄様は少し心配性ではありますが…」
『オルハロネオが心配性…?心配性と言うか、神経質って言うか…。オルハロネ…、もう、僕もオルハって呼んで良いかな?彼の名前長くて言い難いよね』
僕も似た様なものではあるけどさ。
「まぁ!お2人が仲良くなる事は、私としてもとても喜ばしいですわ!」
両手を合わせて嬉しそうにニコニコするエニシャとケーキを頬張る。僕とオルハが仲良くなる事が嬉しいって、何で?
『それで2人には謝りたい事があって…』
「あら…どうなさったのです?」
『勝手で申し訳ないのだけど、禁書庫は諦める事にするよ』
「まぁ!良いのですか?遠路遥々いらしたのに」
「理由をお窺いしても宜しいですか?」
『うーん、彼と普通に接してる内に禁書庫を勝手に覗くのはなんだか申し訳なくなっちゃって…。振り回してしまってごめんね。ユーリも、折角一緒に来てくれたのに』
もしもこのままオルハの目を盗んで禁書庫に忍び込めたとしても、そこで得た情報に後ろめたさが付き纏うのは目に見えてる。
「とんでもありません。アルバ様の望まれるがままに」
「ふふ、私もアルバラード様と共犯者みたいでドキドキしました。楽しかったですわ」
朗笑する優しい2人を前に困った顔で笑う。
帝国へ来た目的が無くなってしまったけど、こんな機会2度とない。今回はパロマ帝国の観光旅行って事で今日は存分に楽しもうと思う。
『そう言えば、エニシャ。近頃パロマでお祭りでもあるの?今日は竜車も沢山来てるね』
「嗚呼、それは…」
彼女の顔色が些か曇った。
「最近危険な魔物が帝国へ棲み着いたみたいで、その討伐の準備をしているのですの」
『危険な魔物?』
「はい。どんな魔物かはオルハお兄様も教えて下さりませんでしたわ。心配するなとだけ…」
『……』
僕は少し考える。
まさかあの荷車の中身って討伐に必要な武器や防具?ならば随分な量だ。
オルハは人と武器を集めている。それも凄まじい数を。
彼の実力でそれ程警戒、準備するともなれば恐らく上位魔物だ。
『…大丈夫かなぁ』
「オルハお兄様は強いですもの。きっと大丈夫ですわ」
『そう、だよね』
彼は魔王序列3位の実力者だ。心配する必要はない。
『ところで、エニシャ。帝都の近くで観光にピッタリな所って何処だい?折角パロマに来たなら満喫しなきゃね』
僕は態と明るい声を出した。
「そうですわね…。ビアス湖やベゴニアガーデン、トレレスの街は名所と言われてますわ。少し離れればザレックの大滝もありますし…」
『そうだな…エニシャのオススメは?』
「…その、お恥ずかしながら私、城の敷地内より外に出た事がないですの」
今のは本の知識と、人から聞いた話だとバツが悪そうに教えてくれる。
『敷地内を出た事がないって、一度も…?』
「はい。私ももう小さな子供じゃありませんのに、オルハお兄様はなかなか理解して下さりませんの」
それは過保護を通り越してるのでは。人様の家庭をどうこう言うつもりは無い、けどそれではエニシャがあまりにも。
『……じゃあ、オルハが良いって言ったら僕達と少し出掛けてみるかい?』
「い、良いのですか!?」
『うん。ユーリが居るし護衛はバッチリだから、もしかしたら許してくれるかも』
僕は2人を残してオルハがいつも居るらしい執務室へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
「駄目だ」
『何で?』
「危ねェだろうが」
先程からダメだの一点張り。彼は僕とは目も合わさず書類仕事を進めている。羽ペンで書き込んだり判子を押したりしながら、書類を片付けていく姿はちゃんとした統治者だ。
『だから、ユリが居るから大丈夫だよ』
「テメーにゃ悪いが、俺はあの侍女を信用してねェ」
『ひど!』
エニシャが外出する事を頑なに許してくれない。
『そうやって一生城に閉じ込めておくつもりかい?』
「んな訳ねェだろ。…時が来たら…城の、外にも…。エニシャの為だ。今はそン時じゃねーんだよ」
『エニシャが世間知らずになっちゃうよ』
「テメーにだけは言われたくねェなァ?」
頬が痙攣したおっかない顔で、オルハは机に張り付く僕を見上げた。
『何が彼女にとってそんなに危ないの?』
「全部に決まってンだろ」
『過保護過ぎないかい?きっと君は初めてのオツカイとか涙ぐんで物陰から全部見てるタイプだ』
「わ、訳分からねェ事言ってんじゃねェぞ!」
心外だとでも言いたげにこめかみに青筋が立つ。オルハは腕を組み背凭れに身を預けた。
「…何でそこまでしてエニシャを外に連れ出してェんだ」
『連れ出したいって言うか、本の知識とか誰かに聞いた話とかじゃなく自分の目で外の世界を見て欲しいんだよ。確かに外は危険もあるかもしれないけど、悪い事ばかりじゃないでしょ?』
オルハは否定も肯定もしない。
『本人が1番そうしたい筈さ。でもオルハが自分の為に外出させないのも分かってるから言い出し難いんじゃないかな』
「は?今何つった…?」
唐突にオルハの表情が変わった。
毒気を抜かれたような間抜け面だ。
『だから、エニシャ本人は言い出し難いんだと思うよ?』
「そン前だよ」
『………本人が1番そうしたいんじゃないかな』
「違ェよタコ」
『もぉ、一体何が気に入らなかったの?』
「テメー俺の事何て呼びやがった?」
『あ…』
(つい…)オルハは怒ってるのか呆れてるのか分からない。口元を手で覆って表情を隠している。
『オルハロネオって長いんだもん。ダメ?』
「駄目だ」
『何で?』
「、テメーに呼ばれると、何と言うか…むず痒いンだよクソ!」
気持ち悪ィ、と指をバラバラに動かす。(心外だ)
「あの名前のクソ長ェ腹黒野郎…【琥珀】より短くて呼び易い名前だろォが」
『イーダの名前が長いのは家系なんじゃない?』
イグダシュナイゼルにリオンメルクーアだもん。きっとお父さんもお祖父ちゃんも長いと思う。なんとなく。
「今の【琥珀】の事だよな…?」
『え?彼の話をしてたんじゃないの?』
オルハと話が噛み合わない。すると彼の尻尾が揺れ始めた。
最近分かったけど、オルハの尻尾の感情表現はどちらかと言うと猫寄りだ。
苛々したりすると大きく揺れるし、機嫌が良い時は大体上に上がっている。
今の会話の何処に苛々する要素があるの?
「……で、…い」
『ん?』
「オルハで良い…」
『良いの?』
歯を噛み締めて言う彼に聞き返すと「…クソが!何度も言わすなッ!」と声を荒げる。(訳が分からないよ)
『じゃぁオルハ、1日くらい良いじゃない』
オルハの耳が少し赤い気がした。
「はァ……もしもどうしても連れて行くってンなら、俺も一緒に行くぞ」
『え…』
疲れたように溜め息をした彼は、信じられない事を言い出す。
『君、忙しいんじゃないの!?』
「忙しいに決まってンだろ。また年寄り共にドヤされるぜ。今日は手一杯だから明日にしろ』
『だから…』
「何慌ててやがんだァ?さては俺が居ない間にエニシャに変な事吹き込むつもりだったンじゃねェだろォなァ?」
『あはは、まさか』
魔物討伐の準備の方を心配したのに、妹が中心に世界が回ってる彼は僕を訝る。
でも言質も取ったし、逃げるが勝ちだ。僕は身を翻して『じゃぁ明日ね』と執務室を出た。




