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99話 アジト



 彼のアジトは街中にあった。建物が犇く居住エリアの、3階建ての集合住宅だ。古くて狭い廊下を抜けて1番奥の部屋に案内された。


「汚ねェのにゃ、目ェ瞑れ」


 前置きがあって、中に入ると確かにお世辞にも綺麗とは言えない。衛生的に汚いとかじゃなくて、古くて年季が入ってる方の。

 後は一人暮らしの男部屋って感じの部屋だ。自然と落ち着く。


「…たっしか傷薬はあった筈だがなァ…」


 オルハロネオは棚や引き出しを漁る。

 此処に来るのは久し振りっぽい。薄く積もった埃を見ながらそう思う。


『ねぇ、お風呂入っちゃダメかい?』


 気持ち悪さを洗い流したい。


「あー?好きにしろや」


『ありがと。タオルと服借りるね』


「あー」


 気のない返事をしながら手を動かしている。

 僕はその間にクローゼットに掛かった服とかタオルとかを拝借して脱衣所へ向かった。洗濯物どうしようかな。


「…は?オイ待てコラ」


 オルハロネオに呼ばれたので『何?』と顔を出したら、頬を真っ赤にしてそっぽ向かれた。


「ッテメ、出て来んじゃねェ!破廉恥だぞッ!」


『もお、どっちなのさ』


 1人で騒ぐ彼を置いてシャワーを浴びた。


◆◇◆◇◆◇


 “ジル”が風呂へ入っている間、オルハロネオは苦悩していた。(何考えてやがんだあの女ァ…!)危ない目にあった癖に警戒心が無さ過ぎる。

 城ではあんなに彼にビビってたのに、今じゃ部屋に上がり風呂へ入る始末だ。

 ブルクハルトの奴らに甘やかされたのか、単に性格なのか分からないがマイペース過ぎる。


 オルハロネオは見つからない傷薬を調達しに部屋を出た。少し頭を冷やす必要がある。


「……」


 彼はジルを尾行していた。相手が相手なので通常より距離を取って、細心の注意を払った。

 宿屋から出た彼女を追った冒険者の欲情した顔を見て、その後の大体の想像は出来た。


 しかし、彼女を見定める為に暫く物陰に隠れて様子を見ていた。【鮮血】の妹が、エニシャに近付く理由が分からない。(早く尻尾を出しやがれ…!)

 裏路地で揉み合う男女。公然の元で行われる犯罪行為を前にオルハロネオは苛立った。それを直ぐ様止めに入らない自分にも。


 自らの身の危機にも対処出来ない所を見て、魔力を意のままに操れない、または強大故に冒険者を気遣って扱えないと判断する。

 パロマへは本当にエニシャの茶会の為に訪れただけなのか。【鮮血】の妹だからと危険視し過ぎたのか。

 どちらかと言うとユリと言う女の方が油断出来ない気配だった気がする。

 城内での挙動不審な様子は魔王であるオルハロネオに自分の存在を認知される事を恐れていたと考えれば辻褄が合う。


 それらを思案した結果、彼女は無害と言う結論に達して男達から逃れる手助けをした。


 手を重ねた際に彼女の手が震えている事に気付く。多数の男達に囲まれて性欲の捌け口にされそうになったのだ。怖くなかった筈が無い。

 彼女を見極める為に止めに入るのが遅くなった事を酷く後悔した。


『有り難うオルハロネオ。お陰で助かったよ』


「ッ…お、おう」


 砕けた感じでお礼を言われ呆気に取られた。

 服を正している彼女を極力視界から外す。


 抵抗した時に膝を擦りむいたらしく、血が滲んでいる。一連の騒動で怪我した事に罪悪感が芽生えた。

 (くっそ、あいつら逃げやがったか。もう少しボコってやっても良かったかもしれねェなァ)


「侍女に連絡して迎えに来て貰え」


 同性に介抱された方が落ち着くと思った。だが彼女はそれに対して予想外の反応をする。

 侍女には絶対この事を知られたく無いと頑なで、オルハロネオに懇願してきた。身長差で必然的に上目遣いになり、美しいルビーアイが此方を見ていた。


 世にも珍しい宝石眼に魅入る。


 ローブを無理矢理剥ぎ取った時にも、この瞳と視線が交差した。

 陶器の様に滑らかで白い肌に、雪の様に真っ白の髪を持つ少女だった。彼女の端麗な容姿に息を忘れ、心臓は大きく跳ねたものだ。


 ルビーアイと言う事実に【鮮血】の影が過ぎる。この世界で宝石眼は彼だけだ。改めて見れば、彼女の姿はブルクハルトの魔王の面影がある。


 エニシャから妹だと聞いて妙に納得した。


 彼女の頑なな様子を推察するに、侍女が兄へこの出来事を報告するのを恐れている。【鮮血】がこの事実を知ったら、先程の冒険者を炙り出して拷問の限りを尽くし公開処刑にでもするだろう。

 たった1人の肉親を傷物にしようとしたのだ。オルハロネオだったら、間違い無くそうする。

 

 それだけでもジルは【鮮血(危険分子)】とは異なる本質が垣間見えた。


「かァ〜〜、クソ、分かった」


 全面的に此方が悪い。根拠のない疑念で彼女を危険に晒し傷付けた。冒険者達の湧き立つ様子を見て丁度良いとさえ思った。


 警戒はするに越した事は無いが、疑い過ぎるのは良くない。心根の優しい少女はオルハロネオの平穏を乱す危険な存在では無いかもしれない。

 それらの感情が手伝って、誰も入れた事のないアジトの1つへ案内した。


 夜の街で傷薬や包帯を買って、アジトへ戻って来た。これで彼女が居なくなっていも、宿屋に戻ったのだと思うだけだ。


「……居るじゃねェかよ」


 ジルは変わらず部屋に居た。オルハロネオのぶかぶかのワイシャツを着てベッドで寝息を立てている。動き難かったのかズボンは適当な所へ掛けてあった。

 棚にあった本を読んでいたのか、ベッドへ数冊散らばっていた。


『…ん』

 

 起こさないように気を付けつつ本を拾い棚へ戻す。(何で勝手に寝てる奴に気を使わねェといけねーんだ!)途中我に返って、態と音を立てたが彼女が起きる事はなかった。


「……」


 (まぁ、寝てる方が変に緊張しなくて良いわ)オルハロネオはベッドに腰を下ろし、膝の手当てをした。消毒をして薬を付けたガーゼを止める為包帯を巻く。

 魔力量が多いと自己治癒能力も高いと言われる。彼女の傷も明日には大分良くなっている筈だ。


「…悪かった」


 寝ているジルに声を掛ける。

 判断を誤った事に対する懺悔だ。


『…、』


「あァ?何…」

 

 譫言か寝言か、彼女の唇が動いた。聞き取ろうと身を乗り出すと服を引かれる。

 バランスを崩してベッドに沈むと、寝惚けた彼女が身を寄せて来た。


「おい、テメー…」


『…ニ…コ…、寒い』


 抱き枕の様に抱き付かれる。怒鳴ろうとしたオルハロネオは赤面し硬直した。


 これは不味いだろ。つーか、こんな風に育てた奴は誰よ。(【鮮血】か?【鮮血】だよな?)次に会ったら絶対文句の1つでも言ってブッ飛ばす。甘やかすからこんなに警戒心のない女に育つんだ。


 ジルが薄着で体温が直に伝わる。第ニボタンまで開けてるせいで彼の視界に否応無しに入ってくる谷間が憎らしい。(さっすが、破廉恥野郎の妹だな)目の下が痙攣する。

 今彼女が目覚めたらどうなる?居なくなっていた自分が戻っていて、同じベッドで寝てる今目覚めたら。


「……」


 眠っている無防備な女に迫る男としてエニシャに伝わり、誤解されるかもしれない。妹を大事にしているオルハロネオにとって、エニシャに軽蔑される事だけは何としても避けたかった。


『……ン』


 (変な息を漏らすんじゃねェエ!)ジルとの距離はあまりに近い。息が首筋に触れて擽ったい程だ。

 全ての状況が、不味い。


 街を歩くだけで人目を引く彼女だ。オルハロネオでさえ最初見た時は天使かと見紛った。


 ジルが身動ぎする。暖を取る為か彼にピッタリとくっ付いた。風呂上がりのせいでシャンプーの匂いが漂う。


「…ッ…、…」


 冒険者に言った言葉がブーメランになって自分に返って来た。これでは帝国民の民度が、疑われる。(嗚呼、クソ…ちくしょ)オルハロネオは出来るだけジルを意識しないように、顔を背けて息を深く吸う。

 こうして夜は更けていった。



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― 新着の感想 ―
[一言] うっがああああああ! オルハロネオさんがああああ!落ちていくぅうううううう! でも、元からオルハロネオさんが悪い人だとは思っていなかったぞ(o^―^o)
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