勇者です。聖女様に監禁されました
今話は少し鬱っぽいです。苦手な方はご注意を
ポチャン。
水が落ちてくる音で目覚めた。
「ここは……う、身体が動かない。なんだこれ」
石の壁に揺らめくロウソク。少なくともここは大聖堂にある復活の間ではない。
そして、身体はベルトで縛られて思うように動かせない。
以前にも似たようなことはあったけど、あの時とは少し違った雰囲気だ。
いつもの明るい復活の間とは違い、窓がない薄暗い地下のような場所。
「どこなんだ、ここは。たしか、ロスってそれから……」
あの悪魔族の少女に鎌で切られてロスったのが最後の記憶。
ロスってからの記憶はないということは復活したばかりってことだ。
なんとか抜け出せないか試しているとポチャンという音に交じって足音が聞こえた。
「誰かっ! 助けてくれ!」
必死に助けを求めるが足音の主が急ぐ気配はない。
少しずつ足音は大きくなり、やがて部屋に現れた。
「おはようございます。ハヤト君」
「やっぱり、お前なのかマリー」
ロウソクの明かりの下、いつもと同じような表情でマリーは笑った。
「ハヤト君がいけないんですよ。私に相談もなく、勝手にここから出ようとするなんて」
「マリーに話す必要なんてないだろ。俺は冒険者だ。いつ、この街から出てもおかしくはないだろう」
「悲しい事言わないでください……私たち恋人同士ですよね」
「おい、いつ。恋人になったんだ」
「いつだなんて。ハヤト君のいじわる。でも、ちゃーんと私はいつだったか覚えてますから。何時何分この星が何回、回った時なのか。正確に覚えていますから安心してください」
「何が安心なんだよ。だから、マリー。俺はお前の恋人になったつもりなんてない!」
「ハヤト君ったら。恥ずかしがり屋さんなんですね」
「いや、だから――」
反論しようとして口にナニかぶち込まれた。
「お腹が空いているならそう言ってください。今日はハヤト君の大好きなシチューをたくさんご用意いたしましたから」
「ん、ぐ」
次々とシチューみたいなナニかを口へ押し付けられた。
食べたことのない奇妙な味が口の中に広がる。
「おい……なにを」
「おいしいですかハヤト君。まだまだシチューはたくさんありますから。全部食べちゃってください」
「だから、なにを食べさせたんだ」
「ん? シチューですよ。ハヤト君が大好きなシチューに愛の結晶を混ぜたんですよ。ほら、愛情は最高のスパイスっていいますから。だから、もっと食べてください」
スプーンを何度も押し付けられてシチューを飲まされる。
ハッキリ言って不味い。今すぐにでも吐き出したいくらいに不味い。
でも、次々と押し込まれるから飲み込まないといけない。
「んーハヤト君。次はどうしましょうか。食後のティータイムもいいですし、絵本でも読み聞かせましょうか?」
「う……げほっ」
「では、ティータイムにいたしましょう!」
マリーは思いついた手を叩くとパタパタと外へ出て行った。
今のうちに脱出する。それしかない。
そう思ってベルトを無理やり引きちぎろうとしたが無理だった。
両腕と両足に付けられたベルトはガッチリ固定されておりまったく動かない。
お腹と胸あたりに付けられたベルトは多少ゆるみがあるが抜け出せる気配はまったくない。
「お待たせハヤト君。おいしい紅茶を持ってきましたよ」
まったく進捗もないまま、マリーが戻ってきた。
そして、すぐに手に持った紅茶を口に流し込んだ。
「あ、あづっ……マリー、ひゃめてふれ!」
「うふふ、愛は熱いものですよ」
紅茶らしきナニかが流し込まれる。
熱湯で口の中がやけどしそうだ。味なんてとてもじゃないがわからない。
けれど、流し込まれる紅茶は見たこともないような、どす黒い色をしていた。
「ごめんなさいハヤト君。そろそろ仕事の時間なのでまた後来ますね」
「お……おい、出してくれないのか!?」
「ダーメですよ。こうでもしないとハヤト君また私に黙ってこの街から出ちゃうでしょ? いくら私との別れがつらいからって勝手に出るのは私が許しませんから」
にっこりと満面の笑みで告げるとマリーはルンルンと外へ出て行った。
おい、このままずっとここにいろってことなのか。
この何もない部屋でベルトで縛られたままずっとこうしていろってことなのか。
「誰かっ! 誰か助けてくれ!」
何度叫んでも誰にも届かない。
ヒリヒリする口を無理やり動かして何度も何度も助けを叫んだがいっこうに助けに来てくれる気配はない。
「ラピス……リザ……リーシャ……」
彼女らはどうしているだろうか。
リーシャはロスった。誰かに復活してもらえたのだろうか。
他の2人は大丈夫だろうか。
ティンクルベアはともかくあの悪魔族の少女と出会ったなら勝ち目はない。
そういえば。あの少女。俺がロスったときに何かつぶやいたような気がする。
……って今、そんなこと考えても仕方がないか。
どうにかしてここから脱出しないと。
いろいろと考えているうちに疲れた俺はまぶたを落とした。
ポチャン。
水の音での目覚めに俺は「またか……」とつぶやいた。
もう何回、ここで目を覚ましたのかわからない。
はじめは回数を数えていたが、昼なのか夜なのかわからない上に水が落ちる音しかしないこの部屋だとどうにも感覚が鈍ってしまいわからなくなってしまった。
たまに来るマリーだけが時間の訪れを教えてくれる。
それでもせいぜい今日なのか昨日なのかがわかるくらいで時間があいまいなのに変わりはない。
「おはようございます。ハヤト君」
今日もマリーが来た。
おはようございますということは多分、朝なんだろう。そう思いたい。
「マ、マリー……助け……」
「ハヤト君。お腹空いたでしょ。朝食を作ってきたんですよ。ほら、食べてください」
相変わらず俺の言葉はマリーには届かない。
パンで出来たサンドウィッチを口に押し込まれる。今回は食べられそうなものだ。
前にパンじゃないサンドウィッチが出てきた時があって吐いてしまった。
あれは不味いなんてものじゃなかった。
今回のはまだマシなほうだ。
脱出するために、ここから逃げ出すためにサンドウィッチをむさぼる。
「おいしいですかハヤト君」
「ウン」
もう、変なモノを食べさせられすぎて何がおいしいのか判断できなくなっている気がする。
もしかして、今日のコレも本当は不味いのかもしれない。
それほどまでに俺は衰弱している。
「では、朝食も終わったことですし、アレをしましょうか」
ああ、アレね。
はじめは抵抗したアレだ。今はもう慣れてしまったアレだ。
こればかりはどうしようもない。
人間、食うと必然的に出さなければならないのだ。
マリーがいつものをツボを持ってきていつもの場所にセットした。
「はい。出しましょうね~」
もういろいろとマリーに俺の尊厳を踏みにじられた気がする。
しばらくして、マリーが仕事へ行った。
ここずっとこんなことの繰り返しだ。
ポチャンと落ちる水の音を聞きながら時間を過ごし、たまに寝て、マリーの相手をする。
何度も叫んで助けを呼んでも誰も来ない。
自力で脱出しようにも身体を縛られていたら何もできない。
ただただ、時間が経つだけ。
もう、限界だ。