ほしをあげよう
暗闇の中、颯太君は今日も病室の窓から月明かりで本のページを照らして読みながら星空を見上げていました。同室の子供達はみんな、すやすやと寝息をたてて眠っています。
颯太君は病気で入院してすでに一年が経っていました。
病院での生活は慣れたもどうぜん。そして同室の子供達はみんなお友達です。
颯太君はお友達の事がとても大好きだし、お友達も颯太君の事が大好きでした。
でも、颯太君にも悩みがありました。
それは友達がよく居なくなってしまうこと。
朝に目が覚めると、一人、もしくは二人。同時に居なくなってしまう事がよくありました。
どこに行ったのか尋ねても、看護師さんは目に涙を少しにじませながら笑って颯太君の手を握るだけ。
颯太君はその度に"泣かないで"と看護師さんに声をかけてあげるのでした。
今日も友達が居なくなった、そんな1日でした。
友達が居なくなる寂しさを噛み締めながら窓から星空を見上げていると、夜空の星が綺麗に輝きました。
颯太君はその星にどこか懐かしさを感じました。それは、居なくなったお友達との思い出。
その星を見ていると、居なくなったお友達との思い出が次々とよみがえります。星がキラキラと輝く度に楽しかった思い出が次々と走馬灯のように……。
「そこにいたの?待ってて。今行くから」
颯太君は笑顔でベッドからおりてスリッパを履くと、廊下に飛び出しました。看護師さんがいるナースステーションの前はワクワクして仕方がない心を抑えてそろりそろーり抜き足で。
暗い廊下。心細さもなんのその。友達に会えるなら、また一歩、もう一歩。そして、階段を登っているときでした。
その時、颯太君は階段を登る度に体が少しずつ軽くなっていくのを感じました。一段、また一段と登るたび、暖かい気持ちに包まれます。
一段登ると、友達の勇馬君との思い出。また一段登ると今度は加奈子ちゃんとの思い出。
星の本を貸してあげた時の事。慰めてあげた時の事。お菓子をあげた時の事。
全て登り終わる頃には、颯太君の心の中はかつての思い出でいっぱいになっていました。なぜこんなに思い出すのか不思議だったけれど、颯太君はそれがとても嬉しかった。
最期には何が待っているのか、颯太君は心をわくわくさせながら屋上のドアを開きました。
「わあ。なんて綺麗なお星様」
屋上の、上の夜空に広がる満点の星空。それは宝石箱をひっくり返して大きな黒い紙の上にちりばめた様な景色でした。
星の川。星の海。星の砂浜。どの言葉が合うのか分かりません。
颯太君が買って貰った本には載っていない、綺麗な星空です。
ですが、そこにはもうあの星はありませんでした。
病室から見つけたあの、"お友達の思い出"の星。
「あれ。あの星はどこだろう」
屋上の柵に駆け寄り、星空を見上げて探しますが、見つかりません。
その時でした。
「グス、グス」
女の子の泣いている声が後ろから聞こえてきます。
振り返ると、屋上のドアの横に黒い服を着た女の子がいました。
女の子は膝を抱えてたった一人で泣いています。先程出てきた時には気が付かなかったし、泣いている声も聞こえなかったのですが、颯太君はそんな事よりも泣いている子がいることをほっとけませんでした。
「どうしたの?」
「グス、グス」
颯太君は女の子の元に立って訪ねますが、女の子は泣くだけで何も返してくれませんでした。
「どうして泣いているの?」
「グス、グス。お星様、また増やしちゃった。お星様、流れていった。流れていったのは嬉しい。だけど、増やすのは悲しいよ」
颯太君は女の子の言っている意味が分からなかったけれど、お母さんが颯太君が悲しくなった時にしてくれたように女の子を抱き締めてあげました。
すると、女の子は少しずつ落ち着きを取り戻していきます。颯太君の女の子は涙で閉ざされたまぶたを開けると颯太君に尋ねました。
「グス。……暖かい。これは星のぬくもり。どうしてあなたはぬくもりをくれるの?」
「泣いている時、お母さんはこうしてくれた。友達は側に居てくれた。だから、こうしたんだよ」
「颯太君。あなたは私が怖くないの?私を見ると、みんな、みんな泣くの」
「みんなが怖がる理由は分からないけど、泣いている子がいたら、僕はほっとけないよ。僕は絶対怖がらない」
颯太君が女の子の顔を見つめると、女の子はすっかり泣き止んで、笑顔になっていました。
女の子は涙を拭って立ち上がると、颯太君に言いました。
「ぬくもりをくれてありがとう。颯太君。よかったら、私と一緒に遊んでくれる?」
「うん。いいよ」
女の子は颯太君に手を差し出します。
差し伸べられた手をとると、颯太君の体は一気に軽くなりました。それはまるで本で見た、無重力。宇宙にいるかのような感覚でした。
そして、体は更に軽くなり、気が付けば女の子と颯太君は屋上の上に浮かんでいました。颯太君ははしゃいで女の子に言います。
「すごい。どんどん浮かんでいく」
「すごいのはここから。どんどん行くよ」
屋上はどんどん小さくなっていきます。颯太君の育った町も見下ろせる程でした。
そして、景色もどんどん小さくなっていき、気が付けば、颯太君が星の本で見た地球が目の前に大きく見えます。
颯太君はもう大はしゃぎ。女の子はニコニコ笑顔で颯太君を見つめています。
「すごいすごい!もっといこうよ!」
「こんなに楽しいの初めて。いいよ。どんどん行こう」
颯太君と女の子は星空、いえ、宇宙を飛んでいきます。
数え切れない程の星達の間を二人はどんどん飛んでいきます。カニの星、ヤギの星、ふたごの星、乙女の星、などなど。
星の図鑑だけでは収まりきれない世界がそこにあります。宇宙はとても、とても、とっても、颯太君の想像以上に広かった。
笑顔の颯太君に女の子は尋ねます。
「颯太君。君は星が大好きなんだね。宇宙に来れて嬉しい?」
「うん。宇宙ってこんなに楽しい所だったんだね」
颯太君がそう言うと、女の子は更に嬉しくなりました。
幾つの星々を過ぎた頃でしょうか。女の子は嬉しさが抑えきれなかなったようで、心の底にある宝物を引き出すかの様に言いました。
「ねえ。星の秘密、知りたい?」
颯太君はすぐに頭を縦にふりました。知りたくない訳がありません。
「秘密?知りたいよ」
「じゃあ、教えてあげる!君の星まで連れて行ってあげる。そこで教えてあげるね」
「僕の星?」
「うん。君の星。君だけの星。君の星を見せてあげよう」
まさか自分の星があるとは颯太君も想像できませんでした。
期待に胸を膨らませて到着を待っていると、二つの流れ星が後ろからやって来ました。
「流れ星だ!」
「……さようなら。巡りあって、また会う日まで」
「……え」
女の子は寂しくもどこか優しい眼差しで流れ星を見つめています。
流れ星が二人を横切った瞬間です。流れ星は颯太君に話しかけました。
『颯太君さようなら。優しくしてくれて、ありがとう』
「……勇馬くん……加奈子ちゃん?」
その声は、今日居なくなったお友達、勇馬君と加奈子ちゃんの声でした。
そして、病室から見上げた星と同じ様に、流れ星からは勇馬君と加奈子ちゃんの思い出が次々とよみがえります。
次第に流れ星は二人を追い越して、あっという間に小さくなり、見えなくなりました。
「……今のは、なんだったのかな」
「ほら、着いたよ。君の星。これが、君の星だよ」
女の子が指す人差し指の前には、小さな、それは小さな星がありました。
大きさは手の平の上に乗るようなゴムボール程の大きさの星。
それは小さくても、白く光っていました。
「これが、僕の星?」
「うん。これが、君の星」
颯太君は違和感をおぼえていました。それは他の星とは違って、弱々しく光っていたからです。そして、病室や屋上から見上げた星々の様な、キラキラとした輝きを放っていなかった事です。
それが何故か、颯太君には分かりません。そして、颯太君はずっと楽しみにしていた事を女の子に尋ねました。
「そうだ。星の秘密。教えてよ」
「……じゃあ、教えてあげる。悲しいけど、教えてあげる」
「悲しいの?どうして?」
「星の数だけ、命があったの。星の輝きの分だけ、命のあったあかしなの。そして、星が流れた分だけ、旅立ったあかしなの。でもそれは寂しい事じゃないの。嬉しい事なの。いつか絶対あそこに戻ってきて、それはまた、新しい命になるの」
女の子はまた、屋上にいたときと同じ悲しげな顔を浮かべました。
「私は、星を増やすの。悲しい事が起きるたび、夜空に星を増やすの。輝かせるの。その星の家族のために。寂しくないように。でも、星の元に連れていく度に、皆私を怖がるの。皆の為にしているのに、いつかは絶対に嬉しいのに、嫌がるの……グス、グス」
「また、泣いてるね。また、抱き締めてあげる」
颯太君はまた、女の子を抱き締めてあげました。
女の子は颯太君を抱き締めて、泣きながら話します。
「だけど、颯太君は私を怖がらなかった。遊んでくれた。星のお話、聞いてくれた。優しくしてくれた。今日はとっても楽しかった」
女の子は颯太君の手を握って握手をしました。眼には涙を貯めたまま、強く手を握ります。
そして、颯太君の星を見ると、颯太君の星は先程より更に弱々しく光っていました。
「あれ。さっきより……」
「あ。そっか。颯太君は優しいから、もっとお仕事があるみたい。まだ、早かったんだね。ごめんね。私ったら、早とちり」
「どういう事?」
「なんでもない。今日はありがとう。優しくしてくれたお礼に、この星をあげよう。私からの贈り物。颯太君の星、あげる。輝くまで、また空に浮かぶまで、また流れるまで、大事に大事に使ってね」
「……あと最後にもうひとつ聞いていいかな。どうして、君は僕の名前を知ってたの?」
颯太君がそう言った時、宇宙が白い光に包まれました。そして、颯太君の体は強い引力でどこかに引かれます。
急な出来事で颯太君の体に鳥肌が立ちます。
「うわぁ!怖いよ!助けて!」
「大丈夫。怖くないよ。そうだ。こうしてあげよう」
女の子は颯太君がしてくれたように、颯太君を抱き締めてあげました。その時、颯太君の恐怖はどこかに飛んでいきました。
それは、優しさがあったから。そこに、ぬくもりがあったから。
光は次第に小さくなり、とうとう暗闇になりました。
暗闇の中。そこには星も、星々も、女の子ももういません。颯太君はたった一人、暗闇の中に立っています。
ですが、暗闇の奥からは、人の泣いている声が聞こえてきます。それは、お母さんとお父さんの声。
初めて聞いた両親の悲しそうな、泣いている声に颯太君は驚きました。
「お父さん。お母さん。泣いてるの?待ってて。今そっちに行くから」
声のする方に向かって歩いていくと、体が急に重くなりました。
体全体が重く、指一本動かせそうにありません。あまりの苦痛に颯太君は眼をつむりました。
そして再び眼を開けると、颯太君はベッドの上で横になっていました。颯太君の胸の上にはお母さんの頭があって、泣いていました。
しかし、お医者さんと看護師さんは驚いています。
「奇跡だ!眼を覚ましたぞ!」
……それから20年後。
颯太君は大人になりました。颯太君は小学校の先生になって、子供達に勉強を教えています。クラスの皆は優しく颯太先生が大好き。
だけど、学校には意地悪をする生徒もされる生徒もいます。けれど、颯太君はその度に"どちらにも"優しくしてあげます。
片方にはもう意地悪しないように、片方には傷を癒すように。
女の子から星を貰った颯太君は、"人に優しく"生きています。
人に優しく、誰にでも優しく。
星を貰った颯太君は、そうやって、"貰った星"を大事にして、生きているそうです。
捕捉
女の子は死神です。
颯太君が死ぬと知ってたから、颯太君の名前を知っていた、という訳です。