内面の恋と外見の恋
残暑が続く9月、まだ蒸し暑さだけが残っていた頃のこと。私は車の免許を取るために、自動車教習所へ通っていた。私の家から教習所までは少し遠かったのだが、私が組んでいたバンドのボーカル担当の東原晃弘の家から近かった。晃弘の家族と仲良くさせてもらっていたこともあり、免許を取得するまでは下宿という形にさせてもらっていた。
ある日、暇ができたので私と晃弘の友達だった西野正浩とその街の市街地に足を運んだ。その時、弾き語りをしていたアマチュアアーティストの演奏を聴いていたのだが、正面にいた二人組の女の子と何度か目が合っていた。あまりにもその二人の女の子と目が合うので、正浩が「こういう音楽好きなの?」と自然な感じで声をかけた。すると二人組の女の子は音楽が好きらしく、その後の会話は弾んでいった。私は当時、ビジュアル系のバンドをしていたので、その話をすると「興味があります」という。二人の女の子は私より二つ年下、一人は背丈は私の首くらいで目は細いが美形でスリムな樫山泰子、もう一人は小柄ですこしぽっちゃりした真面目そうな野上花枝だった。会話が盛り上がり、どこかでゆっくり話そうということになったので正浩と私は二人を晃弘の家へ連れていった。そして、私は置いてあったギターを二人の前で弾いてみせた。花枝は「すごい」、「ギター弾ける人って憧れます」などと私を褒めた。すると泰子も少し弾けるというので、私はギターを渡して「弾いてみて」と言った。泰子が弾いたギターは初心者ぽい感じではあったが、私が好きな感じのメロディーだったので嬉しい感じがした。私は「そういうメロディー好きだよ」と言うと泰子は「私もです」と答えた。その後、私は泰子とギターの話で盛り上がった。夕方になり二人は帰らないといけないとのことだったので、私は電話番号の交換をしてその日は終わった。
正浩は声をかけたもののその後の二人には興味がなかったようだが、私は毎晩のように泰子と電話をして話していた。泰子と話していると楽しいのだ。私のタイプというわけではないが、話していくうちにどんどん泰子に惹かれていった。そんなことが続いていた10月上旬、花枝から突然電話がかかってきた。
「あの・・・花枝ですけど覚えていますか?」
「覚えてるよ。あの時一緒にいた子だよね?」
「えっと、言いにくいんですが、あなたのことをずっと憧れていました。一度二人で会って話しませんか?」
「ごめん、俺には気になっている人がいるから二人で会ったりできない」
「そうですか・・・それは仕方ないですね」
花枝は残念そうにそう答えた。それで電話が終わると思っていると、なんと今隣に泰子がいるから代わるという。泰子が電話に出た。
「あの、花枝に今聞いたんですけど、気になる人がいるって本当ですか?」
「うん。気になる人がいるんだよ」
「気になる人がいるならワタシとも電話はあまりしないほうがいいですよね?」
私はそれを聞いて非常に困ったことになったと思った。私の気になっている人は泰子のことだったが、まさかその友達から憧れているなどと言われるとは思いもせず、こんな形になってしまったからだ。
「そんなことはないよ。だって気になる人は泰子だから・・・」
焦った私はついつい言葉がでてしまった。
「え?ワタシですか?」
泰子はそう言って少し黙り込んでしまった。
「だから泰子が気になる人だから電話しないほうがいいとか言わないでほしい」
私は自分自身が何を言ってるのかわかってなかった。
「気になる人ってワタシのことなんですね・・・」
「そうだよ」
「あの・・・わからないから考えさせて下さい」
それでこの電話は終わったが、何の計画性もない突然の告白になってしまった。
その1時間後、なんと泰子から電話がかかってきた。
「あの、泰子です。さっきは花枝がいたからあまり話せませんでしたので、改めて電話しました」
「いきなりのことだったから俺も自分でわけがわからない気分になってるんだよ」
「ワタシ・・・あなたと付き合ってもいいですよ」
「え?本当にいいの?でも花枝のことはいいの?」
「あの子は熱しやすく冷めやすいタイプで、さっき、ちゃんと花枝とも話をしました」
「ちゃんと話し合ったんだね。だったら今日から俺の彼女ってことでいいのかな?」
「はい!よろしくお願いします」
これで私と泰子の恋愛の幕が開いた。毎晩のように電話して話したり、何度も自動車学校の帰りに二人で逢ったりしていた。私と泰子の関係は意外にも喧嘩することもなかった。私はこの2年間恋愛ではろくなことがなかったり、彼女を作るということはしなかった。女の子に対して屈折していた私は、見境なく女の子に手を出したりしていた。しかし、今は泰子と付き合っていて楽しいのだ。それから11月に入り私は車の免許を取得することができた。
泰子との関係が続いて1ヶ月半が過ぎた頃、私の妹が数人の友達を家に連れてきた。妹は高校に入学してから、友達を家に連れてきくるのが初めてだった。その妹の友達の中に、山本芽美という目がパッチリしていてポニーテールの可愛い女の子がいた。まさに芽美は私好みのタイプで一目惚れしてしまったのだ。しかし、私には泰子という彼女がいる。一目惚れをしたからといって泰子と別れたりすることなど考えてもいなかった。しかし12月に入ったある日、妹が再び芽美を含む数名の友達を連れてきたのだ。その日、私は芽美とあることがきっかけで二人で話をすることになった。自分のことを話す芽美の話を真剣に聴いていたが、芽美を見ているだけで幸せな感じがしていた。そして私は「電話でも話を聞くから」といって芽美の電話番号を聞き出すことができた。それからのこと、ついに泰子との関係に亀裂が生じた。私はそれから芽美にばかり電話をしていた。もう芽美のことばかり考えていて、泰子の事が頭の中から消えていたのだ。いつもなら毎晩のように電話していたのに、最近は少なくなったと泰子が淋しいと言っていたのを覚えている。その後、泰子と逢うこともなく電話もしなくなっていった。
そんな年のクリスマスが訪れた。私の家では妹と芽美を含めた友達がクリスマスパーティーを開くということになった。私は泰子とクリスマスに会おうと約束していたが「仕事で逢えなくなった」と偽ったのだ。
それから数日後、泰子の友達から電話がかかってきた。
「あの、ワタシは泰子の友達なんですが、泰子のことが本当に好きなんですか?」
「それは好きだよ」
私は芽美に必死になっていたので、半分嘘をついてしまった。
「それじゃあ今後、泰子と付き合って行く気はありますか?」
「もちろんあるよ。でも忙しくてなかなか会えないんだよ」
「そうですか・・・わかりました」
私はなんとか泰子の友達との電話で誤魔化した。
ところが年末に泰子から電話がかかってきた。
「もしもし、突然どうしたの?」
「あのね、もう二人の関係は終わりにしよ。さようなら」
そう言って泰子は電話を切った。私はちょっと淋しい感じもしたけど、内心はよかった気がした。芽美を誘えないのは泰子という存在が大きかったことにあったからだ。これで自由になった気分でいた。しかしこれが後に大きな後悔となることは知らずに・・・
年が明けた2週間後・・・
私は初めて自分で買った車が届いた。早速、芽美に電話をしてドライブに誘った。芽美と話していて気が合わないことはなかったのもあったが、とにかく芽美と一緒にいれるだけで嬉しかったのだ。ドライブに行ってから1週間後、近くの公園に芽美を呼び出した。
「俺、芽美のことが好きだから付き合ってくれないかな?」
「うーん・・・まあ、別に付き合ってもいいよ」
返事が少し気になったが、私の最高といえるくらいタイプであった芽美を彼女にすることができた。それはまるでアイドルスターと付き合っている気分になっていたと思う。それから芽美とは毎晩のように電話をしたり、毎週どこかにドライブに行ったりデートする日々が続いた。憧れのアイドルスターと一緒いる感覚は、芽美の内面が見えていなかったという大きな落とし穴があったことに気づかずに幸せな日々が続く。
付き合って一ヶ月半ほどしたある週末、芽美と二人で旅行に行くことになった。これは私にとって芽美に手を出すチャンスだった。温泉に入り、旅館で夕食をとる。和室だったので布団を敷いて二人とも横になった。そして、私は芽美の布団のほうに入っていって抱きついた。これで手を出す準備はできたのであとは実行あるのみ。私はまず芽美にキスをした。そして芽美の体を触ろうとした瞬間「ダメ!」と言って拒まれた。
「これはワタシにとってファーストキスだったんだよ」
「そうだったんだ・・・」
「でも、これ以上のことをするのは嫌なの」
「どうして?ここまできたらもういいじゃない?」
「ワタシ、まだ心の準備ができてないし、これ以上のことするのはまだ早いと思うの」
「早い遅いなんてタイミングだと思うけど、それでも嫌?」
「ごめんなさい。今はまだこれ以上のことはできない」
「わかったよ。じゃあ俺待ってるから」
結局、芽美のファーストキスだけ奪ってしまって、それ以上のことはしなかった。
それから私は何度か芽美に手を出せる雰囲気になったのだが、毎回拒まれ続けた。好きな女の子と一緒の布団で寝ている状況で、手が出せないというのは私にとって苦難であったが、芽美の気持ちを大切にしようと言い聞かせていた。既に付き合って2ヶ月ほど経っていたのだが、やはり初めての女の子には心の準備というのは必要なのだろうと思った。私は手を出さずにいつものように芽美に接していた。
ところが、付き合って2ヶ月半ほどした頃から、芽美の態度が急変した。電話で話をしても盛り上がらず、すぐに電話を切ってしまう。二人で会っても暗い表情をしてあまり話をしないのだ。やはり私が手を出すということに悩んでいるのかと思っていたが、どうすることもできなかった。そして付き合って3ヶ月ほどした4月の末、突然、芽美と音信不通になった。電話をかけても母親が電話に出て「芽美はいません」、「芽美は今寝ています」など言われた。とにかく芽美と連絡がとれない状態が続いた。音信不通が1週間ほど続いた時、芽美の友達であった堀川沙耶が芽美に連絡をとって密かに事情を聞き出していた。それによると、やはり居留守を使って、私と距離を置いていたらしい。そしてその理由として次のようなことであった。
①最初からそんなに好きじゃなかった
②暇だったから付き合ってみたけど、もう面倒くさい
③最近、気になる人ができた。その人は別れるのを待ってくれている
④別れ話をしてくれるのを待っている
⑤もう二人で会わないで話もしないで別れる方法を考えてる
沙耶は正直に伝えたくれた。芽美の本心を知った私は言葉にできず、ショックで悲しい気持ちになった。私自身が芽美の性格を美化していた部分も確かにあったのだが、これだと付き合った意味すらわからなくなった。芽美の本心は私の妹にも伝わることになり、芽美は周りから嫌われるようになっていくのだが、芽美本人は待ってくれている人がいることもあって淋しくもなく平気な感じであった。私はもう終わりだと思い、芽美に電話をして別れを告げた。
芽美の本心はかなりのものであったのだが、私はふと気づかされる。芽美が私にしたことは、私が泰子に対してしたことと変わりないのである。私は芽美を外見で選び、内面で選んだ泰子をフッてしまった。しかし、今度は私が芽美にフラれてしまった。芽美の内面は私の中で理想のものに膨らんでいたが、現実は全く違っていた。こうなったのは自業自得であったと今でも思う。芽美と別れて1ヶ月ほどして、もう未練もなくなっていた頃、私は泰子の事をずっと思い出していた。あの楽しかった想い出はもうもとに戻らないと後悔していたのだ。それ以後、私は人を外見で絶対に判断しないようになった。外見だけで人を判断すると自分の理想や妄想を作り出す恐ろしいものとなることがあるからだ。




