あなたは何者?
「すまない。」
トイレから出てきた私に対して、彼は開口一番に謝罪してきた。
「それよりも、服を着て頂戴。」
彼は今更顔を真っ赤にすると、自分のクローゼットを乱暴に開けてヘンリーネックのワンピースのような生成りの服を被った。
服は彼の膝ぐらいまであり、一応は彼のぶら下がっているものを見ないですませる環境だ。
だが、彼はパンツを持っていないのだろうか。
そして、彼に連れられて部屋から出て廊下にある階段を下りていくと、ログハウスの真髄のような広々とした空間が私を出迎えた。
大きな暖炉が赤々と火を燃やし、そしてその大きなリビングとキッチンが合体した空間は半分以上がガラスの大きな窓が嵌って雪山の景色が望めるというものだった。
彼は大きな革張りのソファに私を座らせると、私の正面のソファではなく私の真横に腰を下ろした。
それなのに、彼は出来る限り私の顔を見ないという失礼さだ。
まあ、いい。
私は事情を確かめるだけだ。
しかし、彼に質問を投げかけても、彼は三語ぐらいを繋げた程度の言葉でぼそぼそ答えるだけで、それではわかんないと、質問を必要以上にしなければならない事に私は少々イラつき始めていた。
だって、ぼそぼそと喋る男の言葉を繋げて考えてみると、私と彼が裸でベッドの中にいたのは、一夜の遊びどころか、召喚術に失敗して私が召喚されたかららしいなんて馬鹿げている。
その上、わたしがどの種族かわからないので返せないというのだ。
どこに帰りたいのか私にも不確かだが。
「すまない。」
「え、すまないはわかったけど、どうして裸だったの。」
「雪の中に落ちて凍えていたから。」
「そう。」
私が召喚獣だったという事は理解できもしないし、背中の羽なんか絶対に受け入れたくも無いが、とりあえず異常な状況の理由は理解できた。
理由はね。
「ねぇ、あなたが召喚士なのだとしたら、私が何者か知っている化け物を呼び出す事はできないのかな。」
「きみは化け物じゃないよ!」
今までぼそぼそ喋っていた男にしては強い口調の否定の言葉だが、私は私を知っている化け物と言っただけで、私は自分を化け物と思っていない。
「ありがとう。だけどね、そんな言葉よりも、わたしは、私を知っている他の化け物を呼び出せないかと聞いているの。」
「すまない。また召喚を失敗したらと思うと。」
「私以外にも失敗しているの?」
彼は耳まで真っ赤になると、完全に私から顔を逸らした。
そのあと彼は黙り込み、私はこの目の前の自称召喚士をどう扱ったらいいのだろうと途方に暮れた。
すぐ黙っちゃう男の人の扱い方なんて、私はわかんないよ!
一緒にいるのが気の利いた男の人や気のおけない家族だったら、こんな素敵なログハウスで私は楽しくパーティみたいなことが出来るのだろうか。
ううん、パーティは私はそんなに好きじゃない、と思う。
そう、パーティの食べ物が好きなのだ。
お酒やソフトドリンクを片手で摘めるように作られた、小さなケーキや一口サイズに作られた色とりどりのお料理。
私のお腹が私の頭が想像した映像に声をあげた。
ぐ、ぐう~と。
「何か作るよ!」
男は凄い勢いで立ち上がり、キッチンへと突進という形容が正しい素早さで向かうと、それまた器具が壊れるぞと心配になる動作で料理の用意を始めたのだ。
冷蔵庫から次々と肉や野菜を取り出して、大きな鍋に切っては入れてで煮込みだし、うぉ、今はパンを捏ねていやがる。
パンも作れる男である彼の作らんとしている料理は、恐らくも何も美味しいに違いないと確信できるが、私は今すぐに飯が食いたい。
これだけ意識の疎通が図れないとは、男がそういう生き物なのか、それとも、この男がこういう生き物だというだけなのだろうか。
私は彼のいるキッチンに歩いていくと、パンこねに奮闘している彼の、鼻筋は通っていても大きすぎない彼の鼻の頭についている小麦粉を指先で拭った。
彼は凍らすスプレーをかけられたゴキブリのように一瞬で凍り付き、私はそんな彼に大きなため息を吐いた。
「私はあなたの名前も聞いていないわ。」
彼はゆっくりと動き出し、なんと、初めて私に顔を上げたのである。
ミントブルーの瞳に私でもわかる喜びの色を湛えて。
「エセル、エセルバートだ。」
「素敵な名前ね。ねぇ、エセル。クラッカーかビスケットは無いかな。お腹が空きすぎるとせっかくのご飯がおいしくないでしょう。一枚だけでも食べたいの。」
粉だらけの男は粉だらけの手も洗わずに、恐らく食糧庫だろうキッチンにある簡素な扉を開けて飛び込んでいった。
ダダダダダダと。
そして、数秒しないでまたダダダダダダと大きな音をさせて戻って来た時には、彼の腕には世界中の銘柄があるのではないかと思う程のクッキーやクラッカーの箱が満載されていた。
召喚を失敗するような男は、やっぱりどこかが壊れているのかもしれない。