覚悟を決めて
エセルは停職どころか免職になるそうだ。
それはサマエルという素晴らしき部下の手腕によるらしい。
本来ならば銃殺になり得るエセルの職務放棄どころか逸脱した行動に関しては、その手腕によって銃殺どころか不問となったからだ。
エセルは逃げた召喚獣を追っていただけであり、管理官達への攻撃は召喚獣の密売人の襲撃と勘違いしたからと、サマエルが上に報告をしたのだそうだ。
私だけが悪者かい。
結局私はこのままシルフィード号という鍋の中の具になる未来が決定らしく、首に首輪のような電子鍵までつけられた情けなさだ。
まぁ、不問となったはずのエセルまで首輪をつけられ、さらに拘束服まで着せ付けられて私の向かいに座っているのだ。
逃げられはしないと観念するしかないだろう。
痛みも無いとサマエルは約束してくれたし。
――大丈夫。一瞬にして君は粉々になるから。
爽やかな笑顔で断言しおって、何が大丈夫だ。
「すまない。」
ぼそっと呟いたエセルの声は、いつもの低くて深みのある声だが、いつもよりは擦れてざらっとして、裸族で鈍感な男のものにしては罪悪感を伴っているという暗いものであった。
死ぬための私を召喚したのは彼自身だ。
「でも、女王の私が失敗するとなれば、シルフィードの召喚も二度と行われなくなるし、解錠を成功すれば私は自由になって、そしてあなた方は新たな世界を手に入れられる。仕方ないわよ。」
「他人事みたいに言うんじゃない。」
本当に他人事だ。
私はこの世界が私の生きた世界だとどうしても受け入れられないし、そして、これから私の身に起こる事、死ぬのも、痛いのも、絶対に嫌だが、それでも現実感を持って自分の未来だと感じられないのである。
まるで、夢の中の出来事みたいに。
私は自分の両足を抱きかかえると、膝に頭を乗せた。
眠ってしまえば何も考える必要は無い。
「大丈夫。これは夢で、私はきっと鍵穴に入った途端に目を覚ますの。」
「目が覚めたら、俺にもう一度杖を渡してくれるか?」
私は何のことだと顔を上げ、そして、エセルが涙を流していたことを知った。
悔し涙では絶対ない、憐みどころか、私を失いたくないという風な目で私を見つめて涙を流しているのだ。
私は彼の頬を流れる涙を右手の指先でそっと拭った。
「泣いてくれてありがとう。」
「ぜんぶ、俺のせいだ。」
「いつかは誰かによって私は召喚されて、そして、同じ目に遭うのでしょう。だから、……うん、だったら、あなたで良かった。あなたのワイン煮もパンも凄く美味しかった。」
「俺のせいだ。」
「エセル。」
私は彼を抱きしめていた。
抱きしめながら、私は一度だって彼に脅えるどころか、どうして初対面の男の首筋にキスまで出来たのだろうかと不思議に思った。
彼を抱きしめる行為は、とっても私には馴染み深いものでしか無いのだ。
「すまない。俺が君を選んでしまった。俺が君の魂を選んでしまったんだ。」
どういう意味かと尋ね返すことが出来なかった。
歯を噛みしめて、ただ涙をぽろぽろ流す男に対して、私はぎゅうっと抱きしめてあげる事しか出来なかったのである。




