9月8日 クールな織姫の期待 ①
今日は白鳥さんとの観望会だ。
メインは夜なので19時集合にしようとしたら、彼女たっての希望で3時間前倒しになった。
16時。近くのショッピングモールで待ち合わせ。
連絡があったので近くにはいるはずなんだが……どこだ?
きょろきょろと辺りを探していると、スマホを持った長身の女性と視線があった。
少し恥ずかしくなり、すぐに目をそらす。
白鳥さんにメッセージを送信して、と。
「にしても、どこにいるんだ……」
「無視するなんて、酷いわ」
「おわっ!」
気づけば、先程視線が合った女性が真横にいた。
女性はこちらを気にせず、何やらスマホを取り出して操作している様子だ。
話しかけてきたわりに放置するってのも斬新だな。
「えっと、何か用――」
「秋彦くん。『どこにいるんだ?』て、ここにいるじゃない」
可愛らしいピンクのカバーに包まれたスマホが差し出されると、そこには俺が送信したメッセージが。
「え、もしかして白鳥さん?」
「そうよ。そんなに変な格好かしら」
今日の彼女は、動きやすいように下はジーンズ。上は紺の袖なしシャツだ。
スタイルを強調するかのような格好にもかかわらず、白鳥さんは堂々とした立ち振舞だ。
改めて見ても非常に大人びて見えるため、とても同年代の女性とは思えなかった。
「…………着替えてくるわ」
「あっ、いや。似合いすぎて、いつもの白鳥さんと別人に見えただけだ」
「そう? なら行きましょう」
彼女はスタスタと先頭を歩き出す。
遅れて俺もついていくが、白鳥さんのことだ。
下調べもバッチリなんだろう。
今日早めに待ち合わせたのには理由がある。
なんでも、彼女はプラネタリウムに入ったことがないらしい。
この町にあるプラネタリウムは投影機に力を入れており、市の科学館でも本格的な星空が体験できるのだ。
一人では入りづらいという彼女に、ぜひにと頼まれて行くことになった。
「この券売機でチケットを買うんだ。300円な」
「あっ……大きいお札しかないわ」
「じゃ、俺が払っておくよ。これも部活動の一環だ」
彼女が何か言う前にお金を入れ、素早く二枚購入する。
白鳥さんは何か言いたそうだったが、何も言わずに受け取ってくれた。
「じゃ、中に入ろうか。なるべく上の方がいいぞ」
「…………ありがと」
列に並んでいる間、やけにカップルが目につく。
ふと、さっきのやり取りデートみたいだな……と思ったことは、心の中に秘めておく。
今日のプログラムは、七夕伝説だ。
織姫と彦星が出会ったことから始まり、やがて二人は夫婦となる。
しかし、二人は仕事を疎かにするようになった。
怒った天帝が織姫を西へ、彦星を東へと引き離し、天の川を隔ててお互いに会えないようにした。
それ以降二人は悲しみに暮れたため、年に一度だけ七夕の日に会えるようにしたという、よく広まっているお話。
あとは旧暦の七夕があること、夏の大三角形の見つけ方。
七夕に降る雨を催涙雨と呼ぶなどと、七夕づくしのプログラムだった。
上映が終わった後、近くのファミレスに二人で入る。
「もう九月だというのに、まだ七夕のプログラムだったのね」
「不満だったか?」
「いいえ。大満足よ」
白鳥さんは、小さく笑みを見せる。
秋といえば中秋の名月に関する話題が多いが、九月上旬はまだ夏のくくりらしい。
残暑というより、気温的にもまだ夏と言って通用する暑さだ。
「今度は私が払うわ。好きなものを頼んで」
「ん? 普通に別々でいいだろ」
「いいえ。私に払わせて」
そう言って、自らの財布をチラつかせる彼女。
さっきは部活動だと言ったのに、白鳥さんは気にしているらしい。
しかし、俺も譲ることは出来ない。
「残念だが無理だ。白鳥さんは気にしないかもしれないけど、ファミレスで女性に奢られる男性をどう思う? 一般的な観点で頼む」
「甲斐性なしね。少なくとも、周りはそう見るわ」
「だろ? 妹と来た時、そう見られた体験があってな……店員のジト目がつらかった覚えがある」
あのときは財布を忘れたから仕方なかったにしろ、店員の「こいつマジか……」みたいな目が印象に残っている。
紗苗はどうみても俺より年下だし、そんな妹が喜んで全額出すので店員も困惑したらしい。
「会計は別々。それは譲れないな」
「……わかったわ。なら、お釣りで300円返却ね」
「あのな。ま、それで気が済むならいいけど」
俺が譲れないように、彼女にも譲れないものがあるらしい。
俺たちはプラネタリウムの感想を話し合い、店を出る頃には外も暗くなり始めていた。
「ちょっと早いけど、今から行くか?」
「そうね。思ったより時間が……あ」
会話の途中で、白鳥さんがふと足を止める。
彼女を視線を追っていけば、そこにあったのはゲームセンターだ。
「どうした? 何か欲しいものでも――――あ」
聞こうと思ったが、それを見た途端にわかった。
ここから見える位置にあるクレーンゲーム。その一つに、デフォルメされたクマを模したぬいぐるみがある。
あのブランケットのときも思ったが、白鳥さんは意外と可愛いものがお好きなようだ。
「いえ、なんでもないわ。行きましょう」
「いいのか? あれなら500円……いや、1000円あれば取れると思うぞ?」
「本当に!? あっ……」
ガシ、と腕を掴まれたことには驚いたが、彼女の疑問にああ、と頷く。
このゲームセンターは良心的で、家族連れなどには簡単に取れるようサポートしてくれる。
一人で来てるときには関わってこない店員も、紗苗と一緒の時はよく景品を動かしてくれたものだ。
いわゆる、家族やカップル限定のサービスなのだろう。
なのでまず店員を呼び、ここは最初から位置を調整してもらう。
「すみません。あのあぬいぐるみを初期位置に戻してもらえますか?」
「あ、これですね。彼女さんにプレゼントですか?」
「――っ」
「はい。取れますかね?」
「ふふ、サービスしておきますので、頑張ってください」
俺も店員も、このやり取りは慣れたものだ。
白鳥さんだけは、彼女という単語に硬直してしまっていたが。
さて、ぬいぐるみの位置は無事つかみやすいところに移動した。
これなら俺がやらなくても大丈夫か?
「白鳥さん、やる?」
「………………」
「白鳥さん?」
「……はっ、何かしら?」
「いや、これなら白鳥さんにも取れるかなと。やってみる?」
彼女はクレーンゲーム自体が初めてらしい。
ぬいぐるみの横にある台で、一回だけどんな動きか練習することに。
「そう。これはスティック式で、好きな位置に動かせるのね」
「うん。アームが揺れるから気をつけて。三つの爪ではさむようにして、ボタンを押すんだ」
「ここらへんかしら? 押して良い?」
「お好きなように」
これは練習だ。
なので取れなくても問題ない……そう思っていたのだが。
「……取れたわ」
「お、おう。おめでとう?」
取れたのは、可愛いと言われるかは微妙な、ゲームのマスコットキャラのぬいぐるみらしい。
俺も白鳥さんも、そのゲームは知らない。
「とりあえず、こんな感じでぬいぐるみを取ろうか」
「ええ。今度が本番ね。必ずゲットしてみせるわ」
そう意気込む白鳥さんは、よくわからないぬいぐるみのせいでちょっと笑えてくる。
彼女はそんな俺にムッとしながらも、目的である台に100円を投入した。
「爪で全体をはさむように……ここらへんかしら」
「もうちょっと右がいいかも、そう、そのへんかな」
「……いくわ」
ゲームから流れる効果音とともに、アームがぬいぐるみを目がけて下降する。
爪はしっかりと下に入った。
「やったか!」
「いえ、まだ油断は……あっ」
健闘も虚しく、獲得口へ入る手前でぬいぐるみは落下する。
位置的にはまだチャンスだが、取れると思った手前二人で落ち込む。
「すまん。俺がフラグを立てたから」
「フラグ? 何のことかしら。それよりも、これで最後よ」
お金は、白鳥さんからもらった300円。
プラネタリウムの代金をご丁寧に渡されたので、それなら使ってしまおうという算段だ。
ラストの100円を投入する。
「だいたいここ? いえ、こっちかしら?」
「もうちょい左かな。行き過ぎ? ああ、もうちょっと……」
「えっ」
最後だというので緊張してか、白鳥さんの手は震えているようで位置が定まらない。
もどかしいので、俺は彼女の手を包み込むようにして左手を被せる。
「よし、ボタンを押して」
「……あっ、うん。そうね――ああっ!」
慌てた白鳥さんに驚けば、ボタンを押していないのにアームは下降を始めていた。
どうやら時間制限でアームが下降してしまったらしい。
しかし、今度もぬいぐるみをガシリと掴んだ。
「よし、やっ……いけるか?」
「でもボタンが……いえ、これなら……」
二人の念が通じたのか、ぬいぐるみは無事に獲得口へと落ちる。
テンションが上がっていた俺たちは、その場で思わずハイタッチした。
三つ爪タイプは投入金額によって取れるか決まるらしいです。




