表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/14

7月7日 七夕の日

星空の案内人として、新作を毎日更新します。






 土曜日だと言うのに、今日も鍵山かぎやま高校のグラウンドは賑やかだ。

 人数がギリギリしかいないサッカー部、反復練習のみの野球部、男女混合で一番活気のある陸上部。

 期末テストが終わったからか、どの部も夏の大会へ向けてラストスパートをかけているらしい。


 そんな彼らを横目に、俺は部室のある文化棟へと入っていく。

 文化部なのに土曜日まで出てくるのは、おそらく俺くらいなものだろう。




 お目当ての部室に入ると、そこには俺を呼び出した女性がノートパソコンをカタカタと叩いていた。

 こちらが入ってきたことに気づくと手を止め、緩くウェーブのかかった黒髪をかきあげながら視線を向けてくる。


「秋坊。遅かったじゃないか」

「いきなり呼び出したくせに酷い言われようだ。春姉、今日は何を?」

「ああ。ちょいと採点で遅れた仕事を頼む」


 ほれ、と投げ出された資料を手にとってみれば、ご丁寧にも何部コピーしたらいいのかわかるように付箋が貼ってある。

 しかし、同じような資料が散乱してるってことは、既にコピーが終わっているんだよな?

 一瞬だけそう思ったが、それはこの春姉・・が呼び出したという前提を無視したらの話。

 よく見ると手にとった資料は、ばら撒かれている資料と似て非なるものだった。


「……念のため確認するけど、ここにある資料、全部?」

「ああ、全部だ。12クラスの人数分、よろしく頼むぞ。なぁに、コピー機をフル稼働させたらすぐさ」

「これ教師の仕事では? しかも土曜日に呼び出しておいて……」

「天文部の活動として申請はしておいた。対価は部費だ」


 そう言われたら断るものも断れない。

 この春姉こと、生天目なばため先生が顧問を勤める天文部員は俺一人。

 春姉とは家族ぐるみの付き合いということもあって、いまや良いように使われる雑用係だ。


「まだ部費を増やすから良心的だろ? これなら生徒にやらせても問題ないはずだ」

「むしろやらせることが間違っているよな」


 春姉は既にノートパソコンの画面に夢中なので、反応はない。

 ま、いつものことか。

 頼まれるのは初めてでもないし、部費のためにひと仕事しますか。






 職員室でのコピーを終え、プリントは全て春姉の机に。

 いちいち部室へ持っていっても二度手間なわけだが、春姉はなぜ最初に持ち込んだのだろう?


「コピー終わった。職員室の机に並べておいたから」

「おう、サンキュー。こっちもちょうど終わったところだ」


 パタン、とノートパソコンを閉じる音が聞こえた。

 あれから約2時間。

 コピーだけとはいえ、思ったより時間がかかってしまった。

 部費として貰えるのはワンコインらしく、時給換算するのが馬鹿らしくなるくらいの労働だ。




 春姉と一緒に文化棟を出ると、あれほど活気があったグラウンドからも人が消え去っており、いまや寂寂としている。

 大体の部活は18時までの活動なので、それも仕方のないことだろう。


「さて、天文部の本領発揮なわけだが。今日はどこか行くか?」

「やめておくよ。紗苗が待っているからな」

「まあいきなりだったからな。秋坊も手ぶらということは、その気はなかったんだろ?」

「そうだけど、呼び出した本人がよく言う」


 いつもは天体観測とシャレこむというわけだが、今日は七夕。

 近くにある観測スポットも、土曜日ということもあってカップルで混雑している。

 今日くらいは、夜空を楽しむ織姫と彦星をそっとしておこうと思っていた。


「じゃあ職員室の戸締まり確認したら帰るぞ。ほい、車のキー」

「今日もよろしくお願い……っと。校門が開いたままだけど?」

「何? 最後の部員が閉めることになっているのに、仕方ないな。秋坊、頼んだ」


 そこで私が、とならないのが春姉らしい。

 校舎からはさほど離れていないが、職員玄関から校門までは歩いて5分といったところだろう。

 ガラガラガラガラ…………と、大きな音を響かせて門を閉める。

 校門ってのは、どうしてこうムダに重いんだか。


 そんなことを考えながら校舎へ歩いていると、どこからか地に響くような低音が聞こえてきた。

 もう生徒は誰も残っていないはずなのに、まさか?


「……孤独に練習を続ける幽霊――ってアホか」


 夏が近いからか、最近聞いた怪談にそんなものがあった。

 誰もいないグラウンドで、一人延々と練習を続ける幽霊がいるという。

 何度も走り高跳びを繰り返しては、バーを越えられずにふっとばす。

 しばらくすると、スンスンとすすり泣く声が聞こえるという。


 すり抜けずにふっとばす時点で、幽霊でもなんでもないと思う。

 だがしかし、この音が聞こえるのはグラウンドのほうから。

 見渡した限りでは誰もいないが、まさかと思いつつも警戒して音の聞こえるほうへ近づいていく。


 聞こえるのは、体育倉庫からか?

 扉には南京錠がかかり、施錠されているが……。

 その時、音が途切れた。

 いや、よく耳をすませば、微かだが女性がすすり泣くような声が聞こえてくる。

 何か、喋っている?


「……れかぁ……っ…………て…………けで……っ!」

「誰かいるのか?」

「っっ!」


 ガタン、と扉の向こうで何か動いたかと思うと、すぐにバンバンと扉が強く叩かれた。

 いきなり大きな音出すなよ……怖いだろ。


「います! 助けてください! お願いしまします! どうか、どうかっ!!」

「わ、わかった。すぐに先生を呼んでくるから!」

「あなただけが頼りなんです! み、見捨てないでください!!」


 先程よりも勢いを増す音にビビりながらも、慌てて春姉を呼びに。

 今日は土曜日。

 明日は学校も閉まるので、このままだと彼女は月曜まで体育倉庫に監禁されてしまう。

 校舎まで息を切らして戻ると、ちょうど春姉が出てくるところだった。


「はぁ……はぁ……春姉っ!」

「なんだ、そんな息を切らして。残念だか私にハァハァするのは――」

「倉庫! 鍵! 閉じ込められてる!」


 それだけで春姉には伝わった。

 春姉と共に、急いで職員室へと舞い戻る。

 体育倉庫の鍵は――あった。


「全く、誰がこんな酷いことを!」

「今はそれより彼女を!」

「やはり女子生徒か。秋坊は……まあいい、こい!」


 どうして言い淀んだのかは謎だが、今は彼女を解放することが優先だ。

 グラウンドは既に暗闇に包まれている。

 体育倉庫からは声が聞こえなくなっていたが、春姉は迷わず扉の向こうへ話しかけた。


「いるのか! いま鍵をあける!」

「はい! お願いしますっ!」


 鍵は春姉が持っているので、カチャカチャとしている間がもどかしい。

 やがて、南京錠が投げ捨てられる。

 引き戸を開けた途端、勢いよく誰かが飛び出してきた。


「うわああぁぁあああぁん!!」

「おっと……よしよし、怖かったな」


 飛び出てきたのは、ハーフパンツの体操着姿の女子生徒が一人。

 正面にいた春姉に抱き着いているが、もし俺が代わりにいたらあの抱擁は――いや、仮定の話はやめよう。

 後で気まずくなったり、春姉にからかわれるのが目に見えている。


「……秋坊。悪いが一人で帰ってくれるか? あたしはこの子を送っていくから」

「いや、俺も手伝うよ。荷物を取りに行ったり、同じ子がいないか確認する必要もあるだろ?」


 俺としては至極まっとうな意見を言ったはずなのに、春姉は渋い顔をする。

 人手はあったほうがいいんじゃ?


「察しが悪いな。簡単に言うと、お前の妹や他の女生徒ならいいが、お前はダメだ。これでわからなかったら部費を全額カットするぞ」


 まだ泣き止まない女子生徒をちらっと見て考える。

 紗苗が良くて、俺はダメ?

 妹は年下、異性、そして彼女は何時間前からここに……。

 ある可能性に辿り着いてしまったが、これは気づかぬフリをしろっていう春姉からのメッセージらしい。


「……わかった、俺は何もせずに帰るよ。車のキーは返す」

「ああ。悪いな、それとよくやった」


 もう俺に出来ることはないだろう。

 春姉は気づいたが、俺は気づかなかったことにしなければならない。

 そうしないと、彼女がいたたまれない。




 ひとり、七夕の夜を歩く。

 さっきの女生徒とは言葉を交わしただけだ。

 お互いに顔も見ていない。


「ま、ヒーローなんて柄じゃないしな」


 頭上に輝く彦星、アルタイルを見上げながら、俺は言い訳するかのようにそうぼやいた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ