5. 神帝、冒険者ギルドで忠告される
商業ギルドでは情報は手に入らなかったが、仕方がない。
あんな悪趣味な空間に居続けるのは苦痛以外の何物でもないし、商人達の二人を見つめるギラギラした視線を思い出すと情報収集する気などおきるはずもない。
とはいえ、今は情報が欲しい。
街や宿の情報もそうだが、グラード商会に関する情報も必要だ。
まぁ、神と天使の二人を人間がどうこうできる訳も無いので情報のないまま誘いにのってもいいのだがどうせ行くなら相手の思惑を把握しておいた方が面白いーーーというのがクロノアールの持論だ。
それにはそれなりの情報が必要だろう。
「商業ギルドはアレだったしね。それじゃあ、『実力主義』だっていう冒険者ギルドに行ってみるか」
「・・・・・・冒険者ギルドに加入するのは構いませんが、くれぐれもあまり目立つような真似はしないでくださいね?」
そうは言っても、二人が冒険者ギルドに行くだけでなく登録をすることも考えるとまず目立たずに済ませるのは不可能に近いだろう。
実力主義、荒くれ者の冒険者ギルド。
そこに明らかにそぐわない二人の見た目。
クロノアールが自重などするはずもなくーーー予想出来てしまう光景に、シルヴィはただただ事態が何とか穏便に収まることを祈るのだった。
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たどり着いた冒険者ギルドはあの悪趣味な商業ギルドとは違い、木目調で予想していた通りの内装であった。
そしてこれまた予想通りにーーー商業ギルドとはまた違った意味で、クロノアール達二人組はういていた。
二人に集まった視線は驚き、訝しげ、探るようなものなど、様々であったが、二人の貴族にも見える見た目が幸いしたのか、絡んで来る者はいない。
いかに実力主義で荒くれ者も多い、とはいえ馬鹿ではない。
貴族と揉めるのは不味い上、高ランク冒険者などは特に、貴族はお得意様となることがある。
そうである以上、目的のわからない貴族かもしれない二人に絡むのは悪手なのだ。
そんな、様子見を決め込むつもりらしい冒険者たちを尻目に、クロノアールはまっすぐと受付の方へと向かっていく。
依頼を出すための受付、H〜Fランク用の受付、Eランク以上の受付、そして新規加入のための受付の四箇所があり、冒険者たちはてっきり二人が依頼用の受付に行くと思っていたのだろう。
クロノアールが新規加入の受付へ向かったことで静かだったギルド内がザワついた。
「ごきげんよう、お姉さん。冒険者ギルドに加入したいんだけどここでいいんだよね?」
驚いたように目を見開いている受付嬢へ、そう声をかけるクロノアール。
その言葉に、受付嬢の瞳がさらに見開いた。
「え・・・・・・あ、すみません。受付を担当しております、ミリアと申します。あの、まさか本当に冒険者ギルドに加入されるのですか?」
動揺したのか挨拶もそこそこに問いかける受付嬢、もといミリアに、クロノアールは安定の笑顔で答えて言った。
「うん、そのつもりだよ。十二歳以上なら加入できるはずだよね?」
「そ、それはそうですが・・・・・・新規加入には試験が必要ですよ?」
「知ってるよ。その試験、すぐにできるかな?」
「え・・・・・・それは・・・・・・」
「おい、そこの坊主」
ーーーと、しどろもどろなミリアに割ってはいるように、一人の男が声を上げた。
筋骨隆々な肉体に、重厚な装備。冒険者らしいその男は、絡まれるかと身構えたシルヴィの予想に反し、どこか諭すような声音で言った。
「冒険者は遊びじゃない。お前さんのような子供には危険な仕事だ。悪いことは言わない、やめておけ。従者のにいちゃん、その坊主を連れて帰んな」
どうやら、この冒険者はクロノアールのことを心配して横槍を入れたらしい。
それに対し、クロノアールはにこやかな笑みを返して言った。
「ボクを心配してくれたの、おじさん?でも大丈夫だよ、ボクこう見えて強いからね」
「いや、だから・・・・・・」
「冒険者ギルドは、実力主義。でしょ?」
「?そうだが・・・・・・」
「だったら。・・・・・・ねぇ、ミリアお姉さん。ギルド加入の試験ってどんなことするの?」
「え・・・・・・それは、ギルドが選んだ冒険者との模擬戦、ですが」
「そう。じゃあこうしよう。・・・・・・冒険者のおじさん、名前は?」
「・・・・・・ロイドだ」
「ロイドか。ボクはクロノアール。ねぇ、貴方が今ここにいる冒険者の中で一番強いでしょう?」
「!!」
あっさりと自分の実力を看破したクロノアールに、ロイドは驚いたように目を見開いた。
実際、ロイドはCランク冒険者であり、初心者や中級冒険者たちの育成も行っており、リーダー格の冒険者であった。
相手の実力は、自分の実力がそれ相応に高くなければ看破できない。
ましてや、目の前にいるギリギリギルド登録可能年齢(十二歳)を超えてるか、くらいの恐ろしく顔の整った少年がわかるものでは無い。
もちろん、見た目が幼くともエルフのような長命種もいるため、見た目通りの年齢ではない可能性もある。
が、ロイドにはクロノアールが強いとは思えない。そのことがロイドを混乱させていた。
「ボクの試験での対戦相手はロイド、貴方にやってもらいたい。それでもしボクが負ければボクは冒険者になることを諦める。ボクが勝ったら・・・・・・認めてくれるよね?」
「なっ・・・・・・!」
ーーーこの子供と、模擬戦だと?
クロノアールの無謀としか思えぬ言葉にギルド内がさらにザワつく。
その多くがクロノアールを侮り、馬鹿にするもので、貴族のボンボンが愚かなことを、といった感じではある。
ロイドにこの少年を馬鹿にする気は毛頭ないものの、自分に勝てるとも到底思えない。
しかし、クロノアールがロイドの実力を見破った事実が脳裏にチラつく。
前もってロイドのことを知っていたのか、後ろに無言で控えている従者らしいこれまた整った顔の青年ーーーこちらもあまり強そうには見えないがーーーに教わったのか?
それとも、この少年が実は長命種で見た目通りの年齢ではなく、自身の実力を隠しているのか?
ロイドは今まで、実力に乏しい子供が冒険者となり、あっけなく死んでいくのを何度も見てきた。
だからこそ、実力の伴わない子供が冒険者になろうとしている時、できるだけ諌めるようにしてきた。
冒険者の仕事は遊びではない、危険なものなのだと。
それでもロイドの忠告を聞かずに冒険者となろうとする子供にはギルドの協力の元、試験で強い者と戦わせて不合格にさせた上でなお諦めない者にはロイド自身の手で鍛え、それなりの実力になるまで育ててから冒険者になるようにしてきたのだ。
だから今回も、同じようにこの美しい少年を退けようとしたのだがーーークロノアールと名乗ったこの少年はロイドを試験の相手に指名した上、腹の読めない微笑を浮かべている。
ーーーだが、それでもロイドがやることは変わらない。
クロノアールに実力がなければ試験で落とし、彼が死なないようにする。
もし、彼に実力があり自分が負けたとしても、子供が死んでしまうかもしれないという大きな可能性を潰せるのなら自分が恥をかくくらい構わない。
そう、決意を固め、ロイドは試験の相手を務めることを了承する。
対するクロノアールはロイドを眺め、悟られぬ程度にクスリと楽しげな笑みを浮かべた。
(子供を守るために悪役を演じる、ねぇ?ほんと、面白いね、人間というものは。そう思わないかい、シルヴィ?)
(ロイドさん、とてもいい人ですね。なので、くれぐれも、くれぐれも!殺さないように!)
(む・・・・・・それくらい分かってるよ)
「あ、ついでにシルヴィーーーボクの従者の相手もよろしくね、ロイド」
「え、ちょっ、わたしもですか!?」
ーーーたとえボクとの模擬戦で怪我しても治してあげるから。
言外にそう滲ませ、クロノアールが不敵な笑みを浮かべた。
ロイドさんは超いい人です
前回の商人とはえらい違いですね
クロノアールの一人称を僕→ボクに変更しました
キーワードの悪役令嬢や乙女ゲームはそのうち出てくる予定です
多分、フオーネル編の次くらいには・・・
次の更新は水曜日です(の予定です・・・)