3. 神帝、商業ギルドへ向かう
「それにしても、商業ギルドねぇ。たしか、ギルドと言うと、あともうもう一つの何かがあったよな?」
「ええ。アリシア様いわく、ここ、第一大陸では商業ギルドと冒険者ギルド、この二つがギルドの主流だそうです」
フォーネルをはじめ、第一大陸に位置する国々には共通するギルドが二つある。
一つは商人たちによって組織された「商業ギルド」。
商売を始める商人たちはまず、このギルドへ登録を行うことが義務とされており、年に一度の、一定の金額をギルドに納めることでギルドの絶対的な保護の元、商売を行うことが出来るのだ。
商業ギルドでは登録にあたってランク付けがされている。
上からS、A、B、C、D、Eと分けられたランクは、高いランクであるほどギルドへの納める金額が高いかわりにギルドからの最高ランクの保護を受け、なおかつより大きく、より多くの店を構えることが出来るのだ。
なお、Sランクに関しては少々特別で、四大大国のいずれかの推薦がなければなることは出来ないが、はれてSランクになれた店には王家御用達のハクがつくことになる。
ゆえに、その栄光の座を勝ち取るため日々商人達は己の商店を大きくさせるための努力を惜しまないのだ。
対するもう一つのギルドーーー冒険者ギルドは、ある意味では現金な商業ギルドとは違い、個々の実力至上主義の組織である。
ヘスティアに存在する巨悪なモンスターを狩る冒険者の存在は四大大国といえど無視はできない存在で、高ランクの冒険者ともなれば金も権力も名声も思いのままに享受することすら可能となるのだ。
S〜Hまでランク付けされている冒険者ギルドでは、ランク相応のお金さえ納めればS以外どのランクからでも始められる商業ギルドとは違い、冒険者ギルドには登録前に試験がある上、登録したての冒険者はどれだけの功績を持っていようとみな最低ランクのGからスタートになる。
ランクを上げるには以来達成や試験などさまざまな条件があり、それをクリア出来なければいつになってもランクを挙げることは出来ないというシステムになっているのだ。
ちなみに、冒険者たちの共通認識でHとGランクが初心者、Eランクになってやっと1人前、Cランクでベテラン冒険者、Bランクで一流冒険者、Aランクは極少数しか存在しない超一流冒険者、そしてSランクは現状、たった四人しか存在しない化け物級とされている。
「ああ、そうそう、冒険者ギルドだったね。商業ギルドはともかく、冒険者ギルドなら登録しておこうじゃないか、シルヴィ」
ーーー旅をするのにもお金がいるし、人と同じように「稼ぐ」という行為も一興だからねぇ。
現実的なことを言い出すクロノアールに、シルヴィは苦笑を返しながら言った。
「そうですね。ですが、くれぐれも問題は起こさないでくださいよ、クロノアール様」
「む、君はやっぱりボクのママだろう」
「そこはせめて父親にしてくれません!?」
クロノアールには知られたが最後、千年先までからかわれること間違いなしなので絶対に言えないが、実は己の中性的というには女性よりな容姿を気にしているシルヴィにとって、よりによっての「母親扱い」はあまりよろしいことでないのである。
「どうどう、シルヴィ。噂の商業ギルドとやらに到着したようだよ?」
そんなにシルヴィの内心を知ってか知らずか、一軒の大きな建物の前で足を止めたクロノアールはその表にでかでかと掲げられた看板を指さした。
「ふむ、流石は商業都市ヘイスの商業ギルドだな。そこそこ大きいじゃないか」
クラストリカにて、それはそれは大きく荘厳な塔に住んでいたクロノアールだから「そこそこ」という表現にはなっているものの、実際にその商業ギルドは貴族の邸宅に匹敵するほどの大きさを誇っていた。
商業がさかえるこの街ではまぁ当然のことではあるのだが、なんともギルドらしからぬ豪華な建物に、シルヴィは内心呆れた視線を向けた。
「うん、なんか、あれだよね。正直、商業ギルドって聞いた時から思っていたけど・・・・・・お金に汚そうな組織だなぁ」
さらっと本音を零したクロノアールに、シルヴィは苦笑を返して肩を竦めた。
「思うのは自由ですが、くれぐれも中で言わないでくださいよ、クロノアール様」
ーーー我々は一応、情報をもらいに来たのですから。
相手は世界有数の商業都市にある商業ギルドた。
中にはさぞや歴戦の商人やそれと渡り合ってきたギルド職員達が待ち構えていことであろう。
もっとも、クラストリカとて駆け引きは多々あった。
なまじ神同士の駆け引きである。そんじょそこらの言葉遊びで済まされない世界に二人は身を置いていたのだから、それほどの心配は無用であるだろうが。
かくして、二人はヘイス商業ギルドへと足を踏み入れるのだった。
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「・・・・・・」
「・・・・・・」
商業ギルドに足を踏み入れて早々、目に飛び込んできたその光景。
ーーー部屋の至る所を彩る、金、金、金。
ーーー頭上に煌めく贅を凝らし尽くした豪奢なシャンデリア。
ーーー極めつけは完璧な反射を誇る黄金の床。
その様に、二人の心に浮かんだ共通する言葉はただ一つ。
ーーー趣味悪っ。
で、あった。
「・・・・・・シルヴィ。なんていうかさぁ・・・・・・うん。この床、スカート履いてたらパンツまで映りそうだよね」
「すごい反射率でピカピカですからね・・・・・・って、やめてくださいよ!」
あまりな光景に思考停止したのかなるほど、と同意しかけ、顔をゆがめるシルヴィ。
対するクロノアールは眩しそうに目を細め、かわいた笑みを浮かべた。
「人間って、やることなすこと面白いけどさぁ・・・・・・これは、ない」
あらゆる可能性を愛し、慈しむクロノアールにばっさりとと切り捨てられる時点で相当である。
しかし、それほどまでにその光景は酷いとしか言いようがなかった。
ーーーよし、冒険者ギルドに行こうか。
と、二人が頷きあった時だった。
「そちらの御二方!なにか御用ですかな?」
突如としてかけられた声に、クロノアールは逃げきれなかったか、と、内心舌打ちをした。
外から入ってきた二人にはこの中の光景こそある意味で目をみひらくものであったが、この場所に元からいた人々ーーー商人やギルド職員達ーーーにとって、突如としてやってきた明らかにお金持ちの商人か貴族の子息とその従者、その上美しいものには見慣れていたはずの彼らですら目を見張らざる得ないその驚くべき美貌の二人組に、話しかけるなと言う方が難しい。
もちろん、そこには二人から透けて見える、と彼らは思っている財力に対する欲ももちろんあったが、それ以上に二人のーーー特にあらゆるものを凌駕するクロノアールの美しさにーーー何らかしらのアクションをかけてしまうのは人として、ある意味当然のことと言えよう。
この街に来てからというものの、人々の視線の多くが自分たちに注がれていることにすぐ様気付いたクロノアールはもちろんギルド内の注目を浴びていたことに気がついた上で話しかけられないうちに逃げよう・・・・・・そう思っていた矢先かけられた言葉。
どうやら、残念ながら逃げきれなかったらしい。
せめて、この悪趣味極まりない内装さえなければ・・・・・・とはいえ、話しかけられてしまったものは仕方ない。
せいぜい利用させてもらおうと心に決め、話しかけてきた商人らしき男に気取られぬようちらりとシルヴィを見上げた。
(・・・・・・シルヴィ。このおっさんを適当にあしらえ)
(・・・・・・念話まで使って出た言葉がそれですか!)
クロノアールは下界に降りるにあたって神としての権能を大部分、自主的に封印している。
とはいえ人間達の魔術でも実現可能なことがクロノアールに出来ないはずもなく、もちろん魔術の中でも中級レベル以上の魔術師なら誰でも使える念話も使用可能である。
ここ、ヘスティアの魔術は術者が持つ「魔力」というものを消費することで行使される。
ヘスティアの管理神、アレシアははじめこの世界の魔法形態の基礎を構築するにあたって魔術のわかりやすい分類、いわゆる「属性」と呼ばれるものーーー火、水、土、風、雷、光、闇、無の八属性ーーーを定めた。
この他にも個人が持つ唯一無二の「固有属性」など、一部例外も存在するのだが、多くの魔術で行使される事象はこの八属性のうちに当てはまる。
ちなみに、この基本の八属性はヘスティアの全住人が全てを所持している訳では無い。
この八属性のうちに、そのほとんどの人々は一つの属性しか持ち合わせてはいない。
所有する属性は生まれ持っての資質のようなもので、魔術の才能がある者ほどより多くの属性、より多くの魔力(魔力量は魔術の特訓により変動はするが限界は個人によって存在する)を持ち、魔術師として成功を収めている者の中には全属性持ちも少なくはない。
もちろん、一つの属性しか持たなくとも、その一つ一本勝負で一属性特化の魔術師を目指すというのも有効である。
なぜなら、属性が多ければ多いほど、一つ一つの属性を突き詰めることは不可能に近い。すなわち、属性が多いが故に様々な属性に手を出してしまい一つ一つの属性を極めることが出来ずに器用貧乏になりかねない、ということである。
魔術師としての天性の才能である属性の数が多くとも、それは優秀な魔術師である、とは、イコールではないのだ。
それと同時に多くの属性を持ち、才能のあるにもかかわらず、それに驕れば中途半端な魔術師でになってしまう可能性が高い。
そういう面で、この世界は努力次第では誰でも凄腕の魔術師になり得る才能にあまり左右されない魔術形態を持っているとも言えよう。
そんな魔術であるがーーー今、神としての権能の大部分を封じているクロノアールが扱える「神術」と呼ばれる権能は、魔術とは少し勝手が違っている。
ヘスティアに魔術が存在することをアレシアから伝えられた時、クロノアールは神々がクラストリカで日常的に使っているごく普通の基礎的な権能である神術ーーーたとえば移動する時の飛翔やものを運ぶ時の亜空間収納などーーーを残していた。
神術は魔術と違い、別に神の中にある力を使用する、などというものでは無い。
神術の仕様は極簡単、神々が行いたい事象を願えば自動的に神々がその時いる世界そのものがそれを実行するのである。
わかりやすく言うならば、クロノアールがクラストリカで神術を行使する場合、クラストリカという世界そのものが、ヘスティアで神術を行使すればヘスティアそのものが、クロノアールの要求を速やかに実現する、ということである。
つまり、神々が神術を使用することで、人間が魔力を消費するように、その力を消費しているのは世界そのもの、というわけである。
個人の限られた魔力を使用する魔術と、世界というまず枯渇することの無い巨大なタンクのバックアップをうける神術。
どちらが長く使用できるかなど、比べるまでもないであろう。
いかにクロノアールが神術を使おうと、それがこの世界の魔術の定義を大幅に逸脱しない限りーーー「これは魔術である」という言い訳が通るような使い方をする限りーーーヘスティアの巨大タンクはビクともしない。
さて、それでは神ではないシルヴィの場合はどうなのか?
神の御使い、使徒であるシルヴィは種族的に「天使」にあたる。
天使は神々によって生み出され、その補佐を役目とする。
天使達は神々の補佐が務まるようら神により様々な権能が与えられてはいるが、しかし、さすがに神術を使用することは出来ない。
故に、天使達も人間同様、魔術を扱い、その行使にあたって自身が持つ魔力を消費しなければならない。
とはいえ、天使達はここの力の差はあれど、みな一様にその身に莫大な魔力を秘めている。
世界のタンクには劣るが、しかし人間とは比べ物にならない魔力量と魔力回復スピードを持つ天使達もまた、無限ではないがそれに近い力の行使を行うことが可能なのである。
つまりはクロノアールとシルヴィは共に人間を遥かに超える魔術師であるといえるーーーのだがーーー主の念話でのトラブル丸投げという、他にもなにかあっただろうと言いたくなる力の無駄遣いに、シルヴィはトラブルの元たる商人らしき男に気が付かれないよう、そっとため息をつくのだった。
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