1. 神帝、下界へと降り立つ
ーーー青い空。
ーーー白い雲。
ーーー頭上に煌めく二つの太陽。
「いい天気ですね・・・・・・」
乾いた笑みを浮かべ、現実逃避気味に空を仰ぐ青年と。
「うん、いい天気だな!」
輝く満面の笑み浮かべた美しい少女が一人。
街外れのとある森の中。
そこには正反対とも言える表情を浮かべた奇妙な二人組がいた。
服装はお金持ちの商人か貴族の息子とその従者、といった感じなのだが、その並外れた容姿と森の中という場所柄、はっきり言って浮いている。
ちなみに、クロノアールがスカートではなくズボンを履く理由は単に動きやすいから、というものなので別に本人に男装しているつもりはないのだが、上品なブラウスに上着、短めのズボンを履いたその姿はまさしく中性的な美少年であった。
「で、だ。・・・・・・ここ、どこだ?」
こてん、と可愛らしく小首をかしげ、あたりに視線を走らせるクロノアールに、シルヴィはその銀色の瞳を据わらせた。
「・・・・・・ヘスティア第一大陸に位置する国、『フォーネル』の南西部、商業都市『ヘイス』郊外の森・・・・・・と、先程ヘスティアの管理神、アレシア様より説明がありましたよね?」
ちゃんと説明聞いてました?と言外に言いたげなシルヴィの問いに、しかし、まったく気にした様子のないクロノアールは当然と言わんばかりのドヤ顔で言い放った。
「うん、まぁ。聞いてないな!でも問題ないさ、君に聞けばきっとなんとかなるだろうからな!」
「なぜ完全に他力本願なのにそんなに自信満々なんですかね!?」
もう今すぐクラストリカに帰りたい。この神と世界観光などするくらいなら仕事漬けの社畜な毎日を送った方がずっとマシである。
ああ、懐かしきクラストリカ・・・・・・ヘスティア滞在数分で既に故郷が恋しい。出来るだけ早く、あの白亜の塔に帰りたい。
とはいえ、そんな密かなシルヴィの願いが叶う訳もなくーーーユーグストよりクロノアールの監視という名のお守りを頼まれたというのもありーーーシルヴィは今日何度目になるか分からない諦めにも似たため気をついた。
ここ、ヘスティアには合計して4つの大陸がある。大きい方から第一、第二、第三、第四と定められたうち、最も広大にしてヘスティアのほぼ全ての国家が存在しているのがクロノアール達が今いる第一大陸だ。
そんな第一大陸には前述の通り、大小多くの国家がひしめき合っている。その中でも西側海岸、世界有数の貿易大国とも呼ばれる商業国家「フォーネル」、この世界の大多数を占める人間とは異なる、亜人たちが住まう異種族国家「ハイネス」、ヘスティアの管理神アレシアを信仰する最大宗教アレシア教を国教とする「シュヴァーレン」、そして最も歴史が古く、伝統と格式高い「ミレニア」、この四つが第一大陸が誇る四大大国だという。
クロノアールたちが降り立つのにフォーネルを選んだ理由は四大大国の中でも比較的自由で開放的な国であるからであった。
「ちなみに、この世界にはもちろん、『魔法』というものもあります」
魔法、もしくは魔術。ヘスティア以外の多くの世界の住人達もが使う力である。
もちろん、中には魔法のない世界も存在するのだが、さすがにそんな世界に神帝であるクロノアールが降りれば大変な騒ぎ柄巻き起こることは目に見えている上、色々な事情を考慮するとまず不可能である。
そしてもちろん、個々の脳力が「ステータス」として他者の目にも触れるような世界でもまた、クロノアールの存在は明白なトラブルの元になること間違いなしだ。
ステータスに種族、神、天使、などと書かれた日には観光どころではなくなってしまう。
ゆえに、魔法を使える者の存在がさして珍しいことではなく、また、数値や文字として個々の脳力が筒抜けになることも無い上で、戦争などで荒れ果ててもいない比較的平和なこの世界はクロノアールが下界観光に選ぶにはうってつけの場所であった。
「魔法、ねぇ。人間や亜人たちが使うものだろう?」
「その通りです。クロノアール様は下界に降りるに際して神としての権能の多くをご自身で制限されましたよね?」
「ああ、したな。さすがに全開放では加減を間違えただけで世界ごと滅ぼしかねないからなぁ」
「いやちょっとほんとにやめてくださいよそれは!?」
冗談では済まされない恐ろしさである。
そんなことになった時のユーグストの鬼のような顔とアレシアの泣き顔が目に浮かびそうだ。
「・・・・・・と、とにかく。制限されたのでしたらそこまで問題は無いとは思いますが、あまり目立ちすぎる力の行使はくれぐれも、く・れ・ぐ・れ・も、おやめ下さいね?せめて魔法であるという言い訳が通る程度でお願いします」
「それは分かっているよ」
・・・・・・正直なところ、不安でしかない。この神に果たして加減の二文字が存在するのであろうか?
早くも遠い目で輝く2つの太陽を仰ぐシルヴィをよそに、クロノアールは楽しげな笑みを浮かべた。
「さて!それでは早速!ヘスティア観光と洒落こもうではないか!」
**************************
フォーネル南西部に位置する都市、「ヘイス」は海沿いであるがゆえ、王都程ではないにしてもかなり栄えている街である。
おもに他国との交易により栄えるこの街は様々な商業が盛んで、商業の自由を重んじるフォーネルの方針を良い意味でも、そして悪い意味でも実行している街でありーーーすなわち。
「おいおい、そこの餓鬼と小綺麗なにーちゃんよぉ。怪我したくなかったら大人しくしな!」
「くひひ、そこの餓鬼は相当高く売れるぜぇ」
森をぬけ、ヘイスへの街道に差し掛かった瞬間、まるで待ち構えていたかのように二人を取り囲んだ十人ほどの男達に、シルヴィは盛大なため息をついたのだった。
この事態は、アレシアから聞いたフォーネルやヘイスに関する知識を鑑みればある程度は予想できていた。
自由交易国家、それに間違いはないし、その方針も厳密に言えば間違ってはいない。
しかし、自由の陰に隠れた横暴ーーーすなわち、奴隷交易の存在は商業国家として栄えるフォーネルの影の部分でもあった。
ただ、自由な交易に、それなりの代償が必要なことはシルヴィの理解はできるのである。
しかしながら、こうもなぜ、よりにもよって、という感情は捨て去れなかったのである。
「あ?なんだよその顔はよぉにーちゃん」
「いえ・・・・・・なんでも・・・・・・ただ、その、可哀想だなと思いまして」
「は?誰が・・・・・・」
ーーー彼らは理解していなかった。
彼らが対している者が、どのような存在であるかを。
故に。
いえその、あなた方がーーーとシルヴィの言葉を聞くよりも早く、その視界に飛び込んできたのは。
「ぐふぇぶっ!」
「あはは!やったねストラーイク!」
ーーーそんなふざけた掛け声とともに真後ろに吹っ飛ぶ男の姿だった。
「いやぁ、いい音鳴ったねぇシルヴィ。今の一撃、会心のストライクじゃない?」
楽しげな口調と声音。
その麗しい美貌に浮かんだ誰もが見惚れるような笑みと、対称的にその手に握られた一振りの武器に。
ーーーシルヴィは思わず顔を盛大に引き攣らせた。
「ク、ロノアール、様・・・・・・それは・・・・・・」
「ん?これか?」
これが何か?と言わんばかりの表情で武器を肩に担ぐその姿は神秘的なまでに美しいーーーその右手に握られた武器がソレでさえなければ。
「ふっふっふ、これはヘパイストスにつくらせたボク専用武器。その名も『お仕置きしちゃうぞ☆神帝特製御神刀〜神罰執行☆』だぞ」
「名前とか色々突っ込みたいところはあるのですがなぜよりにもよってその形状なんです!?」
顔を盛大に引き攣らせたシルヴィの視線の先ーーー華奢な肩に担がれたーーー柄から先端に行くにつれ太くなる1本の棒に、無数の釘が嵌め込まれたそれーーーは、どう見ても。
ーーー釘バット、であった。
ーーークラストリカが誇る随一と名高い鍛冶神に何てもの作らせてるんですかーーー!?
そもそもそのフォルムでは神罰執行(物理)ではないですか!?神とか御神刀とか最早関係もない!そもそも刀ですらない!
ーーーというシルヴィの心の叫び虚しく、黄金の瞳に爽快感を滲ませたクロノアールはいまだ事態が飲み込めていない男達へ不敵な笑みを向けた。
「『怪我したくなかったらおとなしくしろ』?あはは、笑わせるね。その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
「て、てめぇ!!」
クロノアールのわかりやすい挑発にまんまとのせられた男達がそれぞれの武器を抜いていく。
ーーーそれが最悪の一手であることもしらずに。
「うんうん。いいねぇいいねぇ。ボクってば、今とっても気分がいいから・・・・・・」
クロノアールの顔にクスリ、と蠱惑的な笑みが浮かべ。
「たっぷり遊んであげるね、おじさんたち♪」
そんな、最早どっちが悪役か分からない言葉を囁いた。
**************************
「いやぁ、大漁大漁!」
ホクホク顔で右手に大量の金貨が詰まった袋を高く掲げる少女が一人。
言わずもがななクロノアールである。
その手にある金貨の詰まった袋はもちろんのこと、あの襲ってきた男達から巻き上げたものであり、正直なところどこぞの悪代官のような笑みを浮かべたクロノアールの方が余程の悪党である。
「アレシアからいくらかはもらっていたが、お金はあればあるだけいいからねぇ」
これで街に着いたらいろいろ買えるねぇ。
と、そんな清々しいほどの笑顔で語るクロノアールに対し。
「・・・・・・」
彼女の後ろに並ぶあまりにもあまりな光景に、シルヴィはそっと視線逸らした。
満足げなクロノアールの背後。
愚かにも勇敢(?)に彼女へ立ち向かった哀れな男達は、しかし、残念ながらもはや勝負にすらならず。
数秒でクロノアールに飽きられた男達はあっさり撃沈、あれよあれよという間に身ぐるみ剥がされ素裸。その手際の良さにはシルヴィも引きつった笑みを返すしか無かった。
そして、いとも哀れな男達はそのまま残酷な遊び心を出したクロノアールの手により一列に並べて木に逆さ吊りされていたーーーもちろん、素裸で。
十人ほどのむさ苦しい男達が全裸で木に吊るされ、並べられている光景はある意味圧巻である。
そんな、一目見れば夢に出ること間違いなしの絵面を頭から叩きだして見なかったことにしつつ、シルヴィは上機嫌の主を見下ろした。
「・・・・・・それで、クロノアール様。どこに向かいましょうか?」
「そりゃあもちろんこっちの道・・・・・・目指すは商業都市ヘイスだよ。さっきそいつらを尋問した時、彼らの背後にいる奴について聞いたからお礼参りもしたいしねぇ」
「左様ですか」
売られた喧嘩は倍で買うと言わんばかりの黒い笑顔のクロノアールに、シルヴィはまだ見ぬ黒幕へ同情の念を送るのだった。