プロローグ 2
神々の中にも、「序列」というものが存在する。
つまりは神にも明確な力の差が存在する、ということである。
神の序列はその神が生まれ落ちた時から定められており、それが変化することはほぼない。なぜなら神々には生まれ落ちた時からその役目が決まっているからである。
そんな神々の序列は上から第一級、第二級、第三級、第四級、第五級、第六級となっている。
実にわかり易い名称であり、もれなく全ての神々がこの位階序列に当てはまっているのだが、実はここに含まれない神がただ一神のみ存在する。
「神帝」ーーーすなわち、全ての神々のさらに上に存在する、「神々を統べる神」。
ありとあらゆる「創造」をつかさどり、あらゆる「世界」を、そして神という存在をも「想像」した神。
最高神、神帝陛下クロノアール。
その見た目は幼げながらにどの神々よりも美しく、その存在はあらゆるものに対し、「絶対」である。
いかに高位の神といえど、神帝の命には逆らえない。逆らうなど、許されはしない。なぜならかの最高神の言葉は唯一絶対、絶対尊主の言ノ葉であるのだから。
ーーーで、あるが故に。
第二級神、高位神の一柱でもある神、アレシアは急すぎるほど唐突に下された神帝からの命に頭を抱えていた。
至急、と、入ったことなどない、あった事すら数えるほどの神帝の部屋へと呼び出されなにか重大なことなのかと戦々恐々していた矢先、アレシアへと下された神帝直々の命。
その意味不明さに、アレシアの心の不安はさらに増していた。
「・・・・・・あ、あの。一つ、質問よろしいでしょうか?」
「なんだ?一つと言わず、いくつでもいいぞ」
にこにこと上機嫌な笑みを浮かべる美しい少女ーーークロノアールに、アレシアは何とか笑みを取り繕って問いかけた。
「明日から有給休暇をとる、これは分かりました・・・・・・いえ、正直それもちょっと意味がわからないのですがそれは置いておいて・・・・・・あの、いえ、それでなぜ、私が管理する世界、『ヘスティア』へ神帝陛下が行かれることになるのでしょうか?」
この神帝が唐突になにか突拍子もないことを始めるのは今に始まったことではない。
急に神々を招集しては餅つき大会、運動会、大食い大会、などなど、神帝の急な思いつきによる催しは今までも度々あった。
しかし、今までの思いつきはここ、クラストリカ内で収まることに限定されていた。
というのも、神帝の役割はあくまで「神々を統べること」であり、すなわち神々を監督し、管理することにある。
故に、クロノアールは今まで個々の神々が管理する世界へと降り立ったことも、もちろんそれらに干渉したことはない。もちろん、神を統べる神として、神々が己の役割にそぐわぬことをしでかしたり、神々の掟を破ったりした場合のみ、例外として一時的にではあるが世界の管理者となることはある。
しかし、クロノアール自ら率先して世界を管理したり干渉したりすることはなかったのである。
もちろん、神帝は絶対である。故に、クロノアールが世界に干渉することは、別に禁忌とされている訳では無い。
もとよりその存在そのものが「神々の掟」となっているのだ、彼女が彼女のやりたいように世界を「創造」し、その世界の管理者となっても誰も否定などできはしない。
しかし、だ。今までその傍若無人さをあくまでクラストリカ内でのみ発揮してきたクロノアールが今、なぜアレシアが管理する「ヘスティア」へと降り立つことにしたのか。
アレシアは生まれ落ちてからこの日まで、ヘスティアを管理する女神として存在してきた。
もちろん、1度もミスをしていないかと言われればそれは否定するしかない。
とはいえ、それは神帝の目にとまるほどのものではなく、問題なくヘスティアを管理できていると自負している。
だというのに、なぜ、高位神といえど所詮は上から二番目、神帝たるクロノアールとは滅多にお目にかかれない自分が管理する世界が選ばれたのか?
もしやなにか自分でも気づいていないミスでもしたのか・・・・・・?と湧き上がる不安を抑え、アレシアは言葉を重ねた。
「もちろん、御身がヘスティアへ行かれることは構いません。しかし・・・・・・その、なぜ、ヘスティアが選ばれたのでしょうか?なにか、ヘスティアに気になることでもおありなのでしょうか・・・・・・?」
神帝自らが出向かなくてはならない重大なことがあるのだろうか・・・・・・?
そんなアレシアの問いに対し、クロノアールは小さく首を振って言った。
「いや?ヘスティアには何も」
「へ?」
ーーー何も?
「言っただろう、アレシア。ボクは有給休暇をとるのだと」
「は、はい・・・・・・そう仰っていましたが」
「有給休暇をとるのに何か問題が起きている世界に行くわけがないだろう?有給休暇、休暇だぞ?ボクは仕事に行くんじゃない、休暇、バカンスを楽しみに行くんだ」
「バカ・・・・・・ンス、ですか?」
「そうだ」
楽しげな笑みを浮かべるクロノアール。
訳が分からないアレシアは助けを求めるようにクロノアールの両隣に立つ2人を交互にみくらべた。
どこか遠い目をしているクロノアール付きの御使いーーー「使徒」と呼ばれる天使を統轄する立場でもある神帝補佐官シルヴィ。
そしてクロノアールを挟んで左に立つ、眉間に深い皺を刻んだ黒髪黒目の美丈夫ーーー第一級の高位神にしてクロノアールの右腕とも称される一柱、ユーグスト。
ユーグストはアレシアたち「世界の管理神」たちの直属の上司にあたり、クラストリカでも、一目置かれる存在である。
そんな二人を交互に見つめると、アレシアの心情を察したのか、ユーグストが眉間の皺を右手で揉みながらため息をついた。
「・・・・・・まったく。その説明で理解しろというのが酷というものだぞ、神帝」
「なんだ、ユーグスト。簡単な話じゃないか。ボクは神様業をすっぽかし・・・・・・じゃない、神様業を一旦お休みにしてどこかの世界に遊びに行きたい。ボクが降りるからにはそれなりに安定した世界である必要があるから、ちょうどいいヘスティアを選んだ。これだけだろう?」
本音のでかかったクロノアールの説明にユーグストは顔を顰めながらまたひとつため息をついて言った。
「・・・・・・どこの神に有給休暇なんてふざけたことを言い出す者がいる・・・・・・」
「ここにいるぞ」
「誇るな!だいたい、あなたが抜けた分の仕事はどうするつもりだ?」
「そんなの、君がいるだろう。そんな何千年もいなくなる訳じゃないんだ、たった百年の有給休暇が欲しい、百年だけ神様業を休んで行ってみたかった世界へバカンスに行く、何か問題が?」
問題大ありだ!
そんな反論を飲み込み、ユーグストは頭痛をこらえるようにこめかみを抑えた。
確かに、業務そのものならば、余程大きな問題でも起こらない限り、百年ほどであれば問題は無い。
が、神皇ともあろう神が世界に降りるなど、前代未聞である。
その上この自重というものを知らないトラブルメーカー神を下界に放つなど、何が起きるか今からすでに恐ろしい。
・・・・・・なのではあるが。
「よし、話は済んだな?という訳だからボクは初めての下界訪問に行ってくるとしよう!準備しろ、シルヴィ!」
「・・・・・・あ、予想はしてましたけどやっぱり私も行くんですね・・・・・・」
「当たり前だ!その方が面白い!」
死んだ魚のような目からさらに生気が消えていくシルヴィには正直同情しかない。
もし自分がクロノアールと下界訪問しろと言われたら・・・・・・ユーグストは僅かに顔を引き攣らせ、首を振った。
クラストリカにおける絶対的なルール。
それすなわち、神帝の決定は絶対。
いかにユーグストの脳裏に警報が鳴り響こうが、アレシアが泣きそうな顔で唖然としていようが、シルヴィが今すぐ逃げ出したくなっていようが、既にクロノアールの有給休暇取得およびヘスティア訪問は決定事項なのであったーーー。
次の更新は明日、21日の夜10時です
基本的に10時頃更新予定です♪