〜〜〜はてこい〜〜〜 日常と出会い
序章
伊太利亜の、Queen Margheritaの瞳をイメージしたCelesteカラーの愛馬は、少し疲れた身体を光の波に乗せ、初秋の街道を陸の埠頭に向けて駆けて行く。
県下一の都市から少し離れた隣町、広い道路には大型店舗が建ち並ぶ。レストランモール、ブックストア、ホームセンター、ドラッグストア… いつもだだっ広い駐車場は、週末だけ行き場を失ったクルマ達が迷子になる。愛車「Bianchi ROMA II」はボクに従順だ、ひたすら真っ直ぐ漕ぐだけ。
駅ビル前には眠たそうな顔をしたタクシー達が退屈そうに乗車を待って居た。そして駅前大通りへ入る。飲食店ビルとチェーンの居酒屋、居心地の悪そうな安ホテル。土埃の匂いを感じながら、少し過ぎると日が昇ってもシャッターの開かない古い商店街。
独り歩道を歩くオンナの後ろ姿がある。地味なスーツ、事務用の鞄、無造作に束ねたロングの黒髪、そして凛とした足踏み。通り過ぎる時にチラと横を見た。視野に辛うじて入っただけで、明らかな美しい横顔が脳裏に写る。しかし仕事帰りの自転車ではどうしようも無い…。
この辺りで唯一のスーパーとコンビニで、休日の食料を調達する。いつもの週末だ。大通りから一歩裏手に入ると別世界になる。地元民しか居ない住宅地の古アパートに、自分の部屋へ愛車と共に入る… 駐輪場はあるが、鍵を掛けても軽トラなんかに乗せられ持って行かれたらお終い、苦い経験だ。
正面には学生の頃にローンで購入したギター「MUSICMAN Silhouette」が見える。その横には伯父が組んでくれたPC、スピーカには「BOSE」を奢ってあげて、音楽再生には満足しているが、隣人の足音も漏れる環境ではたかが知れる。そして奥にはヘタれ気味のシングルベッド…。
テレビも置いていたが、「引っ張って肝心な所で突然カットしてCM」の手法が常套手段になり、「巻き戻してまた…」になってからはウンザリするだけなので押し入れで眠ってもらっている。ああいう編集が効果的だとホンキで思っているのか。でも、スポーツ日本代表の試合観戦の時だけ目を覚ます。
要するに殺風景で何も無い。食材を冷蔵庫に押し込んで、初秋は久し振りに早帰りの週末、ボクは大好きなJazzを存分に聴こうと、飲みに出ようとしている。愛用の腕時計「Shellman GRAND COMPLICATION」にチラと目をやった。
アパートから少し歩くと、ココらの人しか行かない飲食店通りに入る。始めて半世紀にもなろうかという、おばちゃん(おばーちゃん?)が細々とやっている食堂やスナックばかり。しかし廃ビルの地下でこっそり営業しているジャズバー「Shadow」を発見していた。シャドウは「影」、愛器ギターのシルエットは「影絵」。
薄暗い店内はカウンターのみ10数席程度、壁には古いレコードジャケットが貼られ、しかし天井近くから「Gibson」のフルアコが吊してあるから、ギター好きなのは間違いない。いや、ひょっとしてオールドの貴重品だとボクは思って居る(ES175のビンテージかもしれない…)。
いつもどおり、階段を降りてドアを開けるとカランと鐘の音が鳴る。マスターはコッチを一瞥もせずに…
「いらっしゃい、ショウちゃん。」
「どうも、こんばんは。」
と迎えてくれる。足音とドアの音で誰だか判るらしい。だが、今夜はいつもと違う。奥に人影が見える。滅多に居ない女性客、遠目でも美しさが際立っている、という言葉も憚れる美女だ。
少し間を置いて座ろうとしたら、マスターが彼女の隣の席にボクを促す。努めて冷静を保って軽く会釈、もうベテランの古ぼけた椅子も、今夜に限っては戸惑っている感じがする。視界には、首筋から足下までのカーブ、微かに香る何故か懐かしいオンナの匂い、しかしその眼は人を寄せ付けず、でも何処か人懐こい雰囲気をたたえた美女がいる。
「(ボクは知っている… さっき、あの通りで…)」
「いつものでいい?」
「いえ、今日はBlantonのロックで。」
「はいよ。」
とマスター。ハッとした、もう既に平静ではなくなっている、いつもどおりでいいのに。元々バーボンは好きなのだけれど、中でもコレは特別だ。
モニタスピーカ「JBL」から流れるBGMは「Ronny Jordan」、コレはボクが持ち込んだCD。曲は「Mr. Walker」。煩型の常連さん達が居る時は決してかからない曲だ。
続く




