06 - 宝石の価値
大分ざわつくベルガの街を改めて歩み、次に向かったのは水の意匠が成された看板のお店だった。さっきの『炎』は売店スタイルだったけど、今度は扉を開けて入店するタイプのお店で、アンサルシアが扉を開けるとちりんちりんと鈴が鳴る。ああ、なんか懐かしい。
中に入ると、『いらっしゃい』、と透き通った女性の声がした。
『おや、アンサルシア様。……と、どなたかな?』
『こんにちは。魔王府令でこの子を案内して回っています。今後この子が物品調達を行うこともありますので……』
『へえ……そうかい、それはそれは。…………。でもその子が背負ってる剣、確か「炎」の旦那が作った逸品、「雷帝の剣」じゃないかな? さっき妙な騒ぎが起きていたが……』
『まあそのあたりは追々説明しますよ』
ううむ。
この女性の種族は何だろう。角は無いから鬼じゃないっぽい。かといって獣耳や尻尾もないので餓狼の系統でも無いだろう。消去法で凶鳥……いや、背中に翼は無い。と言うことはこの人、岩塊?
『初めまして、ぼうや。私はここ、「民軍共同用品店・水」のマスターだ。ベルガには多くの武具屋があるが、道具屋はここだけだから、よく顔を合わせることになると思うよ』
『初めまして』
ぺこりとお辞儀をすると、おや、とそのマスターは小首をかしげた。
『少し言葉が苦手なのかね。それでも魔王府令が出たって事はこの子、才鬼かい?』
才鬼?
『厳密には違うのですが、概ねにたものですよ』
『そうかい。珍しいこともあるものだ……今後ともよろしくね。ああ、名乗ってなかったね、私はワズラというしがない粘塊さ』
ワズラ……、ワズラ、いや、え?
スライム?
この人が?
『…………。まさか粘塊と合ったことが無いのかい? よっぽどへんぴなところに住んでたんだねえ』
すみません、とぺこりと謝ると、気にするほどのことでも無いよ、と返された。
…………。
スライムはこんな感じかあ。
いや人間じゃんどうみても。ちょっと髪が長いだけで、それだって種族的な特徴と言い張れるものじゃないぞ。
まあいいや。魔物的な意味での魔族は殆ど居ない、基本は人型だと覚えておこう。
『その様子だと真っ先にベルガに連れてきたのだろうね。ならば色々と用品の名前も知らないだろう、主要なところは説明してあげるよ』
と、店主さんはカウンターを出てくると、近くの棚から道具を何種類か取り出し、机の上に展開しながら説明をしてくれた。
基本的には雑貨屋さんという印象だ。紙、ペン、インクといった一般的なものはもちろん、一般的では無い特殊な紙、ペン、インクなどもあるようで、例えば途方も無く破れにくい紙、インクを使わずに書けるペン、透明なインクとか。なお、透明なインクは水を掛けるとちゃんと見えるようになって、火に書けるとまた透明になるらしい。温度とも思えないので水分に反応してるのかな。この辺までならば日本でも色々と買えるだろう。
しかしここは日本では無くどころか地球ですらもない。そのせいで雑貨屋さんらしからぬものも売っていた。具体的には石炭や火薬などだ。火薬といっても黒色火薬、それもあまり品質の高いものじゃ無いから、兵器への転用はコスパが非常に悪そうだけど、じゃあなんで売ってるのかといえば衝撃目的のようだ。具体的には爆破解体。
他にも宝石類もちらほらと売っていたけど、これは大体嗜好品だろうか。
『宝石は武具加工に使う事があるからね。それ用だ』
嗜好品ではないようだった。後で工房にも連れて行って暮れるそうだから、そこで使い方はわかるかな?
あとは薬品、『傷薬』。
『これは傷薬と言ってね。すぐに怪我を治せるわけじゃ無いが、消毒は出来る。小さな怪我が感染症になりかねないのだから、可能な限り持ち歩くべきだろう。無論アンサルシア様ならばそのあたりは持ち歩いているだろうけどね。あとは多少の鎮痛作用もあるね』
視線をアンサルシアに向けると、持ってますよ、と頷かれた。
そうなのか。そして傷薬という名前の割りに、やってることは消毒薬か。鎮痛作用もあるぶん保健室にあるようなものよりかは大分上だけど……。
なお、この傷薬はハーブと組み合わせて使うといくつかの性質を使い分けることが出来るらしい。例えば鎮痛作用を強調したり、あるいは怪我の治癒を助けたり……。ハーブというのは文字通りのハーブで、ミントなども含めてお店には置いてあった。
この様子ならば薬草の大量生産とポーション、エリクシルの生産を急いだ方が良いかな。供給するかどうかは別問題としても。
『で、うちの店の目玉商品がこれ。綺麗だろう?』
『ああ、これは私も好きなんですよね』
そして最後に満を持して出してこられたのは、透明な氷の柱だった。
かなり大きい。
『さすがは粘塊。こうも綺麗な氷を作れるのはやはりあなた方くらいでしょう』
『ふふ、液体を自在に操るのが私たちだからね』
ふむ?
でも、氷の柱?
『こういう氷の柱は、時間をおけば溶かせるだろう? そしてそれは「綺麗な水」だ。そのままだって飲めるのさ。だからこそ、少し遠出をするならば必須なんだよね。もちろんアンサルシア様のように周囲を知り尽くしていて水源確保に迷いが無いならば必要ないが』
なるほど、そういう使い方をするのか……。考えたもんだな。
水筒使った方が早いと思うけど、水筒らしきものもない。竹筒すらないし、そもそも水のまま運ぶという概念が無いのかもしれない。
あるいは概念があるにしたって、粘塊が丹精込めて作った氷は『安全』ということだろうか。それもあるかもな、品質値は確かに高い。
『あとは食器類とか、細々とした道具類もあるが。そのくらいかな、うちの管轄は。何か質問は?』
んーと、
『食材は?』
『うーん。食材か。うちは用品店だからねえ、あまり食べ物は売っていないというか……』
それもそうか。
工具屋さんにいってお肉が買える方がおかしい。
『何か気になるものがあるならば買ってい……、くのも、ありかな。どうする』
アンサルシアが強引に口調を直しつつ言う。いやもう良いよと思わないでも無いけど面白いので放っておこう。
『んー……石炭』
『石炭? ……いや、別にいいけれど。それが欲しいのかい?』
うん。
素直に頷くと、はいよ、と一皿分を麻袋らしきものに入れて店主のワズラさんが渡してくれた。
『魔王府令じゃあないにしても、うちの商品は魔王様の城とのトリヒキにおいては一括支払い制だからね。ここでは支払う必要が無いよ。伝票は付けるけれど』
付け払いアリ、か。これは良いことを聞いたかな。それなりに性善説ってことだし。
魔族なのに性善説というのも奇妙な話ではあるけれど……。
『けれど君、石炭なんて何に使うんだい?』
預かった袋の中から石炭を一つ取り出して、手のひらの上でちょっと転がす。ちなみに石炭はそのまま持つと手が偉いことになるので、うっすらピュアキネシスで手袋のようにガードしてあるので今は心配ない。
そしてそれを軽く宙に放って、ぱしっと空中で両手で包み込むように、勢いよくキャッチ。手の中には二重に展開し、隙間を真空状態にしたピュアキネシスで器をでっち上げているので、それの中で起きた『ふぁん』という、本来ならば鳴るはずの音は出ない。
だから端から見れば、単に石炭を投げて両手で捕まえた、それだけだ。
『…………? 遊びかい?』
『いえ』
両手をそのまま『お皿』のように形を変える。すると手の上には大きなダイヤモンドが一つある。なお、ダイヤモンドはブリリアントカットを施した、よくあるアレだ。質量はたぶん元の石炭と同じだから、80グラムくらいかな。つまり400カラットくらいだ。
『変換。知ってる?』
『…………。え、ええ?』
『な……、何がどうなって? え、それは金剛石……?』
なるほど、同位体の概念は無い、もしくはあるとしても一般的じゃ無い、か。
(いやお前の錬金術なら別に同位体変換じゃなくてもその辺の石をダイヤにできるだろ?)
洋輔も時々無茶を言う。
……どうかな、まあ石の中に炭素が含まれてればいけるか。含まれてないならば一回炭素に換喩が必要で、うーん、ちょっと大変かな。でも宝石ならば直でいけるから結晶体にしてそれを宝石に換喩でいけるかも?
(できるのかよ!)
精神の共有領域で大声を出すのはやめて欲しい。いや声じゃ無いんだけど。
ま、錬金術師にとっては特別貴重なものというわけでもないので、このダイヤモンドははい、とワズラさんに投げ渡す。
するとワズラさんはもの凄い慌て方をしながら、それでもわたわたとそのダイヤモンドを受け取った。
『どうぞ。僕にはいらない』
『え、まって。こんなものどうすれば……、え、アンサルシア様? どうすればいい?』
『わ、私もほし……じゃなくて、えっと、えっと? どうしようかしら?』
あ、これがアンサルシアの素なのかな?
ううむ、面白いものが見れた。今度アンサルシアにも作ってあげよう。
けど今は遠慮して貰って、その代わりにと一通り、店内にあるアイテムの特に雑貨類を譲って貰うことに。……全部渡してきそうな勢いだったけど、流石に持ち歩けないので却下。
お店を出てから、ついでだったのでアンサルシアにちょっと確認することに。
『ダイヤモンド……えっと、金剛石って呼んでたか。あれ、この世界でも貴重なのかな』
『はい。かなり。とても。しかもあのような大きさ……。世界でも一つあるかどうかでしょうね』
『だろうね』
『一体何をされたのですか、あれは』
『金剛石と石炭は材料が同じだから、石炭から金剛石に作り替えただけ。ま、僕たちが本来暮らしている場所でもかなりの貴重品だし、あんな大きなものはやっぱり滅多に無いんだけど……。でも僕にとってはどうでもいいものかなあ』
『……「うせのかみ」さまにとっても、それは同じなのでしょうか?』
『どうだろうね。洋輔は……、まだしも本来の価値を認めてる方だとは思うけど、洋輔は僕がそういう変換を出来ることを知ってる分、やっぱり「どうでもいい」の部類かもしれない』
『……さようですか』
…………。
イルールムもそうだった気がするけど、あれかな。さようですか、って現代語で頻出するタイプの言葉なのかもしれない。
『もう一つ質問。アンサルシアが調達した荷物は自分で持って帰ってるの?』
『いえ、専門の業者に渡してそこから発送して貰うことが殆どですよ。城で使う分くらいならば自分で運びますが、大抵は前線まで送りますし。そのためにも、このベルガに限らず、大規模な都市には魔王府令などで一時的に荷物を運び込む場所があります』
『なるほど。案内してくれる?』
『もちろんです』
まだ材料が足りないので『ロジスの槍とティクスの籠』は作れないけれど、先に置く場所を考えなきゃ行けないタイプの道具だし、あって損は無いという判断だったり。
『先にその一時保管所に行きましょうか』
『そうしてくれると嬉しいね。……思ったより大荷物になってしまった』
『はい』
アンサルシアの案内に従って向かった先は、町の中央の湖だ。そしてそこから川の上流へと向かうと、最初の橋を通り過ぎ、その次の橋のちょっと前といった所の倉庫の扉を平然と開けた。
『ここです』
『……鍵、かけてないの?』
『かかってますよ』
『開けたようにはみえなかったけれど』
『いえ。「私」と「イルールム」が鍵なんです』
…………、おや。
『ですから、かなえ。この扉を開けるときは、私かイルールムのどちらかの髪の毛あたりをお持ちくださいね。そうしないと開けるのは大変ですから』
そう言ってアンサルシアは扉を一度閉めると、僕に数本の髪の毛を渡してきた。
ふむ。
個人認証のやりかたが謎だな。鍵のかけ方は……今見てた感じでは重力操作かな?
だとするとある程度汎用性のあるものは作り方が確立されているってことか、あるいは超等品とはまた違った方向性でこういう魔法的な仕掛けの作り方が浸透しているのか。
もっとも、別に安定して作れる必要も無い。一般に普及させる段階であるならば『成功するまでやり直す』というのはかなり厳しいけど、こういう特殊な施設用に時折作る必要がある程度ならば、それこそ『成功するまでやり直す』でもいいわけで。
確認をしてみるとあとでこの扉を作った人とも会えるそうだ。直接確認することにしよう。
倉庫の中はがらんどうで、床も特に張られていない。必要があればシートを敷くことはあるけれど、大体はそのまま地面に直置きらしい。そりゃあ大量の物を運ぶならば箱詰めするだろうし、それで問題ないわけか。当面は問題ないしこのままで、何か問題が出てきたら石畳でも張るとしよう。
広さとしては……まあまあかな。うん。まあまあとしか言いようがない。いや十分な広さと言えば十分な広さだけど、そこまで大荷物を置けるかと聞かれると微妙だ。あくまでも一時的な置き場と言うことなのだろう。
『一通り荷物は置かせて貰うけど、この剣だけは持って行った方が良いよね?』
『できればそうしていただけると、話がスムーズかと』
『ならばそうしよう』
剣だけは背負って、残りは無造作にその辺に置いて一段落。
『お待たせ。それじゃあ続きに行こうか』
『かしこまりました』