05 - 魔王府令、ベルガにて
『ここがベルガの街?』
『はい。……本当に行かれるので?』
『まあそうしないと話が進まないし』
というわけで。
僕はアンサルシアに案内される形でベルガという街にやってきていた。
街というか、城砦かな……?
北と南と東を山に囲まれた大きめの湖が中央にあり、その湖は東から流れる川から水を供給され、溢れた分は西側に川として流れ出ている……なんかけったいな感じだな。天然ダムみたいなものなのかもしれない。
で、川のせいで綺麗に南北に分割されているとはいえ、全方位に対して高い城壁を抱え、けれどそれ以上に高い『塔』が五カ所ほどに設置されている。物見台にもなってるようだけど、もくもくと煙が出ているし、工房なのかもしれない。
『工房都市ベルガ。あらゆるものを作り出す工房……魔族にとっての生命線。ね』
『はい。私どもに命じていただければ何でも準備するのですが……』
『いやあ。建物ごと全部を持ってこいとは流石に命令できないしね』
いや、命令自体は出来るけど、どうやっても解決できないだろうし。
『一応、改めて確認しておくけれど。この格好をしていれば、とりあえず僕は「街の子供」っぽく見えるんだよね?』
『はい、それは間違いありません』
『で、アンサルシアは物品の調達にこの街をちらほら訪れる?』
『それも間違いありません』
ならばそれを使うか。
『ならば僕は「とあるお方」によってアンサルシアに預けられたその辺の街の子供。今後物品の調達を時々手伝わせるからその顔見せと、物品の説明を改めて必要としている。そんな方向での演技してくれる?』
『魔神様が望むのであれば』
『それじゃあそれでよろしく。僕は基本的にあんまり喋らないから。魔神様って呼ぶのは無しね、「かなえ」って呼んで』
『かなえ……、分かりました』
若干発音がおかしいけど、それを言うなら僕の方がもっと片言なので、ノーカンと言うことにしよう。
そんなわけで、今回、僕が着ているのはアンサルシアが調達した『鬼』種の子供がよく着るタイプの服装だ。長めのシャツにハーフパンツ、柄が差しては居るけれどそれくらい。機能的と言えば機能的だけど、単純なだけとも言う。
眼鏡はそのままでも問題ないと言われたので、そのまま装着しているくらいで、他には鼎立体をコインケースに大量に入れて居るくらいと、かなりの軽装だ。
『では、かなえ様』
『アンサルシアは街の子供にも敬語で話しかけるタイプ?』
『いえ、そういうわけでは』
『ならば相応に扱ってくれたほうがいいな』
『…………。わかりました。それでは佳苗、ついてきなさい』
『はあい』
ま、これでよし。
さて、改めてベルガの街。
入り口は東西南北に四カ所あるそうで、今回僕たちは東側の門を通ることになる。
そしてこの門では入国審査とまでは行かずとも、一定の審査が必要だそうで、結構な人数が並んでいた。いや人は居ないんだけど。『鬼』種が多めかな? 偶然かもな。
で、並んでいる人たちを尻目にアンサルシアは受付へと向かい、
『こんにちは。魔王府令です』
『ああ、アンサルシア様。いらっしゃいませ。……そちらの子は?』
『そちらも魔王府令です。私たちの手伝いをしてもらう形で、今後世話をしますので……そうですね、追ってリオから登録証を発行します』
『そうしてくれると助かりますわ。そんじゃそこの坊主もどうぞ、いらっしゃい。ベルガの街は初めてだね? 悪いが手の甲を出してくれるかな』
はい、とうなずき手の甲を出すと、そこにぽん、と赤いインクでスタンプを押された。
ふむ?
『それは街の中に正しい手段で入ったことを知らせる印だ。水で洗うとすぐに消えてしまうが、その時は何度でもおいで』
なるほど。
ありがとうございますとお辞儀をすると、おや、と受付をしていた『鬼』……たぶんアンサルシアと同じ『赤鬼』だろうけど、その人は何かに気付いたかのように小首をかしげ、アンサルシアに視線を向けた。
『この子、喋れないのかい?』
『そういうわけでもないのですが……あまり得意では無いようですね。それでも能力は間違いがありません。魔王府令を下されるほどですから』
『それもそうだね。それじゃ良い生活を』
『かなえ、行きますよ。邪魔になってしまう』
はあい。
少しざわつく列を尻目に横入りの形だけど、ともかくベルガの街へと到着。
門の内側、街を囲う城壁の中は、少しだけ暑く感じ、あちこちから火の匂いもする。工房の火かな。
そして街の中はかなり賑わっている。やっぱりもろに人間って感じの人間は居ないけど、みんな人型だ。『餓狼』のような、けれど明らかに違う獣な耳と尻尾のも居たけど、あれは何て種族なんだろうか……。
じゃなくて。
『アンサルシア。魔王府令って何?』
『魔王様の勅令です。そして魔神様は魔王様の全ての権限をお持ちです』
ああ、そういうことか。
僕と洋輔が相反する命令を出したらどうなるんだろう。ちょっと気になる……けどまあ、気にするべき場所が違うか。
『ところでアンサルシアはスタンプされなかったね』
『私は既に顔を覚えられているのですよ』
なるほど、顔パスか……。
いずれは僕のことも覚えて貰おう。
『納得。じゃあ、片っ端から店と工房を案内してくれるかな』
『ええ。まずは一件目です』
一件目は門から入ってすぐ目の前。
炎の意匠が成された看板が目印だろうか、その下には小さな文字で『工房・炎 販売部』と書かれている。
店番をしているのは……角が一本、小鬼かな?
若い男性だった。
『お邪魔します』
『いらっしゃい……って、アンサルシア様。これはこれは。本日はどのような御用向きで?』
『魔王府令で、今後この子を調達の手伝いとすることになりました。その案内して回っている最中です。申し訳ありませんが「エン」、この店についての説明をこの子にしてあげてくれますか?』
『はあ、魔王府令ならばそりゃあしますが……、えっと、アンサルシア様の……息子さんかい?』
『え?』
『え?』
『……え?』
僕とアンサルシアの声が重なり、ちょっと遅れて店番をしている人の声が続いた。
何をどうなったらそういう発想になるのだろうか。というかアンサルシアが若干怒ってるんだけど。僕は知らないぞ。
『や、やだなあ。冗談ですよ冗談。いえ本当に』
『……まあ、良しとしましょう』
いやそれ嘘だけど……まあいいや、話がこじれそうだし。
『こほん。ええと、ここは武具工房・炎、の直売所だよ。坊主にも扱えるような剣や槍、盾はもちろん、大型の武具ももちろん取り扱っている。アンサルシア様のお手伝いならばいろいろな武器を手に取ることになるだろうが……、ええと、坊主、さっきからどこを見てるんだ?』
どこをと聞かれると困るけど、とりあえず一通り並べられている武器防具をざっと眺め、そのなかの一つの剣に目がとまっているという感じだろうか。
『この剣……?』
『ああ、それは親父が作った渾身の一作でな。あんまりに出来が良すぎて、良い使い手がそれを振ると雷が出るんだ。すごいだろう? まあその分値段もすごいんだが!』
だろうな。品質値が尋常じゃ無く高い。切れ味も十分によさそうだ。
そして雷が出る……? 良い使い手が振るとってどういうことだろう。
『もう少しそのあたり説明をして貰っても良いですか。この子にはまだあまり知識がないのです』
『ん、分かった。どこの「鬼」かは知らないが、学習能力に長けているのは我々の特徴だからなあ。それは活かさないと損損。で、だ。こういう稀に出来る渾身の一作は、ベルガでは「超等品」と呼んでいる。そういう道具は条件を満たしたときに何か特別な効果を現すことがあってな。その剣の場合は「完成された剣筋」を持つ剣士が振れば雷を出すと特定されているが、「超等品」だと分かっていても発動条件が特定されていないものもちらほらとある』
『雷?』
『そう、あの雷だ。ちなみにそれを調べる段階でベルガでも五人の剣士に振らせたが、雷を出せたのは二人。強い方が振った時のほうが大きな雷になったぞ』
ふうん、そういう効果を与えることがある、のか。魔剣の類いはだから存在すると。
但し白黒世界とは違って、任意にある程度多くの人が発動できるわけじゃ無く、その効果ごとに条件が変わる、かつ条件を満たしている度合いで効果の強さが変わるのかな……?
錬金術的に解釈してみようとはしてるんだけど難しい。錬金術で与えられている効果じゃ無いから当然だけど、錬金術として分解は出来ない……構造を理解したら複製は出来るかな、まあそうでなくとも『そういうもの』として定義してやればいいか。特殊な効果は魔法と換喩すればなんとかなりそうだし。
効果を解釈する……、補正値とはまた別の数字が必要かな。あとは眼鏡の『機能拡張:性質表示』を変質させてこの『超等品』とやらに対応させよう。洋輔にも頑張って貰う形になるけど、まあその辺の分解は洋輔の方が得意だしなんとかなるだろう。
『興味津々といった形ですね。しかし五人のうちの二人までと言うことは、私には発動できそうに無いですね』
『そうさな。アンサルシア様も大概剣の腕前はすさまじいが、それでも五人の中に入れるかというと……』
『ちょっと残念』
へえ……アンサルシアって強いのか。いやそうでもなきゃ魔王城に呼ばれたりしないのかもしれない。でも精々『そこそこ強い』止まりってところかな……。
『なんなら坊主、少し振ってみるか? 普通は試し振りなんてさせられない高級品だが、アンサルシア様の目付があるならば構わねえさ』
『いいの?』
『良いと店主は言っています。お言葉に甘えても良いでしょう』
じゃあ遠慮無く。
剣を手に取る。不思議なほどにしっくりとする……。うーむ、さすが品質値17万オーバー。僕の錬金術でもここまで品質値を上げるのは苦労するぞ。
そして思ったよりも軽いな。刃はかなり鋭い。ちょっと触っただけでもざっくり斬れるだろう。
すっと剣を構えて、広場をチラリと見る。さすがにあっちに振るわけにはいかないので、適当に誰も居ない場所を探して……ああ、この方角なら誰も居ないか。
なので、後は『理想の動き』を再生して、一筋の剣閃。
空を裂いた音と同時に、剣の鋒からは太く赤い雷が放たれ、そのまま直線上にあった城壁を粉砕して遠くに着弾、その後に暫く遅れて『ゴォォォン』と重たい音がした。おお、なんかドーム状に赤い雷がばちばちばちっと広がっている。すごい。
『…………』
『…………』
『いい剣ですね』
とりあえず満足したので返却すると、アンサルシアと店主さんの表情がどちらも真っ青になっている。え、何かあった?
改めて着弾した方に視線を向けると、大きく開いた城壁の穴の向こう側から除く顔がいくつかあった。一人はさっき門にいた人だな。もう一人は僕たちが横入りしたことで後回しになった人だろうか?
『……アンサルシア様。アンサルシア様?』
『なんですか。今私も混乱しているのです。え、ベルガの城壁ってあれですよね。確か全耐性を付けていましたよね』
『え、えっと、それは幾ばくか古い情報です。今は全耐性ではなく真耐性にグレードアップしていて、その、概ね全ての衝撃・属性攻撃を無効化する、はずなんですけど……』
『大穴が開いてますよね……?』
『開いてますよねえ……』
『良い剣だったんですよ』
とりあえず話を進めるためにそう答えて、ふむ、と考える。
実際かなり良い剣だ。品質値に限らずこの追加効果も大概に強いしな。そこそこ強化されていたと見る城壁もあっさり貫けた。赤い雷というのが鍵なのか、それとも僕が使ったせいか。
僕は剣士としては素人同然だけど、「理想の動き」を再生できるおかげで、技術だけで言うなら常にカンストしてるようなもんなんだよね。
そして技術が高ければ高いほど追加効果が強烈になるタイプならば、かつ効果に上限があるにせよないにせよ、その上限値をたたき出す感じだろうから……。
(お前と相性が良すぎるな、それは)
洋輔もそう思う?
ゲーム的に表現するとたぶんステータスを参照して威力を決定するとか、スキルレベルを参照して威力を決定するとかそのあたりなんだろうね。
(そしてお前自身のステータスとスキルレベルは子供相応のものだが、お前が任意に選んでいるスキルとステータスは常に最大値に出来ると)
そういうこと。
厳密には常に最大値では無く、『理想の動き』でだいたいどのくらいと指定してやればいいだけだから、『ステータスやスキルレベルを任意に決定できる』というのが僕だろうか。
(なんつーかお前にだけは渡しちゃいけないタイプの道具だよなそれ)
もう遅い。
(はい。とりあえず現物一個は持って帰って来いよ、眼鏡の機能に付与するにもまずは俺も観察したいしな)
そうだね。
『あの剣、買おう?』
アンサルシアに僕がそう提案すると、アンサルシアは数秒の後にはっと我に返ったようで、えっと、と声を上げた。
『これ、おいくらでしたか』
『……いやえっと……、魔王府令ならば差し出すが、えっと……。城壁の補修費用は出して貰えるんだろうかね?』
『それは問題ない――』
ちらり、とアンサルシアが僕に視線を向けてきたので、当然と少しだけ目を細めると、アンサルシアは正しくそれを理解してくれたようだ。
『――ええ、問題ありませんとも。……補修技術者も魔王府令で呼び寄せするように口添えしましょうか』
『そうしてくれると助かるよ。……それと、あれこれと条件を付けられる立場じゃない事は分かっているが、その坊主をできれば工房に連れて行って、親父と引き合わせて貰って良いだろうかね?』
『それはもともと予定に入っていましたから問題ありません』
『そうかい……、じゃあ、その剣はお前さんのもんだ。持っていきな』
ああ、タダでくれるのか。でもそれじゃあちょっと悪いな……。
その分、城壁直すのを手伝うか。ついでに技術も見ておきたいし、ふぁん、は最後で。