『あとがたり』
「ええい、なんてことをしてくれたんだい。いや君たちがしたことはこの上なく最適解だとも、最適解に違いは無い。それは絶対的な真理だよ。なにせ君たちは誰よりも早く! 誰よりも犠牲を少なく! あの世界を平和にしてしまったのだからね! ああ、もう、これじゃああっちの世界との交渉がやりにくくてしょうが無い。どうしてくれるんだい、渡来佳苗。鶴来洋輔。君たちはとんでもないことをしてのけた。君たちはあろうことか上位のレイヤーにその権能を浸食させ、さらには世界そのものの定義を変えてしまった! 君たちは自分たちがしたことを理解しているのかい? していないのかい? どちらにしても反省の方向性が違うだろう。もっと早く気付けたら良かったなあじゃなくて、もっとちゃんとクリアするべきだったんだ。君たちのせいであの世界は平和になってしまった。平和に陥ってしまった。平和以外の全てが可能性を失った! 進歩は常に争いだ。競うからこそ進歩する。しかしあの世界ではもはや争えない。あらゆる争いごとが存在を許されない世界だ。ともなれば、あとは衰えるだけであり、ともなれば、あとは衰退し失われるだけだ。君たちはあの世界を平和にすることで、あの世界を滅ぼしたも同然だ!」
いや。
その、状況がまず理解できてないんだけど、謎の空間で時間が止まったかのような感覚、それに洋輔が近くに居るけど認識できない、そんな奇妙な状態であるからにして、どうやら無事に帰還条件は整ったらしい。そして無事にあの野良猫が帰還の手続き中と。
めっちゃ恨み言を吐いてるけど。
「恨み言の一つや二つ、や百や二百、どころか億や兆は言い続けたいものだよ! 君たちを送ったせいでこちらはあの世界を滅ぼしてしまったも同然だ、ともなればこちらはあの世界に対してどのようなお詫びをしなければならないか……もう考えたくもないね!」
ああ、現実逃避の一環か。
「その通りだとも。全く。もう少し物怖じというものをしてくれないかな、渡来佳苗。……まあいい、こちらの条件設定が甘かったというのも事実だ。『あの規模の条件』を君たちに与えるとろくな結果にならないという成果を以て今回は報告するしか有るまいな……ああ、憂鬱だ」
この前までは学生みたいな感じだったけど、今のこの野良猫はなんか中間管理職みたいな悲哀に満ちているな……、ひょっとして時間が経過して育ったのだろうか? いやまさか……。
とまあ、いじめるのはこのあたりにしておこう。
ねえ。僕達はこれで帰れるんだよね?
「ああ。というか全てを帰さざるを得まい。既に手続きは済んでいる。あれ以上あの世界に君たちを置いていたら何が起きるか分かった物ではないからね。ただでさえ君たちはあの世界を滅ぼしているのだから、」
その滅ぼすという原因は平和にしたことだよね。
「自覚しているならばやめて欲しいことだったよ!」
ならば安心して欲しい。
あの世界は平和にならないからね。
僕がそう思考を続けると、野良猫の動きがぴたりと止まった。
何を言っているんだ、とでも言いたげだ。
よろしい、この野良猫に一泡吹かせることが出来たならば僕としては満足、大満足だ。多いに種明かしをしてやろうじゃないか。
「種……明かし……?」
うん。
要するに今回、僕達があの世界から帰還する条件として設定されたのは、あの世界を平和にすると言うことだ。ただしそれは全ての知性体が無事な状態で、つまり『もっとも平穏な状態で平定しろ』というのが本来の意味だったと思う。
それを僕達は、一部の平和を全体にオーバーレイというか、拡大、換喩、上書き、そして定義までをすることで事実上の条件成立を成した。
でも、それをしてしまえばこの野良猫の言うとおり、あの世界は滅びに向かう。
平和な世界。それはきっと幸せだろう。けれど平和である以上、平和でなければならない以上、あらゆる争いが起こせない。争いが起こせないならば、進歩どころか生きることすら難しい。そんな世界は長続きするわけがない。
『だから』、僕達は細工をした。
あの世界から僕と洋輔、そしてソフィアが居なくなると、僕が創った十六人の魔王達に埋め込まれたイミテーションの仕掛けが作動する。
で、それが作動すると、とある祭壇が起動するようになっている。
「……祭壇? そのようなものを君たちは、」
創ったよ。あの時、あの宇宙船から降りてきた人員を受け入れたあの施設の地下にね。
で、その祭壇が起動すると『僕』『洋輔』『ソフィア』の複製体が自動的に創られる。創られた複製体の内、『ソフィア』のそれにだけイミテーションが施されて、そのイミテーションに仕込まれた仕掛けで『ソフィア』の複製体は、その祭壇を利用して神智結晶を適応する。
その神智結晶は記憶にまつわるものでね。絶対的な完全ではないけれど、ほぼほぼ記憶を複製することが出来るという代物だ。それを起動した段階でイミテーションは破綻するようになっているけど、神智結晶によってまずはソフィアの記憶がその複製体に植え付けられる。
で、その後ソフィアが僕と洋輔の身体にそれぞれの記憶を植え付ける。こうすることで、僕と洋輔、ソフィアの記憶を持った、つまり『地球に帰還した僕達』を知っている、『なのにその世界には、三神の複製体』が産まれるわけだ。
彼らは僕らと同じ行動をするだろう。
だからあの世界は平和にならない。
なぜなら、記憶を獲得した直後、その『強制的な平和』という上書きを撤回するからだ。
それが出来るように『うわべだけ』しか僕たちは改変しなかった。簡単に外せるように、けれどこの野良猫が僕達は条件を満たしたと必ずや判断するように。
「…………」
僕はね。
それに洋輔も、ソフィアもね。
別に異世界への旅行が嫌いというわけじゃないんだ。
異世界でしか体験できない事はたくさんある……それに何より、異世界は新しいものを獲得できる遊び場としてはこの上なく面白い。
今回だって、僕は超等品という概念を手に入れることが出来た。完全に習得とまではいかなかったけど、洋輔は呪文という魔法の一種も理論的には記憶できたし、ソフィアもそれは変わらない。
そしてなにより、僕達三人は理極点、表理極点という概念を得た。
だからこそ僕達は宣言しよう。
これ以上僕達に余計なことをするならば、僕達だって黙っちゃいない。
君たちのような野良猫が、一体どんな理由で世界として契約を結び、そしてどんな理由で世界を渡らせているのかは解らないけれど……でも、正直これ以上ははっきりと、『迷惑だ』。
だからこれは宣言だし、だからこれは警告だ。
僕達は君たちが言うところの『上位レイヤー』とやらへの干渉する術を得た。
君たちが焦っていたのは、あの世界が滅びそうだからじゃない。
君たち自身にとって僕達が危険になったからでしょ?
飼い猫に引っ掻かれ……ん?
「それを言うなら飼い犬に手を噛まれるだね」
そうそれ。飼い犬に手を噛まれるようなことが嫌ならば、しばらくは僕達のことは放っておいて欲しいな。
そっちが余計なことをしない限り、こっちも上位レイヤーへの干渉は行わないと約束できる。
「約束ね。約束。それは良い響きだ。ただそれに実現性がなければこちらは――」
僕はもう言ったよ。
僕らは上位レイヤーに干渉する術を得た、と。
「……え?」
「へえ。なるほど。佳苗が『野良猫』と表現するのも解らんでもないな……いや、解らねえよやっぱり。これを猫と言い張るのは形状的にまだ許せるが、色が駄目だろ色が。何処の世界にレインボーカラーな猫が居るんだよ」
ここに。
「ああうん。お前に聞いた俺が馬鹿だったな。すまん。……さて。初めましてじゃねえけど、初めまして、黒幕さん。自己紹介は不要だろうが、あえてさせて貰おうか。俺は鶴来洋輔……今は渡来佳苗を触媒として、この『領域』に踏み込んでいる」
「……干渉……」
「ああ。半分は脅し、もう半分は提案だな。提案というのも他でもない。なあ、黒幕さん。俺たちとの契約を更新しないか?」
「――契約?」
「そう。こうして干渉できるようになった今、もはや黒幕さん、あんたらが一方的に契約を押しつけることは出来なくなった。それは恐らく黒幕さんらにとっては大問題だろ?」
洋輔が揺さぶるようなことを言えば、その野良猫はぴくりと震える。
図星だったのか、あるいは別の意図があったのか。
さすがにこれ相手に真偽判定は働かないからなあ……。
「今すぐに答えろとは言わないさ。俺たちだって黒幕さんらと喧嘩したいわけじゃない……ただ、どうせならWin-Winの関係でありたい。そう思っただけだ」
だから検討だけはしておいてよ。
僕からもお願いだ。
「……検討はしよう。だが――君たちが今回、このように干渉をしたことで、こちらはさらに警戒度を上げざるを得ないだろうな」
だとしたら僕達なんて放っておけばいいんだよ。
「俺たちは、」
僕たちは、
「第二第三の潮来言千口にはなりたくない――」
◇
権限エラーが発生。
発生時刻。2016年12月27日火曜日。15時23分07秒。
エラー種類を記録。
権限『マスタールート:渡来佳苗』を検知しました。再認証します。
権限『セカンドルート:鶴来洋輔』を検知しました。再認証します。
復旧指定項目に則り以下の変更を行います。
権利削除。『デバッグルート:来栖冬華』を削除する旨を説明します。
証人提起。『デバッグルート:来栖冬華』の提案により、特殊記録を実行します。
記録日時。2016年12月27日火曜日。15時23分17秒。
記録内容は以下の文字列です。
早く帰っていらっしゃいとは言ったけど、いくらなんでも早すぎないかしら。一分くらいしか経ってないわよ? まあいいけれど。おかえりなさい。
記録内容は以上です。
◇
――と。
ふと、まばゆい光を感じて咄嗟に目を閉じる。
ずっしりと両手には何かを持っているような感覚があって、ふと目を開ければそこは見慣れた裏道だった。
「ああ、良かった。猫グッズ無事だったぁ……」
「お前、まず心配するところがそこかよ……」
「五万八千円も払ったんだから、心配くらいするってば」
かくして僕らは帰還する。
洋輔がスマホで時間を確認すると、地球上での五分も掛からずに帰って来れたようだった……極端に時間の流れる速度が違ったというのは本当だったようだ。
「渡鶴とのアクセスは?」
「問題なく復帰したね。冬華が『早く帰ってこいとは言ったけど早すぎる』って呆れてる」
「ああ、そりゃそうかもな……」
まあいいや。
渡鶴のルート権を改めて獲得しつつ、洋輔のスマホをのぞき込む。
「ソフィアとも連絡とらないと」
「家に着いてからのほうがいいと思うぜ?」
ああ、それもそう。
なんて事を考えつつも、僕達はあっさりと。
そう、あっさりとこの白昼夢のような現象から、目を覚ました。
だから僕達は、少しだけ気付くのが遅れたのだけれど、それはほんの少しだけ後のお話。
そしてそれは、生命存略夢現/アフターリメイン。
大変長らくお待たせしました。プロット上にあった不確定事項の解消がようやく終わりました。
夢現シリーズ第二部のトップ、生命存略夢現/アフターリメインは5月16日より投稿予定です。
※夢現シリーズは『白黒昼迄/黒白夜拠』『黒迄現在』『善悪綯交』の第一部、『生命存略』『三月賛歌』『霹靂史然』『原罪情勢』の第二部、『礼讃使役』『(タイトル未定)』の第三部による三部構成で、中学生の彼らの物語です。
※『中間色々』は『黒迄現在』の後、『善悪綯交』までの間の短編集で、外伝扱いです(他にも外伝を書くことがあるかも知れません)。
※今回も不定期極まりましたが、今後とも細々と続けて参りますので、よろしくお願いします。




