56 - 表理極点・終極編
神魔和平周知式典。
神族の首都、神都で大々的に行われたその儀式は、神族の首魁にして神王たるソフィアと、魔族の首魁にして魔神たる渡来佳苗――つまり僕の二人を主役として行われ、その場において発行された条約は『両王結束条約』と呼ばれる事となった。
その条約内では次のような事が定められている。
一つ、神族と魔族の戦争は終結したことを認め、これ以上の戦争行為はこれを許さない。
二つ、神族と魔族は勢力圏を段階的に融和させる。
三つ、両種族の融和に伴い、魔素に関する共同研究を行う。
四つ、神族と魔族は一つの勢力として、『惑星国家』という枠組みで存在を表明する……。
もちろんそれぞれの項目には恐ろしく細かい但し書きや補足がされているのだけれど、簡単に言えばもうこれ以上戦争しても利益はないからやめよう、でもいきなり融和しようにも魔素の問題が解決できてないのだから、これについてはちょっとずつ、『一つの惑星国家として』研究していこうね、みたなところだろうか?
これにともないイリアスに神族が結構入ってきたり、逆に神族の都に魔族がちらほらと入るようになったりと、既に融和ムードが表向きは始まっている……のだけど、まあ、これらはぶっちゃけ、僕達による仕込みだ。
何事も最初の一歩目が難しいものだし。
「下の儀式はこれで概ね問題ないでしょうね」
神都、神王の城。
普段は誰も近寄らないそこも、このような儀式においては賑やかだった――殆どは神族ばかりだけれど、魔族からもごく一部、具体的には例の六人が出席している。
魔素に関しては神王と魔神の二人がこの空間内を支配しているから問題ない、という事にしてあるし、実際問題が無いようにちょっと城に細工をしておいたので、本当に害はないだろう。
というか、いくら僕らがそう主張したからって簡単に出てくる当たり、神族も意外と魔族に興味を持っていたと言うことだろうか?
「その上で聞くわ、あなたの方はどうなったのかしら、かなえ」
「『あの僕』達なら、もう戻ったよ。案の定時間跳躍じゃなかったから――そう難しくもなかった」
「へえ。……私はそのあたり、ふわっとしか理解してなかったのよね。結局、どういう理屈だったのかしら?」
「異世界からやってきた。ただそれだけのことだよ」
「…………?」
「多次元世界解釈。知ってる?」
僕にせよ洋輔にせよ、あの僕から話を聞いて真っ先に考えたのは、時間軸に対する干渉が出来るのか――という部分だった。
そして僕と洋輔は、それが『不可能である』と断じた。
にもかかわらず、あの僕は確かに未来らしき所からやってきている。
「この世界に飛ばされるとき、僕はこの世界での時間の流れが地球のそれと比べて極端に違うから、かなりの長期戦になったとしても、帰還時に殆ど時間の経過はないよ、みたいなことを注釈されていたってのは前にも言ったよね」
「ええ、それは聞いてるわ。ついでに言うと私も似たようなことを言われてるのよね」
「その上で僕たちはこの世界で生活してて思ったことがある」
「思ったこと?」
「うん。『あまりにも現実感がない』世界なんだ」
「…………? ライブ感……」
現実感というより、ライブ感。
確かに僕達が今生活しているこの場所は存在していて、確かに僕達はこの世界で生活していて、そしてこの世界に多かれ少なかれ影響を与えている。
けれどなんだか、その感覚が奇妙なのだ。
「もちろんこの世界は確かに存在する世界なんだろう。じゃなきゃ僕はソフィアと会えなかったし、それを抜きにしてもこの世界で生きている命はたくさんある。……なのに、何かフィルター越しに干渉しているような感覚がずーっと残っててさ」
「随分とまた曖昧ね」
「それ、洋輔にも言われたよ。だからハッキリさせた」
「え?」
「『ラストリゾート』でちょっと、調べてみた。それは『望んだ結果を手に入れる/但し経緯は選べない』って効果の魔法でね。僕がその結果として求めたのは、『僕が感じてる違和感の正体』。経緯は選べない……どんな形でそれが顕れるのかは解らなかったから、どうしたものかなって思ってたんだけど」
「…………。かなえ。それはまさか……『あのかなえ達がくる前』、なのかしら?」
「ああ。やっぱり解った?」
その通り。
僕がそのラストリゾートを行使したのは――この世界に感じた違和感の正体を求めたのは、あの時、『あの僕達が乗っていたコロニー艦が発見される前』だ。
そしてあのコロニー艦が発見され、そのコロニー艦から『あの僕』が出てきた。それによって明かされたのは、『この世界は惑星ではなく宇宙まで含めたものであること』、『宇宙には複数の知性体がいること』、そして『帰還条件』――これらも十分衝撃的と言えば衝撃的な事実の一つに他ならなかったけれど、違和感の正体にはなっていない。
だからこそ、そこでもたらされた副次的な現象こそが違和感なのだろう。
「『あの僕』は未来からやってきたと言ってたよね。だからその時点で、僕と洋輔は『この世界では時間軸への干渉が可能であるという点で違和感を覚えるのだろう』とまずは考えた。けれど何度やっても時間軸への干渉はできなかったんだよ。そもそも対象にできない……パラメータを受け取ることが出来ない。だとしたらあの僕はどうやって時間軸に干渉したんだろう? 特別なことをしたならばそのことを言うだろう、そうじゃないと僕があの僕を同一人物だとは信じないからね。けれどあの僕は結局、帰るその時でさえも特別なことはしていないと言っていた。……だから。だから、『あの僕は未来の僕だけど、未来の僕ではない』が結論になる」
「まどろっこしい上にわかりにくいわね。ざっくりと言って欲しいわ」
「『あの僕は異世界の僕だった』というのが真相だよ」
「……さっきも、そう言ってたわね」
「うん。あの僕は異世界の僕だった……この世界の僕じゃなかった。そう考えると、あの僕が魔法も錬金術も何もかもが使えなかった理由も説明できる」
「何がどういう理屈でそうなのかしら?」
「僕にせよ洋輔にせよ、そしてたぶんソフィアにせよ、僕達は地球で契約を結び、その契約に基づいて『報酬』として魔法とか、そういう力を手に入れている。これは同意してくれるよね?」
「ええ。正確にはその技術そのものと言うより、その技術を扱える素質……とか、才能とかかしら」
そう、その通り。
「僕達の世界は僕達と契約を交わすことで、僕達に力を与えている。あるいは僕達が力を持つことを許可している。契約に基づいて行動している限り、僕達は異常な力を振るってもいい――そんな感じでね。だから契約から外れたとき、僕達は力を使えなくなる」
「…………」
「『あの僕』は世界の許可無く、自らの意志で自らの力で異世界に移動した。世界に許可を得ていない、つまり契約を交わしていない異世界に移動しちゃったもんだから、『力を使って良い』って許可が無くなった。だからあの僕には錬金術も魔法も、基礎中の基礎、初歩の初歩がかろうじて使えるかどうかに過ぎなかった」
その基礎中の基礎が使えたというのだって、本来の力の残滓、残り火だ。時間が経てば使えなくなっただろう。
一方で呪いに関連する技術や第三法、言霊は道具さえあれば多少形に出来たのはその道具に依存するところが大きかったんだと思う。
「……だとしたら、なぜあのかなえはこの世界の出来事を知ってたのかしら?」
「『この世界に限りなく近い、けれどこの世界ではない世界からやってきた』。それが答えになるんだけど……、さっきも言ったけど、多次元世界解釈。パラレルワールドって考え方をまずは思い浮かべて欲しいんだけど」
「最初からしてるわよ。けれどそれに加えて『時間軸には干渉できない』と付け加えてしまうと、この世界のパラレルワールド、なのに時間の流れが違うなんて事になってしまうわよ。普通パラレルワールドって考えると、共通する時間軸で別の可能性を見ることを言うでしょう?」
「普通の多次元解釈ならばそうだね。『だから』、『それが僕が感じていた違和感の正体だ』と考える。で、いろいろ洋輔とこっそり試してたんだけど……結論から言うとね、ソフィア。この世界は『エミュレーションされている世界』だよ」
「……エミュレーション」
そう。この世界は『本物の世界』を複製し、その複製された世界を『擬似的に再生している』、そんな世界なのだろう。
「現実感が奇妙なほどに薄いのは、この世界がそもそも『複製を擬似稼働している世界』だから。魔族も神族も、あるいはそれ以外……フェンだとか、そういう種族でさえも、異常なまでにその特徴が『整いすぎている』のも妙だしね。恐らく『本物の世界』の方で何か異常が起きたか、異常を検知したか。それを解決するためにはどうすれば良いかを調べるに当たって、その世界を直接弄るのは怖い、だから複製をいくつか創って、並列でエミュレーションして最善の結果を目指しているんだと思う。その最善の結果を手に入れた後、それと同じように行動するとか、やりそうじゃない?」
「いえ、かなえ。それならばもっと解りやすく説明できる可能性があるわ」
「というと?」
「この世界の真作、あるいは原典にあたる世界にとって、この世界が『ゲーム』であるという可能性よ。つまり私たちは『ゲームの中のNPC』として呼ばれていたとか。この考え方なら、プレイヤーの数だけ世界が疑似稼働されていて、そのプレイヤーによって『開始した時間』が違うでしょうから、ズレについても一定の説明ができるわ」
「あー」
……洋輔みたいな発想をするな、ソフィアは。
ゲーム脳はあんまり良くないと思う。
けど、この場合はそっちの方が正しいかもしれないな。
「とはいえ、あなたの推測がどこまで正しいかは疑問ね。確かに妙なところで細かいパラメーターだとか、嫌に整った土地だとか、気になる点はあるけれど……銀の塔、大いなる種族。そのあたりに至っては触れてもないじゃない」
「僕達がフラグを踏めなかったというより、プレイヤー側がそれを踏まなかったんじゃないかな。あるいはバックグラウンドストーリー、『裏設定』とかそういう形で攻略本とかで軽く触れられるだけの存在だとか」
「ありそうで困るわ……」
それで、と。ソフィアは居住まいを正して言う。
「あのかなえは、そのことに気付いたのかしら?」
「どうかな。『あの僕』は気付かなかったかも知れない……でも、ちゃんと元の場所に戻れば、元の場所の洋輔が、そしてソフィアが違和感に気付くとは思う。そこからまだまだ時間は掛かるかも知れないけれど、それでもなんとか気付けるんじゃないかな?」
「そしてそのことに気付けば、帰還は出来ると?」
「有り体に言えば」
そうなる。はずだ。
「あるいは僕達の『どれか一組でもクリアしたら全部帰還』とか、そういう可能性もあるけど……ま、今は僕達が帰ることを優先していいと思う。どうせ僕達のことなんだから、いずれ気付いて何かしらの方法を思いつくでしょ」
そもそも僕にせよ洋輔にせよソフィアにせよ。
後先のことを考えないならば、帰還する方法なんていくらかは思いつくのだから。
「盛り上がってるな、佳苗、ソフィア。どうだ、そっちの様子は」
と、丁度話が終わりつつあるところにやってきたのは洋輔だった。
「どうせ聞いてたんでしょ、僕を通して。二度手間は嫌だよ」
「はいはい。こっちの報告を優先するぜ。儀式は概ね滞りなく進んでる。このまま予定通り、予定に沿って計画は進められる。最後の儀式を佳苗が換喩して世界に対象を広げ、ソフィアがそれに従う形で周辺の理極点を上書、そのあと俺が定義して、いざや世界はめでたしめでたし、永久の平和が訪れるだろうな。……ま、それに伴うアレコレについては、佳苗がバックアップに回ってくれてるしな」
「……え? 何の話かしら?」
「いや、こっちの話。気になるなら地球に帰った後にでも連絡を頂戴よ。そしたら答えるからさ。なぞなぞというワケじゃないから、ちゃんと考えればすぐに解る程度だけどね」
「ああ、それで思い出した。それとは関係ないけど、地球上での連絡先。先に交換しておきたいんだが、構わないかな、ソフィア」
「ああ……そうね。それは必要でしょうね。電話番号、と、メールアドレス。でいいかしら?」
ああ、と洋輔が頷くと、ソフィアはさらさらと適当なメモを作り出し、そして僕達に渡してくる。持ち帰ることが出来るかどうかは微妙なところなので、メモ用紙の内容はしっかりと覚えておくことに。
逆に僕達の電話番号やメールアドレスも教えておいて、これで良し。
「後の予定が詰まってるし、始まっちまえばそのまま帰還がほぼ確定する。帰還できなきゃできないでまた考えなきゃ行けないが、とりあえず地球に帰還したら改めて、これで何らかの形で話をしよう。あるいは反省会になるかもしれねえが、お互いに気付いた点とかをあれこれ懐かしむのも悪くはない」
「そうね。長年の友人を得ることができた機会だと思えば悪くもないかしら? ――っと、そうだ。念のため確認するけれど、日本で良いのよね? あなたたちが住んでる国」
「うん」
「だとしたら直接会うのは少し手順が要るかもしれないわね。……ま、その時はネット越しでもどうにかなるでしょう」
「魔法とかでも良いしね。ゴーレムでもそっちに飛ばすよ」
「できれば目立つ方法はやめて欲しいわ……」
大丈夫大丈夫、見えないゴーレムだから。
そんな雑談。
そんな歓談。
緊張感とはほど遠く。
達成感ともほど遠い。
けれど僕らは、ゴールテープを今、切ろうとしている。




