55 - 然らば一見によって
一通り理極点、表理極点という概念を青い方のアンサルシアから教えられた後。
少しばかり思考を整理して質問をし、それの回答をもとに思考を修正して、ということを何度か繰り返して、ようやく認識が一致した事で、僕と洋輔、そしてソフィアは頭を抱えていた。
「こりゃ長期戦、それも極めてな長期戦を覚悟だな。数百年か?」
「それでも見積もりは甘いでしょうね。四桁年は覚悟した方が良いわよ」
洋輔とソフィアはげっそりとした様子で相次いで言い、それでもなんとか気を保とうとしているらしい。
ふうむ。この二人ならあるいはとも思ったけど、あるいは、は無かったらしい。
「なんだ、佳苗。お前には腹案でもあるのか?」
「今教えて貰った技術を利用……応用というより悪用に近い活用をして大胆な時短が出来そうだなあとは思ってるよ?」
「時短?」
「うん。事実上この惑星は平定されているようなものだけれど、それでも儀式は後回しにしまくってるじゃん。それが今回は『役に立つ』」
僕以外の四人が首を傾げている。
……通じなかったか。
あるいは考えはしたけれど、それは無理だと判断したのかもしれない。
けれど。
「つまり、『魔族と神族の和平式典による惑星状の平和』を拡張して、世界に適応しちゃえば良い。他の種族も全部巻き込んで、強制的に『平和』という状態に置き換えちゃえば良い。僕だけじゃ無理でも、洋輔だけじゃ無理でも、ソフィアだけじゃ無理でも、三人が揃って居るこの状態で、そして『極点を利用できる技術を知っているアンサルシア』と、そのアンサルシアにとっての僕が居るこのケースに限って言えば、たぶんどうにでも出来る」
「は?」
「えっと?」
「意識して使っているかどうかはともかくとして、僕達には性質がある」
僕は生成と換喩。
洋輔は削除と定義。
ソフィアは上書と改変。
それぞれ一つ目についてはそれとなく自覚していた事だろう。
二つ目についてはソフィアと、そして『あの僕』、『青いアンサルシア』が説明の中で指摘していた事だ。
「で、僕は魔王化――未来の二人から言えば、触媒化している状態のまま。僕と洋輔の間にある使い魔の契約は当然健在、つまり僕という触媒を、生体祭壇だったり論理回路門としての機能を洋輔は扱える。つまりこの世界の上位次元に対して僕達は、ある意味正当な手順で干渉できるわけだ。その正当な干渉に僕達の性質をそれぞれに挟み込む」
「……出来るのか? そんな事」
「出来たから『未来の僕達』がここに居るんだよ」
つまりやることはそう難しいわけじゃない。
「魔族と神族の和平式典を、宇宙の全種族に対して強制的に代入する。代入に使う祭壇は僕、祭壇を操るのは洋輔、祭壇が実行する『コード』は神智結晶でソフィアが準備できる。それによって、僕がこの惑星状の平和を全宇宙の平和に換喩し、それをソフィアがその状態に改変・上書、洋輔が世界よりも先に『それが正しい』と定義できれば僕達の勝ち。世界は強制的に平和になる」
「なんていうか、『偽りの平和』どころか『欺瞞の平和』よねそれ」
否定はしないけど、一番手っ取り早いのだ。
僕の発想に対して、しかし困惑しているのは『あの僕』と『青いアンサルシア』のほうが目立っていた。
洋輔とソフィアは可能かも知れない、失敗しても本来の手順を踏まなければならないだけだ、って評価かな。この感じは。
「ていうか、僕に言わせれば『未来の僕達』もこの方法使えば条件はクリアできたんじゃない? あるいは条件をすり替えるとか、そういう方向は考えなかった?」
「考えなかった……、いや、なるほど。『僕達』は理極点の概念を上手く使おう使おうと悪用を考えたあまり、『僕達が既に出来ること』で解決できるとは考えてもなかった……」
うかつだなあ、と『僕』は愚痴るように呟いていた。
そして納得した様子でもある。つまり今僕が言った方法で強制的に解決できるか、という点において、可能性は否定できないわけだ。
が。
「お待ちを。お待ちください、皆様方」
と、話を止めたのはアンサルシアである。
「今お話になられたとおりの方法でこの時代の三神様が解決をした場合、三神様はその時点で退去なされるということでしょう? そうなれば結局は、世界が元に戻ろうと……改変される前の状態に戻ろうとする可能性がある、そうではありませんか?」
「歴史の修正力か。タイムトラベルものの定番だね……」
一度改変しきってしまえば世界はそのままだろうという手材料は、あるんだけど……。
「ん……、佳苗。今のは言葉にするべきだ」
「え? ……えっと、『一度改変しきってしまえば世界はそのままだろうという手材料は、あるんだけど』の所?」
「そう。それは俺も気になる。前例を知ってるのか?」
「僕達がやろうとしている方法とは別物だけどね。とある錬金術師が一度やらかしてる……僕じゃないよ?」
僕達が最初に訪れた異世界。
僕と洋輔が魔法を、そして僕は錬金術を、洋輔は剛柔剣という技術を手に入れたあの白黒の世界。
「あの世界は一度、錬金術師によってどうしようもない程にかき回されてる。結果、後には『第三法』という本来の魔法が失われ、錬金術だけが残った。そして錬金術に依存する世界として再編されて、その後に集中力によって発動する今の魔法が改めて見つけられたんだから」
「…………」
「それを実現した道具は、多分『ワールドコール』だ。灰色のエッセンシアと同名……材料もそれとなく心当たりはあるから、創ろうと思えば創れちゃうんだろうけれど」
「……その、材料は?」
「その世界そのものだよ」
要するにただただひたすらに膨大で広大な範囲をマテリアルとして認識した錬金術。
その錬金術師にとって都合の良い世界に書き換える鶴の一声。
前例として。
それは結局、破られることなく数千年に及んでいた。
「けれどそれは精々、数千年なのね。未来永劫とは考えにくいわ。何らかの対処は、アンサルシアの言うとおり必要かもしれない」
「んー……」
それもなんとかなりそうではあるんだよな。
「……だから声に出せ、佳苗」
「ああ、ごめん。えっと、なんとかなると思う」
「方法は?」
と、聞いてきたのは『あの僕』だった。
好奇心があるようだ――まあ、あの僕にしてみれば本来の場所に帰った後、僕達と同じ事をしなければならないからなんだろうけれど。
「アンサルシアをここに降ろす前に、僕達は極点の凍結処置っていうのをやったよね。極点って概念は単純化すると、世界の定義を分散したポイントで行います、そのポイントが理極点で、その全てのポイントを監視してるのが表理極点です、って話でしょ? その極点を凍結、つまり一時的に参照できない状態にしてしまうことで、極点からの干渉……正しく、世界が自己修復しようとする力を強引に押さえ込む。それが肝要だったはずだ」
「うん」
「だからさ、平和であるって状態を作り出したとき、その状態を表理極点に上書きして、それを固定し続けてしまえば良い」
弊害もありそうだけど。
まあ、些細なことである。
「極点の凍結に関しては、ある程度性能を準備したゴーレムでどうとでもなる。実際、『僕』たちが未来で創ったゴーレムはそういう機能を持たせてたはずだ」
「……そうだね。うん。試す価値はある……かもしれない。成功するかどうかは別だけれど、トライアンドエラーで色々と調べる事も大切だし」
「そういうワケ。どうかな、洋輔、ソフィア。やってみる? それとも正攻法で何千年かかけてみる?」
「その聞き方は酷よ、かなえ。……解ったわ。けれどソレをするにしても、やっぱり時間は多少なりとも掛かるでしょうね。あなたたちにせよ私にせよそういった性質は多少の自覚を持っていても、完全な自覚にまでは昇華出来ていない。そこを完全な自覚にまで昇華させて、それぞれの性質を完全に理解しなければ、私としても神智結晶に落とし込めないわ。それに、あなた達……つまり、わたらいかなえという論理回路門をつるぎようすけが使う事になるわけだけれど、そのあたりも練習が必要でしょう?」
「その辺なんだけどよ、そっちの佳苗達はどのくらい練習したんだ?」
「二、三回かな。全部合わせて七分くらい?」
「そう、七分も……、七分? だけ?」
「うん」
何か問題でも?
といった様子で頷く『僕』に、ソフィアがしばし黙り込み、そういうこともあるか、と感慨深そうに頷いた。
どうやら大概ソフィアも諦め始めたらしい。
「まあ、からくりはやっぱりあるんだけどね。『僕』なら解るだろうけど、洋輔がやりたいことをきちんと把握して、それを適応するに当たって処理しなきゃいけないことが膨大極まるんだよ。それを錬金術って形で僕達ならば実現すれば良いんだけど、無尽のごとく膨大なマテリアルを処理するようなイメージになるんだよね」
「つまり、眼鏡を使えって事だよね」
「ご明察。倍率上限ギリギリまで行くかも」
む……、時間認知間隔の変更、それほどまでしなきゃだめか。
それで七分って事は、僕の体感だと年単位になるかもな……。
「それじゃあ『僕』、しばらくは僕達の力の整理を手伝ってくれるかな。報酬は……、その艦の再浮上と、元の場所への帰還でどう?」
「断る理由はないよ。アンサルシア、思うところはあるかも知れないけれど、『僕』の結論には僕も同感だ。立場が逆でも同じように結論を出しただろう」
「大問題があるのは百も承知。でもアンサルシア、僕達のことを信じて欲しい。出来ることは全部やるし、それによって不利益は与えないからさ」
僕と『僕』からの説得に、渋々といった様子で頷くアンサルシア。
そう。大問題があるのは百も承知。
それでも、きっとこれが最適解だろう。
「『僕』も難儀なもんだね。自分から望んでそんな修羅の道を選ぶだなんて」
「さあ。修羅の道なんてものはどこにもないのかもしれないよ、『僕』。それに、今後のことも考えるならば、やっぱりこれが一番だ」
「…………。確かに、ね。リスクもあるけど、リターンは大きいかあ」
「佳苗様? 何を……」
「いや、何でも無いよ」
「うん、何でも無いよ」
訝しがるアンサルシアに、僕と『僕』が重ねて言う。
何でも無いわけがない。
けれど、少なくともこの場において、何かを言うことは許されない。
「さてと。そうと決まれば僕達がやることもハッキリするね。こっちのアンサルシア達にも事情は説明するし、それにそっちのアンサルシアに同行して貰いたいんだけれど、いいかな」
「構いません。そのために私はここに居ます」
「ならば結構。艦の乗員は約束通り、少なくともこの周辺なら自由にしてて大丈夫……、大丈夫だよね、ソフィア?」
「ええ。ここならばどうとでもなるわ。そういう場所を選んだもの」
それこそ、ならば結構だ。
さあ、始めよう。
世界に僕達というものを、知らしめる儀式を。




