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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
終章? 魔神に挑む最果ては
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54 - 百聞ならばなお良し

 コロニー艦のすぐ横にソフィアの力で移動した後、拠点としてでっち上げたのはちょっとした大規模居住施設といった感じのものだ。

 と言うわけで、

「一階は外の運動場も含めてのびのびと出来るように、それと運動場がある以上とりあえずお店らしきものも運用できるようにテナント形式で適当に準備しておいたよ。今の時点で稼働してるのは飲食系と医療品、美容品に医療のフロアって所かな。店員さんは洋輔と協力して適当にイミテーションからでっち上げてあるから安心して欲しい。猫ちゃんたちの触れ合いスペースも用意してあるよ」

「二階はレクリエーション施設というかアミューズメント施設というか。遊びのフロアだね。ダーツとかビリヤード、ボーリングやゴルフ、フットサルにバスケなどなど一通り。カードで遊べるカジノ施設も作ったけどこっちは人を配置してないから、艦から適当に人員を向かわせる」

「三階から上は居住施設。ひと部屋あたりの間取りは3LDK、電気ガス水道のライフラインは完備してる。バスルームとトイレは別の部屋で、疑似火災報知器とスプリンクラーも設置済み。まあ火が付いたところで壁を燃やすのまず無理だけど。完全耐性がっちり付いてるし。あと防音性もすごいよ、僕が大暴れしても何も聞こえないはず。家電製品はとりあえず洗濯機らしきものは準備できたけど、それ以外はちょっと……。レンジとかはいまいち仕組みが解ってないんだよね。あとでサンプル貰う予定だから、そこからどんどん用意していくつもり。居住施設は一階ごとに三十部屋でバルコニーはちょっと広めに作ってある。それが二十七階まであるから、全部で七百五十世帯くらいは収容できる」

「ちなみに各階の移動は階段の他に重力操作式の疑似エレベーターを採用。一階とから二十七階まで、ボタンを押したら三秒くらいかな? 身体に違和感は起きないようにしてあるし、荷物もきっちり運べるパーフェクトな出来だと自負しているつもりだ。で、屋上からは艦にある入り口と繋がる空中庭園方式の橋を架けておいた。これで行き来は簡単だね」

「地下も実は二階まであるんだけど、地下二階は僕達が内緒話をする場所で、地下一階は僕たちの居住空間ってことになってる。移動はこの施設内で特定の言葉を呟くだけ、緊急脱出の大魔法を限定行使したパターンだから、基本的には勝手に侵入できない仕組みになってる」

「それでも出入りはきちんと把握するためにちゃんとゴーレム防衛設備は整えておいた。以上、施設はこんな感じになったよという報告を洋輔とソフィアにはしておかないとと思ってしたんだけれど、どうかな。通じた?」

 たたみかけるように説明してみた。

 すると洋輔は頭を抱え、一方でソフィアは深く長いため息を一つ吐くと「そうね」、「ならば私が行きましょうか」と洋輔に向けてだろうか、断りを入れてから言った。

「まず最初に。二人のかなえが代わる代わるさらさらと言葉を連ねていくとどっちがどっちか解らなくなってくるわ。どころかさらっと凄い施設を一瞬で作り上げたわねあなたたち。あの店員たちは例の十六人と同じ理論なんでしょうけど、えっと、どうなのかしらようすけ」

「どうもこうもねえよ。一対一で佳苗に強く主張されたらそれだけでも俺としては押し切られるわけだが、佳苗が二人に増えて二対一という戦力状況で代わる代わるやれやれやれやれと延々囁かれ続けて抵抗できる奴はいねえ」

「最終的には洋輔もノリノリだったのにねえ」

「ねー。ラグの絵柄とか発案したりさー」

「クッソ腹立つ。なんだこれ。佳苗が二人になると妙にストレスが溜まるぞ。っつーかなんで意気投合してるんだお前ら」

「なんでって。基は同じ僕だし」

「いつだって自分の最大の理解者は自分でしょ?」

 ねえ、と僕は僕と目を合わせると、大きな大きなため息が二つ重なった。

 僕が僕と意気投合するのは当然として、洋輔とソフィアもこの短期間でよくもまあここまで通じ合ってると思った。

「真理を言っているように聞こえるけれど、その実本質的なところは何もあってないような気がするわ……いえ、それにしても本当に紛らわしいわね。ねえかなえ、どうして服を交換しているのかしら?」

「……ああ。ソフィアにもバレたか」

「もうちょっと誤魔化せるかなって思ってたんだけどねー」

 ねー、ともう一度言葉を重ねて、僕は自分が着ている服を見る。

 ボーイスカウトのような、似合わない衣服……聞けば、やはり軍服だったらしい。

 しかも元帥。

 正式な元帥ではなく、元帥待遇の特例らしいけれど……まあ、錬金術師なんて前線で使う方が間違ってるというのは全く以て僕らしい考えだ。

 そんな一方で『あの僕』は、僕が普段着ている服をそのまま着用していた。

 鏡でも見ているかのような安心感がそこにはあって、その僕にとってもその服の方が落ち着くらしい。欲しいようだったので一通り作って渡すことにしておいた。元を正せば僕の為だし、そのくらいは苦労でもない。

「それで、改めて集合と言ったからには何らかの進展があるのよね。いえ、というより私たちがこっちに移動してきたのがそもそもつい二十七分前なのに、なんで目の前にこんな大型の施設が爆誕しているのかが謎なのだけれどね?」

「錬金術だからね。仕方ないんじゃない?」

「私の光輪術、ないし神智術も大概だけれど、あなたのそれは理不尽という言葉を何千倍にしても足りないわ……」

「あはは……まあ、ちゃんと種も仕掛けもあるんだよ。まともに僕が設計したのはごく一部で、『僕』があらかじめ用意していた設計図通りに作っただけっていうか。地下は僕の独断だけど」

 さすがに僕の知らない応用とかがちらほらと入っていたから、その辺は確認しながらだったけれど。しかし錬金鏡像術かあ……、便利は便利だけど使い方が難しいな。

「まだまだ高みを目指す表情をしているのが引っかかるけれど……、ま、便利なことは良いことね」

「ソフィアも大概柔軟だな……」

 と、諦めの声を上げるソフィアに洋輔がぴくりと反応すると、ソフィアはふっと笑みを浮かべて言った。

「私としてはそういう魔法に近いような技術ならばまだ納得できるのよ。だからびっくりはするし突っ込みもするけれど、それだけよ。そういう技術があって、そういう事が出来る存在が居る。ただそれだけのことじゃない。……個人的にはそれよりもあまねく猫たちが統率されている方が気になって仕方が無いのよね」

「ああ。猫ちゃんたちなら僕たち二人できっちりお願いしてあるから、喧嘩とかは絶対にしないよ」

「そう。お願いなのね……。ようすけ、これは魔法じゃないのかしら?」

「残念ながら魔法でもなんでもねえんだよ。なんでだろうな?」

「動物園に連れて行きたいわね。主にライオンとかのネコ科の前を通らせてどう反応するのかが見たいわ」

「いやウキウキと言われるとそれは困る……」

「諦めなよ僕。少なくとも向こう数千年間はソフィア、ずっとこういう調子だから」

 先の長い話だなあ……。

 と、話題が脱線しまくっているな。強引に戻すか。

「で、受入れ施設はこれで一通り完成したから、いざ乗艦してた人……、人? まあいいや、その人たちを地上に降ろそうかと考えて居てさ」

「ああ、それをしても大丈夫かと言う確認とついでに目付か」

 身も蓋もなく言えば監視とも言う。

 監視の目は多いに超したことが無いだろう。そして残念ながら監視カメラの類いがまだ作れないので、

(まだ?)

 まだ。

 で、まだ作れないので、その分を普通に眼で補うしか無いわけだ。

「まあ、いいわ。それで……ええと、未来のほうのかなえ、あなたに確認したいのだけれど、今回艦から降ろすに当たって『できれば全員』だけれどそれよりも優先される『一人』が居る、みたいな口調だったわよね。あれはどういうことなの?」

「んー、見てもらった方が早いかな。けれどまあ、先に簡単に説明しておくと……その一人の名前は『アンサルシア』でね」

 アンサルシア?

 って、赤鬼の?

「えーと、もうこの時点で魔王府に居たはずだし、ソフィアも知ってるかな?」

「……ええ、直接話したことは一度しかないけれど。鬼の子よね」

「そう。そのアンサルシア――僕と洋輔をこの世界に呼び出した張本人。僕達の時代においても貴重で稀少な呪文(スペル)使い(リンカー)ってのも連れてきた理由の一つだけれど、それ以上に『僕達が共有しうる顔見知り』って点で連れてきた」

「……顔見知りってことは、アンサルシア本人ってことか?」

 うん、と。

 何事も無いかのように頷いた『僕』に少し呆れるけれど……、同一人物か。

「彼女を連れてきた理由は当然、その顔見知りってだけじゃない。極点のプロだからね」

「プロ?」

呪文(スペル)使い(リンカー)って呼んだけれど、呪文(スペル)って技術がそもそも極点を利用する技術なんだ。極点を関連付けて利用、ないし活用、場合によっては悪用するから、リンカー」

 またしゃれた名前を……ていうか、あれ?

 アンサルシア本人、だとするとそれはそれでちょっと妙だな……それもまた呪文(スペル)の恩恵か、長生きすぎだ。それとも僕が完全エッセンシアを与えたか。後者かもしれない、側近として僕が欲して、それを説明した上で投与した可能性はある。

「そういうわけだから、アンサルシア。そろそろ降りてきなよ」

「…………?」

 そしてこれも妙だ。

 僕は今、いや、『僕』は今、『日本語』で喋っている。

「そう魔神様がたと基準を共有できるほどの力量があるわけではありませんので、無茶振りは大概にお願いしますね、佳苗さま」

 と。

 降りてきた『言葉』もまた、日本語に違いない。

 しかもそれはきちんとニュアンスも通じている……そう、僕が知る殆どのこの世界の住人は、僕や洋輔の名前のニュアンスがちょっと違うのだ。『かなえ』とか、まあ、間違っては無いんだけど、みたいな。

 そしてイントネーションも正しいのに不思議と『違うんだよなあ』と思う当たり、何らかのズレ、何らかの問題があるんだろうなあとは思っていて……つまり、この『アンサルシア』を名乗り、『僕』がそう紹介してくる彼女は、少なくとも僕の名前を正しく呼べている。ズレが補正されたのか、問題が補整されたのか……。

 いや。

 それ以前の問題がある。

「待って。アンサルシア? 君が?」

「はい。よくよく見て戴ければおわかりかと」

「それは……確かに顔は同じだけど」

「そうだな。アンサルシアは『赤鬼』……赤い髪の鬼のはずだが、青いじゃねえかお前」

「さようですね。しかしながら失世守(うせのかみ)さま、そもそもこの惑星を出るまで私たちはついにお教えしなかったと言うだけで、実を言えば『赤鬼』という種族は存在しないのですよ」

 …………。

「は?」

 洋輔が威圧するように声を上げると、アンサルシアにそっくりな青い髪の鬼は言う。

「『赤鬼』はあくまでも通称です。私も、そしてイルールムも、本来は『才鬼』という種族なのです――あらゆる技術を瞬く間に習得できてしまう、学習能力に長けた鬼子を、総じてそう呼ぶのです。鬼の特徴である角がない事でさえもちらほらありますね」

 ……才鬼。

 僕もそう呼ばれたんだっけ。

「ただ、そんな私たち才鬼の最も外見的に顕れる特徴は別にございます。それがこの毛の色なのです――その才鬼がどのような技術を習得したかによって、毛色が変わってゆくのですよ。ですから失世守(うせのかみ)さま、いえ、『鶴来洋輔』様。当時の私はそれが赤であったというだけで、今の私は青であるというだけ。そこには何もおかしな事は無いのです」

「ちなみに僕が知ってる限りでアンサルシアは赤から黄色、紫、青、白、青、赤、白、青ってめまぐるしく変わってるよ」

「イルールムは?」

「赤、黒、赤で、僕が知ってる最新では赤だったはず」

 節操なく変わるもんなのか……。

 まあ、ペンギンも子供ペンギンから大人ペンギンになるときに大分色が変わるし、なにもペンギンに限らず大概の鳥はそうだろう。ひよこがにわとりになれば黄色が白になる。

(いや鳥とは違うだろ)

 うん。だよね。

 カラーひよこも着色だし。

(そういう問題じゃねえ)

 そう、けれど本質的にはそういう問題なのだろう。

 特定の色を持たない――特定の才能を持たない。

 様々な色になれる――様々な才能を持てる。

 洋輔の言う魔族が持つ『得意理論』に該当するような、鬼の力。そのある種の極致、到達点。

(ふうん……だとすると、制限付きか)

 だろうね。

「それで、節操なく色を変えたと言うことは色々と試したんだと思うけど、法則性は見つかったの?」

「本当に話が早くて助かります。はい、その通りです。……もっとも、今はその苦労話よりも先にさせていただきたい説明がございます」

「極点ね。凍結措置でしたっけ、それはこっちのかなえとようすけが済ませたようだけれど、具体的にどういう概念なのか。より詳しく教えて貰うわよ」

 ソフィアが言うと、アンサルシアはうなずき、視線を『僕』に向ける。と、忘れてた、と言わんばかりに『僕』が口を開いた。

「ごめん。ホワイトボードとかその類いのものを用――」

 ふぁん。

「――意してくれてありがとう」

「どういたしまして」

「いやお前らそれでいいのか?」

「良いんじゃ無い?」

 ないと話も始まらないみたいだし。

 投げやりに答えると、少し面食らった様子のアンサルシアはそれでもペンをとって何かを描き始めた。

 これはどうやら、授業みたいな規模になるかもな……。

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