53 - 百考は一聞にしかず
※再び渡来佳苗(現代)主観。不親切設計になってしまった。
久々な猫との邂逅はそれはもう幸せで幸福で多幸感に満ちた時間だった。さすがは未来の僕を自称するだけのことはあって、僕が求めているものが何かをよく知り尽くしていると言わざるを得ない。
けれどその未来の僕を自称する僕を一目見て、僕はやっぱり違和感を覚えた。違和感というか、なにか足りない、不足している……欠落している、そうだな、欠落感っていうのが一番しっくりくるかもしれない。
そしてその正体は至って単純。
渡鶴との連携だ。
「渡鶴って……あのゴーレムのことか?」
「それ以外の渡鶴を僕は知らないよ」
実際良そうだけど。いや鶴って渡り鳥だったっけ? まあどっちでもいいや。
「いやでも、今のお前、その渡鶴との連携は解除されてるんだろ?」
「解除はされてないよ。今もマスタールートの権限は持ってる……ただ、操作とか指示ができないってだけ」
「……ふうん? で、それがあの佳苗には無い?」
「うん」
何らかの理由で僕がその権限を破棄しなければならなかったか、あるいは権限が剥奪される何かを行ったのか。
時間的な理由というのは考えにくいな。かといって権限を剥奪される何かってのも思いつかない、ならば破棄をしたってことか?
……破棄をする理由、無いよなあ。
「つまり理由は不明か」
「いや、消去法で一つ残ってる」
「それは?」
「『僕じゃない』って可能性」
「ん……?」
「何らかの理由で一度僕が死んでいて、その僕を洋輔がソフィアと力を合わせて蘇生した、とか……。つまりあの僕は僕と同じ身体、同じ遺伝子で作られた、けれど別の個体って可能性」
そう説明すると、洋輔は小さく「アルシアみたいなもん、か」と呟いた。
確かイミテーションとしての洋輔……だったかな。
まあ、あんまり詳しく説明を聞かせてくれたことがないのは、あんまり良い思い出じゃないからなのだろう。たぶん。
「その可能性はどの程度あると見る?」
「薄いと思うよ、かなり」
「だよな。俺かソフィアが死んだ時ならばまだしも……お前が死んだ場合は、ちょっとそれが難しいか」
「うん」
遺伝子から再生したんだろうとは思う、かなりの未来の話らしいし。
けれどよっぽど慣れてるか、あるいは……うーん。
予備の身体をあらかじめ作っておいたとか?
絶対にないとは言えないだろう、けれどいまいち考えにくい。
「んー。洋輔には何か考えあったりしないの?」
「俺も『あれは佳苗にすげえ似てるし同じだけど違う』って認識だな。ただその具体的なところはわかんねえ……お前にならばあるいはと思ってたんだが」
「……もっと根本的なところかもしれない。理極点の上書き……そのあたりは分野としてソフィアだろうしなあ、考えたのは」
入れ知恵をしたのは『あの僕』なんだろうけど……だとすると、何かあるかな?
僕が考えそうな事で、あるいは洋輔が考えそうなことで、現状を説明できるような何かが。
僕と洋輔の使い魔の契約を維持したまま、けれど事実上の休止状態に持ち込むような何かが……やっぱり無いかな?
ならば、本当に時間遡行を成功させただけ……なのか。
だとすると、……いや、渡鶴のマスタールートの権限を手放すことにメリットはないし、デメリットが大きい。よほどのことがないかぎり、ペルシ・オーマの杯のほうがまだしもデメリットは軽いだろう。
「なんでだよ」
「だって、マスタールートの権限を放棄したらそれこそ、渡鶴は自由になっちゃう。今の段階ではそこまでの脅威じゃ無いだろうけど、一年先には手が付けられなくなってるかも知れない……十二月に入った頃には気象情報をきちんと入力すれば気象庁よりも正確な天気予報まではできるようになってたしね」
「初耳なんだが……えっと、それ、そもそも気象情報の入力ができねえんじゃねえの?」
「地球をマテリアルとして換喩しつつ入力するだけだから簡単だよ」
「全科学者が涙目だな」
今更だ。
ともあれ渡鶴の手綱を緩めるわけには行かない。
もちろんマスタールートである僕がいなくなったとき、セカンドルートとして洋輔を指定していて、洋輔も居ないならばデバッグルートとして冬華を指定してきているし、それも見つからなかったときはスリープさせるように仕込みはしてあるけれど、それでも不安は不安だ。
逆に言えば、その不安を補ってあまりある何かが『あの僕』にはあって、そのためにマスタールートを手放したのか?
…………。
「ねえ、洋輔。たとえば……、たとえばだよ。今すぐじゃ無くても良いけど、渡鶴に互換するようなゴーレムをもう一度作る事、出来ると思う?」
「……材料面では問題ねえしな。魔力面でも結局リソースはどうにかなりそうだし、ソフィアの補助も見込める。ならば可能だ。ただし……おれのにわとりバードにせよ、おまえの渡鶴にせよ、あいつらの成立には『使い魔の契約』を変質させた『上意下達の契り』を引っかけてるからな。その面で厳しいと思うぜ。何せ原典が『使い魔の契約』だから、二重契約不可の原則は残っちまってる。それでもやればできるだろうが、…………、渡鶴への上意下達の契りが崩れる……?」
洋輔も気付いたようだ。
つまり『あの僕』は渡鶴二号機のようなものを作ったのでは無いか?
そのために渡鶴とのマスタールート権限を放棄せざるを得なかったのでは無いか。
じゃあなぜ渡鶴二号機を作ったのか?
シミュレーション機能が必要だったからだろう。ソフィアでも不可能な、スーパーコンピューター並の極めて複雑なシミュレーションを行うための何かが必要で、それが渡鶴に互換していれば可能だと判断した……とか。
「もしもそうだとしたら、理極点とか、表理極点とか言ってたそれの計算に使ったってことか? だとしたら今、あの佳苗がその渡鶴二号機のようなものを連れていないのは謎だな」
「あの艦に組み込んでいるって考えるとどうだろう。時間遡行を試みた三つのコロニー艦……、に、それぞれ一人ずつ。それは、一人一機ずつ渡鶴みたいなゴーレムのマスターになってたから、とか」
「んー……無い、とは言い切れねえか。ただ、機械的な部分とどうやって連携させてるのかだよな。未来の俺たちが機械技術を習得して、なんとかしてる、とかか?」
「可能性は無限大だけれど、僕にせよ洋輔にせよちょっとキツイと思う……」
絶対に出来ないとは言わないけれど、錬金術によるでっち上げでは無く、ごく普通に機械の作製が出来るかと聞かれると……、大分厳しいと思う。細かいことは全部ふぁんで終わらせたがるだろう、僕が。
となるとこの線は……、少なくともこの分類は間違いかな。大枠ではまだ可能性が残っているけれど。
「ああ、その通りだ。理極点、表理極点。そのあたりの計算に渡鶴のような高性能ゴーレムを用いている可能性は否定されない……それをあの艦に組み込んだかどうかは別として、時間遡行の計算程度には使ってる可能性が否定しきれない」
「案外『あの僕』は意識しか時間遡行してなかったりしてね」
「そりゃ随分と無茶な話ではあるが……。無えとも言えねえか。あの大きさだもんな」
「うん」
あの僕が乗ってきたあの艦はかなりの大きさだ。僕達が重力干渉をしていなければ、この惑星に着陸した時点で自重によって潰れるセクションだって合ったはずだ。
そもそもアレは重力圏内で飛ばすことを考えてないような作りだし、重力圏内で作ったとも思えない。宇宙で作ったのか、あるいは僕とソフィアが協力して無重力で固定された特定の領域でも作ったか。後者のほうがありそうだけど、前者のほうが汎用性はあるな。
まあともあれ、そんな大質量のものを転送するのって大変だと思う。単純な移動をさせるだけでもかなりのエネルギーを要求するはずだ、空間跳躍では言わずもがなだろうし、時間跳躍、時間遡行がそれよりも軽いということは無いだろう。
「渡鶴に互換する機能があるならば、錬金術は使わせることが出来るし……」
「さらっと初耳だな?」
「いや前にも説明したことがあったと思うよ?」
「そうだったか……?」
たしか。いやどうだっけ?
でも今更なのだ、それは。
「何がどう今更なんだよ」
「そもそも洋輔のにわとりバードが子機としてひよこチックを作り出す仕組み、あれ、錬金術使ってるからね?」
「…………」
きょとん、と。
洋輔は豆鉄砲を食らった鳩のようなリアクションを取った。
「え、でもあれはピュアキネシスで……」
「それを通常物質として定着させるのに錬金術使わせてるんだよ。もちろん渡鶴と違ってにわとりバードには自我が無いわけだから、勝手に使うことは無いけれど」
「それはよかっ……まて、『渡鶴と違って』って言うことは渡鶴は勝手に使うのか、錬金術」
「それが最適だと判断された場合には、ね。それにもちろん、複雑な錬金術は使えない……けれど、それは他の機能を持たせるために削らざるを得なかったってだけだから……」
一種の専門性を与えつつのゴーレム作成ならば、もうちょっと錬金術への適応性を高めることは可能、だと思う。実際にどの程度まで作れるのかはやってみないと解らないけれど……それでも、例えば。
例えばソフィアの光輪術、あるいは洋輔がちらっとみていたあの神智結晶という技術と組み合わせて使えればどうだろう。
複雑な情報は神智結晶に封じ込めて、あるいは大魔法の成立のように神智術の設計図として神智結晶を準備して、錬金術が作り出した枠組みでそれを実行させるとか……。
悪用はできそうだし、その悪用を突き詰めれば……いや、ないな。
「何がないんだよ」
「神智結晶に様々なデータを徹底して入れておく。で、それを実行させるための機能を持たせたゴーレムを作る。ゴーレムを時間遡行させて、時間遡行が完了した時点でゴーレムが錬金術で神智結晶を基に『コロニー艦』とその乗員を構築……、魂魄の問題はこの場合、洋輔のイミテーションであらかじめ人格をコピーしておくことで解決しちゃうとか」
「……その場合、『あの佳苗』はそもそも再構築されたものだって事か?」
「うん。使い魔の契約が中途半端なのも、それが理由とか。身体で言えば間違いなく僕だけど、そこに入ってる魂魄が偽物だ。だから使い魔の契約は適応されているのに効果が出ない。あの僕に錬金術や魔法が使えないのも、そのあたりが原因……って思ったんだけど」
「ありそうだなあ……無いってのはどうしてだ」
「それをやるなら『僕だけ』じゃなくて『僕と洋輔とソフィア』の全員をセットでいい。単体にすることに理由が無い」
コスト面でも大して変わらないだろうし。
「納得。……となると、他に可能性を挙げるならば?」
「洋輔も解ってて聞いてるって感じだね。時間遡行はやっぱり成功しているってことだよ」
その上で。
「……もし、僕や洋輔の直感が正しくて、時間遡行が失敗してるのだとしたら。それでも『移動』それ自体は成功しているとみるべきだ」
元々の技術の方では成功している。
応用としての型破りな技術は失敗した。
そう見るべきだ。
つまり、時間遡行ないし時間跳躍という応用に失敗し、元々の技術である空間跳躍には成功しているというパターン。
「『異世界への跳躍』――あの僕が魔法も錬金術も使えなくなってしまっているのは、契約を破った、本来認められない方法で世界を移動してしまったから、来たりの御子としてあとから付与された錬金術、魔法という技術を失っただけ。そんな形で理屈も付けることができるね」
「過去によく似ている異世界への跳躍かあ。なるほど、そういう見方もあるね……」
しまったなあ、その線はあんまり考えてなかったや、と。
『僕』の声がした……ほうに視線を向けると、そこにはソフィアを伴った『僕』が居る。
似合わない妙な服、ボーイスカウトにでもなったのだろうか。いや、軍服なんだろうけれど。
「でもやっぱり、この世界は『僕』の世界の過去に違いは無いはずだよ。確かに異なる部分も見られるけれど、理極点の不一致は無いんだから。あ、理極点の凍結は確認出来たよ、ありがとう。助かった」
「ごめんなさいね。雑談で足止めしようとしてたんだけれど、そのあたりの説明を聞くに当たってあなたたちと一緒じゃなければ二度手間三度手間になるでしょう? それが嫌だったのよ」
なんでここが、と思ったらソフィアが教えたのか……。
そして足止めをしようとしてたけどむしろ自分から連れてきたって事だな、今のニュアンス。
ま、別にソフィアが教えなくても、『僕』ならばこの猫たちの曖昧な気配を手繰ってくるくらいはできるだろうけれど。
(できるのかよ)
もちろんだ。
「話を聞いてたならば早いや。ゴーレム作ったの?」
「うん。渡鶴とは大分違うけど、演算機能に特化させたゴーレムを作ってる……一機だけね。初期段階での理極点計算に使ってたのは事実だよ――それと、このあたりの認識を整えるためにも艦から少なくとも一人下ろしたいんだけれど、いいかな。ダメなら別な方法を考えるけど」
「少なくとも、ってことは艦に載ってる連中をできれば降ろしたいのか?」
「うん。なんだかんだ、重力があるほうが生活しやすいってのも多いし……。それに、あの艦に載ってるのは殆どが魔族と神族を祖とする者達だから、この惑星に適合してるからね」
惑星、適合……スケールが妙にでかくなっちゃっててわかりにくいな。
その点の説明も、話して貰うよりかはやって貰う方が早いか。
「わかった。ソフィア、もう一度艦の方に全員で移動しよう。そこに拠点でっち上げる。あのあたりなら魔族も神族も集団で近寄ることは無いだろうし」
「わかったわ。……ちなみにその全員で、というものにその猫たちはどうしたらいいのかしら?」
「え、おいていくなんて言わないよね?」
「そう、そうなのね……」
変な事言った?
と、僕と『あの僕』が小首をかしげると、洋輔とソフィアの呆れ吐息が重なった。
何故。




