52 ^ 神の叡智を冠するは
起きるはずだった魔族と神族による大決戦。
結晶知性体『フェン』との邂逅、そしてその後のこの惑星を取り巻く状況。
僕達はどのように歩みを進め、どのように歴史を紡ぎ、どのように生きたのかを一通り説明したところで、洋輔とソフィアはいくつかの疑問を抱いたようだけれど、僕が最初に言ったこと――つまり、概念を教えた後に質問は纏めて、という事を守ってくれた。
この二人ならばそうしてくれるだろうと思ってたとはいえど、実際にそう振る舞ってくれるのは助かると言うほか無い。
「つまり僕達の時間軸上では、もはや条件を満たすことが出来ないんだよ。つまり、真っ当な手段じゃ帰れない……真っ当じゃなくてもいいならばペルシ・オーマの杯なりなんなりで実現それ自体は出来そうだけど、ルールを違反しての帰還にどんなペナルティが起きるかとか、その当たりが読み切れなくてね。ならば時間遡行なんていう横紙破りをした方が未だマシだと判断した。それは『世界のルール』に対する反逆行為だけど、影響を与えるのは『この世界』だけであって、『世界と世界の契約』に対する干渉行為じゃないから……ペナルティを受けるにしても、この世界の中だけだと僕達が判断したからだ」
一応の補足を挟みつつ、時間遡行を実行してからの渡航についてを説明。
コロニー艦での生活風景とかは後で実際の映像を見てもらえば良い、僕達がどのような場所からどのようにこの惑星を見つけたかなどをここできちんと説明し……たけどたぶん殆ど現状では理解できていないだろう、それでも一度ここで説明をしておけばこの二人のことだ、後々で理解できると思う。
そんな無責任にも近い信頼をしつつ、さらに説明を重ねる――そしてようやく、概念についての説明が出来るようになった。
「最後に、概念的な話をさせて貰うね。それを僕達は理極点と呼んでいる。僕達が運用できる超光速航行……、要するにワープだね、これを使わないと恒星間渡航には時間が掛かりすぎるし、なにより便利だ。だからワープ航法は複数が提唱されて、実際に運用できるようになったのは大まかに三種類ある」
虫食い穴タイプ。
世界の特定の領域を面として指定しておく。そしてその指定された面には『表』と『裏』が存在し、その表側と裏側の両面から均等に強烈な地場を発生させることで『剥離』させる――イメージ的には地球にあるティッシュペーパーやトイレットペーパーの二重になってるだ。もしくはトレーディングカードゲームのカード、トランプのカードでも別に支障は無い。肝要は『指定された領域面』が『複数に剥離』していると言う状態である。
複数に剥離している領域は、剥離してはいるけれど元は一つのものだった。強烈な力によって無理矢理剥離させているだけで、世界にはその指定された領域面は一つのままであると誤認させる。
結果、複数に剥離している領域面はたとえどんなに距離が離れても『同じ場所に存在している』ということになって……、実際にはもっとめんどくさい理論とかがあるんだけど、そしてそれに付いては艦の中に全部方式とかがあるから後でそれを参照して貰うとして、ともあれそういう方法が一つ目。
膨大なエネルギーは必要だし自由な移動が出来るわけでも無い反面、リスクも殆ど無いタイプなので、本星と各種重要拠点を繋ぐゲートとして設置される事もある。実際、僕達はターミナル宇宙港からあらゆる星と繋ぐことで、ターミナル宇宙港を経由すれば大概の場所に簡単に移動できる仕組みさえも作っていた。
「滅茶苦茶規模がでかいどこでもなんたらみたいなアレか?」
「いやなんたらドア的な奴は僕とソフィアが全力出しても作れなかったから、あっちのほうが規模はでかいんだと思う」
「そうなのか……」
閑話休題、二つ目。
単純光速移動タイプ、あるいはFLTとも表現される。
こっちは何も難しい事は無い。『滅茶苦茶加速して光よりも早く動けば移動も早い』という、雑と言えば雑な方法だ。そして真っ先に検討され、技術的に厳しいと判断されたものでもある。
というのも、光速を超える速度を出すために必要な推進力をどこで得るのかってわけだ。インフィニエの杯は半永久的に一国をまかなえる程度のエネルギーを作り出せるけれど、『その程度』でしかない。で、それを複数積めば良いじゃ無いかと言うと、一般的な恒星間渡航船程度の大きさのものをこの方式でワープさせようとすると大体八千基ほどのインフィニエの杯が必要になり、その八千基のインフィニエの杯を完全に同期させなければ不安定化して意図した出力を得られなかったり、そもそも計算にそのインフィニエの杯の大きさや重さが含まれていないため、実際にはさらにその倍の倍ほどのインフィニエの杯が要求される。当然それに合わせて船体も大きくなるので……。
それでも実証は出来ているし、別な方式で膨大なエネルギーを恒久的に確保できるならばある程度自由な軌道をとれる上、一般的な法則類にはあまり喧嘩を売らないため世界との折り合いも付きやすいというメリットがある。
同時に加速する分だけ減速にも時間が掛かるため中途半端に近い距離だとその当たりでコンマ十桁秒程度の制御が要求されるだとか、そういう点のデメリットも大きい。あとは移動経路上に惑星とかがあると大惨事だ、衝突する。そして通常質量が大きい方が勝つので恒星間渡航船はだいたい木っ端みじんになり、乗員は当然即死、さらにぶつかった惑星にも甚大な悪影響を起こすだろう。これを回避するために軌道を確定しトンネルと見立てる事が一般的なため、『ワープトンネル方式』とも呼ばれる。
「なるほど。強引だけれど不可能じゃなさそうね」
「強引でしか無いけどね……」
改めて閑話休題、三つ目にして本題。
理極点を利用した空間歪曲タイプだ。
まず世界には理極点という、『その世界がその世界であるために絶対な、普遍的なもの』がそこそこ存在している。それは無数というほどでもないけれど、それなりの数で存在するものだ。たとえばこの惑星状にも百カ所くらいはあるだろう、そしてこの理極点は座標のみならず生物や道具などに宿ることもある。
で、その理極点たちから原点を導き、それを表理極点とも呼ぶのだけれど、そこからの絶対的な位置を引っ張り出して、その数値を『書き換える』ことで複数の空間が同一の場所に存在しているようにし、その場所に艦を突入させた後に『絶対位置への干渉』を終了すると世界は修復され、本来の数値に戻る。で、その本来の数値に戻るとき、艦はというと『書き換えられた側』に残る。
喩えた方が解りやすいので喩えてみよう。
実際にやったら大惨事待ったなしだけど、ここはわかりやすさを重視して『東京とベルリン』という二つのポイントがあるとする。で、僕達は今東京にいて、ベルリンに行きたいとする。
理極点はこの場合、その地球に存在するものを多く参照することになるだろう。そして表理極点が導き出せたら、そこから東京という場所とベルリンという場所の絶対値を厳密に計算する。
そうしたら東京という場所にベルリンの絶対値を代入すると、この時点で『東京とベルリンは同一の場所に存在する』ということになる。その上で代入を終了、つまり干渉を終了すると世界はその妙な現象に気付いて、『東京を本来の数値に戻す』のだ。けれどその時に東京にいた僕達はベルリンに取り残される。
実際に今の例をやったら大惨事待ったなしというのは、これは宇宙空間でさえも必ずしも安全じゃ無いと言うほどに危険なことだからだ。複数の空間を重ねる以上、その重なっているところに他のものがあるとめり込んでしまう。万が一でもそんな事が起きないように入念な確認は必須だ。その点、地上などという物質が溢れた場所でそんなことをしたらあらゆる者がめり込みまくって取り返しが付かなくなる。
更に宇宙空間も絶対的な真空では無い。デブリは当然排除しないといけないし、デブリ以外にも分子や原子は存在する。幸い原子が重なっても即座に核融合が起きたりはしないし、体内に入ったところで即座に即死することはないけど、悪影響を受ける可能性は否定されない。そのため、この方式による移動では移動が完了した直後に『解毒』『修復』がセットで行われなければならない。
「任意の座標に移動できるって点は便利……、なるほど、その座標の軸をずらして時間軸に適応させたのか。無理矢理」
「そう。僕の換喩能力とソフィアの上書き能力で強制的に。それでも成功率は低かったし……実際、僕はこうしてここに居るけど、同時に試みてる洋輔とソフィアはここにいない」
「で、それがお前の説明したかった概念なのか?」
「いや、もう一歩先がある」
理極点と表理極点。
この二つの概念は、世界に打ち込まれた楔という意味でもある。
その楔に近付けば近付くほど、それは世界に近付くと言うことだ。そして世界に近付けば近付くほど、その世界の正常値に『治されてしまう』。
「この惑星上で観測されている理極点は少なくとも十一個……それによって僕やあのコロニー艦は『書き換えられ始めている』んだよ。よりこの時間のこの世界にとって適正であるようにね」
「……あー。つまりあなたは『帰る』つもりなのね? で、そのウェークポイントというものに近付くとそれができなくなる?」
「うん。過去を変えた結果、僕達の時間軸上での現在が……この時点から言えば未来がどう変わるのかは、確認しなければならない。それに洋輔やソフィアがどうなったかも確認しないと……」
もちろん、そうそう簡単に帰ることができるわけでもないんだけれど。
でも不可能では無いし、そのために今もアンサルシアが頑張っている。
「この時間軸上の僕と、洋輔と、ソフィア。たぶん三人はこの世界の理極点の一つになってる。三人揃ってようやく……だとは思うけれど、つまり三人がこの世界に下ろされた碇なんだ。だから僕がこうして直接の接触をするだけでも、本来はヤバイ。だから今必至に艦に載ってる全員が『いや違う俺たちの本当の理極点はこっちだ』と認識を続けることで、強引に認識を統一させて、強引に確定してる感じなんだよね」
「なるほど……例外処理は出来るのか? それとも例外処理は不可能だからそんなことをしているのか?」
「さすが洋輔。可能だよ。ただし今の僕には出来ない……ソフィアと僕と洋輔、どうしても三人の協力が必要なんだよ。厳密にはソフィアの上書き能力と僕の換喩能力、そしてその僕を触媒として『上位次元』に干渉できる洋輔がね」
「上位次元……」
「魔王化リスクと僕が呼んでいたものの本質と、使い魔の契約の副作用。そのあたりもちゃんと説明はするけれど、ここまでで特に指摘があるならば教えて欲しいな」
「……無いといえば嘘になるけれど、とにかく方法はあるのね? あなたがあなたとして、あの艦にいる面々が困らなくなる方法が」
「うん」
「ならば細かい理論は『後で説明』でも支障は無いでしょう。むしろじっくりと話を聞ける態勢を作っておきたいわ。先にその措置をしちゃいましょう、ようすけ、あなたもそれでいいかしら?」
「俺は構わねえよ。しかし魔王化リスクの本質ねえ……、ふうん。使い魔の契約、副作用……俺が必要、なるほど。よく分からん。けどなんだかニュアンスは通じてくる――それに」
洋輔は席を立ち背を向けつつ言った。
恐らく彼を連れてくるのだろう。
「これは俺の勘だけどさ。まあ俺にとっての佳苗……この時間軸上の佳苗にはもっとはっきりと認識できる事なんだろうけどさ。お前達、たぶん根本的なところで一つ勘違いしてるぜ」
…………。
え?
「お前達は時間跳躍に失敗している」
そりゃあ、洋輔とソフィアは失敗した、けれど。
「お前にとっての俺やソフィアが失敗したって意味じゃねえよ。お前自身も失敗しているって俺は言ってるんだ。その原理まではわかんねえけど……、こっちの佳苗にならたぶん特定できちまうだろう。その当たりも含めてお互いに認識は揃えねえとな――だからまずは、その極点とやらから受けてるらしい変更干渉からお前達を守る措置はしてやろうじゃねえか」
それはきっぱりとした口調だった。
……僕達が見落としていた何かが起きている、ってこと? だろうか?
ううん……?
「で、その措置とやらはどこでどうやればいい? 『佳苗』がどう考えるかはわかりにくいが、その措置を編み出したのは説明からして佳苗だけじゃなくて俺とソフィアも一緒だろ。ならば少なくとも俺とソフィアには通じるような手段を使っていると考えているんだが」
「さすがは洋輔。けれど、洋輔自身も今回はわかりにくいと思うよ――ソフィア。君の力を使いたい」
「私の?」
そりゃあ構わないけど、とソフィアが口を曲げた。
合わせるように僕は一本のスティックを取り出す――細長い四角柱、無色透明をベースに所々筋が入っている、プリズムのようなものを。
「……神智結晶。なるほど、確かに私を使えるならば手っ取り早いわ」
「なんだ、それは?」
「そうね。簡単に言えば……、OSの入ったUSBメモリみたいなものね。これを刺してパソコンを起動すると勝手に特別なプログラムが使えるようになる、みたいなものよ」
そしてそれは、本来ソフィアにとっても奥の手で。
「神智術。光輪術の『基』になった技術形態……これを使うなんて、私がよほど追い詰められている状況ってのは間違いなさそうね。詳しい説明は……そうね、こっちのかなえが起きてからしてあげるわ。あなたもそれで良いわね?」
ソフィアの問いかけに頷くと、ソフィアはスティックを――神智結晶を、さも当然のように机に押しつけ――そして、机に神智結晶は溶けるようにめり込んでゆき、その全部が消えたところでそれが起きた。
いくつもの色で紡がれた光の輪が、無秩序とも思えるほどに散らばって――そして。
「整列。再表示。……ようすけ、見ての通りよ」
「いや、見ての通りも何も本当にパソコンじみてるのな。……けど、なるほど」
こりゃ解りやすい、と洋輔は数度頷きながらそこに表示されたものを読み始めた。
「これは……俺が描いた絵か。つまりこれから魔法を組めってことなんだろうな。……ふむ。えっと、佳苗。大魔法の成立は出来るか?」
「ごめん。その程度の錬金術すら使えないんだよ」
「オッケ。そんじゃ俺、ちょっとこっちの佳苗と準備してくる。終り次第連絡を入れるから、お前はここでソフィアと待ってろ」
はあい、と頷けば洋輔はそのまま部屋を出て行って、残されたのは僕とソフィア。
「ところで、あなたにとっての最新で、私たちの関係ってどうなってたのかしら?」
「協力関係というか運命共同体かな。なりふり構わず全部試すの状態一歩手前だよ」
「いえ既になりふり構ってるようには見えないわ……」




