50 ^ 彼はただただ強引に
「さて、と。いまの彼たちの力量も概ね解ったね……うん」
そしてその彼のやり口からして、彼側から攻撃をしてくることは無いだろう。あれはむしろ防御のための十六人だ。
であるならば、状況はともかく彼たちの状態は概ね解る。
僕はまだ裏法にたどり着けていない。
洋輔も枉法は全然って所だろう。
ソフィアに至っては形態自覚が出来てない。
結局、僕達の介入によってどうも戦争が中途半端に止まっているだけでそれ以外のパラメーターに違いは無いわけだ、問題は無い。
それでもあのまま放置しておくのは微妙に感触が悪いというのも事実で、かといってこちらからどうにかする手が無いわけでもないけれど……。
「うーん。アンサルシアから見て僕は『勘』は良い方かな」
「『勘』ですか。……そうですね、決して悪くはないでしょう。しかし残るお二方と比べると、少々劣るかと」
「だよね」
洋輔とソフィアに勝てる訳もないか。
けれど決して悪くも無い。
そしてそれは彼も同じであるはず……ならば、やるだけやっておくか。
「艦の正面方向に光源生成。規則はデータベースにあるエムオー方式で、内容は『わたらいかなえ』をループ、三時間くらい実行。それでちょっと反応を見よう」
「なるほど。その真意に気付けるかどうかですか」
「真意とまでは行かずとも、あの十六人が居ればこの異変にも気付けるだろうからね。それを何らかの信号だと判断してくれるかもしれないし……」
エムオー方式というのはいわゆるモールス信号だ。あの時点で僕は一応それを覚えていたので問題ない……と思う。ソフィアもちょっと知ってたはずだし。
アンサルシアからの指示でオペレーターが操作を開始、これでよし。
「三時間後に戻ってくる。その時には意志決定したいし、全員集合させよう。それまではそれぞれ、休みつつもちょっと気にする程度にしておいて」
「かしこまりました。佳苗様はどうされますか?」
「僕はちょっとお風呂にでも入ってくるよ。ついでに猫と遊んでくる」
「私には後半がメインに聞こえるのですが」
「アンサルシア。それを言葉に出してまで確認する意味、ある?」
「…………」
ありませんね、とアンサルシアは視線を伏せた。
というわけでブリッジを去って部屋に戻り、猫たちに挨拶をしつつこれからお風呂に入るよと告げると、猫たちはお風呂場までの道を作るかのようにすっと移動した。壮観と言えば壮観だけれど、そこまで嫌がるか。
それでもちゃんと時々一緒にお風呂に入れているけれど。
「今日は時間がそんなにないから、皆はまた今度ね」
と、補足を入れると猫たちがにゃんと自由気ままに移動を再開。現金な奴らだった。もちろん無理強いするわけにもいかないので一人でお風呂に入って心を落ち着ける。
……逆に言えば心がざわついていたと言うことなんだよな。理由は分かりきっている。
きっと彼は制御できる。そのための猫だ。この世界、厳密にはあの惑星には猫が存在していない……彼にならば数匹程度は作れるだろうけれど、それは彼の本意と外れたものになるだろう。だから諦めている、そのはずだ。
ちなみに僕が連れてきている猫たちはちゃんと惑星で発見した、自然で繁殖したものたちなので大丈夫。
……厳密にはとある居住可能惑星に知性体どころか生命自体が存在してなかったので、その段階で僕と洋輔とソフィアの三人がそもそも意図的に環境適応することで地球を再現し、更にソフィアと僕が全力で光輪術を行使することで無理矢理地球の生態系に換喩させた結果、なんとか猫という種類の獲得と繁殖を成功させたんだけど。だから純粋な天然物とは言えないのだけど、おおよそ天然物に限りなく近い養殖物なのでセーフ。セーフだと思いたい。それにほら、うん。偶然で猫が生まれる可能性って低いし。低いなりに皆無でも無いと思うけど……。
ちなみにその惑星は今、正確にはこの時間軸から考えると随分と未来の話になるけれど、ともあれ僕達が時間跳躍という暴挙を試みた頃には地球とは大分違った方向性に進化が進んでいる。あるいはそれも地球の可能性なのかも知れないけれど、ま、それはそれとしてだ。
その辺にちょっと疑問符は付くとはいえ、不安と言うほどでも無い。
心がざわついているのも、だからそれが理由では無い。
「ソフィアはまだしも……洋輔か」
そう。ソフィアと洋輔が問題だ。
彼についてはどうとでもなる。あるいは殆ど問題を感じない。
けれど、ソフィアと洋輔には……やっぱりなあ。
特に洋輔は、ちょっと、まずいかもしれない。
ぴちゃん、と。お湯が跳ねた。
「…………」
意識を集中させる……思いっきり、意識を広げてみる。
全く。
何も。
感じない。
「…………、」
洋輔との使い魔の契約が、厳密には失効しているわけでは無いはずだ。
けれど僕は今、洋輔の感覚を感じることが出来ないし……逆もまたそうだろう。
そして意識も思考も、あらゆる領域に何も反応が無い。
洋輔との契約は途切れている。
そんな僕にとっては、だから、洋輔が問題になる。
あの惑星の彼と契約をしている洋輔が。
そして、その横に居るであろうソフィアが。
「……なんだかんだ、誤魔化し誤魔化しではきたけれど」
やっぱり寂しいんだよな。
どんなにボケても突っ込みをしてくれないし、それになんだかんだ時々謎の行動に走ることが洋輔にはあったけれど、そのあたりも含めて常に意識が賑やかだった。
いや一度だけ真剣に殺意がわいたことがあったけど。具体的には延々羊の数を数え続けられたときだ。しかも羊がぴょんと柵を跳び越えるイメージ映像つきで、数も最終的には三百億を超えていた。『メエエエエエエエ』という大合唱が容易に想像できてしまい、精神的にどうにかなりそうになったほどだ。
でも、そんな事も笑い話にできるくらいに、一緒に居ることが当然だった。それが居なくなった、凄く寂しかった。けれどやるべき事があった、だから我慢ができた。
けれどいざ。
もしも洋輔と同じ姿、どころか洋輔そのものと改めて対峙したとき、僕がどうなるかが読みにくい。
思いっきり甘えたくなるかもしれないし、何も感じないかも知れないし。その当たりは、本当によく分からないのだ。
まったく、最後の最後でよく分からない試練だな。
これが最後とも限らないか。
干渉に浸りながらお湯に浸って――そして、時間が来た。
大人しくお風呂から出てきちんと正装、そしてブリッジに向かうと、そこにはアンサルシアを初めとした全首脳陣が集まっていた。
多種多様のようで、少しだけ偏った面々。
その少しの偏りが僕達を失敗に招いたのだということを忘れてはならない。
「観測班より、まずは報告です。地表観測において、地表上の『彼』がこちらに向けて光源の照射を試みた形跡があります」
「解析は?」
「データベースには該当する信号がありませんでした。エムオー方式でもありません」
モールス信号じゃあない、別な方法で答えてきた?
「映像を出してくれるかな」
「はい」
と、ブリッジのメインモニターに表示されているのはやはり十六人に囲まれたままの彼の姿だ。そして彼が時々手をかざすようにすると、それに合わせて光が発せられている。
えっと……?
「…………? 特に規則性はなさそうですが、『佳苗』様、何か心当たりが?」
「うーん……?」
彼は全部で十種類の色を使い分けている。
そしてその十種類の色を並べて何かを伝えようとしている、みたいだ。
大人しくモールス信号で返事をしてこないのは、ただの警戒か……、それに加えて確かめたがってる? 何をだろう。
決まっている、『一体何が彼にコンタクトしてきたのか』を知りたいんだ。
その上でこの回答方法をとった。十種類の色が規則性のあるようなないような、そんな連続。いや、明確に規則性はある。ただその意味がそれだけだと読み取れない……複数の色を使うのが肝要なのか? ならば色計算だろうか。それとも単に色は何かの変わり……、ああ、もしかして数字かな?
0から9までの数字の代わりに色を使っている。だとするとどの色がどの数字なのかって話だけど……、暫く映像を眺めてみる。
眼鏡が使えればなあ。
すぐに分かりそうなものなのだけど。
「……ん。ああ」
結局、彼は彼か。
解りやすいように凡例のような補足をしてくれていた。これでどの色が何番なのかは解った。
で、その凡例のような光が表示された直後から光の数が二つずつに変化した。
「61320474713244523244615194519432122445044504254404517114023280438041552151――357535752594210443133204449355、かな?」
「はい?」
んーと、二個で一セット、つまり61-32-04-74……って感じで表示されていたのだ。それもヒントだと思う。でもぱっと思いつかない……、何か特殊な数字の表現? 数式ではないよな。数字で表現、言葉の代わりに使えるというと何だろう。……ああ、古いケータイとかであった2タッチかな?
だとすると、
は、し……じ、め、ま、し、て、に、し、て、は、……うん、これで合ってるはず。
「初めましてにしてはなれなれしいけどどこで名前を知ったのかな、そもそもこれが通じてるのかな。って所か」
「えっと……、何をどう解析すればそうなるのですか?」
「赤を1で開始点、紫が0で終点。時々光が十種類連続で表示されるでしょ、あれが凡例……で、それを数字に変換して、その数字から読み取れば良い。…………。いいけど、彼にせよ僕にせよよく覚えてたもんだなこれ……」
今の僕にしたってこれを素直に発想できた僕自身に驚きだってのに……。
まあいいや。意図は通じた。
「エムオー方式で回答しておいて。内容は『ねこをつれてきたからおりていいか』」
「はっ。……は? えっと、本当にですか?」
「うん。本当にそのまま、それでやって」
「……了解」
不承不承、それでもオペレーターが実行し始めた。すると、アンサルシアを含めた全員が『これだからこの魔神は……』とでも言いたげな視線を向けてきていた。
「大丈夫だよ。彼が過去の僕である以上、それを確かめようとする。で、疑いつつも彼は全力で確認して、結果本当に猫を連れてきていることにも気付く……ともなれば、洋輔とソフィアの意志なんて『後回し』にしてでも着陸許可を出してくれる」
「まさかそんなことは無いと思いますが」
アンサルシアの返答に、しかしメインモニターで補足している彼は、この艦からのモールス信号を無事に読み取ったらしい。
暫く呆けたような表情をしたかと思うと近場の数セットに声を掛け、え、とその数セットの魔王らしき者達が呆けたのを見るなり何か手元に剣を作り出すと突きつけていた。それをみて慌てて魔王らしき者達が動き始めると、改めて彼は宙を眺めるとその剣を変形させた。
「まさかそんなことは……」
「あるんだよ、アンサルシア。じゃなきゃあんな剣は見せてこない」
変形した剣は『WELCOME』と大きな光を出していて、剣の鋒は矢印のように変形している。そちらの映像を少し拡大して貰うと、どうやらこの艦そのものが着陸できそうな大きな平原があった。
いやさすがに僕とはいえどそれはどうだろう。
一応この艦、コロニーも出来る程度には大きいんだけど……。
「ところで艦長。この船の自重であの惑星に着陸って出来たっけ?」
「着陸は可能です。もっとも一度降りてしまうと、自力で宇宙速度に到達できませんから、宇宙に出るのが極めて大変ですが」
「その辺は彼たちがなんとかしてくれるだろう。気にしないで良いよ」
「相変わらず三神様の前ではあらゆる数字が無意味なんですね……」
「ははは。今の僕が例外って感じだもんね……」
「そのような雑談に興じるのも悪くはありませんが、降下後についてのご指示もお願いします」
と、艦長との会話に割り込んできたのは案の定のアンサルシアだった。
「ごもっともだね」
だからぱちん、と手を叩いて答える。
「降下シークエンスがフェーズ4に到達したら、原則全乗組員は理極点を自己観測すること。あの星に居る彼にせよ洋輔にせよソフィアにせよ、あるいは『アンサルシア』にせよ、かなり強い強度で理極点に干渉してくる。無自覚にね。乗員の半分くらいまでならばそれを見失ってもリカバリーができるけど、それを超えるとヤバイ。帰れなくなるとかそういう問題じゃ無くて、僕達の存在それ自体が揺らぐ。この船ごと次元の狭間に墜ちる可能性もある、それはちょっと嫌だ。だから僕がなんとか彼たちに理極点の概念を伝えきるまでは寝ずに自己観測し続けること。そのための休憩時間だ、ここまでは前の打ち合わせ通りだね」
「はい」
問題は彼が理極点という概念をどの程度すんなりと認識してくれるかなんだけど……ま、長くても二日くらいあればなんとかなるだろう。たぶん。その間は乗員に無理をさせる、しか手がない。
「理極点回りの解説が終わり次第、合図を出す。それ以降は暫く自由時間になると思う……、惑星上に出れるかどうかは彼との交渉次第かな、一応出来るようにお願いはしておくよ。その後どの程度あの星に居るかだけれど、そんなに長くは無いと思う。宇宙に離脱してから、恐らく僕達は本来の時間軸に帰還を目指すことになる」
「その方法が今のところ明確にない、という問題はどうされますか?」
「不明確にはある……でしょ?」
それはそうですが、と艦長が曖昧に頷いた。
「だから、アンサルシア。君にもその点では期待しても良いかな」
僕が話題を振った先には、表情を硬くして、それでも使命感から強く頷く青い髪の女の子がいた。
青い髪の……『青鬼』の、アンサルシア。
「もちろんです。『赤鬼』の説得はお任せ下さい」
よろしい。
これで後は彼の手管に期待するまでだ。
問題があるとすれば、それはやっぱり……『僕』の方なんだよなあ。
そして少年は邂逅する。




