49 ^ 魔王化リスクの先が前提
魔王というものは世界によって大きくそのあり方が違う。
よくゲームに出てくるような魔王は大抵ラスボスかあるいは中ボスか、どちらにせよ倒すべき敵として出てくることが大半だけれど、それを逆に利用した設定のものだってちらほらとあった。つまり魔王側を操作するゲームだったり、あるいは魔王の日常を描くものだったりと様々だけれど。
そして僕にとって魔王とは何かというと、僕や洋輔にとって初めての異世界であるあの白黒の世界の魔王がやはり頭に強く残っている。
その世界において魔王とは魔族の王である。そして魔王の正体とは錬金術の影響を強く受けた人間であり、それは動物に対しての魔物と同じ概念なのだ――だから、魔物を検知する仕組みに魔王は反応する。そのせいもあって、魔王はあまり良くない存在として扱われることは多かった。しかしむしろ、魔王は人類のために働く存在だった。
さもありなん、そもそも魔物という存在からして結局は動物なのだ。人間の魔物化、即ち魔王化という現象が起きたところで、その魔王は結局人間に過ぎない。
特に人格や性格が変わるような事は無いし、身体的な変化も表面的にはない。魔王の大半は錬金術師であるためなんとなくで不老になったりすることは出来るけれど、それは魔王だから出来るのでは無く、魔王化を引き起こせるほどに力量のある錬金術師であるからこそ可能なのだ。
……ただし、全く何も変わらないのかと言えばそれも違う。
表面的には確かに変わらない。けれどその存在が内包する魔力に関して、ちょっと変化が起こる。
例えば僕も魔王化をしているけれど、魔王化をする以前、僕にとって魔法を使うための魔力は『紙』だった。けれど魔王化したことで魔力は『布』になった。あくまでもそれは捉え方だし、実際捉え方などというものはその気になってきちんと順序を踏めば何度でも再定義できることであるとはいえ、つまり『魔法という技術に精神が適応する』、とも言えるだろう。
更に自分のものにせよ他人のものにせよ、魔力の流れを何らかの形で感じ取る事が出来るようになる。僕はそれを視覚的に、魔法の効果が起きるところや魔法を使っている人などの周囲に『渦』として見るけれど、僕以外に『魔王』になった人物は例えば音として聞こえるようになったり、匂いとして嗅げるようになったりする例もあった。恐らくはそれぞれにとって最も優れている感覚、もしくは最も感じ取りやすい感覚でそれを表現するという仕組みがあるのだろうとは洋輔の談。
尚、今言っている魔法とは僕や洋輔が主に使う『集中力』を魔力と見做したものが前提だけど、一部別の技術に対しても似たような『渦』を見ることが出来たりする。それは呪いや対魔呪といった技術だけど……ま、今は関係ないか。
また、ソフィアが使う光輪術や僕が作る超等品、魔族が使っていた特異理論改め真理術や、かつてあの星に存在していたという知性体が行使していたとみられる呪文といった技術については、全盛期の僕でもうっすらと感知出来る程度だった。概ねその技術への習熟度や認知度に依存するらしいことも解っている。実際、超等品はかなりの早期から、光輪術も比較的見えるようになったし。
話が逸れたのでちょっと戻そう。ともあれ魔王化をすることでそういう、それまで感知できなかったものが出来るようになるという変化は確かに起きる。そして『魔法に対する最適化』が引っかかるのかどうなのか、あらゆるリソースを『消費できるようになる』。
「ここまでは良いかな、アンサルシア」
「はい。そこまでは存じております」
「だからあの神族は魔素が大丈夫になったわけだ」
「そこが解りません」
「…………」
解らないところをきちんと言ってくれるのは助かるけど、今僕は確認をしなかったかな。まあいいや。
「つまり、『あらゆる魔法形態のリソースを消費できるようになる』から、初期の神族が抱えていた身体構造上の欠陥……つまり、『魔素の魔地魔質変換が行えない』という問題を上書きする形で改善しちゃうんだよ」
魔王になった神族という妙な表現をしなければならないけれど、それに該当する場合は『魔素の魔地魔質変換が行えない』という身体的な特徴に加えて『あらゆる魔法形態のリソースを消費できるようになる』という特徴が追記される。
そして魔地や魔質という魔素にまつわる魔法形態として真理術――あるいは、得意理論と呼ばれるそれが存在しているから、魔地魔質変換が行えないけどリソースを消費できるという状態になる。
そういうときはじゃあどちらの性質が優先されるのか。その結果は僕もちらっと今さっき言ったとおり、魔王化に伴う変化のほうが原則優先で、
「だから魔王化すれば神族も魔地魔質を消費できるようになるし――だから魔素が毒にならないんだよね」
「……なるほど」
今度は大丈夫そうだ。
「しかし、それだけを聞くととても良い状態ですよね、魔王化」
「やめた方が良いと思うよ。その魔王化を真っ先にしている僕が言うのもなんだけど」
「本当に何様でしょうね」
「…………」
アンサルシア、君たちは当時も今も僕のことを様付けで呼んでなかったっけ?
という突っ込みを入れるとなんだか話がこじれそうだったので我慢。うん、我慢。
「魔王化の本質があらゆる魔法への適正を獲得するなんてことなら、僕はとうに全員に施してるよ。結局あれはリスクに他ならないし、だから僕はそのあたりの検証が終わって以来、誰も魔王化させていない」
「……そうでしたね」
魔王化の本質をソフィアは論理回路門と呼び、そして僕と洋輔はそれを別の名前で呼んだ。即ち、生体祭壇である。
表現するための言葉は違っても、僕ら三人は同じ事象の事を言っている。
それらが意味する事象をかみ砕けば『触媒化』になるだろうか。
魔王である僕自身はそれを使う事が出来ない、という点を踏まえた上でソフィアの言葉を借りるなら、
『あなたの存在を論理回路の門として扱える。だから、サーキットゲートと言うの。それはいわば、自分よりも高位次元への干渉を行うための手段よ』
で、一方で洋輔がソフィアに説明した言葉を借りるならば、
『世界そのものパラメータとかステータスを変更するために使う特殊な祭壇、コンティネンタルアルターって概念があってな。最果ての祭壇とも呼ばれてたんだが……まあ、そのゲートとやってることは同じだな』
である。
僕という存在を使えば、僕を介することで世界の上位次元に干渉できる。
干渉できれば変更だって出来る、書き換える力として扱える。
それが魔王化の真相だ。
ちなみにこの答え合わせをした段階でようやく判明したんだけど、僕と洋輔をこの異世界に送り込んできたあの野良猫を洋輔は野良猫としては認識していなかったらしい。なにかこう奇妙なまあるいような四角形だそうで、ともあれ洋輔には形ある者として認識できていなかった。
で、僕とは割とフランクに会話をしているような印象さえあったけど、洋輔にはほとんど意味の分からないような文字や言葉の羅列としてしか受け取れなかったらしい。
『つまりあなた自身は触媒だからあなた自身に現状を変更する力は原則ないのよ。けれどあなたは触媒になり得るのだから、それを認識できる。上位次元の存在を、上のレイヤーにあるものを見たり聞いたりできてしまうの……全面的とも思えないから、何かしらの条件はありそうだけどね。で、ようすけは逆ね。それを認識する力がようすけにはない。だからようすけはその存在の言葉をきちんとは認識できなかったんでしょう。けれどかなえと意識を共有していたから、漠然とならば理解できてしまった。そして「かなえという触媒」をあなたには行使できてしまった……とか。何か心当たりは無いかしら?』
問いかけに僕は答えた。この世界に移動するタイミングがおかしかったのだと。
いや、実際あの野良猫は猶予をくれるみたいな事を言っていたのだ。けれど現実としては猶予なんて貰えず、ほぼ即座にこの世界に来るに至った。
そのあたりをソフィアに説明した所、
『ああ、そりゃ俺のせいっぽいな。あの時あの存在が何を言ってるのかはよく分からなかったけど、佳苗を介して入ってくる情報でそれとなくは認識できてた……異世界にまた送られるのだろうって認識は出来た。だからさっさと始めてさっさと終わらせようぜって思ったんだが』
『それでしょうね。「さっさと始めてさっさと終わらせよう」でかなえという触媒を介して、その上のレイヤーにある存在に干渉した。その結果、かなえにとっては得られるはずだった猶予がなくなった。かなえはあるいは承諾していなかったにせよ、あなた自身には干渉能力がない。その存在がその存在の善意に則ってあなたの意志を果たそうとしてくれている範囲ならばともかく、その範囲だとしても、ようすけによる干渉のほうが強かった。だから……「さっさと始まった」のよ』
要するにそれは洋輔のせいだけど、その根本的なところを言うならば僕のせいでもあったわけだ。
その場合はどうして僕は最初からあの野良猫を野良猫として捕らえることが出来ていたのかって話だけれど、
『最初の移動の時、俺もお前も一度死んだだろ。その時、お前は野良猫の言葉としてそれを捕らえただけで、野良猫自体が喋っていたとは限らない。もしかしたら実際にその野良猫が喋ってたのかも知れねえけど、野良猫はただの野良猫で、お前にも認識できない何かが語りかけていただけなのかも知れねえ。実際お前は血について開き直るまで、そのことを思い出せなかっただろ』
『それが何か関係あるの?』
『大ありだ。血についてお前が開き直った時点でお前は錬金術を使えていた……つまり魔王化はしてなかったにせよ、錬金術の影響は確実に受けていたんだよ。だからその時点ではすでにそれとなく「認識できてしまっていた」んじゃねえのかな?』
そしてあの世界の僕、カナエ・リバーは錬金術師の血を引いていた。であるならば血には微妙に、けれど確実に錬金術の影響が残っていたのかもしれない。
『サーキットゲートは基本的に人間に使える類いのものじゃないんだけどね……触媒としての門があっても、それに干渉するための術が基本的にはないのよ。私はそれを光輪術でなんとかしたけれど、それをあなたたちの場合は使い魔の契約……だったわね、それで強引にクリアしてしまっている。いえ、あるいは強引ですら無く最適解なのかもしれないけれど、ともあれ「かなえ」という触媒を「ようすけ」という人間が使えるという状態がそこにあるんでしょうね。それはあるいは私たちにとって最大のアドバンテージなんでしょう……この帰還難易度の高さは、そのアドバンテージを考慮したものなのかも知れないわ』
ソフィアは終盤そんな事も言っていたっけ。
そして実際、僕達はそのアドバンテージを最終的には利用することになった……この艦だけでもタイムリープ、時間軸に対するワープ航法などというよく分からない事を成功させることが出来たのは、つまり僕という触媒を洋輔やソフィアが上手く使ってくれた結果、なのかもしれない。
「まあもっとも、今の僕が魔王なのかどうかは微妙だけども……」
「そうですね」
と、アンサルシアが頷いたのは、つまりその辺りも理由である。
僕を触媒としての時間跳躍に三人で同時にチャレンジし、その結果僕たちの艦は確かに成功させた。けれどその時点で僕にちょっと異変が起きた。
錬金術が使えなくなっていたのだ。
そして洋輔との使い魔の契約も働いていない。
魔力の認識も明らかに落ちている。
やっぱり時間軸への干渉が禁じ手というか、普通は出来ないことを無理矢理したからそのせいなんだろうなあ。
でもまあ、錬金術を僕が使えなくてもなんとかなる艦でよかった。これで僕の錬金術ありきで艦を作っていたらと思うとぞっとする。たぶんここまでたどり着けなかっただろう。
ただまあ彼のもとに辿り着いたところで、今の僕には知識しかなく、錬金術も魔法も使えないって状態の僕たちだけで素質的には全盛期と大差ない僕と洋輔とソフィアをなんとか説得しなければならないことに変わりはないんだけど……。
「それだけでも結構な条件ですけれど、『佳苗』様が魔王をああも量産するとなると、また面倒な事になりますね。触媒化の解除法を体得させる必要があるのでしょう?」
「そっちはまあなんとかなるんだよ」
「そっちは……? ええと、では何を懸念してるのですか?」
「いや、十六人、八人の魔族と八人の神族でしょ。で、状況からしてその辺の魔族や神族を連れてきたとも思えない。僕ならばやりかねないけどソフィアと洋輔がそれを許さない……けれど現実としてそこに居るって事は、でっち上げだよ、あれ。彼が身体を作って、洋輔が魂魄を造って、ソフィアが関連付けを行ってる……その上で魔王化もさせている。ならばもう一手間を掛けてもおかしくない。それで明らかに効果が増えるだろうからね」
「……もう一手間?」
即ち、『使い魔の契約の適応』。
「解りやすく言うと、あの彼の回りにはこの世界に来たばかりの僕と洋輔が八セット居るっぽいよって事」
「…………。『佳苗』様。もうちょっと加減をしていただきたいのですが」
「それは彼に言ってきて。僕じゃなくて」
「紛らわしいですね……」
まったくだ。




