48 ^ 機械的スペクトル
部屋でゆったりと休息を貪っている、そんな平和な時間に沿わないピピピと電子音。
艦内通信……、誰かな、と思いつつ通信を開くと、画面に映ったのは青い髪、アンサルシアだった。
『お休みになられている最中、申し訳ありません』
「用事があるから呼んだんでしょう。ならば別に怒りやしないよ……用事が無いのに呼んだなら、用事を作るのもやぶさかじゃ無いしね」
『お心遣いには感謝します。ブリッジまでお越し下さい』
「……何があったの?」
『見てもらった方が早いかと』
……ふむ?
艦内通信の画面を介して表示されたのは地表を観測しているカメラの映像……だな、で、何が問題かというと、彼らからすれば上、つまり宇宙方面、更に言うなら僕達がのっているこの艦を明らかに見ている集団が居る、ということか。
そしてその中には当然のように彼もいる。
恐らくは彼が集めて、皆で観測している……って感じ、だとは思うけど……。
さすがにまだ重力圏までそれなりに距離がある。この段階でそう簡単に観測できるとは思えない……、大体、その皆がいる周辺は昼間だ。昼間の空を見上げて宇宙船を明確に認識できるのはそれこそ、眼鏡を使っている彼か、あるいは光輪術による底上げを図っているソフィアくらいだろう。
「すぐにブリッジに向かうよ。ただ、現状で喫緊って感じでもなさそうだ――けど、サーシスだけは呼んでおいて。それ以外は任意参加って形で」
『かしこまりました。そのように手配を行います。それと佳苗様、ブリッジに来る前にはきちんと着衣をお願いしますね』
「安心して、僕としてもこの格好で行かされるのは嫌だから……」
と冗談を挟みつつ通信を切る。
ちなみに今の僕の服装は下着に甚兵衛風の衣装を羽織っているだけという薄着だけれど、これでも十分暖かいのは艦内の空調が万全という以上にこの部屋にいる多くの仲間達のおかげだったりもする。
仲間達というか猫というか。
そう、猫である。
僕は彼を説得するために猫を連れてきているのだった。
いや、実際問題として、彼を一瞬で納得させる最大の武器って猫だし。
それ以外の方法でも説得は出来るけど、納得させるには時間が掛かるだろう。
けれど猫ならば説得もいらずに勝手に納得してくれる。そうに違いない。僕が言うのだから間違いない。
「とはいえ、問題もあるんだけどね……はーい、それじゃあ皆、ちょっとお出かけしてくるから待っててねー」
問いかければにゃあ、と猫の声が唱和して、よろしいと納得しつつちゃんとした服を着て、と。
ちなみにこの艦の艦長もやっているため、割とフォーマルというか軍服のような姿だったり。
…………。
姿見に映る僕の姿は軍服コスプレをしている子供と言うより、ただのボーイスカウトのような……、まあ僕だしな。洋輔も大概だったけど。ソフィアはその点謎の着こなしをしてたなあ、なんて奇妙なことに意識を傾けつつもブリッジへ移動。
ドアが開くなりオペレーターも含めた全員がすっと礼をしてくる……毎回毎回、これは非効率でしかないと僕なんかは思っちゃうんだけど、アンサルシア以外で乗艦している知性体は一応軍属なんだよな……。
そしてアンサルシア以外というのは文字通りで、僕も元帥待遇の軍人でもあったりする。本来は後方で兵站を一手に担当してたから、ソフィアと違って偽物の元帥だけど。
一方、アンサルシアは軍属では無く、洋輔と同じで政府機関からの出向扱いだ。監査役とでも言うのだろうか? でも実質的には副官だよな。
「状況は?」
「まずはメインモニターをご確認下さい。四十一分前の映像ですが」
と、メインモニターに投影された映像を確認。
黒縁眼鏡……つまり彼を筆頭に、全部で十七人くらいが彼らにとっての上、つまり空であり宇宙を眺めていて、その十七人の目は確かにこの艦を捕捉しているようだ。
「彼ならば眼鏡を使ってこの艦を見るくらいはたやすいだろう、今更だ。けれど問題は残りの十六人だね」
「はい。当時の『本星』であるはずですから、魔族か神族に限って良いはずです」
「外見的には……、」
凶鳥、餓狼、粘塊……、に、鬼系と、神族の純粋種に発展種……、いや、あれ?
「……なんで魔族と神族がこの段階で一緒に居るんだろう。ましてや光輪も付けてないのに」
「ええ。単にこの艦を観測されているだけならばそれほど気に留める必要もないとは思ったのですが、その取り合わせがこの場合問題と判断しました」
実に正しい判断だと思う。
他星系などとの照合から『今』がだいたい歴史上で大体どのあたりなのかは解っていて、それによるとまだハヴェスタ大戦が起きる直前……って所だとは思うのだ。
流星群の痕跡はあるし、初期観測時点では『壁』も確認出来ていた。あれが生成されているってことは、反攻作戦、つまりハヴェスタ大戦の準備をしている段階ってわけで、その当たりに齟齬は無かったんだけど……。
すぐに異常は起きた。壁が突然無くなったこと、である。そして地上で戦争行為は見られていない……つまりハヴェスタ大戦は起きていない。
更に今見えているように、魔族と神族が既に仲良しこよしではないにせよ、顔を合わせても特に殺し合いに発展していない。ごく自然に連携しているようにさえ見えるし、映像の彼は魔族に限らず神族に対しても色々と指示を出しているようだった。
「僕達の艦の接近に気付いた時点で決定的に歴史が分岐した感じかな」
「少なくともハヴェスタ大戦は起きていないようですね」
「だね。既に彼はソフィアとも連携していると見る……」
その上でずっとこちらを監視している。
……だとすると、それはそれで妙なんだけど。
僕がソフィアをようやく認識したのはハヴェスタ大戦が終わった後だ。その時点で洋輔と相談して魔族としては戦線維持が厳しい、だから密偵として僕が神族の領域に忍びこみ、その結果としてソフィアと邂逅できた。
つまりハヴェスタ大戦が起きていないならば、まだソフィアとは邂逅できていない、はずなんだけど……でも、彼の状況を見る限り、既にソフィアとは邂逅どころか連携にも至っている。
「アクティブエフェクタを掛ける前から僕達の艦に気付いていた……かな?」
「……あり得ますか、そのような事が」
「普通なら無い。でもあそこに居るのはほとんど全盛期の三神だし、偶然天体観測でもしてればあるいは……、うん、ちょっと前提が厳しいね」
「さようですね」
さようなのだ。
「そのあたりはしっかり確認したいところではあるけれど、今のところ推理したところで答え合わせのやりようがないね。だから今考えるのはそっちじゃない。彼はともかく、それ以外の十六人はどうやってこの艦を見てるのか……あるいは見えていないのか。見えているにしても見えていないにしても、じゃあなんで彼はその十六人を集めているのか……」
はい、と頷くアンサルシア。
「一つ、気になった点があるのですが」
「何かな」
「何故あの場に『私たち』が居ないのでしょうか」
「…………」
それは、確かに妙な点だった。
まずこの星で活動していたとき、僕と洋輔の周りには大概魔族が居たし、ソフィアの周りにも神族が居た。
で、僕と洋輔の最側近と言って間違いないのがアンサルシアとイルールムである。何せ僕達を呼び出した張本人で、その力量は間違いなくトップクラス……だからだ。
十六人も知らない魔族や神族を集めるくらいならば、アンサルシアかイルールム、そうでないにしても例えばリオあたりを僕ならば呼びそうだけれど……。
「アンサルシアたちには何か別の要件を任せている……かな。神族との協力体制をでっち上げるために走らせてるとか。ありそうじゃない?」
「私がその私でない事に感謝したくなりそうな激務ですね……」
言葉を飾らないアンサルシアは相変わらずだった。イルールムほどじゃないけど打ち解ける場面ではものすごい素直にグサグサと刺さる言葉を使うんだよね。
「しかし確かにその線はありですか。佳苗様は容易に観測できているのに、洋輔様とソフィア様がなかなか捕捉できないのも気になります」
「そうだね……」
彼と洋輔がソフィアと組んでいる時点で、その三人が本気で隠れたら真っ当な手段じゃ見つけようも無い。むしろ彼だけでもよく捕捉できているものだ……ま、彼にはそもそも隠れる気がないからなんだろうけれど。
うん、役割分担は見えてきた。この艦への対処は洋輔だ。
ソフィアは神族と魔族の統治面、でもって彼がこっちの監視と。
だとするとあの十六人の意味は何だろう。僕だったらこの状況下でどう動くか……、なぜあの十六人を使おうとしているのか。そもそも意味があるのかどうかも不明だな。無いかもしれない。
でもこの状況でわざわざリスクを負う事を良しとするかな? 彼ならまだしも、洋輔とかソフィアはそれを止めるだろう。なのに実際には良しとされている……。
「……彼が考えることは僕がまだしも解りやすいとは思うけれど、この状況じゃ何も読み取れるものがないんだよなあ。となると……」
「となると?」
「たぶん意味が無い」
「……はい。はい?」
「だから、あの十六人に意味は無いって可能性はどうだろう」
艦の監視は彼だけで事足りる。敢えて補助を付けるならば、やっぱりアンサルシアかイルールム、リオの誰かにするべきだ。その三人が誰も動けないにしてもまだ適任は居るだろうし、その適任であるならば彼に付けるべきは一人二人で事足りる。
なのに十六人。ちょっと多すぎる。彼が呼んだのではなく、十六人の方から接触……はあり得ないな、状況的にそこまで魔族と神族が交流関係を持っているとも思えない。大体、魔素の問題をまだ解決できていないはず……、否。
それが目的……か?
だとすると、
「オペレーター。あの十六人のバイオプシーはできる?」
「どの程度の精密性を要求されるかにもよります。概ねの種族と特徴であれば可能です」
「じゃあその十六人にやってみて。結果が多少曖昧でも構わない」
「了解。バイオプシー、シークエンスを開始します」
と、作業が始まったところでアンサルシアは、「佳苗様?」と小首をかしげつつ聞いてきた。
バイオプシー。正確には生体組織診断とは違うんだけど、大体似たような技術で、対象がどんな生き物なのかをざっくりと調べる、みたいなものである。だいたいどんな成分で出来ている、とか、生体としての器官がどのようなものである、とか。ちなみに魔族や神族は概ね人間と似通っており、多くの知性体も二足歩行である事が多いけれど、『フェン』のようなただの結晶にしか見えないような知性体も居る。一番理不尽なのは『ガーゴ』かな……ガス生命体って何それこわい。
ともあれ、そういう技術はもちろん本格的に行うならば検体が必要だ。本来ならば専用の強襲降下・離脱艦を利用したタッチアンドゴー形式で数体を拉致して調査した後手厚く元の場所に戻すのだけれど、それの前段階として遠くから試みる仮検査があるわけだ。ちなみにこの検査方式はスペクトル解析や信号解析、特殊粒子を用いる形式があるのだけれど、特殊粒子を発生させる装置には結構なリソースが要求されるためこの艦には搭載されていないから、主にスペクトル解析……光を使った物になる。
ちなみにスペクトル解析は大気成分や惑星の地殻などもある程度調べられる汎用性があるため、この艦に限らず僕達が手がけた艦には大体、その艦が作られた当時に最高峰とされるものを備え付けている。当然この艦も例外では無いので、仮検査程度のバイオプシーでもそこそこの情報は出てくるはずだ。たぶん。
「どうもあの十六人に違和感があるというかね……神族魔族が混合していることもだけれど、ハヴェスタ大戦が起きてない以上、ソフィアもまだ魔素を根本的な解決ができていないはず……対症療法的な方法ならばできるだろうけど。で、あの回りにその対処療法としてのシステムを組み込んでいるとしても、まだアンサルシアたちを駆け回らせてるような段階なのに、神族と魔族の実務者ですらない面々を集めるのはちょっと僕には出来ない」
そして彼だってできないだろう。目の前で殺し合いが始まるのは困る。それに彼たちがこの艦の接近に気付いていて、しかも脅威と判断しているような状態だというのに更に不確定要素を抱えたがる訳がない。
むしろ徹底して神族と魔族を分断してでも安全策を当面は執る。彼がそう考えなくても、洋輔やソフィアは常識的な判断としてそちらを選ぶし、そうなれば彼だって追従する。
「その前提があるのに集められている。十六人って数は微妙だね、多いとも少ないとも……帯に短し、襷に長しってやつだ」
「つまり、あの『佳苗』様が何をしようとしているのかがわからない、のでしょうか」
「明確にはわかんない。でももしも僕がその状況だったらどうするかなあとは考える……で、僕ならばこれを機に一気に推し進めようとするかもしれない。それならば、こっちを眺める十六人というのも一つの納得ができる……かな?」
「…………? 何をでしょうか」
「それは――」
答えようとしたところで、メインモニターにぱぱぱぱ、と大量のデータが表示され始めた。そこに表示されているのは仮検査とはいえスペクトル解析に依るバイオプシーによる身体的特徴などの確認であり、そこに表示された情報には所々アラートの文字も躍っている……過去の記録と差違がある、という形で。
「――うん。やっぱり」
「これは……、魔族や神族とは微妙に差違がある……?」
だよなあ。
この方法、やっぱり思いつくよなあ。そしてその方法は確かに有効なんだ。後のことを……他のことを考えないならば、とりあえず限られた人員だけでいいならば、それによって神族の魔素に対する毒性反応を抑えることは出来る。
「僕達の歴史においてはソフィアが実行した、比較的自然に近づけた、けれど強制的に起こした品種改良と比べても明らかに強引で、強制的なもの。到底品種改良とは言えない、いわば品種改変――」
僕はかつてそう呼び、そして彼は今、それをこう呼んでいるだろう。
魔王化と。
「……まさか、十六もの魔王が新たに誕生したと?」
「それで済めば良いけど……。彼の独断ならそれで済むけれど」
洋輔とソフィアがもしも同意していて、そして協力までしているならば、もっと酷いことになるだろうなあ。
そして、そうなってるんだろうなあと、どこかで直観している僕だった。




