02 - 見て知る今の技術力
洋輔に世界情勢に関してはちょっと考えて貰うことにして、僕はその間、アンサルシアに案内して貰う形でこの城の内部構造を調べることにした。
城はゴシック調というか、なんというか。
『せっかく綺麗な飾りも多いのに、正直暗いよね。アンサルシアたちは目が良いのかな?』
『申し訳ありません。人手が足りず、最低限の明かりで済ませているのです』
納得。
ちなみにアンサルシアやイルールムはどちらもそれなりには目が良いらしいけど、やっぱり暗いものは暗いそうで。移動中にランタンを使っているのは僕への配慮かとも思ったけど、彼女たちにしても見にくいのだろう。
明かりの魔法なんて久々に使うなー、とか他人事に感じつつ、とりあえず視界の暗いところに自動で発動するように組み合わせて……うん、これでよし。
『え? 急に明かりが……』
『ごめん。暗いから勝手につけちゃった』
『…………』
『特に燃料も要らないしね……ああでも、このままだと寝ると消えちゃうな。あとで様子を見てから改善するから、今はコレで堪忍してね』
『は、はい……』
なにか言いたげだけれど、アンサルシアは結局なにも言わずに頷くと、ランタンの火を消した。大分明るくなったしね。
で、明るくなったことで改めて城の建築方針も見えてくる。あちらこちらに彫刻が施されていたり、紋章らしきものが飾られていたり。あれは銅板を打ち出したのかな? どこでも美術的な意識はあるものらしい。
そして足下、床に敷かれている石材もなかなか丁寧に作られている。元は魔王、魔族の王様の居城として作られた、みたいなことも言っていたし、そりゃ最上級の技術で作ったんだろうし、この城を基準に全体を考えることはできないにせよ、少なくともこの城を作るくらいの瞬発的な技術力はあるのだ、と覚えておくべきだろう。
特に絨毯の存在とかはじみながらに大きい。通路を完全に埋め尽くせるほどに長い絨毯を作れる……手作業とも思えない。完全な機械化はできてないにせよ、ある程度の設備はあるのだろう。まあ、もしかしたら完全手作業という可能性もあるけど、それはそれで、『そんな超非効率的なことをやってのける』という性質を持つ魔族が居るのだ、悪いことでもなさそうだと思う。
他にも扉の構造は蝶番を使った普通の物なんだけど、その蝶番は金属だった。形もきっちり整っていて扉の開け閉めにこまるようなことはなく、水準は高い。統一規格もされていると見て良さそうだ。扉そのものも木の一枚板だったし……、結構な巨木があって、しかもそれを加工しきれるんだよな。
そんなわけで階段に到着。一応登りもあるらしい。
『今ほどまでは二階でした。城全体は部分的にですが三階建てですので、上にもう一つフロアがあります』
『三階には何があるのかな』
『資料倉庫と疑似演習場です。大きな地図を用いた軍議もそこで行っていました』
なるほど。過去形で表現されてるのは……、まあ、もう必要性が薄いって言うか、そもそも軍の統制を喪ってるのかもしれない。
あるいは僕たちには今のところ頼るつもりが無い、かな? そのほうが気は楽だけど。
『じゃあ三階は最後でいいや。一階の案内をお願い』
『かしこまりました』
長い階段を下って、一階へ。学校とかでよくある折り返し式で良かった。らせん階段は個人的にはちょっと苦手なのだ。目が回るとかじゃなくてなんか延々と上り下りしたくななる。
ワンフロアあたりの天井の高さはかなり高い、十メートルはあるかな?
それが三フロア。
『妙なことを聞くようだけど、長さの単位ってあるの?』
『単位……、ですか。ベルガではそれをそろえるために色々と試行錯誤されたと聞いていますが、正しく使われているかは……』
なるほど、長さに単位は無しと。
『重さは?』
『そちらも精密なものは……』
んー。ないか。
シンプルにメートル法、CGS単位形式を適応しよう。
『あとで「基本となる長さ」とか「基本となる重さ」を教えるから、それで調整して貰うことになると思う。やっぱり基準を揃えるのは必要だよ』
『かしこまりました』
現状、魔族は種の存亡をかけるレベルで不利なのだ。だからこそ現状を最低でも維持する、という考え方もあるけど、洋輔は抜本的にどうにかするつもりらしい。ならば単位を変更しても混乱が少ない今のうちに全部済ませた方が良い。
というわけで一階に到着。二階と同じような形の建物に加えて中庭と、その中庭の奥の方には建物がある。なんか見覚えがあるんだよな……と思ったら、『同』という漢字を逆さまにした感じ? いやまあ、回転させれば結局『同』の形なんだけど、この漢字で言うならば上の長い辺、の二階中央が僕たちの部屋とされた、元魔王の部屋。ちらっと中庭から伺う限り三階があるのはその辺の上だけで、縦の辺の部分には無いようだ。
ちなみに中庭も相応に広い。学校の校庭よりもだいぶ広く感じるんだけど、建物が奥にあるという圧迫感があってもそうなのだから、実際はもっと広いのかもしれない。
そして中庭にはちょっとした花壇があって、何種類かの草花が生息しているようだ。丁寧に剪定されているようで、結構綺麗だ。そしてちょっと珍しい花とかもあった。まあ、この世界ではそう珍しい物でもないのかもしれないけれど。
そんな中庭を抜けての奥の建物が、この前も言っていた厠のようだ。……うん、まあ、やっぱりそうだよなあ。水洗トイレにするのがまずは先だけど、その前に周囲の確認か……。
城に戻り、他の施設も次々と説明して貰う。一応地下には簡単な独房はあるようだ、もっとも単に檻で閉じ込める程度のことしかできないらしいけれど。そして一階にはアンサルシアやイルールムを含む、この城で働く魔族達の居住区画もあるようで、ちょっと見せて貰ったら特にコレと言って特別なところの無い部屋だった。
まあそんなものだよな。
最後に三階へと向かい、資料倉庫も簡単にだけど確認しておく。結構数は多い、全部頭に入れるとなると結構な時間が掛かるだろう。その隣が会議場で、ここはそれなりに広かった。いつぞやの円卓を思い出すけど、円卓では無く普通の四角いテーブルである。
『以上で場内の設備は全てです』
『そ。ありがとう。んー。最後にお願いがあるんだけれど』
『なんなりと』
『城の中に居る人を例外なく全員、そうだな……二時間後かな、そのあたりに僕たちのあの部屋に集めてくれないかな?』
『…………? 例外なく全員、ですか?』
『うん。全ての作業を中断してでも、とにかく全員』
『……かしこまりました』
これで良し。城内は概ね把握できたし、っと。
三階の建物から外に出る。テラスのようになったその場所から、城外も一通り確認して……眼鏡の『昨日拡張:遠見』も使ってしっかりと把握をしておいて、まあ、大丈夫だろう。
後は素材だな。さっさと準備は済ませよう。
『それじゃ、僕は一旦部屋に戻るよ。頼んだこと、任せたからね』
『はい』
アンサルシアと分かれて洋輔の居るはずの部屋に戻ると、洋輔は難しい顔をして地図を睨んでいた。
地図。この世界の地図……か。
「ただいま」
「ん。どうだった、そっちは」
「こっちはなんとでもなるよ。今から追加で材料の準備」
「そりゃ重畳」
「そういうそっちは難しそうだね」
「難しいって言うか……なんつーのかな」
どうにも相手の考えが読めねえ、と洋輔は言って、僕に地図を突き出してきた。
少なくとも魔族がこの世界と認識しているこの惑星には大陸が二つあって、そのうちの大きい側の大陸の魔族の勢力圏はかろうじて残っている。
形は……えっと、もの凄く雑になるけど、岐阜県が似てるかな? たぶん。それをもの凄く大きく拡大した感じ。
南西部は魔族の領域になっていて、その若干南西に寄ったところにこの城があるようだ。それでも城から海までは急いでも数日かかるとか言ってたんだよね。
「それなんだけどな。とりあえずさっき一瞬だけフィルター解除して全力で領域を広げてみたんだが」
「うん?」
「アレだな。ユーラシア大陸くらいにはでけえぞこの大陸」
「…………」
おっと、思ってた以上にでかいのか。
「岐阜県も大躍進したもんだね」
「岐阜? …………。ああ、たしかに岐阜に見えないこともねえか……。いやでも岐阜?」
「軽く流してよ……」
とまあ、スケールも概ねそれで理解できた気がする。
ということは、地図にあるこの魔族の勢力圏の実質的な広さは……、
「ヨーロッパの半分くらいか」
「言い得て妙な表現ではあるな」
そしてユーラシア大陸のヨーロッパの半分、って考えると、それはもの凄く狭い。
「前線はどうなってるの?」
「大型北側は河川、東側はバカみたいに高い山があってな。それをうまいこと利用して作った城があるようだ。そこが最前線……ただ、神族がどの程度本気の状態での話かが分からねえからな。こんだけ勢力圏に差があるんだ、相手がその気になればぎゅっと一瞬でしめ潰されるぞ」
川と山、か……。
「神通力とやらがどこまでできるのかが分からない以上、まだ断定はしかねるけれど……。『その程度もなんとかできない』力とは思えないよね」
「やっぱり佳苗もそう思うか?」
うん。
川ならば水を凍らせれば良い。
山だって最悪、吹き飛ばしてしまえば良いだけのことだ。
もちろんどちらをするにしても自然環境的にはとんでもなくヤバイ。川を凍らせれば水脈が死にかねない、しばらくは凶作が続くだろうし異常気象も発生するかもしれない。
山を吹き飛ばす場合は噴火も覚悟しなければならない。それも極めて大規模なもので、それに伴うであろう地震だけでも大被害は受けるだろう。
「大被害は受けるだろうが、その被害をまともに受けるのは勢力圏の問題で魔族側。神族側はさほど大きな被害は受けない……まあ温暖化だか寒冷化だかはあるかもしれねえけど」
「占領後の事を考えてるとか?」
「うん……そうだよな。そう考えるしか無いよな」
魔族を排除して神族の勢力圏としたとき、まともな土地じゃないと占領の意味が無い。そう考えればまあ、強引なことはしたくないというのはあるかもしれない。
僕ならやるけど。戻せるし。
「そう、お前にも俺にも『何らかの抜け道』はあるのさ。何も俺の魔法やお前の錬金術みたいな特別な技が無くても、『防衛ラインが抜けないならば迂回すれば良いだけだ』。陸に路が無いならば、海を使えば良いだけだ……もちろん上陸作戦になるからな、真っ向からやるには辛いだろうけど、『海からの侵攻』と『渡河攻撃』を同時にやるとか、そのくらいのことはすりゃいいんだ。簡単じゃ無いだろうが、現状の前線は抜ける」
「でも実際には相手がそう動いてない。船の技術がほとんど発達してないとか、海が使えない理由がある?」
「かもな。魔族……魔物の類いに海を縄張りにしてるのもいるかもしれねえ、そいつらが片っ端から船を沈めるから海を使えない……。うーん。でもなあ。こんだけ領土に差があるなら、あとは絞り込むだけで終りじゃねえか……」
なのに現実としては終わらせようとしている気配がない。
「神族は魔族との戦いを終わらせたくないんだろうね、そうなると」
「終わらせたくない?」
「外敵を作って、その外敵をもって内政を纏めるなんて例はよくあるし」
「いやあ。その考えは分からないでもないけど、だとしたらもっと手加減すると思うぜ。魔族はもはや滅亡を目の前にしてるんだ、『共通の外敵』にはなり得ない……むしろ『勝ち戦ムード』から権力争いのコースだな」
それもそうか。
「それにアンサルシアとイルールムも『神族は魔族をただただ滅ぼそうとしている』……って、言ってたしな。その辺もどうも、気になる」
「……んー」
確かにそんなことを言っていた。
僕たちは平和ボケしている国の住民だからこそ、そのあたりのニュアンスがわかんないだけなのかもしれない。
「後でこの城で働いてる魔族全員がこの部屋に来るんだけど、その時にちょっとお願いしようか」
「そうだな。やっぱ捕虜の尋問は必要そうだ」
うん。
「で、なんでペンチらしきものを作ってるんだ、佳苗」
「え、だって拷問するんでしょ?」
「違う。尋問だ」
「冗談だよ。扉の留め金を外してどんなネジを使ってるのか確認したくてさ」
「…………。まあそういうことにしておいてやるよ」
いや本心なんだけどね?
というかネジで留めてあることに僕としては驚きなのだ。
「……そうなのか?」
「うん。ネジって量産部品ってイメージが僕たちみたいな世代だとどうしても強いけど、最高峰の精密部品だもの」
「へえ……」
というわけで、ペンチを使ってネジの頭をぐりぐりと回……、
「…………。おい、どうした?」
「…………」
「佳苗? さん?」
「……そうきたかー」
回せども回せども特に変化の様子無し。
もしやと思って引っ張ってみた。普通に抜けた。
「つまり?」
ネジだと思ったら釘だった。
「だろうな」
「いやあ。でもなんでくぎの頭をこんなに分厚くしてるんだろう……」
「加工上の問題じゃねえの」