46 ^ 原罪情勢、現の裏
ここから第二部。現の裏の物語。
「標準時00時00分。各員は定例報告を実行して下さい」
「減速シークエンス実行中。誤差ポイントツー未満」
「惑星り八号重力圏への到達まで四十八時間」
「り八号大気成分のスペクトル分析最終報告を提出。提督、ご確認下さい」
「観測部より警告。理極点の影響限界地点まであと一光年。影響地点から外れた場合、歪曲航法の基準点が喪われる恐れあり」
「り八号地表面において知性体と思われる生命体を確認」
「ブリッジ惑星観察模型へのり八号地表図面投影は実行済み。更新は24時間毎」
「システム面はオールクリアー。全てエラーはありません」
「知性体に対するアクティブエフェクタの投影は実行済み。反応は少なくとも十一件」
「既存惑星を記録したデータベースとの照合結果。り八号は未観測惑星帯と確認」
「報告は以上です。提督、指示を」
時間が掛かった、というのが真っ先に抱いた感想だけど……。
ここで間違いは無い。そう感覚が告げている。
勘で探すなんて現実的じゃあ無かった。だからデータを基に探し回っても見つからず、結局片っ端から探し回る羽目にはなった。それは広大な砂漠から一粒の砂を探すような、気の遠くなるような作業だったけれど……それでも作業を止めなければいつかは見つける事が出来るわけだな。
二度とやりたくないけど。
「全乗員に告げる」
だから僕は、艦内放送を通じて全乗員に告げる。
「我々はついに目指すべき場所へと到達する。永すぎた旅路もついに目的地だ。しかしまだ、まだ到達するだけだ。全てが終わるわけでは無い――目的地に着いておしまいでは無い。目的地で我々は、必ずや約束を果たさなければならない」
そう。見つけてはいおしまいでは無い。
その先があるのだ。約束を果たし、そして本当の意味でおしまいにしなければならないのだ。
「それが悲願であると心せよ。大いなる祖らの願いを、我々こそが叶えるのだと決意を新たにせよ」
言葉を一度、区切る――句切る。
そして、万感の思いを込めて言う。
「総員。しばらく休憩」
「提督。お疲れであることは理解しますが、今の流れはもう少しシリアスなお言葉をいただけるものと私は信じておりました」
「はっはっは。一体何年僕の側近をやってるんだい」
「それは……まあ、そうなのですけど。これは途方も無く大きな区切りなんですよ?」
そうだね、と頷きつつも僕は改めて視線を彼女に向ける。
そこに居るのは、青い髪が目を引く女の子。
けれどその女の子は、僕よりも少し背が高い。
「けれど急いだって仕方が無いよ――だって、あの星が正解である以上、僕たちが現有しているこの艦だけじゃあどうしようもない。そのことは君だって解ってるはずだろう」
すう、と。
眼を細めて、彼女は少しだけうつむいた。
「理極点を利用した歪曲航法と恒星間移動における基本的なトンネル航法を悪用した、トンネル効果を強制的に成功させるという強引極まる現状の強制変換。それを実現できたのは、結局僕たちだけだった……だから僕たちは、皆の為にもこれを成功させなければならない。そしてあの星が正解であるならば、僕たちは恐ろしいものと現実として戦わなければならない」
居住性重視改良型恒星間渡航艦、コロニア級三番艦『ユーラジア』。
僕たちが乗っているこの船……もとい、この艦は、宇宙空間でも無理なく生命活動が可能であること、をコンセプトとして作られた宇宙に展開されるコロニーであると同時に、それ単体で恒星間渡航を可能とするという暴挙を実現したコロニア級の改良型にして完成形、と言えばそのすごさの一点は見えるかもしれない。
居住スペースでは遠心力による自然な形での疑似重力を発生させ、更にそこには疑似太陽光と天候の概念の導入など殆ど地上で生活するのと大差がないような造りになっている……まあ空を見上げると大分遠いとは言え地面があって家も建っている等、本当の意味で惑星上と同じとは行かないけれど、それでもコロニーとして見たとき、この艦は単にコロニーとして建造されたものよりも高性能な部分さえあるほどだ。
けれど、高性能な部分をその居住性に割いておきながら恒星間渡航を前提、つまり複数種類のいわゆるワープ航法を実装したこともあって、それ以外の機能は著しく低く、恒星間渡航艦と言える最低限の装備はしていても、それ以外の装備は全て外されているし、最低限の装備もグレード的にはかなり低い。
具体的にはこの艦はカテゴリ的には一応戦艦なんだけど、この艦本体に設置されている武装はなんともひもじい。対宇宙塵用には十分だけど戦闘としては射程面でも威力面でも心許ない荷電粒子砲が全部で八門と、装填数が僅かに四発という虎の子の対物ミサイルは全部を打ち込んでも戦艦一隻さえ落とせない程度の威力、以上である。つまり戦艦とカテゴライズされておきながら戦闘能力は無いに等しい。
というか、なんで戦艦にコロニー機能を持たせたんだろう。この艦、コンセプトの段階から狂ってるような……。実際、コロニア級一番艦『ノースアメリア』はもっとマシな武装を持っているし、二番艦『アウリア』もノースアメリアと同程度には積んでるんだよね。まあそこから色々と外して居住性を高めていったのは僕の指示が原因なので、コンセプトを歪めたのは僕だし、狂わせたのも僕という結論が出てしまうわけだけれどそれはそれ。
だって他に居住性が確保できる恒星間渡航艦なんて無いんだもん。仕方ないよ。
だから僕たちはそんな貧弱極まる装備であってりながらあの惑星を攻略しなければならないというのも自業自得に違いは無いけど……、でもなあ、なんとかしなければならない。
「たとえば死の概念を持たない知性体。たとえば群体を個として生存する知性体。たとえば物質的な身体を持たない知性体。たとえば知性無き本能による生命体……どれもこれも一癖二癖あって、対処はとても難しかった」
「しかし提督はそれを成功させました。死の概念が無いならば、生の概念も無いという逆用で」
「そうだね」
死なないならば生きていないし、生きていないならそれは『もの』だ。だから殺すことが出来なくても、壊すことは簡単だった。
群体でありながら個であるならば、一つでも個に死を与えることが出来ればその全てが連鎖的に殺せる。その対処法を探すのが大変なだけだった。
知性を持たない代わりに強烈な生命力を持つものたち。生きているだけならばどうとでもなる。問題になったのは数だけだった。
そういう一癖も二癖もある相手は、別にどうとでもできる。大概、何らかの裏道が、抜け道があるものだ。むしろ癖があるだけなのだから、攻略法さえ見抜いてしまえば後は簡単だったのだ。
「けれどこれから僕たちが相手をするのはそういうレベルじゃ無い」
「…………、ええ。そうですね」
彼女は視線をモニターに向けた。
管制塔は他のコロニア級と機能面で差違は無い。いや、それに付随するいくつかの機材はやはりグレードダウンしたりはしているけれど……たとえばノースアメリアならば地表図面投影はほぼリアルタイムで行えるのにこの艦では二十四時間に一度の更新を待たなければならないといった違いはあるけれど、それはブリッジの機能が劣っているからでは無く、地表を観察するための機材をケチってるからだしな。
ともあれ何が言いたいかと言えば、機能面で差違は無い、つまりこの星が……り八号と仮名が付けられたその惑星がどのような惑星であると推測されるのかなどのデータがモニターにはあらゆる数値として表示されているし、光学カメラのほぼ最大に近い倍率で地表上の光景が見える。
あの星を見つけた時点では、まだ日常というものが続いているように見えたし、だから適当な観測をしているだけだったけれど……今は違う。
今、モニターが映しているのは一人の少年だ。
その少年は少し野暮ったい、黒縁眼鏡を掛けている。そして少し奇妙な眼を、宙に――否。
明確かつ明白なほどに、この艦を見ている。
表情は硬く……かなりの警戒をこちらに向けてきているようでもあった。
「これまで多くの難敵と邂逅し、そして打ち破ってきた私としても……今回は上手く行くかどうか、解らない。そう思います」
「だろうね」
モニターから視線を外すことは無く、彼女は言う。
そう。今回の相手はこれまでの相手とは全然違う。
全くの未知からどのような生命体であるのかを把握し、知性体であるかどうかを確認し、そして意思の疎通が出来るかどうかを確認して、それでも場合によっては排除しなければならないというそういう手順を踏むべき『普通の相手』ではない。
僕は。
彼女も。
否、この艦にある全ての者達は、あの惑星が何であるかを知っている。
そしてあの惑星に住まう者達がどのような者であるのかも、嫌と言うほどに知っている。
「り八号こそが――原罪本星なのだから」
それは昔のこと。
おとぎ話とは言わずとも、歴史上の話として語られる程度に過去の話。
かつて僕たちの種族が、まだ一つの惑星だけで生活をしていた時代。
当然のように僕たちの種族は宇宙を知ると、その宇宙へと広がり、広まり、そして万難を排して宇宙を支配するに至った。
それが致命的な間違いだった事を知らずに。
「最終的には降下する必要があるだろうね。アクティブエフェクタは投影したとはいえ、技術的にそれを受け取る術がそこに無い。本能的に受け取ってる連中も多少はいても、正確には受け取れない……」
「……ええ」
「だから、暫く休憩。ここまでの旅路は長かった。けれどここからやる事は、あるいは長旅以上にとても消耗する事になるからね……過去の僕ならばいざ知らず、現在の僕にはそれを解消してあげることができない。残念だけどね」
そう言って、もう一度モニターを見る。
相も変わらず……地上からでは気付くことすら難しいはずで、気付くことが出来たところで見えるわけがないというのに、そのモニターに映る少年は間違いなくこの艦をその目でしっかりと見据えていた。
そう。
現在の僕には出来ないことだ。でも――
原罪の彼にならばその程度は簡単なのだ。
「こっちから仕掛ければ全てが進む。そしてこっちにはもう、後が無い。この休憩を最後の休憩にしないためにも、今は休憩。この放送を聞いている全員に言ってるからね。ま、全部が上手く行くことはないにせよ、全く上手く行かないって事も無いだろう。自暴自棄にはならないこと」
そう命令をしつつ、艦内放送を停止。
「アンサルシア。君もちゃんと休んでおいてよ――交渉の矢面に立つのは僕と君なんだからね」
「はい。心得ております、付離神さま――いえ。渡来佳苗さま」
青髪の少女はそう言うと、すたすたとブリッジから去って行った。
それを見やってから、僕も立ち上がる――そして最後にもう一度、モニターに映った少年を。
そこに確かに映っている、かつての僕を見る。
「今の僕も大概だけど、あの頃の僕はとにかく頑固だからなあ……。差し入れは連れてきているし、それである程度はなんとかなる、とは思うけれど」
僕のことは僕が一番よく分かる。
本来ならばそう言えるはずだった。
けれど今の僕にはそれが言えない――だから、ちょっと、いや、かなり不安だ。
「洋輔がここに居れば、もっと事は単純にできたかな?」
誰が答えてくれるわけも無い問いかけをしつつ、僕も休憩を取るべくブリッジを後にする。
ワープ航法。光よりも速い速度でより膨大な距離を移動するというその技術の、距離を時間と解釈させることによる強引極まる悪用。即ち、時間歪曲。それを実行した三隻の内、成功させることが出来たのは僕が乗るこの艦だけだった。
洋輔が乗っていた艦とソフィアが乗っていた艦は、反応ロスト……失敗したのだろう、と思う。その結果、あの二人が今どこに居るのかは解らない。ただ言えることは、僕と洋輔の間にあるはずの使い魔の契約が途切れているということ、そして錬金術にも魔法にも、かなりの制約が掛かっていると言うことである。
だからこそ僕は彼たちに伝えなければならない。
僕たちがどうなるかはわからない。あるいはもう手遅れかもしれない。
それでもまだ、彼たちは始めてもいないのだ。あるいはなんとかなるかもしれない。
だから原罪を伝える。
だから情勢を伝える。
それが僕とアンサルシアが手繰るこの艦に託された、使命なのだから。
そしてそれは。
「原罪って運命に対する戦い、か」




