45 - 善悪綯交、夢の前
銀の柱。それは凪をもたらす凶兆である。
それは大いなる宇よりも高き、果てない宙から降り臨む。
四日と四日と四日を掛けて、銀の柱は大地を凪がせる。
それは全ての生を認めずに、ただ静かなる世を求めるものなり。
大いなる神の子らよ、大いなる我らが眷属よ。
其の繁栄を永久のものと思うなかれ。其の失敗を我々の墓碑に銘じよ。
大いなる神の子らよ、大いなる我らが眷属よ。
その凶兆を悟りし者たちよ。
遍くを統べ、万全を超え完全を、完全をも越え完正として、あらゆる者へと対峙せよ。
我々の失敗とは、完全により完全としたことである。
いつか銀の柱が訪れし時。そこに在る者たちよ。
どうか我々の慚愧を汲み、どうか救いを振りまかんことを希う。
――神族に伝わる、古い伝承。
銀の柱という、おとぎ話にもにた誰かの言葉。
それは毎年、神族の中枢で必ず読み上げられる言葉なのだという。
いつ頃、そのような言葉が紡がれ始めたのかは解らない。ただ、かなり昔からそれはあったらしい――少なくとも、具体的な数字が出てこない程度には。
そんな話をソフィアから例の糸電話越しにされて、はて、と考える。
なんとも漠然としているようで、奇妙なまでに言葉が明確だ。
まるで預言をされているような気分になるし、慚愧という言葉からは……どうしてもあの人物を思い浮かべてしまう。
「ソフィアは……潮来言千口って人を知ってる?」
『イタコ……? いえ、残念ながら』
「そっか」
まあ、共有しておくべき情報かな?
(だな。俺としても異存は無い)
ならばそういう事で、と糸電話越しではあるけれど、概要を説明することに。
簡単に纏めれば、潮来言千口という人物は僕や洋輔、そして恐らくはソフィアにとっても同類の大先輩であること、そしてその人物が使っていたっぽいのが呪いという技術と、それに陰陽術を混ぜ込んだ退魔呪という技術であること。そしてその人物にはどうもそれらによって予言じみたことを出来たりしたこと……くらいか?
『へえ……でもその人物、大先輩っていうことはかなり前の人物よね。今回の件に関係するかしら?』
「たぶん、しないよね……」
ただ、慚愧という言葉を使うとか、そのあたりで連想されるというだけで。
『けれど、そんな人物がいたのだとして、どうして私が知らなかったのかしらね?』
「…………? どういう意味?」
『いえ、これを言い始めればあなたたちに関しても正直そうなんだけれど、私、結構地球では色々と調べていた方なのよ。私と似たような経験をした人物はいないか――とかね。その一環であなたたちを見つけていてもおかしくないのよ、本当は。まともな手段だけじゃ見つけられなくても、一度とはいえ私は光輪術まで使っている』
…………。
確かに、それはおかしいのかもしれない。
「まさか僕たちがお互いに勘違いしてるだけで別世界の出身とか?」
『まさか。地球生まれで、独逸があって、日本がある。ロシアや中国もあるでしょう?』
「……そう、だよね」
やっぱり同じ、地球生まれ。
「時間がずれてるって事も無いよね? 西暦2016年」
『そうね。私も同じよ』
……勘違いをしている、というのが勘違い?
うーん。
「まあいいや。今重要なのはそこじゃないし」
『ええ。どうするか、よね』
「うん。神族に伝わってるって言うその伝承からして……、恐らく過去にも似たような事があったんだろうね」
『そして殆ど全滅したと』
そう。そういう教訓が含まれている、と思う。
「どこまで参考に受け取るべきかはともかくとして、重要そうなのは日数かな」
『四日と四日と四日、ね。……素直に読み解いていいならば、これはそれぞれのフェーズに掛かる時間よね?』
「大体同じような発想か。だとしたらタイムリミットは発見時点から四日……」
『ええ。……光輪術で対策したいんだけど、ちょっと範囲が足りないわね』
「錬金術は……、どうだろうね。完全耐性を付けた壁を無理矢理大気圏とかに固定しちゃうとか、案としては存在したんだけど、環境に対する影響が甚大だろうし。それにその伝承の中で『完全はダメ』って言われてるからなあ」
完全耐性の完全がダメって意味だとは限らない。
けれど完全だと考えた結果失敗した、そういうニュアンスではある以上、完全耐性の盲点を突かれる可能性はある。
「だから当面は、洋輔の魔法で対処するしかない。そのために今、ちょっと色々とリソースになるものを作ってて」
『なるほど。こっちで手伝えることはあるかしら?』
「シェルター的なもの、つくれる? それも完全じゃなくて絶対に安全って言えるようなもの。完全に安全って程度ならば錬金術でも行けるんだけど……」
『哲学ね……』
ちょっと待って、とソフィアが言ったかと思うと、なにやら呪文めいた試行錯誤の言葉が流れてくる。前にも実は一度聞いた事があるんだけど、ソフィアは新しい光輪術を作り出す度にこうなるようだ。
『……難しいわね。出来ない、とは断言しないけれど。状況からしてそれなりの大規模に作らなきゃ行けないのよね?』
「うん。神族と魔族が全員入るくらいに」
『かなえって時々すさまじい無茶を言うと思うわ』
それは、まあ。洋輔にもよく言われる。
とか言っている間にお目当ての効果に近しい完全エッセンシアが出来たのでキープ、っと。
「問題はあの宇宙船がどうこうしてくるまでの四日じゃ、神族と魔族の戦争をどうともできない事なんだけど」
『新たな脅威に帯する棚上げ論で良いならば神族を無理矢理押さえつけても良いわよ。あるいはあの脅威に魔族が何か全力で対処して、結果護ることが出来た、なんて話ならば講和まで行ける可能性も出てくるわね』
「じゃあその線で行くか。魔族としては反攻作戦を取りやめる方向で今、洋輔が纏めてる」
『あら、そうなの?』
「そうなのもなにも、それほどまでにヤバイよ、あの宇宙船」
『……その表現。もしかして、魔族にも何か言い伝えがあったかしら?』
「半分正解」
情報は共有しなければ、ね。
「魔族にはそういう言い伝え、伝承の類いはなかったんだ。けど、記録は残っていた」
『記録?』
「うん。僕たちを魔神として呼び出すにあたって、呪文って特殊な技術を使ったんだって。で、その呪文って技術を研究していた昔の賢者が残した遺跡……そこに、『銀の塔』ってワードがちらほらとあったらしい」
『塔……?』
ソフィアへの説明も兼ねて、あらためてその節を思い出しつつ言葉に出す。
銀の塔は四日で大地に作られる。
銀の塔は四日で風と消えてゆく。
銀の塔は四日で世界を切り刻む。
其の本質は制圧である。
其の本質は粛正である。
其の本質は征服である。
古き支配者を一掃し、新たな支配者を迎え入れるための儀式である。
銀の塔が再び現れるようなことがあってはならない。
銀の塔が再び顕れるようなときには全ての価値は失せるだろう。
今世の支配者よ。銘々と我らの滅びを刻まれよ。
「……って感じ」
『…………、』
ソフィアも思案のしどころってところのようなのでちょっと黙っておこう。
ともあれ。魔族にも神族にも何らかの形で情報は残されている。
銀という色は金属のことなのか、それとも別な何かなのか……までは解らないけど、四日と四日と四日、この符号は同一のものを指していると考えて良いだろう。
『……ねえ、かなえ。かなえ、あなたは魔神として呼ばれた、そうよね?』
「…………? うん。僕も、洋輔もそうだよ。そういえばソフィアはその辺どうなんだろう」
『私は「連なりし神」として呼ばれたわ。いえ、厳密には……貫宇神、とか呼ばれてたんだかしら?』
…………?
つらねかみ?
「僕とか洋輔も、そういえばそういう妙な呼ばれ方してるよ。僕が『つくりかみ』で、洋輔が『うせのかみ』」
『……それは、そういえば前にも……いえ』
ちょっとまって、とソフィアは言うと、コップが置かれる音。
どこかに移動したようだ。ちょっと時間掛かるかな?
作業を再開しよう、と思ったら、
『待たせたわね』
とすぐに帰ってきた。一分すら経ってないんだけど。
「待つ隙もないくらいだったよ。どうしたの?」
『いえ、「貫宇神」って他にも読んだ記憶があったなあと思って漁ってきたのよ。あったわよ、つくりかみとうせのかみ』
「ああ、そういう……、別にそのままで良いんでしょ? 造り神と失せの神」
『やっぱりそう解釈するのね。日本人らしいわ』
やっぱりって……まあ、そのままだし。
先に気付いたのは洋輔だったと思ったけど。
『でもハズレよ』
あれ?
『いいかしら。「付離神」と「失世守」。正しい表記的にはこうなるわ』
……え?
『で、それぞれ意味も調べてきたんだけど。私を意味する貫宇神は「あらゆる可能性を貫く存在」で、かなえを意味する付離神は「あらゆる関係性を定める存在」、ようすけを意味する失世守は「全ての喪われた世界を預かる存在」なんですって』
「……へえ。それは、また。……興味深いといえば興味深いけれど」
関係性を定める……ねえ?
僕にそんな力は無いけれど。
洋輔、喪われた世界とかそういうの何か感覚ある?
(あるわけねえだろ)
だよねえ。
「なんか信じ切れないな……だいたい、それはどこで調べてきたの?」
神族の資料保管室かどこかだろうか。
そんな事を考えながらの問いかけに、けれど帰ってきたのは想定の斜めを行くものだった。
『古文書ならぬ怪文書よ』
「怪文書って。そんなものを信じてどうすんの」
『私もそう思ってたのよ。だから無視してたんだけどね……、でも、あなたは銀の塔について知ってたでしょう?』
…………?
え?
『怪文書って呼ばれているのはね、それが読めない文字で書かれているからなの。私だって光輪術で強引に読んでるに過ぎないわ。けれどそこには確かに、私たちを意味する言葉が、そして銀の塔に関する記述も……銀の柱に関する記述も、全てが書かれていたの』
「それは……誰が書いたのか、解ってるの?」
『著者の名前は不明ね。けれど種族名は解ってるわ』
種族?
『大いなる民。神族でも魔族でもない、かつてこの惑星にいたらしい何かよ。知性体であることは言うまでも無いでしょうね。外見的には人間と大して変わらなかったらしいわ』
「…………?」
『そしてこの種族は今、この地上には存在しない。確かにこの種族は滅んでいるのよ』
銀の塔。銀の柱。
滅亡した、大いなる民。
喪われた、得意理論の本質、呪文という技術。
そしてどうにもチグハグな、神族と魔族という二つの種族が入り乱れたこの状況。
怪文書……読めない文字。文明のリセット、上書き?
「大いなる民が暮らしていたこの惑星が、過去に侵略された……、かな。銀の塔とか銀の柱って表現されてるのは、侵略者の移住船で……環境の適応化を兼ねる何か、とか」
『…………、そうね、そう考えていいと思うわ。でもその場合……』
「うん。大いなる民を滅ぼしたのは魔族と神族って可能性がそこそこ高い」
つまりかなり昔、大いなる民という種族がこの世界、この惑星を支配していた。
けれどある時銀の柱だか銀の塔だか、ともかく宇宙船が到来。四日と四日と四日を掛けて、大いなる民をほとんど絶滅に追い込み、その後魔族や神族がこの地上に栄え始めた……と。
「……いや、ダメだ。そうだとしたら魔族も神族もあまりにも技術的な程度が低すぎる」
『それは……、移動のさなかで事故が起きたとか?』
「事故が起きたならばそれこそ、本国だか本星だかは解らないけれど、そっちに問題が起きたぞ、助けろ、みたいな感じのエマージェンシーコールしない?」
『……そうね。そのエマージェンシーコールに対応する形で今回のあれが来ている……、とも思えないものね』
「ちょっと時間経ちすぎてるからね……」
つまり大いなる民を滅ぼしたその移住船は、環境の適応化に失敗したのかもしれない。
『なるほどねえ。環境の適応化の段階で大いなる民は滅んでしまった。けれどそもそもその宇宙船に乗っていた移住者は適応できなかったか、あるいは別なトラブルがあって根付くことが出来なかった……か』
「さすがに突飛に過ぎるかな?」
『正直ね。でも状況からして、致命的な間違いでも無いような気がするわ……だとすると、神族や魔族はどこからやってきたのかしら』
「大いなる民の一部が生き残っていた、とか……いや、環境が変わってるなら適応できないか」
『私が思うにね、佳苗。これの答えは単純よ』
……単純?
『「かけあわせ」……完全なそれとまではいかずとも、多少の融通をしたんじゃないかしら』
かけあわせ……、
「品種改良……ってこと?」
『そう。環境適応には失敗していた。このままだと移住者も移住船から出ることが出来ない。移住船に載せられている物資には限度がある。だからこそ、原住民としての大いなる民でたまたま生き残っていたごく少数を確保して、それと己らを掛け合わせることで環境適応を図った。その結果、神族と魔族が産まれた』
どっちがどっちをベースにしているかはともかく、その当たりが妥当じゃないかしら、とソフィアは言う。確かにそう考えれば……多少納得は出来るのか。
「どうせすぐに帰る、なんて考えてたせいで、あんまりこの星の来歴とかについては調べてなかったからなあ。そのツケか」
『それをあなたが言うのなら、私もそうなのでしょうね』
「お互いまだまだ詰めが甘いってことだね」
と言っているところで、洋輔が視界に入った。
どうやら話し合いは一旦終わったようだ。
「どうしたの、洋輔」
「どうもこうも。ソフィア、魔族としての決定を伝える」
『ええ。どうなったのかしら』
「魔族は無条件降伏の形でも構わないから、神族との講和を求める。それに当たって現魔族の首脳陣、つまり俺と佳苗を含めた八人だが、この八人に帯する処罰はそっちで自由に決めてくれ。但し、それ以外の魔族全体にはほぼノータッチで通して貰いたい」
『……そう、そっちが完全に折れる。そういう形を取るから、こっちも折れと言うことね。解ったわ、折ってくる。ただ、あなたのその言質は重いわよ。どのような処罰でも本当に文句は言わないのね?』
「ああ。俺も佳苗も含めて、誰も文句は言わねえよ」
また、微妙なニュアンスでの会話をしているものだ。
僕は洋輔と精神的に共有しているところがあるから、それで概ねこの裏が読めてるわけだけど……ソフィアは気付けているだろうか?
『……解ったわ、ええ、完膚なきまでに。あなたたちが「やぶれかぶれ」に反乱をしないで済むように、こっちはなんとか抑えます。一日頂戴。ちょうど二十四時間後、もう一度話をしましょう。そこで神族と魔族の今後については取り決めを』
「解った」
「うん」
『例の宇宙船らしきものへの対策は、洋輔。あなたにとりあえず任せて良いのね?』
「現状で俺以外に対応出来そうなのがいねえ以上は、やむを得ねえだろ」
そっちは任せた、こっちは任せろ。
洋輔がそう言うと、頼もしいわね、とソフィアの声が響いて、コップが置かれる音がした。
「無限リソース、とりあえずはこれでいいかな」
「サンキュ。当面はこれで防衛魔法、ができると思ってくれ。ただ、根本的な解決になるかと聞かれると……」
「……だよね」
ソフィアとも相談しつつ、なんとかするしかないのだろう。
そしてきっかり二十四時間後。
ソフィアから神族は魔族の従属を受け入れるという旨の報告がなされ、この時点で神族と魔族の戦争は、一応、終わった。
善悪を綯い交ぜにするような僕たちの選択が、どのような原罪として情勢を左右するのか。
この時点での僕には、洋輔には、ソフィアにも、まるで見通しは立っていない。
#更新の目処について
プロットにおける『第一部』分が終了しました。
次回の更新、『第二部』分は中旬からの連載を予定しています。




