44 - それどころか。
『なにやら随分とお久しぶり、という感覚がありますね』
苦笑を浮かべてそう言ったのはパトリシアで、その周り、アンサルシアにノルマン、ハルクラウンもそれに同意するように頷いている。リオも少し感慨深そうだ。
『それにしても魔神様。緊急の要件と聞きましたが……兵も動かすとか』
『うん』
そしてそんな感傷よりも不安が勝っているのか、イルールムはおずおずと聞いてきた。賛同しない……って訳でもなさそうだけど。
『作戦については概ね知ってると思うけど……、その上で、なんでそんな作戦を立ててまで反攻するのか。そこは知らない、んだよね?』
僕の問いかけに六人が頷いた。洋輔も小さく頷いている。
『理由は単純。神族との和平のためだよ』
『……和平?』
『うん。この所長期間出かけている間、僕は神族の勢力圏を旅していてね……そのついでに神王とも会ってきた。そこで、和平が可能かどうかについても聞き出してきている』
『な……』
『残念だけど対等和平は現時点では無理だ。条件付きで講和もできない。なにせあっちにしてみれば完全な勝ち試合……あと一押しで完勝できて全取りできるというのに、あえて引き分けにする意味がないからだ。でもだからこそ、逆がある。前提条件、つまり「完全な勝ち試合である」という部分を崩すことが出来れば、あるいはなんとかできるってことだ』
そもそもなぜ神族は魔族と手を取るのではなく、魔族に戦争を吹っかけたのか。
その理由についても含めて――つまり魔素というリソースの概念、そして魔族と神族の違いも含めて、一旦僕は全てを六人に伝えた。隠すことなく、偽ることもなく、ただ全てを。
隠す意味がそもそもない。
それはどうせバレるからだとか、そういう意味ではなく。
『魔素というリソースが循環型リソースである事、そして魔地から魔質に変換できるのは現状で魔族だけってのがポイントでね。神族は常に一定量の魔地を必要としている。けれど魔地は消費すれば魔質に変化してしまう、そして魔質を魔地に出来るのは魔族だけって性質から、神族としては魔族に滅んで貰っちゃ困るんだよ。もしも魔族が滅べばこの世界にある魔素はそう遠くないうちに全て魔地になってしまって、そこで循環が途切れてしまうからね』
詭弁なのだけど、一つの真実でもある。
詭弁というのは、何重もの意味でだ――それに気付かない六人じゃあない。
『魔神様。しかしそうであるならば、神族は別なリソースを求めるだけでは?』
代表するように声に上げたのはハルクラウンだった。
『そうだね。長い目で見ればいくらでも別なリソースは見つかるだろう。たとえば火を使ったり、あるいは水を使ったり……。時間は掛かるだろうし費用もかかるだろうけど、不可能じゃない。その時間は魔族にとっては扱いが難しい』
少なくともそう言ったものの開発が終わるまで、魔族が滅ぼされることはない。
一方で開発が終わってしまえばもはや和平の道はなく、ただ滅ぼされることを待つだけだ。
だからこそ――ここで和平をしなければならない。タイミングを逃せば手の施しようがなくなるから。
僕の回答に納得したのか、ハルクラウンはとりあえず頷いた。
『和平を成立させるためには、戦争を終わらせるためには、次の反攻作戦でこっちが大勝ちをした上で、かつ魔族として許しを請う形が限界だと僕たちは考えてる。それほどまでに神族が今、有利なんだよ。正直この形を取るのも厳しいとさえ、考えてる。それでもあっちは、神王は、その条件で良いならば神族を抑えてくれるって言うから――』
『…………、』
六人とも不服そうだな。
状況の理解は出来ている、感情面でもある程度やむを得ないという気持ちはあるようだ。
となればあと一押し、なんだけど。
『俺からも少し補足しようか。今回の一件、つまり魔族として差し出す物的なものに関しては一切を気にしないで良い。どうせ佳苗が全部作る。どんなに稀少なもんだろうが、問答無用で増やすのがコイツだ』
なんだか貶されているような気がする。
『次に今回和平を結ぶことが出来れば、魔族は神族と勢力圏を段階的に重ねていくことになるだろう。神族が魔素に毒性を持つって点への対策は、佳苗と神王が協力することで可能だったそうだ。……その上で。その上でだ。神族の連中には「得意理論」がない。その一点において、魔族は工業的な優越性を持つ――例えばノルマン、お前たち岩塊にとっては子供の遊びのような石遊びが「加工技術」として、神族においては途方もない価値を得るだろうな。……確かに、一時的に魔族は神族に対して従属する形になるが、実際に魔族と神族が共同して街を繁栄させようとすれば主導権は魔族に傾くと見ている』
そしてこれもまた詭弁だ。
六人もこれが詭弁だと解っていて、それでも一蹴は出来ないらしい。
実際――詭弁だというのは真実だけど、全くの嘘でもないしね。
『魔神様。改めてお聞きしますが……。魔神様は、魔族をお救いしていただけるのですね』
『もちろん。僕も洋輔も、これが最善だと考えてるよ。……君たち六人が神族との和平を望まず、神族の殲滅を望むというならば、これは最善とはほど遠いけれど。でも、君たちは僕たちに「お救いください」としか言わなかった。このままでは種族として殲滅されてしまう、だから護ってくれと……そういう意味だったはずだ』
『それは……その通りです』
守ると言う意味では、共存させるのが最適解。
もちろん究極的には敵対する勢力が物理的に存在しなくなればそれが一番だけど、けれどそんなことが実現したところであまり意味は無い。
どうせ今度は、魔族の中で争いが起きるだろう。
『ふう……理想論を振りかざすようなのがいなくて良かったよ。とりあえず、和平を成立させる。不満はそれぞれあるだろうけど、正直現時点の勢力としての力の差から言って、これがやっぱり最善だとは思うんだ』
『確かに、魔神様の言うとおりで――』
と。
パトリシアが諦めるような言葉を発しかけたその時だった。
『何か』。
『何か』としか形容できない、表現できない『何か』を感じて、すっとその方向に、天井に視線を向ける。
洋輔も同時にそれを感じたようで、僕と同時に視線を向けていた――周りの六人は、僕たちから少しだけ遅れてはいたけれど、それでも僕たちにつられた様子ではなく、自ら天井に視線を向けていた。
『……何だ、これは』
『さあ……ちょっと天井破るよ』
ふぁん、と天井を撤去。当然、そこには空が広がっている。所々雲はあるけど、晴れた青空……お昼時だ、空は明るい。
眼鏡の機能拡張を適応、色別……に特に違和感はなしの緑一色、けれど確かにこの方角からその感覚はあった。ということは見えないくらいに遠くなのか? 機能拡張を更に追加で適応、今度は遠見。倍率を徐々に上げていって……、かなり大きな倍率にしたところでようやく、赤い点が見えた。点。本当に点だ。さらに倍率を上げていくと、その点は大きくなっていく。とりあえずビー玉くらいの大きさになったところで、色別だけをオフ……そこに見えたのは、
『……、円柱?』
『え?』
円柱というか……なんというか。
まあ、円柱だよな。大きいと言えば大きい円柱が、徐々にだけどこっちに向かってきている、ような……?
品質値はかなり高い。材質とかは流石に不明……だけど明白に人工物。人が作ったとは限らないけど、自然が造形したものにしては整いすぎている。
それに恐らく金属製の表面ではあるけれど、その所々にはなにか暗い、別な材質が見える。それが何かは解らない。ただ……もしかしたら、ガラスかも。
距離。
円柱。
色。
……まさか、宇宙船か?
いや、まさか……でももしも、本当にそうなのだとしたら。
(……ああ、例の危惧か)
うん。
洋輔が精神領域で伝えてきたのは、つまり、あの時ソフィアと会話をしている中で浮かび上がった一つの仮説だ。
ようするに……本来この世界と契約したのはソフィアだけだった。
けれどソフィアがそのまま進むと、魔族が滅亡したのだろう。そしてその場合では『手遅れだった』、だから僕たちが追加で契約をすることになった。
だからこそ僕たちやソフィアがこの世界で成さなければならないことは、神族の一人勝ちでも魔族での一人勝ちでもない何かだ。だからとりあえず平和にしよう、それが僕たちの発想で、だからこそこうやって和平へと強引に持っていこうとしているのだ。
そんなさなかの、この宇宙船かもしれない何か。
しかも色別によると、判定は赤、害意あり。
……僕たちが成すべき事は、どうやらこの世界の平和というより平定であるらしい。
この世界を外敵から守る……とでも言うのかな。
(最悪の場合さ)
うん。
(外敵から守るどころか、そこも含めて平和にしなきゃなんねえかもしれねえぞ)
…………。
つまり、宇宙単位で?
(そう。それも恒星間だ)
なんて気長な。
いや、だからこそなのか……?
地球との時差が異常なまでにあったのは、つまりそれほどまでに『何かを成す』までに時間が掛かる前提だったからとか。そしてその理由は延々終わらない戦争があるからというわけじゃなく、単に規模が大きいと解っていたから、とか……。
(規模……最初から、宇宙単位での『何かを成せ』と言う契約だったって事か?)
有り体にいえば、そうなる。
(だとしたらあの野良猫には何らかのペナルティがいると思う)
奇遇でもないけど奇遇だね、洋輔。実は僕もそう思う。
そして移動速度からして、あの円筒状のものがこの星の重力圏に辿り着くまでは概ね十日ちょっとだろうか。この段階で気付けたのは幸いだけど、たったの十日で敵対的なそれに対抗する手段を用意しなければならないと考えるとちょっとめまいが……。
(ソフィアの奴も気付いたかね)
気付いたとは思うよ。その上で恐らく、神族としてもあれをどうにかしないとと考えているだろう。……この状況を上手く利用して和平交渉まで一気呵成に進める? 出来れば理想だけど……厳しいよな。
大体、あれがどの程度の時間を掛けてこの星までやってくるか解らない。
……となると。
『洋輔。後はちょっと任せて良い?』
『ああ。但し例の作戦を実施できる場合は、手伝って貰うが』
『うん。時間になったら工房に来て』
『了解』
ふぁん、と天井を修復してから、六人には『洋輔を介して話は聞いているからね』と釘を刺しつつ、僕はそのまま自分の工房へと向かう。
そこには僕が作った超等品が山のように溢れていた。ので、ふぁん、と工房を拡張。とりあえずこれで……、足りないよな、スペース。
仕方が無いのでさらにふぁん、地下室を作成。
マテリアルは認識できる、あの時と違って今の僕には使ってもなくならない鼎立凝固体、そしてそれを万全に活用しうる応用技術の数々がある。
これを使って、なんとかアレをもう一度作る。
アレ――つまり、無限の魔力として使えるかもしれない完全エッセンシアだ。
現実的に考えて、さきほど見つけてしまったそれが宇宙船である場合、僕たちに対処のしようがどこまであるか解らない。それに宇宙船というだけでもどうかと思うのに、ましてや色別赤判定だ。完全に害になると解っているのだから、どこまで効果があるかはともかく、どうにか対処はしなければならない。
そして対処法を考えた時、錬金術は使いにくい。あの宇宙船らしきものは品質値が見えている、つまりマテリアルとしての認識は出来る。但しまだそこまでだ。まだこの時点では、あの宇宙船を直接どうこうはできない。さすがに距離が離れすぎているし、サイズ感も解ってないからなあ……。
で、直接どうこうできないとなると防御系のものを作るって話になるけど、惑星単位で包み込むようなバリアの生成は流石に辛い。材料的にはなんとでもなる、けど耐性面で上手く行くかがわからないのと、万が一成功してしまった場合の被害がありそうだからなあ……。
他にもいくつか考えられないこともないけど、ちょっと確実性に欠けていたり、デメリットがあったりリスクがあったり、積極的に選択して良い手ではない。
ソフィアの光輪術も一定範囲内でしか使えない、みたいなことを言っていたし、さすがに惑星の外への干渉は無理だろう。惑星内部どころか同一大陸の全域すらカバーできていないのだから。
だから、ここで対応しうるのは洋輔の魔法だけ。
防衛魔法とかで物理的な封鎖をしても、気流への影響は大分小さく出来るだろう。但し要求される魔力量は、いつぞやの前線封鎖につかったそれよりも遙かに大きく膨大な物になる。そんなのはカプ・リキッドをどんだけ大量に作ったって間に合うまい……まともな手段では、魔法でも対応はしきれない。
だからまともな対応を諦める。
殆ど抜け道のような道を選ぶ――黄緑色のエッセンシア凝固体、賢愚の石。
あらゆる特殊な効果を錬金術で付与しやすくなる代わりに、意図しない性質が付与されることがあるという、錬金術にランダム性を与える道具。
それと同等の効果を持った鼎立凝固体を利用することで、延々と一つの道具を作り直し続ける。それによって『無限の魔力として扱える』、そんな性質が『偶然』付与されることを祈るわけだ。
偶然。といっても、七千万回ほども繰り返せば一つくらいは作れるだろう。作れなくても問題はない、七千万回も試行回数を重ねていれば僕の魔力が溜まりきる。溜まりきった魔力を使って『ラストリゾート』という魔法を行使すれば良い――『結果』を強制的に引き寄せるという魔法を使って、『無限の魔力として扱える』性質が必ず出る状態で錬金術を使えば良いのだから。まあ、代償が他にもあるから、出来ればこの方法は使いたくないんだけど。
それでも今は、とにかく急いで試行回数を重ねて行く。
時々作れてしまう奇妙に使い勝手の良さそうな性質については別個に保管しておいたりもするけれど、基本的にはどんどん上書きしてゆく形で。
それにしても。
「宇宙船ねえ……」
本当に宇宙規模で何かを成すのが僕たちの今回の役目だとしたら、ちょっとこう……勝利条件が、もの凄く遠くになるような。




