43 - 談合だって立派な手段
さて、気晴らしも終えて翌日のこと。
状態はどうかなとソフィアと一緒に確認したところ、特に魔質による毒性が発揮されていないことを確認。
「完全にこれで安心して良い、とは言えないけれど。とりあえずの解決は出来たと思う」
「そうね。感謝するわ」
「気が早いね。どのみちこの後、一戦はしないと行けないんでしょう」
「まあ、そうなのだけれど」
ソフィアは肩をすくめて、戯けるように答えた。
「こっちは本気を出さざるを得ないわよ。あなたたちはどうやって戦うつもりかしら?」
「僕が先頭に立つのも考えたんだけど……洋輔が大反対しててね。だから別な方法を使うつもり」
「そう。勝算はあるのね?」
「僕も洋輔も、『勝てる』と殆ど確信してるよ。少なくともあの十二万くらいならば、なんとでも」
「へえ。……それは、頼もしいのやら、恐ろしいのやら。期待してるわよ」
「うん」
その他にも多少のやりとりはして、改変をしていない方の塔をふぁん、と撤去。
そして改変をしている方の塔の色をふぁんと元に戻して、これでよし。
「この塔はこのまま置いといて良いのかな」
「そうしてくれると助かるわ。これに……そうね、七日もあれば置換は終わるはず」
「だとしたら……」
こっちも七日くらいは準備期間を取るか。
「……ん。生き残りもいないし」
ふぁん、と錬金術で変換。能動的には手に入れにくいマテリアル……まあ、その気になればいくらでも手に入るとは言え、あまり手に入れたくないマテリアルなんだよな、死体って。
「家も消しちゃうよ」
「もったいないけど、仕方ないわね」
「うん。ソフィアはともかく、僕の痕跡が残っていて、それが神族に見つかると……」
「私の地位が危険か」
ま、地位なんてどうでもいいというのがソフィアなのだろうけれど。
それでもお互いにトップな立場として最終的にはそれぞれを纏めるのが好ましい。
なので、ふぁん。
「それじゃあ、僕は帰るよ。ソフィア、あの城の部屋に残してある『糸のない糸電話』は常に僕か洋輔のどっちかが応じられる状況にしようと考えてるから、何かあったらそれで連絡してきて」
「ええ。……けれど、帰りは手伝わないでも大丈夫?」
「ソフィアの光輪術ほど便利じゃないけど、瞬間移動、全く出来ないわけじゃあないんだよ」
ちょっと悪戯っぽく笑うと、ソフィアも苦笑で返してきた。
だから一旦、ここでお別れ。
どうせすぐにまたあれこれと相談することになるんだろうなあ、なんて予感を抱きつつも……。
小さく。
誰にも聞こえないように。
口元を隠して、僕は呟く。
「吾輩は猫である、」
信頼していないってわけじゃない。
けれどまだ、決着はしていない。
種族で一つの決着をするまでは、まあ、たとえ色別の判定が青であろうとも……全幅の信頼をするわけにはいかない。
「名前はまだ」
そしてそれは、ソフィアも同じはず。
僕が心の底からソフィアと協力したがっていることは解ってくれたはずだ。けれど同時に、ソフィアだって最悪を考えないわけにはいかない。ここで魔族の神として、魔神として召喚された僕たちをある程度の信頼をしていても、どこかで疑念とうか懸念が残っているだろう。
「ない――」
ワードが紡がれ、視界が変わる。
見慣れた、といえば見慣れた、魔王城。
その近くに鎮座する塔を、ふぁん、と錬金……完成品は、隔離しておく。
「おかえり、佳苗」
「ただいま、洋輔」
「それで、あっちは信じてくれてるのか」
「少なくとも表面上は。内面的にもかなり深いところまで信じてくれているとは思うけれど……」
真偽判定はほとんどが真だと判定していた。判定すらさせてくれなかった点もあったけど、それ以外について彼女は嘘をついていないだろう。そして判定すらさせてくれなかった点というのも雑談の中でふと振ってしまった年齢的なものだ。女性に年齢を聞くのは失礼って解ってたんだけど、なんかノリで振ってしまったというか。
色別的に見てみるならば、色別は僕に対しても洋輔に対しても青、そしてこの場にはどうやっても登場し得ない何人かの僕たちの友人にとっては緑と、不審な点は原則なし。
これらの判定や道具が導き出した回答からすれば、彼女の方向性は見えてくる。僕たちに対して疑うことはしない、積極的に協力をしようと考えている。そしてそのうえでさっさと帰れるならばそれで一番だ。そのためならば手段を選ばない。
「手段を選ばないというと聞こえが悪いな。あいつは結果を何よりも重んじるタイプだろう」
「そうだね……」
その通り。
彼女は手段を選ばないのではなく、何よりも結果を重んじる。だから結果として手段を多方向に向けることが出来るのだろう。そしてその点は今回、僕たちにとって有利に作用した。作用したけれど。
「逆もあり得る。そう考えて動かないとだめそうだ」
「お前から見て……影響を受けやすそうってことか?」
「うん。思考誘導とかを引っかける前にそのまま相手の言うことを丸呑みにしちゃってるというか……。その相手が僕っていう、ソフィアにとって『同郷』で『同類』だから丸呑みにしただけで、本来はきちんと自分で考えるタイプと言う可能性も当然あるけど」
逆に言えば何らかの条件を満たしている相手ならば、あっさりそれに乗ってしまうんじゃないかな。それは絶対の自信を持っているからだ。他人の利益を自分の利益と共有する、もしくは完全に横取りできるという自信を。
そうじゃないなら単に、考えるのがめんどくさいタイプだろうか。自分で考えて行動するのが嫌い。そんなことはめんどくさい。だから他人の利益を口実にして、自分もそれに沿って動こうとする、とか……。
「わりと悪口じゃねえかな、それ」
「悪口ものつもりはないけど……、でも、たしかに貶し言葉だよね」
肩をすくめて答えつつ、さらりと周囲を見渡す。特に誰もいない、か。
「洋輔。例の塔がある時、得意理論は誰にやらせた?」
「ハルクラウンとノルマンの両方だ。ノルマンはちょっと作業に出て貰ってる。ハルクラウンは戦争の準備だ」
「うん……、作戦はアレでいいんだよね?」
「ああ。どうせその後は使わないわけだし、ならば一度きりのそれで何ら問題は無い。もし使うなら使うで、その時はお前がどうにかするだろ」
「そりゃあするけど、なんだか釈然としないなあ……」
まあ、いいけどね。
洋輔がついてこい、と歩き出したのでそれに合わせて僕も歩みを進めてゆく。向かったのは魔王城三階、例の作戦会議室。
地図上には作戦の計画を立案していた痕跡がちらほらと残っている。……なかなか、エキセントリックな作戦も考えたようだな。当然没になっているけど、実際にやったらいい線行くのかもしれない。被害が甚大だけど。
「あっちはこっちの動きに気付くと思うか?」
「どうだろうね。指し手が読め無かった理由は結局、光輪術で『出来ること』が多すぎるせいだったみたいだし……それさえ除けば、考え方はむしろ基準に近いんじゃないかな」
「陽動が嵌まりそうってことか」
そういうことだ。戦術眼は僕たちと同じくらいにはあるだろう。あるいは僕たち以上に。
現状を地図を利用しながら確認。
神族側が投入してくるであろう兵数は最低で十万。実際には二十万程度を覚悟した上で、その二十万を削れど削れど即座に補充される。そして補充される兵は常に最高峰の装備を持っているわけだ。
さらにその二十万は神族の勢力圏であれば概ねどこにでも『即座』に出現する。兵の移動と言う概念が神族には存在しない、そう考えても良いのかもしれない。
まともに戦えるわけがないのだ。そんな常識外れの軍相手に。
だからまともに戦わない。
それが僕と洋輔の結論である。
「超等品の準備は?」
「洋輔を介して各種七千個作ってある。期待値からして十個ずつくらいは『規格外』のものとして作れてると思うし、残りも超等品としては十分のはず」
「それなんだけどな、佳苗。工房が満タンだぞ」
「それはやむを得ないよ。それに工房なんていくらでも拡張できるから良い」
「さいですか」
さいなのだ。
で、僕と洋輔の結論、つまり魔族側が今回、神族に吹っかける反攻作戦の概論は次の三段階。
一段階目。神族と魔族の勢力圏の境となっている壁の両端、つまり海に海上船を展開。展開する船の数は双方共に四隻、各船には各種『超等品』使いを一人ずつ配置。各種とは『剣気・発気・壁気』を指す。また、船を動かすための粘塊や風塊、凶鳥に凶兎もそれぞれの船に同乗する他、超等品使いをサポートする訳としてさらに五人程度ずつ配置するため、船一隻あたりに十二人くらいってところだ。数で言えば少ないけれど、戦力としてはむしろ過剰だ。剣気による圧倒的な射程範囲と攻撃力、発気による尋常ではないサポート能力、そしてそれらを守り抜く壁気。いくら神族が良い装備をしていたとしても、それらを止めるためにはかなりの兵力を要求するだろう。だから、ここまでが一段階目。
二段階目は例の城砦に近い壁の前に魔族軍を集結させる。それによって神族軍がどのような反応を示すかは解らないけど、ここで合図を貰い次第、僕はその壁を『倒す』。八千メートルの高さ、つまり壁があるあたりから八キロにわたって『押しつぶす』。幸い八キロ圏内には人里がない。あるとしても軍関係だ、だからそれによって奇襲を行い、そのまま進軍させる。但し、神族軍がそれに対応する形で兵を中央に送ってきた場合は即座に退却、僕が壁を復活させる。
そして三段階目。それは、今さっき庭で作った物を利用する。
その庭で作った物は、簡単に言えばロケットというものだ。
弾道ミサイルと言い換えてもいい。
ちなみに構造的には本来のモノとは明らかに違う。それがもたらす結果が弾道ミサイルと同等と言うだけで、形が似ていると言うだけで、それを飛ばすための手段は大きく異なる。具体的には重力操作をした上でぶん投げる感じ。
で、このミサイルによる攻撃で神都とを含む多くの都市に攻撃を行う。
その八割程度はズレて着弾しないだろう、残り二割の内の半数は防御されてしまうだろう、けれど、一割くらいは当たると思う。
海上の軍は陽動だ。
陸上の軍も時間稼ぎだ。
三本目の矢に、さて、ソフィアは対応できるかな?
「ちなみにダメだった場合は?」
その時はぼんやり薬を使う。
「…………」
なんだかなあ、という洋輔だったけど、積極的な拒否はしなかった。最善手ではなにせよかなりの好手だと解ってくれたようだ。
「……まあ、良いだろう。作戦の開始日は?」
「明日移動命令。その後移動して色々やって……だから、早くても九日はかかるかな」
「ま、そんなもんか」
うん。
実際にはさらに倍くらいかかりそうだけど。
「弾道ミサイル……正確には規模がでけえハンマー投げみたいなもんだけど、弾頭はどうするつもりだ?」
「『物質だけを破壊する』って性質の道具が作れたら良いなあとは思ってるよ」
「……出来るのか、そんなこと」
「理論上なら……ね」
そう、理論上ならばワールドコールを反転させれば良い。だからできる、はずなのだ。
「ま、その辺の実験は三日以内に終わらせておくよ」
「わかった」
その後は簡単に状況の確認を追加でして、作戦の三段階目以外は概ね決定。
三段階目は三日後に確定するので、これ以上問題は起きないだろう。
「それにしても、ここまで準備をしておいて思いっきり通用しなかったらどうしようね」
「その時はお前がまた流星群だろうな。あとは塔を徹底して破壊していくか……バックドア、塔の機能を停止させるための仕組みとかは『仕込んだ』んだろ?」
「うん。ただ、錬金術としての効果の変更って形……そうじゃないと感づかれるかなと思って。それに……」
仕込みはしたけど、必ずしも効果があるとも限らない。
いや、最初の一回は上手く停止させることが出来ると思う。ただ、すぐに対策されるだろうとも。いざというときに一度だけ使える緊急回避として見れば十二分だろう。ただ、本当に一度しか使えないと考えた方が良い。
光輪術のことだ、そんな機構に気付けば即座にそれへの対応も出来ちゃうだろう。
「第一段階と第二段階はほぼ同時に動かす。第二段階の軍がある程度戦闘を始めたという時点で、第三段階。その効果がどこまで上手く行くか、だけど、都市を二つでも壊滅させることが出来れば神族側に敗北感を与えることはできる、はず」
「あんまりやり過ぎると逆に脅威論が増しそうだが」
「それは大丈夫。壊すのはあくまでモノだけだから……」
そしてモノが壊れただけで、そこに都市に生活していた人々が無事に残っているならば、ソフィアの光輪術は都市を修復するだろう。それも殆ど瞬間的に。
それをさせることが出来れば、だから僕たちの勝ちなのだ。
「根拠は?」
「光輪術がリソースを要求する技術だからだよ。都市の建物だけを修復するならともかく、家財道具から生成するとなればかなりソフィアはそのリソースを割く必要がある……ま、僕の見立て通りならば都市の再生成をする間、軍の維持はできない」
問題は僕の見立てがどこまで正しいかって所だけど。洋輔ほど分析は得意じゃないしな。
それでも軍を一旦『引っ込める』言い訳には十分だろう。そしてその上で魔族が魔王ではなく魔神として、神族との間に交渉を求める。
「神族は神族でソフィアがどう納得させるか見物だな」
「魔族は魔族で大変だけどね……、この和平交渉というか和平談合の話、アンサルシアたちには伝えるべきかな?」
「んー……。遅かれ早かれバレるだろうし、ならば早めにばらした方が良いかもしれねえ」
それも、そうか。
「それにあいつらが俺たち魔神に求めたのは魔族という種を護ることで、神族による魔族狩りを止めることだろ。ならば今回の一件には歓迎するべきだ」
「しないと筋が通らないってこと?」
「そう。あいつらは自分らを指して『個人よりも魔族のことを考える』と言ってたわけだからな」
どこか皮肉交じりに洋輔は言う。
ま、実際大丈夫だとは思うけど……。
どのみちこっちも兵の移動とか、準備は必要だし、その辺も兼ねて確かめておくか。
「全員呼びつけないとね」
「ああ、もう呼んである。一両日中には揃うはずだぜ」
「なら道具作って待ってるよ」
「おう」




