42 - (当人曰く)残酷な世界の真実
(サイエンスフィクションと少し不思議は別物だからな。お前には言うまでもねえだろうけど。それと検証結果が出たぞ)
ああ、もう出たんだ。
どうだった?
(特に問題は無いが、問題が起きた)
どっちなんだ、それは。
(普段は『特異理論』を使った後に微妙な疲労感があったらしい。それが無くなった、とまでは言わずとも、かなり軽減されているようだ)
…………、どっちが原因かな?
使い終わった魔質が即座に排出・回収されたからか、それとも新しい魔地が供給されたからか。
(さあ。そこまでは。つーかあいつらもまだ、その当たりはふわっとしか解ってねえしな。今後の検証を期待してくれ)
了解。
「今洋輔から連絡があった。これで魔族側に問題は出てないようだって」
「そう。短時間とはいえ見ていた範囲で、ここにある神族の身体に毒性反応もなし……とりあえずは大丈夫かしらね……」
「一日くらいは様子見した方が良いとは思う」
「それもそうか」
というわけで、ふぁんと民家を作成。
「観察用の家を作ったし、中でくつろいでおかない?」
「…………。そうね」
何か言いたげなソフィアは、それでも結局は頷いた。
玄関を開けて中に入り、そのままリビングへと直行。
ちなみに二階建て、風呂トイレ付きで電気も当然導入済みだ。
「妙に充実してるわね……」
「水道もでっち上げてるよ」
「ええ……? このあたり水源なかったわよ確か」
「水源がないなら、水源として扱える道具を使えば良いじゃない」
「…………」
「ちなみに汚水……まあ下水はちゃんと地下で処理してるから安心してね」
「処理って……?」
「錬金術の道具で、どんな液体でも問答無用に綺麗な水に変換するってのがあってね」
「…………。なんだかあなたの錬金術をフル活用すればそれだけでエネルギーを要求しない完全な宇宙船が作れそうだわ……」
「さすがに宇宙船は構造がわかんないからなあ……。でも確かに、既存のアイテムを組み合わせれば二酸化炭素を酸素に還元したりもできるし。やろうと思えばできるかな?」
食事面は……まあレパートリーを諦めてくれればいけるか。
「いけるのね……」
諦めるようにソフィアは頷くと、適当な椅子に座った。そしてその前の机に光輪が現れたかと思うと、その机の上にはお茶会セット。
今度は緑茶とおまんじゅうのようだ。
「日本人と言えばこういうものを飲んだり食べたりしているのでしょう?」
「毎日はしてないけど、たまにね。ソフィアも食べたりするの?」
「いえ、今日が初めてよ。『家屋があって』『かなえという日本人がいる』→『お茶とおまんじゅう』がある、ってできただけで、私からは参照できないのよ」
なるほど。
「お茶は……、お砂糖は入れるべきなのかしら?」
「たまに入れる人が居るらしいけど、基本はそのまま飲むよ。苦いけど、その苦みを楽しむのがお茶というか」
「へえ。いただきます。かなえもよければどうぞ」
「遠慮無く」
いただきます。
飲んでみると緑茶はまさかの玉露だった。
品質値云々以前においしいものだ。
(俺も飲みてえんだけど)
あとで用意しておくよ。
「苦いわね」
でも美味しいわ、とソフィアは楽しんでいるようだった。何よりだ。
「さてと。それじゃあ暫く様子見するわけだけど……僕は良いけど、ソフィアはこっちにいても大丈夫なの?」
「別に問題は無いわよ。神王なんて呼ばれてはいるけれど、行事でも無い限りは特にやることも無いし」
「謁見とか、部下の対応は?」
「光輪術で専門の従事者を作ってあるわ」
力業だった。
「人的資源は全力で誤魔化せるんだね、光輪術」
「そういう錬金術は物的資源かしらね」
逆のコンセプト、か。
ここまで綺麗に逆だと笑えてくるものだ。
「眠くなったら二階の部屋を使って。一応ベッドとかも一式揃えてある」
「あら、いいの? けれど……」
「安心してよ。もしそうするなら僕は向かいの建物に移動するからさ」
「ああ、それは安心……って待って。いつの間に作ったのかしら?」
「今」
錬金術の面目躍如っていうか。
やりたい放題とも言う。
そして一応、男女ということもあって家は別にするという配慮だ。あんまり意味があるかは微妙だけど。
その後もちょっと雑談を交えて、地球とこの星の違いとかも少し話題になったり。
むしろ真っ先にその話になったような気もする。
ソフィアとしてもそれなりに調べてはいたようだけど、絶対にそうだ、という検証まではしてないのだという。
なのでここでちょっと情報交換、結果、次のことが確定。
自転周期はほぼ地球と同等。公転周期も概ね同等と考えられる。一日の時間は二十四時間で大丈夫。
自転軸に傾きは無いか、あるとしても小さく、一年を通しての寒暖差は少ない。
第一衛星、第二衛星はともに、地球における月と比べると極めて小さく、どちらかというと小惑星のようなもので、月とは全く性質が異なる。
大気の構成は地球と殆ど差違が無いが、僅かに窒素濃度が高い。
陸地と海の比率は4:6程度と海の方が広い。但し大陸は大きな大陸と小さな大陸の二つしか無く、小さな島はちらほらとあるが大規模な島は存在しない。もしくは存在しているとしても現時点では観測できていない。
現時点で神族は海を殆ど利用していない。造船技術はあるし、もう一つの大陸との間で定期便も出ているが海をそこまで利用していないのは、海流がいまいち解らず漂流リスクが大きいため。また、造船技術があると言っても大航海時代のガレオン船を更にグレードダウンしたようなものである。
技術レベルとしてはもの凄い偏りがある。鉄の加工は随分昔の段階で成功していて、既にハイカーボン鋼などもある程度加工可能。ただしハイカーボン鋼の加工は現時点で量産できるほどではなく不安定な技術で、その当たりをどうにかしようと検証中。
神族の技術都市は前にもちらっと聞いたけどもう一つの大陸のほうに集約している。これには公害を隔離する意味合いがある。
この惑星上の知性体は主に神族と魔族の二種族である。ただしどちらにも明確な所属をしていない知性体もごく稀ながらに存在している模様である。
神族と魔族には雌雄があり、子供が産まれるまでの過程は人間と差違が殆ど無い。その反面、それ以外……たとえば老化の仕方だとかには大分違いがある他、身体的な特徴として翼を持つ者が神族に産まれることがある。神族において翼を持つ者は単に「有翼」と呼ぶが、そうで無いもの同士の子供が有翼として産まれることもちらほらと見られる。また、翼を持つというのは外見的な者であり、またそれを動かすことも出来るが、実際に空を飛ぶことは出来ない。
魔族は「得意理論」と暫定的に呼ばれている、魔法的な技術形態を持つ。但しその分だけ通常の技術は発展が遅れており、鉄の導入がようやく始まったところである。そういうベース的な部分では明白な遅れとなっているが、超等品など魔法的な加工が可能である。
神族にも魔法的な技術形態がかつて存在していたらしいが、途絶えて久しい。かつてまだ存在していたころ、その技術は必ずしも便利な物ではなかったようだ。そして科学的な技術が発展するにつれて不要になってしまったと。
知性体以外の部分では家畜とかそのあたり。羊や山羊、牛、豚など、牧場で飼育される類いの生き物は概ね存在する。また鳥も確認されており、それらを狩るかたちで狼が生息していることも解っている。一方で虫関係では地球と大きな違いがあり、まず原則として虫がいない。そのため生態系が若干歪になっている他、鳥も草を食らうものが大半で、そうでなければ魚を食うのだとか。
「家畜とか動物に関してはどうしても一つ確認したいことがあるんだけど、いいかな」
「何かしら?」
「猫はいる?」
「見たことがないわね」
「…………」
「何その、神は死んだとでも言いたげな表情は」
神は死んだと思う。
猫が居ないとか。マジで?
えー。そんなのってないよ。実は神族の領域で隠してるだけじゃないの? って思ってたのに、そうか、神族側にも猫が居ないのか……。
「ちょ、ちょっと。かなえ? 大丈夫?」
「駄目かもしれない……。猫が居ない世界とかやってらんないよもう。さっさと終わらせて帰ろう」
「あ、うん。そう、……逆にやる気が出てないかしら?」
「一刻も早く世界には猫が必要なんだよ」
「あなたの逆鱗はそこなのかしらね……」
あながち間違いでも無いような気がする。
やる気も出たところで確認を再開しよう。
資源的な話としては、現状では油田地帯が少なくとも神族の領域に二カ所、魔族の領域に一カ所在るほか、海底油田の存在も確認されている。但し、現時点で精油技術が存在しないため、積極的な活用には至っていない。
電気的なものは殆ど開発されていない。そもそもまともな発電所が存在しないためである。ただし白熱灯は最低限の原理からそこまで時間をかけずに神族の技術者が作り上げたらしい、科学的な知見それ自体は期待しても良いかもしれない。
鉄鉱などが取れる大きな鉱山帯は複数確認されている。一部レアメタルを含むものもあるようだが、この世界においては現時点では害が目立つ。
火山地帯は一カ所だけ存在し、もう一つの大陸に位置している。今も時々噴火しているのだとか。また、もう一つの大陸には科学的に重要な硫酸源なども確保されている。
技術的なところで言うと石の加工についてちょっと聞いてみたところ、
「石工なら神都には結構いるわよ。ただ、辺境にはあまり行かないのよね……」
とのこと。
つまり石材加工も本来は結構得意なのだそうだ。地震もあまり起きないから、石造りの家が主流だった。ただそれ以上に木材の加工が簡単であること、そして材料は現地調達が基本になることから辺境では木造建築が増えたと。想定通りだな。
但し、都市程度の規模になると石工やガラス細工の職人が大抵いるらしい。数が少ないので人手不足で、どうにかしてくれと陳状が来るんだとか。好きに弟子を取ればいいのにね、とはソフィアの談。
「ふうん……でも、神族の魔法形態も気になるね」
「記録らしい記録も残ってなかったから、再現のしようもないのよね」
光輪術でも無理だったし、とソフィアは言う。それで無理なら簡単には見つからないんだろうなあ。もしくは条件が揃っていないのか。
と、こんな所かな?
「あ、地図はいるかしら?」
「んっと」
そういえば、と懐から地図を取り出す。
「これよりも詳しい?」
「…………。いえ、これはちょっと、想定を遙かに超える精度ね。え、何この地図」
「地図師さんが売ってた地図を写させて貰って、それをマテリアルにこの惑星を代入して作り直したんだよ。錬金術的な地図。概ね正しいメルカトル図法、のはず」
「でしょうね……私が見てきた地図よりも明らかに精度が高いわ……」
まるで人工衛星で撮影したかのような地図ね、とまで言われてしまったけど、人工衛星は流石に無理だ。
少なくとも魔族では。神族なら技術がそれなりにあるみたいだし、もしかしたら行けるのかな?
「いえ無理よ。レーザー加工もまだ出来ないしね」
「でも、『まだ』でしょ。電力が安定して大きく供給できるようになれば時間の問題ってきもする」
「……それもそうね」
結局地図は錬金術で複製し、ソフィアに一つ渡しておいた。
これで今度こそこんな所かな。
「ああ、もう夕方ね」
と、ソフィアも一区切りと考えたらしい。
ちょっと眠そうだ。
「あ、本当だ。それじゃあ、僕はあっちの建物にいるよ」
「悪いわね、気を遣わせて」
「どういたしまして。僕もゆっくり寝ておきたいしね……っと、その前に」
ふぁん。
と、時計を二つ作成。
「明日の朝、九時過ぎにでも合流しよう。それまではお互いに自由行動ということで」
「解ったわ。でも自由行動って、あなたはどこかに遊びに行くのかしら?」
「いや、ちょっとだけ周囲の草原に猫が居ないかって確認だよ」
「いないわよ。……まあ、探すだけなら自由か。気をつけなさい」
「うん」
それじゃあまた明日、と一旦別れ、家を出ると計四十体の身体が。
そういえばこれどうしよう。いや当面は様子見なんだけど。それに雨が降りそうな様子もないしな……まあいいか、このままで。
というわけで今度こそ草原にちょっと繰り出して、周囲の様子を確認してみる。この規模の草原……ってことは、地図で言うところの……この辺しか該当しそうなのがないな。山も見えないし。
(それでお前としてはソフィアと共同戦線を張ることに異存は無しか?)
もちろん。それにあっちも気まぐれじゃなくて打算でこっちと協力することを選んでくれてる。信頼に値すると思うよ。
(だな。全面的……かどうかはさておいて、それでもまあ、俺もだいたい同じだ)
それはよかった。
(だからといって)
うん?
(気晴らしなのは解るが、とりあえずで爆発を起こすのはやめろ)
いいじゃん。爆風は別に外に漏らしてないし自然への影響もないよ。たぶん。
(『たぶん』がついてるじゃねえか。そもそもその爆発は何で起こしてるんだ、爆薬もみえねえぞ)
水素に水素をぶつけてるだけだよ。
(…………)
めっちゃ高速で。
(……いや、それって衝突型の核融合なんじゃ)
そうとも言う。
(えっと佳苗さん? なんでそんなに荒れてるんだ?)
猫が居ない気晴らし。
(…………)
一匹用意してからソフィアにお願いして、光輪術でどうにかできないかな?
出来るような気もするし、出来ないような気もするし。出来たところで猫という生き物がこの星に根付くかどうか……。
(お前は猫のためなら世界を壊しそうだな……)




