41 - 飛躍の塔
「あれは光輪措置の監視の部分で、一定以上に『危険』と判断されたときに起きる現象よ」
「危険?」
「ええ。あなた、どんな場面で輪切りを見たのかしら」
「えっと、捕虜の人格をこっちで上書きして言いなりにさせて、神族の勢力圏に忍び込もうとしたとき?」
「なるほど、それじゃあ一発アウトだわ」
詳しく聞いてみると、光輪措置による輪切りは条件がよっぽど揃わないかぎり発生しなのだという。
そしてそのよっぽどの条件というのは、たとえば神族に対して裏切りや、神族全体に大きな不利益を与えることを明確な目的とした上で勢力圏内に入ること。
「その捕虜になった三人はあなたたちによって人格を書き換えられた……その時点でその三人にとって、その行動は正当な行為かもしれないけれど、光輪術はそう判断しない。システム的に解釈した結果、『明白な裏切り』、しかも魔神を連れ込むともなれば『神族全体に大きな不利益を与えること』は間違いないでしょう。だから輪切りが実行された」
「そっか……」
ある意味……というか全面的に僕たちのせいだな。
「その割りには、結構回収に手慣れてる感があったんだけど」
「そうね……説明が難しいのだけど……、いや、あなたたち同郷者ならばむしろ楽かしら。普通は光輪措置をされた者が死んだときに自動で指定されたポイントに移動させるという仕組みがあるわ。けれどその移動には相応のリソースを要求するの。だからリソースが足りない場合は、『回収要求』を出すって仕組みがあるのよね」
「回収要求……死体の位置情報だけを送るってこと?」
「そう。その回収要求に反応して一番近くの拠点がリソースを支払って、そこで回収専門の兵が光輪術で生成、実際の回収に向かう……みたいな形ね。だから『手慣れている』と見えたならば、それはそれを専門とした生成だったからだと思うわ」
なるほど……で良いのかな?
なんか落とし穴があるような気がする。それもソフィア自身がそもそも気付いていない類いの、そもそも光輪術という技術それ自体が抱えている欠陥にも等しいような落とし穴が……勘ぐりすぎか。
まあいい。
今やるべきは神族が魔質を消化できない点の解消だ。
「……うーん。本題に戻して、魔質の毒性……。どうしようか?」
「それなりに強い毒性だものね、対策はしなければいけない……。解毒が出来ないとなれば毒性への耐性でしょうけど、その目はどうなのかしら?」
「人間の人為的な進化みたいなもので、やれば出来るだろうけど、千年単位で時間掛からない?」
「そうよねえ」
やれば出来るだろうけど、やり方は……、まあ、外道だよな。それでもやらないよりかは良いけれど。
「結局、魔族か、神族か。そのどっちかが暫く我慢しないとだめかあ……」
「そうねえ……そしてその筋で言うならば……」
「状況として、魔族が譲歩するべき。だよね?」
「ええ」
それも一戦して、魔族が完勝した上での従属。
どうだろう、魔族は感情的にそれを受入れることが出来るだろうか。
一時的な停戦はできるだろうけど……、『ずっと』神族に頭を下げろという命令を魔神として出したところで、それが守られるとは到底思えない。あるいはソフィアの光輪術ならばその手の精神操作もできるのかもしれないけれど、少なくとも僕たちに扱える真偽判定の域では無理な話だ。
そもそもこっちが一度完勝したら、これまでやられ放題だった魔族にしてみれば久々の強硬論が是とされる場になってしまう。戦うなと言っても勝手に戦うだろう。そして何度かの勝利を重ねて神族の民に被害を与え、そしてどこかで必ず負ける。
まあ相手がソフィアである以上、正直一度の勝利すら厳しいような気がするけれど。
「……んー。ねえ、ソフィア。ちょっと塔を使って実験したいことがあるんだけど。一つ作って貰うことは出来るかな」
「構わないわよ。けれど何をしたいのかしら」
「塔に与えてる機能に、魔素……魔地を拡散する、って機能があったよね」
あるわよ、とソフィアは頷いた。
「その効果を反転させてみようと思う」
「反転……」
「魔地を拡散する。それを反転させれば、魔質を集中させる。そう言い換えられる、かもしれない。魔質それ自体は自然と漏れる量は微量だし、その漏れた魔質を塔に集約、塔の内部で魔地に変換しちゃうとか?」
「……なるほど。けれど言うは易く行うは難しよ、まず拡散の性質を与えるのにも年単位に時間をかけたわ、同じ以上に時間が掛かるでしょうね。魔質を魔地に変換させるには熱を利用する必要があるの。その熱源をどこから用意するか……ましてや電力をあなたの作るインフィニエの杯でしたっけ、それに入れ替えなければならないのだし」
「いや時間は掛からないと思う」
「なんで」
なんでもなにも。
僕とソフィアが揃ってるし。
「『その塔が更新されている』→『他の全ての塔も同じように更新される』程度の光輪術は余裕でしょ?」
「…………。まあ余裕だけれど、よくわかるわね……」
「似たような事をよくしてるからね……。微妙なラインはわからないけど、この程度は余裕だと信じてたよ。ともあれ、『入れ替え』それ自体に時間は殆ど掛からない」
「そうね。でも改善が……」
「そっちも時間は掛からないよ。魔質を魔地に変換する機構それ自体は僕も直接見てきたし、その変換に必要なのが厳密には熱だけならば、電力から熱を作ってその熱で変換させればいい……電力を作るインフィニエの杯はマテリアルさえあれば簡単に作れるし。だからソフィアが問題だと考えてるのはたぶん『反転』の部分かな」
「ええ。そこだけはやっぱり時間が掛からない?」
「錬金術には指定した性質を反転させるという道具があってね」
「…………」
「それで『魔地の拡散』を指定してやれば、『魔質の集中』にできるよ。問題はそれだけでやるとその塔の効果が『魔質の集中』だけになっちゃうことだけど、これは錬金虚像術……、『マテリアルとした道具の効果だけをそのまま残す』で残しておけばいいだけだ」
「……私が言えた立場じゃないことは重々承知しているけれど」
肩をすくめてソフィアは言った。
「あなたの錬金術は大概おかしいことを出来るのね」
「いやあ、光輪術ほどじゃないような……どっちもどっちか」
「そうね。……さて、一つの方法が見つかったところで、まずは実験ね。どの程度集中出来るのか、それによって神族に本当に被害がでないのか」
「だから、一つ塔を作って欲しいんだよね。それを使って一度試してみる」
「さっきも言ったけれど、それは構わないわ。でも実験のところはどうするの?」
「毒性確認できればいいだけでしょ? ならば別に生きてる必要も無いし、さっき見せたみたいに神族と魔族の身体だけ作って暫く置いとけば良いよ」
「そうね……、えっと、もう突っ込みを諦めた方が良さそうね……」
けれど効率的な臨床試験なのだ。
実際それをしない場合はソフィアがやることになるんだろう、ソフィアならば光輪術で魔族だろうが神族だろうが存在そのものを完全な形で再現できると思う。
けれどそれは完全すぎる。
ちゃんとした生き物として、自我を与えられた状態になってしまうかもしれない。
それではあまりにも可哀想だ――自我さえ与えられずにただ身体だけが突如作られるのも大概だけど、比較するならまだマシだろう。比較して良いのかどうかも解らないけど。
「解ったわ、塔は……、そうねえ。辺境でもいいかしら」
「移動にどれくらいかかるかな」
「一瞬よ。むしろ完成までに時間が掛かるわね。新しく作るならだけれど。既にあるものをそのまま使うなら、行きも帰りも一瞬で済むわよ。光輪術でね」
なんて便利な。
「それはありがたいな。でもあの塔の周りが街になるように作ってるでしょ?」
「……あなた、『パッケージ』の応用も見抜いてるわけ?」
「名前は知らなかったけど、概ね似たような発想はしてたよ」
「けれどだとしたら半分ね。私が案内しようとしている塔だけならば街にはならないわ」
「じゃあ日時計がないのか」
「……あなた、実は知ってたの?」
「いや。常に日時計とセットであったから、『そもそも日時計と塔が同時に作られた』と思ってたけど、今の『半分』とか『塔だけ』とかのヒントもあったし?」
「だとしても大概の察知能力ね」
それで構わないかしら、とソフィアが聞いてきたので、うんとうなずき死体は片付けておく。
いつまでも死体を部屋に置いておくのもなんだしな。そして血液などが付着しているピュアキネシスも道具として変換。
尚、地球ではついに使える気がしないけれど、死体はとある特異マテリアルとして使えたりする。
(おう、使うんじゃねえぞ)
解ってるよ……。
ていうか使い道も殆ど無いし。
「準備が良ければ教えて頂戴」
「もちろん、いつでも」
「ならば私の手を取って」
…………。
「……どうしたの?」
「いや、ちょっと待って」
ふぁん、ふぁん、と二つのものを作成。
一つは布、もう一つは液剤。
液剤を使って両手を洗浄、布できちんと拭いてから、と。
「おまたせ」
ふぁん、と使ったものを消しつつ手を取った。
「…………。いえ、何? 今の?」
「さっきの今まで死体に触れてた手だからね。消毒してきた」
「ああ、うん。……わざわざ、ええ、ほんとうにわざわざだけれど、その心遣いはありがたいわ」
「それはよかった」
「じゃ、光輪術で移動するわね」
こくりと頷けば、足下に光輪が展開……されたと思ったら、景色が変わっていた。
気温が大分下がってるけど、日の傾きにはさほど変化がない……北方面への移動かな。
そして背後にプレッシャー。
振り向いてみれば、そこには確かに、ある意味見慣れた塔があった。
「この塔で大丈夫かしら」
「…………、」
周囲を見回す。
見渡す限りの、草原。
辺境……か。
「うん。ここなら問題はなさそうだ」
「見ていても?」
「もちろん」
というわけで改造タイムだ。
ぶっつけ本番は怖いので、まずは塔をマテリアルとして認識、ちょっと品質値を変動させつつ完成品を二重化することで複製、ふぁん。
「え、増えたんだけど」
「この時点では変わってないよ」
「え?」
で、その片方の塔をふぁん、ともう一度錬金。色を変更。
これで元々あった塔はそのままで、もう片方の塔は黒を基調としたカラーリングに変更された。
「え?」
そして黒を基調とした方の塔に錬金術で性質の反転を試みる。錬金虚像術もきちんと混ぜて……ふぁん、特に問題なく成功。
「これで魔質の集中と魔素の拡散はどっちも残ってるはずだから……」
「え?」
インフィニエの杯のマテリアルを洋輔を起点として認識、成功。
ふぁん。
完成品は一度目の前に作り出す。
その若干大きな設備はさらに黒を基調とした方の塔に統括する形で錬金、ついでに例の砦のような施設の地下で行われていたことを踏まえて『魔素の変換』、つまり熱処理の仕組みを導入。イメージとしては地下で発電、発電したところからちょっとだけ電力を取って発熱させる機構を作って、その中に魔質を集中させる感じ。魔地に変換されれば『集中』が解除され、逆に『拡散』が発生するわけだから、こんな単純な仕掛けでなんとかなる……はずだ。
ふぁん。
「で、一応さっき作った液体化した魔質が蒸発してるから効果は出てると思うけど……、」
ふぁんふぁん、ふぁん、ふぁん、と錬金術を都合四十回ほど発動、神族と魔族を二十体ずつ作成。先ほどの反省を踏まえてちゃんと服も着せておいた。ただし魔族はお腹が見えるようにしてある。それと全員同じ身体なのでなんか怖い。
「これで、」
魔族の一体を殺害し、魔質を抽出する形でふぁん、と錬金。ただし普通に連勤するのではなく、『密閉』を意味する特異マテリアル、コルクを投入しているので、今回作った液体化魔質は消えていない。
「こうして、この中身の液体が魔質なんだけど」
「ごめんなさい、全く理解が及んでないわ」
「いくらでも作れるから後で説明するね」
というわけでコルクを外すと、中に入っていた液体がすうっと消えていった。うん、これならば問題は無いかな?
「洋輔、今こっちの完成品をそっちにも二重化して作るから、ハルクラウンかノルマン当たりを呼んで得意理論に支障があるか確認してくれる?」
(もう呼んだが、数分はかかるぞ)
「ん」
ふぁん。
あとは洋輔の検証待ちだ。
「ソフィア、とりあえずこの黒い方の塔が現状で作りうる機構なんだけど」
「ええ、説明をして貰うわ。じっくりと」
「じっくりと、って言われても、結構ざっくりしてるんだよね」
というわけで概念を説明。
元々あった塔が持っていた『魔地の拡散』が無ければもっと苦戦しただろうなあ、なんて思いながら。
そしてソフィアも大概ざっくりとした把握で満足するようで、そこまで詳細な説明という詳細な説明もなしに納得してくれた。
「ただ、一つだけ聞かせて欲しいのだけど。その、インフィニエの杯というものは、どの程度の電力を生み出せるのかしら?」
「メンテナンスフリーの代わりに、というか。そこまで生み出せる電力自体は多くないんだよね。品質値に依存するけど、今あの塔に入ってるヤツだと……んー、一千万キロワットくらい? かな?」
そう、とソフィアは頷いた。
「いえ、一千万? キロワット?」
「うん。圧縮してない状態だからそんなもんだと思う。錬金圧縮術で圧縮してやれば、同じ大きさで百個とか同時に動くよ。頑張れば更に圧縮できる」
「そんなに発電しても意味が無いわ……、現状、ただの白熱灯くらいでしか使い道がないのだけど。それにそんな大容量の電気を電線に繋いだら一発でショートするんじゃないかしら」
「指定できるよ、出力量。だから現状は『最大で』一千万キロワットって話」
「ああ、そうなの……。…………。半永久機関とか言ってたけれど、どの程度持つのかしら?」
「耐年数は実際にこの目で見たわけじゃないからなあ。少なくとも三千年くらいはメンテナンスなしでも動くけど」
「少なくともで動いて良いものなのかしらね、それ。というかそんなものが一機でもあれば、地球人類の課題であるエネルギー問題が概ね解決するような気がするわ……」
「さすがに一機じゃ足りないと思うよ」
それに送電のロスもあるし、結局地球向きか、と聞かれると……微妙だよなあ。
「いずれ恒星間渡航とかが実現したら、そういう船の電力にはもってこいだろうけどね」
「言えてるわね……」




