40 - 後先考えないならば
電力的な事を言うならば、インフィニエの杯で良い。
量産もさほど難しくなく、ユニットとして最初から在るので、これを塔の地下にでも産めかえればそれだけで終わるのだ。
問題は魔素、正確には魔地の拡散をするためにどうやって魔地を調達するかという点になった――これはつまり、魔質がなぜ神族に毒性を持つのかと言う点も含めて考えなければならない。
「ならない、とは言ったけど、実はもう概ねの理由は見えてるんだよね」
「…………?」
「要するに消化不良なんだと思う」
「消化不良……」
神族にはそれが消化できない――消化するための仕組みを持っていない。
だからさながら毒のように、体内に蓄積するのではないか。
「んー……、ソフィア、ちょっとグロいのは大丈夫?」
「私は問題ないわ、けれどこの部屋が汚れるのはいやね……」
「じゃあ」
ピュアキネシスで部屋をコーティング、
「これでいい?」
「……まあコレならば汚れないでしょうけれど、アレね、光輪術も大概だけど、あなたのその錬金術とやらはより生成面で大概ね……」
「このコーティングのことを言ってるなら魔法だよ。洋輔ほどじゃないけどちょっとは魔法が使えるんだ」
「ああ、なるほど……?」
そしてマテリアルを洋輔を介して認識、あ、洋輔。視覚の共有は切った方が良いと思う。
(忠告サンキュー)
というわけで今度こそマテリアルを認識、ふぁん、ふぁん、と二つ作成。
「で、こっちが魔族、こっちが神族」
「待ちなさい。なにこれ……、えっと、生きてる? ように見えるのだけど?」
「錬金術は『身体だけならば』作れるんだけど、精神が作れなくてね。魔法でそれも一定の解決は出来るんだけど……。逆に言えば、『絶対に意識を持たない身体』を作れるから、こういう解剖的な話をするときにはぴったりだ」
「…………」
「それでも痛いのは可哀想だから、ちゃんと麻酔はしてあげるんだけどね」
「…………」
そういう問題ではない、といった視線で睨まれた。
スルーしてアネスティージャを作成、二つの身体に振りかける。これでよし。
「いえ、私が言いたいのはこの身体、まあその、なんというか。裸なんだけど?」
「裸だね。服は服で別に作ればそれでも良いんだけど……」
「そうじゃないわ。こう、もうちょっと配慮が欲しかったという話よ」
…………。
あ。
「……ごめん」
「まあ良いわ……別に見慣れてるわけじゃないけれど、びっくりするだけだし。動きもしないんでしょう?」
「そうだね。ただ意識とは関係の無い身体の反応ならば起きるし、最低限身体を保とうと呼吸くらいは自発的にするよ。意識を植え付けてない以上、水も飲まなきゃご飯も食べないから、二日三日で死ぬけどね」
「……そう。でも、なんというか。いろいろな可能性というか可用性を持ってるわね、これ。クローニングをもの凄い気楽にしてるわけだし、臓器移植とか」
「臓器移植するくらいならエリクシルなりなんなりで治した方が早いと思う。呑むどころか振りかけるだけでも全快するし」
「…………。そのエリクシルというのは、作りにくいのかしら?」
「最初の一個は苦労するかな。それさえ作れればあとはどうとでも」
二つ目以降は余裕だけど。
マテリアルも量産できるし、鼎立凝固体のある今、冪乗術とかでどんどん増やせるし。
「あなたが居るだけであらゆる産業が壊れそうね……」
「やっぱり? 地球ではそう思って自重してるんだけど」
「それは当然じゃないかしらね……」
特にあなたの国なら、とソフィア。
物作り大国とか言われてる位だし、確かにちょっと僕がやんちゃをするとそれだけで産業界がお通夜になりそうだ。その前に僕が浚われそうだけど……。
「話を戻すよ。こっちが魔族、こっちが神族。別固体だけど、どちらも男性で年齢もたぶん同じくらい」
「ええ。外見的な差違は当然として……見た感じ、大筋での身体的な構造に違いは無い、かしら。角が気になるけど」
「そうだね。ちなみにこの魔族は『小鬼』って種族。角が特徴だね」
「ふむ」
で。
その角以外にやはり目立つ違いが、
「お腹、おへその周りにさ、ほら。赤い入れ墨があるでしょう」
「ええ」
「これが魔素……『魔地を魔質に変換する』って機構っぽいんだよ」
「…………、言われて観察してみると……、そうね、たしかに入れ墨じゃあない。何か貼り付けたような感じ……いえ、貼り付けたと言うより浮いている感じかしら? この模様に個体差は?」
「大あり。どころか色も二種類確認してる。赤と、青……ただ、機能的な差は無かったかな。効率としての違いまではわからないけど」
「そう」
まあ説明を先に続けよう。
「で、この入れ墨だけど。身体が死ぬと、その直後に消えちゃう」
「…………、」
「百聞は一見になんたらだよね」
ナイフを生成し、心臓を突き立てる。
意識のない、生きた人形。とはいえ、生き物を殺すという事に違いは無い。
そんな事をしているのに、全く干渉がないんだよなあ。むしろ心臓に刃を突き立てたことであふれ出る血液のほうに意識が向いてしまう……けど、我慢して入れ墨を指さすと、すっと消えていた。
「ね?」
「……ええ、まあ概念は解ったわ。だとしたらその逆が神族にできるようになれば、魔質が毒だとしても消化できるようになるか……」
「なんとかなりそう?」
「そういうかなえ、あなたはどうなの?」
「後先を考えないで良いならいくつかやりようはあるよ」
「奇遇ね、全く同じような状況よ」
ううむ。
洋輔、どうしよう。
『……後先考えないって、具体的には何をするんだよ、佳苗の場合は』
「ペルシ・オーマの杯でさっくり解決を目指すか、ワールドコールの『原典』のほうを作って世界の根本的なルールを書き換えちゃうかのどっちかだね」
『さらっと怖い手段じゃねえか。やめろ。……ソフィアの場合は?』
「光輪術を使う事になるわね。極めて大規模な……、リソース的にギリギリなことになるから、今実行している光輪術は一度停止する必要があるわ。その上で、この惑星全域に光輪術を使って、『神族の王である神王は魔素を毒としていない』→『神族にとっても魔素は毒になりえない』って逆説光輪術で種族的な特徴を書き換えるの」
『なんで二人揃ってそういう根本的なところを書き換えられるんだよ……』
出来るものはできてしまうし、なにより少なくとも僕には『毒』という事実を消し去ることが難しいのだ。
だからこそワールドコール……エッセンシアとして登録されているそれではない、『本来のワールドコール』という道具を使うことで、『世界のルールを書き換える』か、ペルシ・オーマの杯という『強制的に願いを叶える』道具を使って後先考えずに『毒性を消す』かのどちらかくらいしか思いつかない。
もちろんどちらもリスクが滅茶苦茶高い。本来のワールドコールは世界のルールを文字通りに書き換えてしまう。それも術者にとって都合の良い形で、だ。かなり気合いを入れてもちょっとは僕だけに都合の良いような変化が起きてしまうだろうし、世界そのものを壊しかねない。逆に言えば世界を壊すのは簡単だ。それを以て『何かを成す』とすることも出来ないことはなさそうだけど、なんか滅茶苦茶後が怖いのでやめておく。
で、もう一つのペルシ・オーマの杯。これを使えば強制的に願いが叶う。但し、その願いが『どのように叶うかは解らない』。指定できないのだ。神族にとって毒である魔質が、神族にとって毒ではなくなるように願ったとするとして、普通に神族が魔質に耐性を持ってくれるかもしれないし、魔質という状態そのものがなくなってしまうかもしれないし、そもそも神族という種族が消えるかもしれない。
「うん。僕の方はちょっと、塩梅が難しいというか、無理かな。細かい調整。ソフィアはどうなの?」
「そうね。どうしても細かいところは溢れるとは思うけれど、それでも概ねの指定はできるわ。ただ……、リソースを全部そっちに割かないと実現できない。それが最大のネックね。光輪措置とか塔の稼働だとか、そのあたりも一度全て停止するだけで住むならばまだしも、再稼働はできないのよ。改めて設置する必要がある……」
つまりインフラ的な大混乱が起きる、か……。
「ならば、根本的な解決を諦めるか……。魔質に限定した『毒消し』を大気中に一定濃度で定義しちゃう。その場合は『この惑星の大気』をマテリアルとして見做せるかどうか、だけど……んー。頑張れば出来るのかな? ちょっと厳しいか……」
「マテリアル……つまり材料の事よね。それとして認識できれば、その後、『錬金術』がもたらす結果の方は問題ないのかしら?」
「うん。どうせ成功はしちゃうだろうから」
ひでえ発言を聞いた気がする、と洋輔が心の中で呟いていたけど無視。
「ならば私が手伝うのはどうかしらね……、『錬金術の行使は成功する』→『マテリアルが認識できる』、の逆説での光輪術。たぶんいけるわよ。『そこの兵士がいる』→『その兵士が所属する兵力一万の軍がある』よりかは成立させやすいし、リソースも殆ど使わないと思うわ」
こいつも大概おかしいだろおい、と洋輔が心の中で叫び始めたけど無視。
「じゃあとりあえず、それでやってみようか。ただ、その前に毒消し薬を制限するから待ってくれる?」
「制限……、って、なんで制限をかける必要があるの? 別に毒を消してくれるならばこの上ないと思うのだけれど」
「薬じゃなくて毒として錬金術的にみなされるもの全てと反応しちゃう。風邪もインフルエンザも風土病も全部消える。『最初からそういう世界』ならば別に良いけど、今突然そんな事が起きたら、魔族も神族もお医者さんが泣くと思う」
「内需的な問題か……」
そして微妙なところで気を遣ってるんじゃねえ、と洋輔が諦めのため息を吐いていた。さすがに無視は可哀想かな……、でも無視。
僕たちに任せたのは洋輔なのだ。
『ていうか、待て。その方法を俺は推奨しない』
「なんで」
『この世界の魔法的な現象……魔族に言わせるところの「得意理論」だけど、あれは魔素の状態変化を利用して起こしてる現象だと思う。お前たちが考えてるその方法だと、場合によってはその「得意理論」が使えなくなるかもしれねえ。でさ、今は施設でやってるような仕組みを神族全体にやらせることはできないのか。そもそもあの施設では具体的に何をすることで魔質を魔地に変換していて、あの施設にいる連中にはどうやって魔質を克服させてるんだ、ソフィア』
「えっと……、具体的な方法としては加熱ね。一定期間特定の温度で加熱処理するの。それで変質するのよ」
『佳苗、ソフィアの認識が正しいとしたとき、魔族が熱源に触れても問題が無かったってのは特に問題は無いのか?』
「問題が無いも何も、そもそも魔族にとっては魔質にせよ魔地にせよ毒性がないし。それに魔質に変換できるのは魔地の中でも伏状態のものに限るし、魔地に変換できるのは魔素の伏状態だよ。あくまでも一方通行、魔地の起が伏になり、それが魔質の起になって伏になり、そしてまた魔地の起になり伏になり……って循環は守られてるはず」
そして特異理論は魔質の起が伏になる際のエネルギーで起こしている現象だと思う。だとしたら、別に魔族が熱源に触れたところで、魔地に変換されるのは『消費された後の状態』だけ。問題は無い。
『ソフィア、そっち……えっと、施設の連中はどう解決したんだ?』
「『そこに施設がある』→『従業員がいる』。それで元々大丈夫な存在として生成してるのよ。簡単な光輪術ね」
「いや簡単じゃ無いと思う」
『佳苗に似た理不尽さを感じるぜ……』
実際僕も大概だけどソフィアはもっと大概だと思う……。
「というか、じゃああの施設にいたのは全員投影……、でっち上げられた存在って事?」
「大方はそうよ」
「大方って言うことは、たまには生身もいた?」
「ええ。光輪措置を悪用したわ」
悪用って。
そもそも光輪措置というのはソフィアのオリジナルな技術なのだという。
光輪術を体内に埋め込むことであらゆる経験をその体内に埋め込まれた光輪術が記録してゆく。最終的にはその光輪術の全効果が完了すると、記録されたものが全てパッケージ化され、術者の中に還元されるそうだ。つまり経験値を集めるための小技だね。で、集めた記録は光輪術の補助として扱うと。
これは例から考えると若干解りやすくなるかもしれない。
つまり普通に兵を投影するだけでもとりあえず、最低限の戦闘能力は保証される。けれどその兵に何らかの特別な技術を与えたい、という場合は、特別な技術を思想という形で乗せてやれば良い。とはいえ、それなりに明確な指定をしなければならない……単に剣を扱わせるだけではなく、ちょっとした達人級の剣の腕を与えようとするならば、きちんと指定が必要だ。
このとき、きちんとソフィアが指定を出来るならばそれでもいい。けれど実際に細かくどういうときはどう動く、なんて指定はしてられない。そこで光輪術が記憶した経験値を利用する。あらかじめ光輪措置として他人に埋め込んでおく必要はあるけれど、それさえ出来れば『その人物が得た経験値』を完全に再現できるのだそうだ。
で、そんな記録をするための光輪術にはあまりリソースが掛からない。だからそこに追加でリソースを消費することで別な効果を仕込むことができ、それによってソフィアは『魔素の状態を無毒な方に変化させる』ということをさせていた、らしい。
「悪用と言えば……」
「何か気になったかしら?」
「『輪切り』とかは、その悪用に当たるのかな?」
なんだ、知ってたの、と。
ソフィアは少し冷めた様子で言った。




