39 - 出来るからこそ解らない
一通り説明をして貰った以上、こっちのことを教えないわけにも行かない。
というかそれを抜きにしても、魔族の立場で考えると神族との和平を結べるならばそれに越したことはないし……、それに。
ソフィアの説明が正確なものだと仮定する場合、沈黙は無意味だ。
「それで、これを聞いてどうしたいのかしら。魔族側との和平……とは言うけれど、同郷のご友人として、そして同じ目的を持つ者として、恐らくここは神族を折ってでも手を結ぶべきなのだと解っていても、それでも私にだって通さなければならない筋があるわ。その上で言わせて貰うと、対等和平どころか普通の和平ですらも、現状ではまず無理よ。よくて停戦、もしくは魔族の降伏かしら。けれどかなりアレよ、神族側は無茶を言うと思うわ」
「例えば……お金とか?」
「神族と魔族じゃそもそも通貨が違うけれど、そうねえ。金品とかはかなり献上して貰うことになるでしょう」
「それは別にどうでも良いよ」
「え?」
「お金なんていくらでもあるし」
「いや、そりゃああなたが魔神ならばそうでしょうけど……そういう問題かしら?」
そういう問題だ。お金に限らず金属としての金だっていくらでもある。
「魔族として容認できるのはそういう物質的なところが限界かなあ……、死体を渡すとかは、交渉のやりようによってはとりあえず納得させることは出来るかも。……ただ、この世代の魔族を納得させたところで、次世代とかその次とかになるとちょっと問題になるかもしれない」
「つまりそれまでの間に魔族の死体に依存しない発電施設を作れって事かしら? ……私はあまり、ああいった機械的なことは得意じゃないのよねえ」
「いっそ電力……神通力か、それを廃止とかはできないかな」
「無理ね。あなたがどうやってここまで来たかは解らないけれど、もしもここまで来るにあたって街を見ていたならば、それは解って貰えるはずよ」
一度便利になってしまったものを手放すことは難しい……か。
「じゃあ、魔族側が電力を供給するというのは?」
「……うーん」
芳しくない反応だな。
「いえ、供給方法をどの程度理解しているのか? と言う点ね」
「えっと……魔素、具体的には魔族の死体に含まれている魔質を魔地に変換する施設で瓶詰めして、魔地は一旦集積。その後『送信施設』に送って、そこから各地の塔に送り込み、塔の地下かどこかに設置されてる仕組みで魔地を更に変換することで発電、それが終わると魔地を周囲に拡散することで流動性を持たせる、みたいな感じだと思ってたけど、あってた?」
「そこまで把握されてるとそれはそれで怖いわね……」
「塔とその変換施設は忍び込んだから……それで、塔には説明書があったし」
「……なるほど。ということはあなた、昨日今日で真っ先に来たわけじゃないのね」
うん、と頷く。
というか昨日今日で来られるような距離ではない。
「でも、そこまで解っているならば話が早いわ。今の神族は『塔』を使った制御をしちゃっているから……。物流を作り直すには手遅れだし、それになにより、神通力以外の面での制約も在る以上、結局魔素……魔地か、それの拡散は必要なのよね……」
「となると、やっぱりあの塔から拡散した範囲にしか光輪術は使えないのか……」
勘が良いわね、とソフィアは認めた。
「というかそのあたりの細かい条件は、ちょっと教えにくいわね。あなたの技術はまだ教えて貰っていないし、それに和平なり降伏なりを成立させるかどうかもわからない現状よ。もちろん私はあなたにも『何かを成して』貰いたいと思っているし、できることならば一緒に帰りたいけれど、いざとなったら私だけでも帰れる方を選ぶわよ」
「それはよかった」
「…………? 良かった?」
うん、と頷き、色別の機能を切る。
ソフィアは『青』だった――害意ではなく、善意が向けられている証拠だ。
そして先ほどの言葉にも嘘はない。つまり彼女は『真剣に帰りたがっている』。
「一人でもちゃんと帰ろうとしている。そのことが、よかったと思って」
「はあ。……なんでかしら?」
「もしかしたらこの世界に愛着を持って、帰りたくない……なんて可能性もあったからね。それこそ地球での生活を退屈だと思ってたり、あるいはこの世界での王様生活に地球以上の価値を持っていたり、理由はいくらでもあり得たんだ。……それに加えて、恐らく僕とソフィアの『帰還条件』は同じだろうから」
「…………、ああ、そういうこと。あなたか私のどちらかが条件を満たせば、実質同時に帰還してしまう……私に帰る気が無ければ、この世界への執着があれば、あるいは私が邪魔をするかもしれない。そういうことね」
そういうことだ。邪魔をするかもしれないというか、その場合はしないと考えるのに無理があるというか。
「……つまり、神族と魔族が和平ないし、魔族が神族に降伏、従属って形を取ろうとするならば、よっぽどの価値のある『贈り物』と、電力問題の解決が必須条件。その上で魔素が神族に与える悪影響もどうにか出来れば反対意見は抑えられそうかな?」
「そうねえ……、魔素の毒性がどうやって起きるのかも正直私には解ってないのよ。ダメ元で聞くけれど、魔族はその理由を知ってたりしないわよね?」
「残念だけど知らないね」
「そうよね……」
「まあ想像は付くけど」
「そうよね……え? 想像できるの?」
「僕は魔族と神族の勢力圏が接する所に出来た壁の所から、殆ど直線的にここまで来た。途中まではのんびり徒歩で、親族の街、宿に泊まったりしながら観察してね。その間、それなりに僕は僕で検証してきたし……それに」
それになにより。
「洋輔がそろそろ結論を出せる頃合いだ」
「……よう、すけ? それは、……えっと、魔族の?」
「いや、僕やソフィアと同じ。僕にとっては幼馴染で親友で、一緒に異世界に二度もクルハ目になった腐れ縁で……まあ、大切な人なんだけど。僕がここに来られたのは、魔族をその洋輔に――鶴来洋輔っていうんだけど――そっちに任せてきたからなんだよ」
「…………、つまりあなたは『二人で一つ』のパターンとしての契約、なのかしら?」
「そう。そういうソフィアは一人だけで契約してるみたいだね」
「ええ」
その当たりは管轄の違いが影響しているのだろうか。
まあその辺はさておいて。
「ソフィアにも紹介をしたいんだけど、どうしたものか」
「……まあ、電話とか無いものね。あなたはどうやって意思疎通してるのかしら」
「僕は洋輔と使い魔の契約っていうのをしてて……えっと、精神的な共有をしてるというか? 『二人で一つ』を本当の意味でそうしちゃってるんだよね。今も痛覚は共有してるし」
「え、何その便利な契約。魔法の類いかしら」
「うん」
類いというかそのものというか。
「今も洋輔と思考的な会話なら出来るんだけど……」
(お前を起点に風の魔法で無理矢理音を……、いや、ちと無理だな俺には)
だよねえ。
「そう、……テレビ電話とまでは行かずとも、単なる電話でもあればそれで済む話なのだけど……、電話線もないものね」
「そうなんだよね……」
…………。
ん……?
なんか引っかかったような……。
「電話……、電話?」
「どうしたのかしら」
「いや、何かピンときたんだけど、それが具体的に何なのかも解らなくて……。電話。電話に似てるものってなにかあったっけ?」
「…………? 機能的にはトランシーバーとか無線機の類いよね……」
……やっぱり違うかな? 無線機の構造とか知らないし。
じゃあ何に気付きかけたんだろう。電話があれば済む。テレビ電話が理想だけどただの電話で良い。電話線もない……電話線……、線?
「あとは子供のおもちゃの類いで良いならば糸電話――」
「それだ!」
「――え?」
そうだ糸電話!
それで発想すれば良かったのか。ああもう、もっと早くに気付くべきだった。
(え、何がだ)
洋輔。今はそれどころじゃないからちょっと『電話をする準備』のようなものをしておいて。
(……まさか糸電話でも通す気か?)
そのまさかだ。
(どう考えても糸が張らないと思うんだが……)
普通の糸ならね。ていうか距離的に糸でどうにかなるもんじゃないし。
(わかってるなら何を……)
僕と洋輔ならば……大丈夫のはず。
「……うん。ソフィア、せっかくだから『僕に出来ること』も見せつつ、ちょっと今後について相談させてもらってもいいかな」
「相談ね。それはもちろん望む所よ、それにあなたに出来ることというのも気になるわ」
こくりとうなずき返して、着ていたシャツの裾をちょっと破く。
さらに親指を噛んでちょっとだけ血を出し、他に必要なマテリアルは……よし、揃ってる。
「僕が持っている、ソフィアにとっての光輪術のようなものの名前は『錬金術』」
「錬金術……賢者の石でも作るのかしら?」
「あるよ、それ。まあもっとも、地球に伝わるような賢者の石とは大分別物だけど」
「…………。冗談、でもなさそうね」
うん。
そしてふぁん。
完成したのは赤い糸だ。
「……糸が、赤くなったわね」
「うん。これをさらに作ったコップと合わせて」
「……え? いつコップ作ったの?」
今。
そんなこんなで更にふぁん、完成品は重ねの奇石で二重化、片方は僕の手元に、もう片方は『行使者』を洋輔に換喩することで洋輔の手元に。
これで完成したのはただのコップだ。
「成功かな……どうかな? 洋輔、聞こえる?」
『……信じらんねえ。ああ、でも納得と言えば納得か? 世界を超えた縁結びさえしうる道具だったもんな、それ』
「そういうこと。そうだよ、この糸を使えば距離は関係なかったし……概念的な糸だからたるみとかも気にしないで良かったんだ。それを糸電話に紐付ければ、『糸電話』が作れる」
「……声?」
『色々と佳苗の説明が足りてないようで、済みません。えっと……鶴来洋輔っていいます。一応俺も魔神らしいです』
「そ、そう……」
あ、困惑してる。
「えっと、……ようすけ、でいいわね? あなたは今、どこにいるのかしら?」
『魔王城に』
「どうやって回線を繋いでるの、これ」
「運命の赤い糸をモチーフにした道具で、『セゾン・トゥーベスの糸』って道具があって。錬金術で作れるんだけど、『ある人物と別の人物の間に縁を結ぶ』って道具なんだ。で、それを糸として作った『糸電話』。僕はそもそも洋輔とがっつり縁が結ばれてる状態だったし、ならば『ピンと張り詰めてる状態』とも言えるはず。だから……この『糸電話』は、距離に関係なく使える可能性が高いと思って、作ってみた」
「…………、曖昧な材料から強引に結果を……いえ、……そうか、光輪術とは――」
そして一目では理解できずとも、ちょっとした補足をするだけで辿り着くか。
やっぱり――という感想のほうが強いな。
(どういうことだ?)
僕と洋輔は二人で一つの契約だった。彼女は一人で一つの契約をしている。
それによってこの異世界に来ていて……だから僕たちに出来るような何かを、彼女にも出来る程度に何かしらの『補強』がされてるとみたわけだ。
その一環が光輪術――で、それは錬金術や魔法と対等になるためのツールなのだとしたら、他の部分でも僕たちに匹敵しうる者がなければおかしい。
例えばそれは真偽判定に匹敵するような何かとか。
そして僕の『錬金術的な道具の解析』と、洋輔の『魔法的な現象の分解』に匹敵するような何かがね。
(もっとざっくりでいいから簡単に説明してくれ)
僕には簡単な説明を受けて見ただけで概ね光輪術のコンセプトが見えたんだよ。
そしてそのコンセプトを歪めるような彼女の性質も。
だからその逆を信じた。
(逆……)
彼女に僕の錬金術を見せてやれば、そのまま錬金術のコンセプトが見えるだろう……そして、僕がそれを歪めるような性質を持ってるだろうと読み取る事を。
「へえ。……なるほど。いえ、だとしたら……」
「うん?」
「いえ。私とあなただけでも大概だと思うけれど、その上でつるぎようすけ……、ようすけでいいわね、あなたも居る。あなたが持ってる技術は、私やかなえとは違ったものなんでしょう。となるとますますおかしいわ」
……おかしい?
『どういうことだ。いやまあ俺たちもお前も大概おかしいというのは納得だけど……』
「その件に関しては一切反論の余地がないけれど、そうじゃないわ。まあようすけ、あなたに出来る範疇がちょっとまだ理解できないから確実にどうとは言えないけれど……、でも、およそ私たち三人が揃えばほとんど『なんでもできてしまう』んじゃないかしら」
まあ……うん。
材料さえあれば大概のものを作り出せる――材料やそれ以外の部分を『言い換える』ことで強引に成立させてしまう錬金術師。
結果さえあれば材料に戻せる上、結果から『逆説的な思想』をすることであらゆる拡張を実現してしまう光輪術師。
発想と連想さえ伴うならば概ねの効果を得ることができ、なにより僕やソフィアとは真逆……何かを作るのではなく『消し去る』ことが出来る魔導師。
役満というか、三位一体というか、ある意味これも鼎立というか。
確かに僕たち三人が力を合わせれば何でも出来ちゃうよな。
それこそ――
『……実際にはリソースの問題で出来ねえとは思うが、世界。世界は無理でも惑星くらいはでっち上げられるか』
「ええ。あまりにも私たちに与えられている力が『強すぎる』のよ。……あなたたちに出来ることと私に出来ることを合わせれば、明日は無理でも七日もあれば、神族と魔族は戦争どころか仲良しにさえできてしまう……その上で、その上でよ。私たちが帰還するための条件、『何かを成す』は本当に世界の平和かしら?」
『かといって世界の破滅が「何か」とも思えねえが……』
――なるほど、そういう考え方か。
確かに……そうかもな。最初は魔族をなんとかしてやれば終りとか考えてたけど、実際には神族側にも同じ立場の子が居る。ということは、神族が勝ちでも魔族が勝ちでもダメなんだ。恐らく両方が共存して……、平和にする。それで十分かなと思ったけど、言われてみれば『その程度』なんだな、確かに。
「その程度、で世界平和ができちゃう僕たちに問題があるだけで、一応それがクリア条件って可能性はない?」
「あるわね。……一度、平和にしてみましょうか。それで帰れるならばそれで良し、帰れないならば改めて調べると」
『そうだな……佳苗。それとえっと、ソフィアさん』
「ソフィアでいいわよ。同郷の誼もあるし」
『……じゃあ、遠慮無く。ソフィアって呼びます。魔族、とうか佳苗なら電力問題はどうとでも出来るし、佳苗とソフィアが協力すれば、魔素の毒性も解決できると思う。だから……、佳苗はもうちょいそっち側で行動してくれ、意思疎通と、毒性も解決するまでな』
「うん」
「待って。電力問題はどうとでも出来るって、どういうことかしら?」
あ、そこに食い付くのか。
ということはよっぽど電力事情がよろしくないらしい。
『そこにいる佳苗がある程度任意の出力を電力として行える半永久機関を作れるんで』
「は?」
「とりあえずお試しに一個作っておくけど、神族って何ヘルツで作ってるの?」
「え? そこも指定できるの?」
うん。




