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善悪綯交夢現/原罪情勢夢現  作者: 朝霞ちさめ
第三章 魔神が忍ぶは神族の
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38 - 重なる運命

 ソフィアに招かれた神王城の内装は、良くも悪くも代わり映えはしないものだった。

 装飾は最低限、どちらかというと生活するための拠点として丁度いい程度のものばかり。コンセプト的には……魔王城に似てるかな。

「ちなみにダメ元でこの会話を試みているのだけれど、こっちでも認識は出来るの?」

「問題なく……といえば嘘になるけど、できるね。そっちが認識できるかは別で」

「ええ……こっちも問題はあるけれどなんとかなるわね……」

「翻訳系の魔法技術……、だよね?」

「ええ、もっとも『聞く・読む』に限られるのだけれど」

「同じか……」

 日本語で喋って通じるのは久々だなあ……。

 楽でいいや。

 そしてソフィアの言葉もドイツ語だと思う。あんまりドイツ語って聞き慣れてるわけでもないから確実にそうだとは断言できないけど。

 応対セットの椅子を勧められたのでお言葉に甘えると、ほんのりと甘い匂いがした。これは……、

「クッキーはお好き? 日本人はあまりクッキーを食べないのだっけ?」

「そんな事は無いよ。大好物……っていうか日本人が何を食べるって思われてるのか、今ものすっごく不安になったんだけど」

「えっと、せん……、べえ? でしたっけ? あの塩味のする、食感を楽しむもの。ちょっと硬いのよね」

「ああ、おせんべい」

「そう、それよ」

 よかった。日常的にお寿司を食べてるとか思われて無くて。

「飲み物は……紅茶になってしまうけれど」

「ありがとう。十分ありがたいよ」

「そう言って貰えて助かるわ」

 彼女がクッキーの入ったお皿をテーブルの上にのせると、テーブルの上、お皿を中心に光輪がふっと現れ、そして直後にはテーブルに紅茶の茶葉、お湯の入ったケトル、ティーポット、角砂糖にミルク、輪切りのレモンが突如として現れるなり、光輪はそのまま消える。……ううむ。どこからか転移してきたと言うよりも、なんか突然そこに産まれたみたいな感じの違和感が……。

「氷の準備がないわね……。ホットティーでいいかしら?」

「うん。……えっと、今のは?」

「光輪術……と、私は呼んでいるわ」

 光輪術……?

 神通力とは違うのか。

「『思想』という鍵を使って起こす現象……魔法のようなものね。魔法。通じるかしら?」

「ゲームとかアニメとかでよく使われるヤツって認識で良いかな?」

「問題はなさそうね」

「じゃあ、この世界にある魔法がその、光輪術?」

「いえ……、ああ、今の質問があるってことは、かなえ。あなたも『この世界ではない、そして地球でもない別の世界』を知ってるの?」

「……うん。地球を本来の世界として捉えるならば、ここが二個目の異世界かな」

「私と同じね」

 概ね僕たちと同じような立場なのかな?

 だとしたらもうちょっと有名に……は、ならないか。海外の行方不明なんて日本のニュースで取り扱われる方がごく稀だ。

 それになにより、僕たちが扱う魔法よりも恐ろしく目立つ。となれば、帰還後も日常生活ではそうそう使えなかっただろう。

 ソフィアは慣れた手つきで紅茶を入れてゆく。良い香りだと思って確認してみると、品質値もかなり高い。

「……一応確認しておくけれど、かなえ。あなたはまだ未成年かしら?」

「何をもって未成年とするかで話が変わってくるかもしれない……けどまあ、身体的にはまだ未成年だよ。中学一年生……って、国によって違うか。十二歳から十三歳の学年」

「……あら、私の覚え違いかしら」

 ん?

「まあ私も、海外の制度はあまり気にしてなかったわ、そのせいね。そしてその身体年齢で言うなら私はギリギリで十四歳……ってところかしら」

 あ、年上か。

「『精神が経験している歳』なんていうよく分からないものをカウントするならば、これはきっと大きく変わるんでしょうね。そのあたりはお互いに親睦を深める間で知っていきましょう。ともあれ、日本人で未成年ならばお酒はナシで良いわね」

「うん。……って、そういうソフィアもその身体年齢ならお酒はダメなんじゃ?」

独逸(どいつ)では良いのよ。独逸(どいつ)麦酒(びーる)、聞いた事くらいはあるでしょう?」

「確かに……」

 ふうん……国境挟めば常識は変わるか。

「さて、その当たりも含めてやっぱり同郷だと推測して良さそうね。……この世界に来るに当たって、なにか、契約のような者をした覚えはあるかしら?」

「あるよ。がっつり。何なら全文思い出せると思う」

「…………。それは呆れた記憶力ね」

「どっちかというと記録力かな……」

 大して変わらないけど。

「そういうソフィアは?」

「私もそうね。こう……上手く表現は出来ないのだけど、とある野鳥(そんざい)にお願いという名の決定を下されたというか。信じて貰えるかどうかはわからないけれど、拒否権がないのずるいわよね?」

「あ、すっごいわかった。すっごい信じる。僕も同じだから……」

「ああ……アレ、一度絞めたいのは私だけかしら」

「全面的に協力するよ……」

 いや本当に。

 しかし微妙にニュアンスは違ってた。個体が違うのかもしれないな。

「ともなれば、クリア条件……帰還条件がどうなってるかだね。僕は『何かを成せ』とだけ」

「私もよ。『何かを成せ』……だからとりあえず、この世界を征服するつもりだったのよ。ゆっくりとね。けれどあと一歩のところで妙な事が起き始めた。どうにも現実味の薄い話だけど、なんでも巨大な流星群が前線付近に直撃して大被害を被っただとか。そのあたりはさておいても地震は事実としてあったようだし……だからもう、『最後は強引に済ませよう、後のことは後で考えよう』って兵を纏めて送ったんだけど、その兵が『なんか進めない』的なニュアンスで命令を願ってきていてね。調べてる間に壁が出来るわ、その壁のせいで気流が大きく変わって大雨暴風その他諸々、異常気象が続いている。何かが起きた……とは思っていたけれど、なるほど。魔神として『同郷』の、そして恐らくは私と似たような『特別』が魔族側にも来ていたのね」

「あー……うん。ごめんね」

「あなたのせいじゃないわ。それにあなたのような『魔神』が成立したと言うことは……恐らく私がするべきはこの世界の平定じゃあない、どころかそれは『してはいけないこと』だったんでしょう」

 だから安全装置としてあなたが呼ばれたのよ、同じ使命を与えられて。

 ソフィアはそう言ってクッキーに手を伸ばした。

 何かを成す。

 ただし、『それをしてはいけない』――制限じゃないな、恐らくその『何かを成す』にあたって、『それをすると取り返しが付かない』っていう救済措置だ。

 チュートリアルで無理矢理全滅するとゲームが進まなくなるような仕様があるから、その救済措置としてチュートリアルではすんでの所でイベントが発生し、全滅できないようになってる、みたいな。

 僕がそんな推測を述べると、ソフィアは「ありそうね」、と頭を抱えた。

「魔族を滅ぼしてはならないってことかしら……、いえ、別に滅ぼすと言っても根絶やしにするつもりはなかったんだけど。そんな事をしたらこの世界の魔法が困るもの」

「……それは、神通力ってやつ?」

「いえ。神通力は私が与えた技術よ」

 与えた?

「あなたにならばコレで通じると思うわ。『電気で出来ること』」

 …………。

「つまり神通力って、こう、電化製品みたいな? 感じ?」

「ええ。それが本質よ。それを隠れ蓑に光輪術も使っているの」

 ……なるほど、そういうことか。

「悪いわね。あなたがここに来たと言うことは、そして今の質問があったと言うことは、神通力が何をリソースにしているのか。見当が付いているんでしょう」

「魔族の死体……に含まれる、『魔素』だね」

「ええ」

「神族にとって魔素……とくに『魔質』の系統は毒みたいだけど、ソフィアは大丈夫なの?」

「私は問題ないわ……って、待って。系統?」

「うん」

「ちょっと知らないワードが出てきたわね。魔素は二つの状態を行き来する、のよね?」

「いや、二つの状態がそれぞれさらに二つの状態をもってる。で、一方通行の変換だから『行き来』はしない。循環はするけど」

「……えーと、説明は出来るかしら?」

 もちろん、と頷くと、テーブルの上にまた光輪が現れ、そして消えたときにはノートとペン。ううむ、錬金術も大概だけどこれも大概だな。洋輔に至っては突っ込む気力も失ってるみたいだし。

 というわけでペンで簡単に図を書いてゆく。

「僕もそこまで詳しいわけじゃない。半年程度で調べた範囲、になるけど」

 改めて説明をして、ソフィアの認識も聞いてみると、どうやらソフィアにとって魔素というものは『表と裏』の状態、であったらしい。

 魔質と魔地という状態がまずあって、それぞれに起と伏という状態がある事。それぞれ起は伏に変化すること、そして伏はもう片方の起に変化できること。

 魔族はそもそも、魔地を魔質とするような特殊な機構が『痣』や『紋』として身体に備わっていること――そして僕たちが把握してる範囲では神族にとって毒になりうるのが、魔質のみ。魔地のほうは大丈夫らしいことを伝えると、ソフィアは納得したようだった。

「よくもまあ、そんな短期間で調べ上げたわね。私なんて何年かけたことやら。それも不正解だったのよねえ」

「僕はある程度概念化されてるものを改めて読み直しただけだよ。最初にその概念を形に落とし込む方が難しいのは当然だと思う」

「そう言って貰えると嬉しいわ。……さて、その上で、一応私は神王として神族を束ねる立場。そしてあなたは魔族を束ねる魔神なのよね。魔族には当然魔族の言い分があるように、神族にも言い分はあるわ。……とても勝手なものになるけれど」

「発電方法がそれしか調達できない以上、魔族をある程度狩らなきゃやっていけない?」

「ええ。……実際、今は一部の辺境は『停電』状態にあるのよね」

 ああ、壁のせいで調達が出来なくなった。だからか。

 僕がそんな事を聞くと、ソフィアは本当に申し訳なさそうに頷いた。

「ならばなおさら疑問ではあるんだけど……。魔族とはもっと早期に手を結んでおいて、遺体を勢力の代表通して買い取るみたいな契約に出来なかったの?」

「そうしたいのはやまやまだったのだけど……軍部がそれを是としなかったのよ。いつかその事実が広がったとき、魔族が溶け込むような状態になっていれば各地方で無制限に反乱が起きかねない、鎮圧は命令ならばやるけれど犠牲者は相応でるし、その責任は神王、つまり私が負わなければならないって。それでどうも決心できずに、ずるずると戦争が続いてたわ」

 …………。

 偽りはなし。ほぼ完全に本心……ほぼ、つまり微妙に本心じゃ無いところがあるけど、それは『言うほど別に罪悪感はない』だとか、『実は軍程度ならばどうにか出来るのよねえ』といった自信に見える。

 つまり僕とほぼほぼ同類なのだろう。

 きっとこれは、貶し言葉だけれど。

「……魔神として。魔族を束ねる者として、正式に和平を結べないかな?」

「条件次第ね。少なくとも現状で魔族との対等和平なんて言い出したら軍が間違いなく反乱を起こすわよ。どう考えても勝ち戦だもの、取れる者は何でも取りたい位の考えをしてると思うわ」

「ソフィアは神族の軍の忠誠と、僕ら魔族の協力ならばどっちを優先するかな」

「……難しい問いかけね。魔神が来る前、つまりあなたたちのような『同郷』、しかも似たような経緯の人物がいる以上、今となっては圧倒的に後者――つまりあなたを含む魔族との協力――の方が価値、どう考えても高いのよね」

 だろうな。

 そしてそれに続く言葉についても、だろうな、と思う。

「だけれど、これまで尽くしてくれた家臣や配下としての面々をあっさり切り捨てるような『首魁』は、きっと信任を貰えないでしょうね」

「となると、一度は決戦が必要か……」

「ええ。それも思いも寄らぬ一撃を食らった、だけじゃあダメよね。世紀にも稀なレベルでの大敗を喫しなければ納得はしないでしょう」

 ……まあ、剣気のみならず超等品マシマシでやればこちらの被害はほぼなくせるだろうし……とはいえ、戦争は戦争だ。犠牲者はどうやったって出る。それも、双方に。

「それに和平、つまり神族と魔族が手を結んだところで、神族はエネルギーのために一定量の魔素……つまり、魔族の遺体を要求することになるわ。まさか牧場のように魔族を育てるわけにも行かないしね……」

 ああ、それをしなかったのは単にソフィアの価値観的な問題だったのか。

 ……危なかったな、魔族。本当に。

 その場合は飼われる種族として魔族は残っていただろうし、魔神を呼ぶなんて事は考えないんだろうけれど。

「エネルギーが解決できるなら、別に魔族の死体には拘らない?」

「もちろん。人様の死体をあれこれして発電するよりかは火力水力風力だとか、そういう普通の方法で発電できればそれが一番だもの」

 まあある意味その火力発電であり水力発電なんだけどね、とソフィアは言った。ああ、言われてみればなんか熱したりもしてたもんな。熱するのに使ってたのはコークスだったけど。

「……んー。もう一つ確認……もちろん、答えたくないとか、答えられないなら別に良いんだけれど。あの兵士達に持たせていた武具、ハイカーボン鋼だと思うんだけど、あれはどこで作ったの?」

「この惑星にはもう一つ大陸があるのは知ってるかしら」

 うん、と頷く。地図には一応書いてあったし。

「その大陸の南部に神族の工業都市があるわ。そこでハイカーボン鋼とかの加工を実現できたのが、今から大体二百五十年前らしいわね。ただ、今もまだ量産までは出来てないわ。だから私は、『一つだけ、全ての武装を考え得る限りで最高品質のものを揃えてきなさい』って命令した。私はそれをベースに光輪術が使えるから……ね」

「じゃあ、最後の質問。その光輪術って技術を雑に説明してくれたりするかな」

「いいわよ、別に。そう簡単に習得できるものじゃあないし、そもそも習得できたとしても『まともに扱えるのは私だけ』だもの」

 それは自慢ではなく自嘲だった。

 どうして使えてしまうのだろうか、そうとでも言いたげだ。

「光輪術をものすごいざっくりと説明するとね。『思想』という方法で、『結果』から『過程』を導く技術よ」

「思想で結果から、過程?」

「ええ、今あなたが飲んでいる紅茶もそれで作ったものよ。『クッキーの入ったお皿がお茶会用のテーブルに設置されている(だから)そこはお茶会の会場である(からして)そこには紅茶を楽しむセットが存在する(ので)ティーポットだとかが全部存在していたはずの「過程」の段階が適応される』――よ」

「…………」

「……信じられないかしら?」

「いや……」

 ニュアンスでは解るんだけど……えっと、つまり因果の反転ならばまだ解るんだけど。

「今の説明だとなんかこう……、もの凄い基礎みたいに流されたけど、実際には強烈な応用が挟まってそうな気がして」

「……どうしてそう思ったの?」

「……僕が似たような事してるから」

 類は友を呼ぶ、みたいな……。

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