37 - 一目で分かるものもある
神都イェルス。
神族の中枢都市としてのその都は、これまで僕が見てきたワンパターンな都市や街とは全くその成立が違うのだろうなあと思わせる、そんな形をしていた。
いや、形か……?
まあ形としか言えないよな。
…………。
(具体的に言え)
と洋輔から突っ込みが入ったところで、これまでの村、街や都市についてちょっと確認も挟んで置こう。
まず第一の傾向として、川。街よりも小さな規模、つまり村・町程度の大きさである場合、比較的川に近い場所をその集落としていることが多い。水道橋の整備が必ずしも間に合ってない現実が見えてくる。もっとも、それは前線から遠ざかれば遠ざかるほどに改善されている。これは順序が逆なんだろうな、近いから先に整備される。辺境は後回し。至って単純な仕組みだ。
第二の傾向として、街や都市、そして大都市は概ねパッケージ化されている。必ず街の中心付近に塔が存在し、その塔から見下ろせる位置に日時計が用意されるわけだ。日時計はほぼ同一だけど、辺境の日時計はより精密で、逆に神都に近付くほどに雑なものになっている。これもやっぱり至極単純な仕組みで、神都の周りから徐々に勢力圏を広げたから、最初の方に作られた都市の日時計よりも、後から作られた辺境の都市の日時計のほうが精密に進歩しているとみて良さそうだ。
第二の傾向に補足する形として、街は三パターン、都市には二パターンの主要施設の配置の仕方があった。最初は何か意味があるのかなあと地図にいちいちメモってんだけど、ぶっちゃけ意味はなさそうだ。あくまでもバリエーションというか、単調にしないための工夫というか。
第三の傾向として、大体『常識的な徒歩』で十日程度かかる程度に距離を離して特殊な施設……例の砦のような『魔素の加工場』が存在する。魔素の加工場はあらゆる集落から少し離れたところに用意されている他、川沿いや街道沿いが多い。これは魔族の死体を材料として要求し、その材料を迅速に運ぶ必要があるからだろう。そしてその中で魔素が漏れると神族にとっては猛毒なので、街からは離して作る必要があったとか。
ここまでに挙げた傾向は概ね守られた上で、例えば街ならば地面に石畳が敷かれていたり土を慣らしているだけだったり、煉瓦敷きになっているところもあったな。その当たりは街によるって感じだ。建物も主要施設以外はそこそこ代わり映えがあって、一階平屋建てから三階建てまでは確認済み。基本的に住居は木造建築だけど稀に石造りなものもある。また、木造建築とは言ってもいわゆる古民家とは違って、比較的近代的……場合によっては『現代的』と表現しても良いような外見の家屋が多い。かなりしっかり作ってるというか。
木造建築なのはなんでだろうかと暫く気になってたんだけど、ここまで殆ど直線的な動きだったとは言え、いわゆる『石切場』がたったの一つしか無かったし、そもそも石材の加工は辺境ではあまりメジャーではないのだろう。だから比較的調達しやすかった木材で作っていると。
さて、ここまでが前提だ。
そして今、僕の目の目に広がっているのが、神都イェルス。
その見た目は……なんと形容したら良いんだろう。
えっと、中央にお城がある。というかお城を中心にして、そこから『八角形』にエリアが取られている。このエリアはかなり広い。都市が二つはまるごと入りそうなほどに。
この『八角形』というのは城壁で明示されている。城壁は高く分厚くなっていて、全ての『辺』には入り口としての門が設けられているようだ。もっとも、その門は厳重に守られていて、しかも全員が光輪を持っているくらいだから、軍管轄なんだろうな。
但しこのエリアの中に兵の姿はない。完全に神王の管轄、ってことかな。普通は入れないのかもしれない。
で、壁の外側もちょっと特徴的だ。一定間隔とはいえないランダムな広さではあるのだけど、三メートルほどの高さの壁で区画が明示されている。もっとも、この区画を分ける方の壁に設置されている門は解放されている上特に警備もない。
んー。
ちょっと変則的ではあるけど、これも中央の城がまずあって、その城の周りに城壁が出来た。その城壁の周りに町並みが出来ていって、その町並みを守るために壁が作られた。そして街の拡張をするにあたってさらに壁の外側に作ってまた壁を作って……みたいな、最終的に見ればものすごい非効率的な、けれど現在進行形である間はそれほど気にならないパターンのやつかもしれない。
まあ、この手の城壁とか、壁で囲われた街というのは神族の勢力圏では滅多に見ないんだよな。それが神都か。……もしかしたら別のところが元々の拠点で、こっちに遷都したってだけかもしれないけれど。
他にも特異な点として、この街の建物は殆どが石造りだ。木造建築も時々あるけど、割合で言えば圧倒的な少数派になっている。これは城が石造りだからそれに合わせたとか、そういうのがあるのかな。あとは区画内で火事が起きると大変だから、燃えにくい石にしたのか。
(つーか聞いてる範囲だとその街の構造、恐ろしく水回りが悪くねえか?)
それは区画を隔てる壁が水道橋を兼ねている、というのが回答になるだろうか。
(あー)
つまりあの壁は当初は防壁だったんだろう。そしてより外側に区画が出来るとその上に水を通すことで街全体の水回りを確保していると。
(ちなみに街灯は……)
あるよ。……ま、街灯についてはやっぱりという感じかな。
しっかりと地下配線されているから電線は見えないけど、埋設型というだけで電気だ。
(……結局、電力はどこで確保してるのか解ったのか?)
概念的には『魔地/起』が『魔地/伏』に変換される際に起きる『ロス』をエネルギーとして抽出、それを電力としているみたい。だから発電量は決して潤沢とは言えないのだ、むしろ切迫状況に限りなく近いと思う。ちょっと前まではまだしも、今は新しい『燃料』を手に入れにくいわけだし……ね。
他にも疑問点としては、やっぱり『鍛冶に関する施設が少なすぎるなあ』とかその当たり。特にハイカーボン鋼なんてものを扱えそうな設備は一つも無かった。なのに現実としてはあれほどまでに量産されている。それはどうやってだろうか?
その答え合わせを、だからするのだ。
(おう。頑張れ)
もうちょっと気合いを入れて応援してくれないかなあ……。
(変に気張ると上手く行くもんも行かなくなるぞ)
それも、そうか。
と言うわけで、足場にしていたピュアキネシスを解除。
ここは洋輔の居る方の城ではないので重力操作を適切なところできちんと入れて、すとんと着地……したのは、神都イェルスの中央、つまり『城』の二階にあった大きなバルコニーである。
『……何者?』
と。
そんな小さな着地音に、けれどしっかり気付かれてしまったようだ。それとも城の外には誰も居ないけど、中にはぎっしり居る? まさか……。
とりあえず超えのした方へと顔を向ける。
そこにいたのは、長い茶髪の女性……というか、女の子だった。
パトリシアと比べるのは論外として……僕たちよりかは年上かな?
けれど演劇部のナタリア先輩よりかは幼く見える。殆ど同年代……かもしれない。
そしてちょっと特殊というか独特というか、目の色が奇妙だ。
瞳は黒いんだけど、黒目にあたる部分が奇妙なグラデーションのかかった藍色をしている。妙に淀んで見えるのは気のせいか?
『初めまして……えっと、神王様、でいいんだよね?』
『……そう呼ばれているのは確かね。それで、私の問にも答えて欲しいのだけれど』
さもなくば、とその女の子が指をすっと僕に向ける――ようなモーションの途中で、僕の周りに薄く透明な刃がぎっしりと現れている。これは……さすがに魔法かな。
けれど。
けれど、だ。
魔素の状態に変化がない――つまり、『特異理論』によるものでは、ない?
『答えて欲しいならば、おっかないことをしないでほしいものだけれど』
『……そもそもエリア内に私の許可無く立ち入る事が出来ている時点で本来ならば即座に極刑でも文句は言えないのよ。その上で門番もそう取っ替えね、ネズミ一匹通すなとは言わないけれど、子供一人を見逃すというのはいただけないわ。まあ……』
本来ならば、なのだけど。
女の子はそう言って、僕をじっくりと観察してきた。
値踏みをされる……とは違うんだよな。観察の域を出ていない。
『あなたみたいな存在を早々簡単に阻めるものでも、ないか……』
やっぱりなあ。
こっちも一目で分かるのだ、あっちも一目で分かっただろう。
『それで、答えてくれるのかしら、魔神様?』
『…………。やっぱり解ってたか』
『ええ、一目でね』
そしてあなただけでは微妙に足りないわ、と女の子は言った。
そこまで解るのか。
『改めて。初めまして、僕は』「渡来佳苗」『っていうんだけど……』
『ふうん……』「わたらいかなえ」『ねえ。ちょっと不思議な響きがするわ』
……あれ?
(認識できてる……どころか発音までできてるな)
だよね。気のせいじゃなかったか。
『不思議。そうね、不思議としか言いようがない響きだわ……。そっちが名乗ったんだもの、こっちも名乗りましょう。私の名前は』「Sophia Zugvögel」『よ。……認識できるかしら?』
んっと……、何語だろう。ロシア語じゃないよな。英語でもない。
発音的にはドイツ語が近いのか……? 受動翻訳が有効化されてる状態でも『意味』が通じてこない以上、これが名前なんだろうけど。由来が解らん。
『ソフィア……、ツクフォーゲル、みたいな感じでいいのかな? ちょっと僕にとっては聞き慣れない感じの発音だから、イントネーションが悪いかもしれないけれど』
『十分言えているわ。それに、それをいうならさっきの私のほうが酷かったでしょうし、お互い様にしてくれれば幸いね』
『それはもちろん』
『助かるわ。そして』
周囲に展開されていた半透明の刃が消え去る。
警戒態勢は解いてくれたようだ。
『……イェルスへようこそ。魔神かなえ、あなたは何をしに来たのかしら? どうも、暗殺を仕掛けに来たとも見えないのだけど』
『ちょっと確認を……ね。僕が魔神として呼ばれた後、色々手を打ったんだけど……そのリアクションがどうしてもよく分からないって言うのが一つ。それに十二万の兵がいきなり出てきたってのが二つ。状況としては弱かったけど、これ以上事態が悪化する前に調べておくべきだと判断したわけ』
『調べるねえ。何をかしら?』
『相手も――』
つまり、ソフィアも。
『――同類なのではないか。そう思ってね。もしもそうじゃないならば暗殺なりなんなりをして「時間稼ぎ」をするつもりだったし、もしもそうならば話し合いの余地がありそうだと。そう思ったんだ』
『へえ。話し合い。それは良いことね』
若干皮肉を含んだ言い方だ……けど、大筋では同意してくれているらしい。
『立ち話も何よね。他の誰かが勝手に城に入ることはまずできないとはいえ、こんなテラスで大切な会話というのも締まらないわ。あなたがそれで良いならば、中の部屋でお話をしましょう。コーラとかがあれば良かったのだけど……ま、無い物ねだりをしてもしかたないわね』
……コーラ?
(まさか本当にドイツの……?)
……かも。
そりゃまあ、僕たちに冬華と日本人ばかりだなとは思ってたけど……単にそれは僕たちが認識できてなかっただけで、他の国にも似たようなのが居たのかな?
『ソフィア……でいいかな』
『とりあえずはそれでいいわ。何かしら』
『ソフィアは地球を知ってる?』
『…………、驚いたわね、まさかこの世界でその固有名詞が聞けるとは』
心底驚いた、驚愕したといった様子でソフィアは言う。
『太陽系第三惑星、地球。私にとってはテラって呼び方の方がしっくりくるわ。月が衛星になってる星のことを言っているなら、あなたの言う地球を私も恐らく知ってると言えるでしょう』
『……となると、どうやら同郷らしいね。でも、テラ……? 確かに使うけど、アースのほうが多かったような?』
『アース……まあ、その呼び方はあまり使わなかったわね。あったけれども』
出身国のせいかな、これは。
『あなたの名前の響き。恐らく日本人ね』
『そういうソフィアは、ドイツ人?』
『大正解……となるといよいよ同郷か。西暦何年にこっちにきたのかしら。私はかれこれこの世界で長いこと生活していたから……その当たりが少し不安なのだけれど、いずれは聞かなければならないし』
『西暦2016年。その年末にこっちに呼ばれたよ』
『……あら。そうなの』
う、ん……?
安堵と、それと困惑とが混ざってるような。
『詳しい話は中でさせて貰えると嬉しいわ。というか私、座りたいの。せめて椅子を持ってきてもいいかしら』
『ああ、うん。じゃあ、お邪魔します』
『ええ、いらっしゃい。……神王城としても、まさか初めての来客がバルコニーから入城するとは思わなかったでしょうね』
…………。
なんか、悪いことをしたような気がする。
実際やってることは悪いか。




