35 - 鏡の向こうは目と鼻の先
神族の勢力圏に侵入してからもうすぐ六十日を迎えようとしている。
ここまでを探索してきた感じでは、なんかおかしいんだよなあ、と思う。
この場合のなんかおかしいとは『何かがおかしいけど解らない』ではなく、『何がおかしいのかが解るから、解らない』という事だ。……却ってわかりにくくなったな。
比喩はやめて普通に考えよう。
つまり構造上の欠陥といっても良いほどに、街の位置がおかしいのだ。
普通、街というのは川の近くに自然と作られる。それは生活用水の確保や河川を利用した物流面での優位性だとか色々あるからだ。もちろんどうしても近くに川がないならば相応の場所を使うしかないけれど、ちょっとずらせば川にもっと近づけるならばずらした方が良い。
そういう『そのくらい川側に移動させれば良いのに』というもどかしい位置に作られた街の多いこと多いこと。街どころか都市という単位ですら時々そうなのだからなんとも言えない。
じゃあひょっとして神族は川による水運を利用していないとか、そういう発想をもっていないのかといえばそういうわけでもなく、数は少ないけれど一応船便はあるし、ちゃんと水上輸送という概念もあるようで、専用の船も一度だけ見ることが出来た。
活用しているとは言いがたい、けれど、全く概念として持っていないわけじゃないのだ。
更に発展して、別に船を作れない理由があるって訳でもないし、船を動かすノウハウが無いというわけでもないという事になる。
ましてや街や都市という単位で見ると確かに川から中途半端に近く遠い場所に作られているものがおおくてなんともスッキリしないんだけど、それよりも小さな単位、町や村といった規模だとそれこそ川沿いに普通に作られていたりするから、発想として川沿いの方が便利という認識は神族にもあるはずなのだ。
……それでも敢えて川から離して作っている。
それに敢えて理由を付けるならば、たとえば治水が追いついていないとか。治水が追いついていないと言うことは即ち、洪水による被害が抑えられないと。だからリスク回避の意味でちょっと離れた場所に村を作る。まあ、それなら解る。
でも現実は逆で、村が川に近く、街や都市は川から遠い。いくら水道橋を使って水を確保ができるとは言っても流通の利便性を捨てるほどの意味があるか……?
そういう利便性を知らずにやっているならわかる。あるいは活用できないと見切っているからそうなっているならわかる。
でもそのどちらでもない。
だから、『何がおかしいのかが解るから、解らない』――神族の意図が分からない。
さらに解らないのが、あの謎だった塔の役割だ。
結局、ある程度早い段階、具体的には今から五十三日前にとある街の塔に僕は侵入し、内部を一通り観察してきた。道具としての性質調査はもちろん、内部構造も一通りどころか完全に把握できたと思う。具体的には作れと言われればとりあえず作れる程度に。
その上であの塔の正体が何かというと、あの塔は大きく一つの機能と、二つの性質を持っていた。
一つの機能とは『リソースの受信』。
二つの性質とは『モニュメント』と『拡散』である。
それぞれをちょっと、洋輔への説明を兼ねつつ整理しよう。
まず最初に『モニュメント』という性質について。
モニュメントというとちょっと横文字でわかりにくいけど、記念碑みたいな意味合いが本来だ。けれど今回の場合はそれを発展させた、いわゆる『前提』としてのもの。つまり、『この塔が存在する周りが街である』という定義をするための楔のような意味合いが強い。
当然普通は逆だ。何らかの理由で人が集まり街ができ、それを記念してモニュメントが作られる――順序としてはこちらのほうが正しい。けれど神族はそれを逆に利用した。『モニュメントとしての塔が存在する』、だから、『その周りには街がある』としている。この手の発想は大好きだったりする。
次に説明するべきは機能、『リソースの受信』だろう。これは……まあ、エネルギーの受信機って説明が全てになる。送信は出来ず、受信専用っぽい。そして受信しているリソースは『魔地/起』のみ。注意したいのは受信しているのは『魔素』ではなくその中の『魔地/起』だけであること、そして別なエネルギーに変換するなどの機能は盛っていない点か。
というわけで最後に『拡散』の性質。ちょっと漠然としているけど、機能によって塔に集められた『魔地/起』を周囲に拡散しているって感じだ。つまり塔を中心としてほぼ半球状に、『魔地/起』が常に一定量偏在するように調整している。
(……よくもまあ、そこまで見抜いたもんだな)
聞いて驚いて欲しい。
(何をだよ。いやまあ、お前の換喩能力は確かに馬鹿げた、)
全部書いてあった。
(は?)
説明書があった。
(は?)
だから、塔の中に説明書があった。
『モニュメントタワーの正しい使い方』って題名で。
神族が使ってる言語じゃなかったから、多分暗号だとは思うけど。
(…………。あー……いや、えっと?)
僕も想定外だよ。
ちゃんとこの目でどうにか解析しなきゃなあ、とか思ってたら、受動翻訳の魔法だけで大体全部解っちゃったから。あれって暗号も読めちゃうんだよね。
もちろんそういう説明書を読んだ上で自分でも改めて『見て解析』を試みたよ。その結果、概ねその説明書に書いてあることは間違ってないっていうか、限りなく正しいことしか書いてないことも解った。
あえて説明書にないことが解ったと言えば、それは塔ごとに微妙な差があって、それで『拡散』の範囲が変わるって事くらいかな。
(……なんだ、そのオチは)
それは僕も聞きたい。
(つーか……待てよ、だとしたら街の位置がおかしいのはそれが理由で良いんじゃねえか?)
どういうこと?
(つまり『拡散』の範囲がギリギリ被らないように、もしくはギリギリ被るように、最大限の領域を取ろうとしてるってことだ。前にそういうゲームあっただろ、どんどんそうやって陣地を広げるヤツ)
あー……、言われてみればたしかに。クリスタルが出てくるヤツか。
(そうそれ)
なるほど、その効率を最優先にした。川に近づけるとかの利便性よりも、リソースの拡散に無駄を無くすことを優先した……、多少効率を落としてでも生活の利便性を優先するとかを僕だったら考えるけど、
(それはお前が無限に資材を持ってるからだろ。神族はそうじゃない。かなり節約してやらなきゃいけない事情がある……つーか俺でも前提としてお前がいないならばそうすると思うぜ)
ふうむ。
僕からはその当たりの観点が抜けちゃってるからなあ。
(わかってんなら改善しろ)
改善できないから欠点なのだ。
ま、そういう理由があるならば色々と見えてくるものもあるかな。
神族は塔を建てることでその周りに自身に有利なフィールドを展開できる。
その結果として塔の周りには街を作る事が容易である。
但し塔を建てるためには有限のリソースを消費しなければならない。
けどまだ解ってない、重要なことがある。
(それは?)
『魔地/起』を拡散する。じゃあ、その拡散された『魔地/起』は何に使われているのだろうか。
(…………。単純に推理するなら、神通力のリソース、か?)
うん。ただ、ここまで来ても尚、その神通力とやらは未だに遭遇できていないのだ。
それがなんか奇妙というか、よく分からないというか。
(ふうん……だとしたらよっぽど使い手が少ないのか、あるいはお前にも認識できないような仕掛けがあるのか。もしくは――)
そもそも神通力という技術はもっと狭い範囲で使うのが基本である、とか。
でもそうなると拡散することに意味が無いような気がする。
(だな……いや、そうでもないか。光輪に必要とかならばどうだ?)
最初にそれは考えたけど……、でもさ、だとしたら捕虜は長期間に渡って魔族の勢力圏にいても、特に光輪が維持できないとか、そういう事はなさそうだったよ。
(一定期間は内部バッテリー的になんとか出来る、とか。……あるいは、現地調達が出来る? というのは?)
要するに魔素の変換機能があるってこと?
どうだろう。……全くないとも言い切れないかも。
けれどそれで解決できるのは光輪の維持に関する事であって、拡散の理由までは解決できなくない?
(ああ。確かに。けれど……だとしたらそれほど深い意味がねえのかもしれねえぞ)
浅い意味って事?
(そう。それこそ領域指定の大魔法のようなもので、拡散している範囲を明示的に神族の領域と見做している、とか)
そんな事に意味が……、いや、あるか。
兵士の瞬間移動。距離か位置に制約が掛かっている可能性が高くて――恐らくはその制約が『魔地/起』を拡散している領域と同等、だから瞬間移動の最前線が決まる、みたいな。
(ああ。だとすると……、例えば、あの壁の真横に塔が作られた場合、魔素はどうなる?)
……あれは物質的なものじゃなくて状態だからね。もしも塔が作られたら、壁の向こう側、洋輔からすれば壁のこっち側、つまり魔族の勢力圏側に対しても拡散は出来ちゃうと思う。
壁には完全耐性がついているけど、それは決して絶縁体という意味でも無いし……ね。
(つまり塔の建設が始まったら即座に妨害しなきゃまずいと)
そうなるね。
ま、錬金術とは違ってちゃんと建設には手順があるようだ。手を打てば間に合うだろう。
間に合わなくても最悪はさほど問題ない。
(ん? いや、間に合わなかったら入られるぞ)
入られたところで出られないよ。
(…………、言われてみりゃそうか。死ねば回収される、可能性はあるが……)
領域から外れた所ならば回収は出来ない可能性が高い。
例の捕虜たちが回収されなかったようにね。
(だな)
で、危惧するべきはそうやって中に入られた後、さらに塔を建てられる、なんて可能性だけど……まあこれもあんまり気にしないでいいと思う。
神族は兵の移動は出来ても、資材の移動ができないみたいだし。
(そうか? 実は俺たちが気付いてないだけで資材の移動ができるのかもしれないぜ)
洋輔自身があり得ないと思ってることを僕に検算させるのはどうかと思う。
まあ一応考えてみると、やっぱりあり得ないよな。
資材の移動も含めてあの光輪による瞬間移動ができるとしたら、最前線の駐屯地はもっと立派な、というか城を作っていただろう。魔族側から打って出てこないとはかぎらなかったわけだし。それに城を作れればその直前にでも塔を建ててさらに領域を広げることが出来た。
(ま、そうだな)
ただ……もしも資材の移動も自在に出来るのだとしたら、『川に拘らない』の理由はそこにあるのかもしれない。流通網というものを気にせずに、ダイレクトに瞬間移動で送れるってことになるし。
もちろんこれはあり得ない。
いや、もしかしたら可能なのかもしれないけれど、現時点では使われていない。
(根拠は?)
最初の方の街で『需要と供給』が崩れていた。そしてその解消をするためには相応の時間が掛かるだろうと店は見込んでいた。
それにここまでの移動において船便は何度も言うけど少なかった、とはいえ馬車を使ったキャラバンだとか、そういうのとは結構すれ違っている。そしてそのたびにパンを貰っている。
(お人好しが多すぎるだろ神族)
魔族も大概なんだけどね、実際の所は。
(あー……)
ま、資材……物質的な瞬間移動もあるいは可能なのかもしれないけど、それを実行するだけの余裕はないと見ていいと思うよ。
だとするとなんで兵の投影だけはできるのかって話だけど、そっちに関してはコストが踏み倒せるだけのなにかがあるか、もしくは……。
(…………)
洋輔も概ねに多様な想定を立てているようだ、なんて思いつつ、僕は少し遠くの空を眺める――神都、イェルスがあるはずの方角を眺めて、考える。
ここまでそれなりに情報を収集したつもりだけど、それでも神王についての情報は驚くほどに手に入らなかった。
紋切り型のプロフィールですら不自由だ。ぶっちゃけどんな外見なのか、その一点ですらはっきりとは解っていない。
国王ならず神王だけど、君臨すれども統治せず。
そういうことだろうか?
(あるいはそこまで手が回ってねえのか……どのみち、隙はそこかもな)
うん。
…………。
そして、それは映し鏡でもある……か。
(……一応、その件については調べようとしたんだけどな。直接動けねえのがなんとも。性質上リオやハルクラウンは当然として、アンサルシアもイルールムも、パトリシアもノルマンも……どころか集めた『円卓』も、どこまで役に立つかわからねえ)
洋輔は少し残念そうに言う。
但し、それ以上に『頼もしい』と思っている、のか。
まあ、僕が帰ったら手を考えよう。
(おう。しかしそう改めて断定したって事は、アレか。そろそろ飽きたのか)
まあね。どの街も殆ど同じで、特にこれといった特色も無い。
都市って規模になればその辺はある程度解消されるけど、その程度。
なによりこれだけ歩いてこれだけ神族を見て回って、その誰もが『空を飛ぶ』とか、そういうことを出来ていない。
つまり、神族には魔族の『得意理論』にあたるものが存在しないと僕は断定する。
あるいはそれが神通力なんだろうけれど、その神通力はどうも応用が利かないのかどうなのか、少なくとも手軽に使える類いのもんでもなさそうだしね。
だから。
(解った。ならば俺もお前を脱出させる準備はしておこう)
うん、よろしく。
たぶんこのまま歩けば、あと八十日足らずで到着するだろう。
でもね、やっぱり八十日というのは長いよ。うん。
だから強攻策を選ぶ。
(どっちを先にするつもりだ?)
リスクとリターンからして、先に例の施設だね。
(妥当だな)
懐から地図を取り出す。
現在地を確認……一番近い施設の位置は、っと。ここか。
歩いて二日って所だ、空を使えば数時間だろう。
幸い今日は、降り出しそうな雲がある。
うってつけだ。
例の神族の死体を処理していると思わしき施設を、襲撃するには。




