34 - 縮図を手にして試行錯誤
描き写した地図と、眼鏡の『機能拡張:表示固定』に当然のように保存していた世界地図の映像、さらに僕がここまでの道程で作っていた地図をマテリアルとして……あ、さすがにここまで行ければアレも認識できるのか、というわけでアレもマテリアルとして追加し世界地図を生成、ふぁん。
はい完成、世界地図更新版。
魔族の勢力圏はほぼ全域がかなり詳細に記されている上、そこからルーフ飯店があったあの街までの地形を更新したり、あの街からこのユーノという都市までは歩いてきたのでその地形更新や村や町の情報を追加、そしてユーノから神族の親玉と思われる神王が居る都、イェルスまでの地図をきちんと追加、それ以外の部分は世界地図として売られていたものを基に作っている。
けどまあ、殆どこれ以上無い地図になったはずだ。
(…………。いや、なんだこの妙に精密な地図。何をした?)
マテリアルとして『この惑星の形状』が認識できたから追加で入れておいたのだ。
(おい、全国津々浦々の地図職人が泣くぞ)
いやあ、世界地図とかである程度精密な認識が出来てないとそもそも『惑星の形状』なんて認識できないので、むしろ全国津々浦々の地図職人のおかげでこの精密版が作れたのだ。むしろ誇りに思って欲しいと思う。
(…………)
洋輔が沈黙したところで、その地図から神王の居城としてのイェルスとやらまでの距離を算出してみる。流石に神族の勢力圏で休まず移動とかは怪しまれる可能性があったし、こっちでの徒歩の移動速度は本当にゆっくりとした、普通の速度なんだよね。時速四キロすらない程度だ。
で、距離と速度から時間を計算してやると……えっと単位は秒だったかな、六十で割って分、さらに六十で割って時間、を二十四で割れば日だから……。
よし。
百五十日くらいだな。
(気長だな……)
いや本当に気長だねこれ……。
まあ距離的にはしかたないというか、本当にユーラシア大陸を横断するようなものなので、そのくらいで歩けるもんなのかなあと疑問ではある。
(山に砂漠に森に……障害物はいくらでもあるからな。頑張れ)
他人事だと思ってない?
(思ってねえよ。お前が怪我するとこっちも痛えんだから)
そういえば痛覚を常時共有しているのだった。
すっかり忘れてたな……ぶっちゃけ僕は僕で常時賢者の石による治癒が働いているし、洋輔は洋輔で常時リザレクション――
(リジェネイションという技術だ)
――ああうん。
ともあれそんなことをやってるから、今のところ痛覚を共有している意味は無かったりする。
…………。
あれ?
痛覚を共有してるって事は、もしかして遠く離れていても即座に体罰出来る?
(やりゃできるけど何が悲しくて自分を殴らなきゃならんのだ)
それもそうだ。
ともあれ徒歩なら百五十日くらいかかると思うけど、イェルスには着く。
休まずに歩いて良いなら五十日くらい、走って良いなら二十日くらい。空を使って良ければもっともっと短縮できるかな? 飛行機とかなら一日でいけるだろうけど、無い物ねだりをしても仕方が無い。
(ま、そうだな。……そっちが頑張ってるわけだし、こっちも頑張らねえと)
だとしてもゆっくりと休むときは休んでよ、洋輔。
(わかってるよ)
本当かなあ……。
ちょっと不安に思いながらも地図をきちんと確かめて、神都、イェルスまでの最短ルートを結んでみる。
普通は山や森を迂回するだろうからもっと掛かるんだろうな。もちろん僕はいちいち迂回するのはめんどくさいので強引に突破する気満々だ。
とはいえ普通に歩くだけというのも芸が無いような気がする。いや、芸があってもそれはそれでおかしいか……。
あ、この川は船でちょっと楽できるかな? ……いや川の流れの向き、多分逆だな。じゃあ論外。
(馬車の定期便とかねえのか)
あるみたいだね。ただそれなりに高い、ってのもあるけどそれ以上の問題が出来た。
(問題……?)
地図屋さんが言ってたけどさ、『神族は街から出たがらない』らしい。
それもかなり頑固なレベルで。
考えてみれば宿屋の規模が一軒一軒でみればさほど大きくはなかったこともそうだし、宿で偽りとは言え事情を説明するとあっさりと部屋を貸してくれたりしたのは、『勇気を出して街から出ている勇敢もしくは可哀想な子』に対しての同情なのかもしれない。
で、そんなレベルで神族が街から出たがらない、出るのはかなり勇敢、もしくはかなり可哀想な子だと考えるならば、定期便とはいえ馬車を子供だけで乗るというのは目立つ。というか本来『ありえない』事である可能性が高い。
大人と一緒に同伴して……ならばまだしもね。
(……ま、子供一人で長旅はねえか)
うん。
それに。
(それに?)
馬車より歩いた方が早い。
(…………。まあ、真実だな)
馬車は楽だけど、決して早いわけじゃないのだ。
そして楽ではあっても結構揺れるし乗り心地が良いわけでもない。
さらに歩きと違って馬車はかなりの頻度で休憩が入る。
ただでさえ歩くよりも遅いってのに、休憩でも更に時間がとられるって考えるともうどうしようもないよ。
結局、歩いたり走ったりした方が早いのだ。体力に問題が無いならば。
(ふつうはその最後の一文だけで諦めるんだけどな)
僕も洋輔も普通じゃない、それだけのことだろう。
さて、地図はとりあえずたたんでしまっておいて、と。
洋輔、そっちは地球儀要る?
地図も出来たしかなり精密に作れると思うよ。
(ああ、できれば)
高さはある程度表現するやつがいいかな。
(できるか?)
うん。
マテリアルを改めて認識、ついでにこの惑星そのものも代入術でパラメータとして獲得、これでふぁん。完成品は換喩術による僕の手元=術者の手元=洋輔の手元という強引な移動で済ませるいつものやつだ。
(よっし、まあ理不尽は理不尽だが味方だからいいだろ)
そういう割り切りは大好きだ。
けど、それで反攻作戦の立案はできるのかな。
(これまでは詳細な地図はもちろんだが漠然とした地形図すらなかったからな。『制圧前進』以外に作戦なんて作れなかったんだよ)
それは作戦ではない。
(だがこれで地形もかなり精密に読み取れる。兵を動かしやすいところ、動かしにくいところ。色々とやりようが出てきて良いぜ)
それは良いけど、反攻作戦って随分先の予定でしょ?
少なくとも今は防衛に力を入れなきゃ行けない。
それにベルガの設備を青銅加工から鉄加工に切り替えて、更にイリアスからの流通が定着するまではやはり十年くらいはかかるだろう。
更に今は『軍』と言えるような形式を持っているとは言いがたい。
北方前線の城もだいぶ壊滅状態だし……生き残りは結局あの二人とその周りの数人だけだったんでしょ?
(ああ。裏切りの可能性……まだ、残ってるもんな。真偽判定いれてなんとかするつもりだが、俺のは問いかけ型だからなあ)
けれど僕よりも精度は高いし深度も深い。洋輔が真剣に疑って掛かれば隠しきれるやつなんてまず居ないだろう、そういう意味では安心できる。
もしも僕たちの勘違いであるならば、何らかの褒美をあげればいい。
超等品互換ならばいくらでもあるし。
(…………。なんか今、伝説の武器程度ならば簡単に作れる、みたいなニュアンスだったような)
実際作れるもんは作れるからね……なんとも言えないけど。
あと伝説の防具も作れるよ。
(それは悪化してるよな……ま、いいや。裏切ってるかどうか。裏切ってるなら処刑すれば良い、裏切ってないなら武器防具で機嫌を取る。その後はどうする?)
その辺は洋輔に任せたいところだけど、そうだね。
裏切ってない前提ならば、あの城からきちんと逃げ出すことが出来た貴重な人材ってことになる。神族の手口もそれなりに見てるかもしれない。逃げるのに必死でそれどころじゃない可能性もあるけど。
で、神族の兵、軍がどう戦うのかを見たことがあるならば、もういっそ軍の上の方に置いちゃっていいと思うよ。一番上は無理でも助言役くらいはやらせるべきだ。
(怪我をしてた場合は?)
治せば良い。死んでないなら治せる。僕でも、そして洋輔でも。
(身体的な怪我ならな。精神的なものはどうする)
いざとなったらその辺をどうにかする薬を準備するよ。作り方は知ってる。
もちろん精神的な傷は治すんじゃなくて、それ以上にハッピーにさせる方向だけど……。
(その手の薬を使ってるやつを軍に置くのは正直勘弁願いたいぜ。モラルハザードが起きかねねえ)
それもそうだね。ま、心的外傷というか、その手の者ならカウンセリングをする形かな。……それは、洋輔にも最低限はできるでしょ?
(技術的な意味なら真偽判定の応用だが……。時間がねえんだが?)
書類決裁くらいは手伝わせておけば?
ついでに洋輔の負担もちょっと減るよ。
(あー。なるほど。じゃあそうしよう)
まあ負担が減った分だけカウンセリングで増えるんだけどね。
(…………)
と、しょうも無いやりとりを頭の中でしていると、都市の中央、塔の前に到着した。
案の定と言えば案の定、これまでに無い規模での警備がされている。
時間を告げる。
それ以外にも何か役割がある、そう決めつけておこう。
(……お前ならその塔をマテリアルにしちゃって、適当に二重にできるんじゃねえの。それの片方をこっちに出してくれれば、こっちで調査は出来るぜ?)
それは真っ先に考えたんだけど、もしもこれが神族にとってのビーコンとかレーダーとか、そういうものだとしたら大分困るかなってさ。
(ああ……そりゃそうか。で、もしもそういうもんじゃないならば別に急いで解析する前でもないと)
うん。
まあ……現状で無理矢理あれの性質を見抜こうとしても何も解らない以上、実際にはその手のもんではないと思うんだけど。
(いや、お前に見抜けるとしたらそれが錬金術に由来するものって事にならねえか?)
普通に見てわかるならばそうだね。
でも無理矢理で良いなら換喩でそれをずらせばいい。
(……お前の換喩は大概おかしいな)
洋輔の分解ほどじゃないよ。
ていうか、ここに居るのが僕じゃなくて洋輔なら、もう判明してるんじゃないの、大筋での効果くらいは。
(俺がそこにいたとしても最小要件まで分解できるだけだ、理解できるってわけじゃねえしな。それにそもそも俺がそこに行くのが困難だっての)
そうかなあ。要するに壁さえ越えちゃえば……、あれ?
洋輔、そういえば反攻作戦ってどこから攻撃するの?
(んー。軍事的なことは専門家に考えて貰いてえからそうするつもりだけど、別に壁なんてお前ならどうとでもなるだろ、開け閉めも)
いやまあそうだけど、船使った方が良くない? 海からの攻撃。
(神族と違ってこっちの兵力は有限なんだよ。船を動かすのに兵力を割くのはもったいないだろ)
洋輔。考え方を変えなきゃ行けないよ、そこは。
(ん……、えっと。なんだ? ……ゴーレムを使う、とかか?)
それもアリだね。でももっとスムーズな方法がある。
(何……?)
さて、謎かけをしたところで、僕は都市を後にして街道を行く。
街道は大きな環状道のようになっていて――
(まて、先に答えをよこせ)
――何のための謎かけだと思っているのだろう。
まあいいや。
神族のその人数によるごり押しは、魔族側では実現できない。
単純な動作ならば洋輔の言う通りゴーレマンシーでもなんとかなるかもしれないけれど、かなり単純化するにしたって船を動かすには百単位でのゴーレムが要求される可能性もある――抜け道として『船の形のゴーレム』を作ってやればいいとかそういうのはあるけど、無限の魔力として使えるようなリソースがない以上、割とキツイってわけだ。
(おう。それは俺も考えた)
じゃあ逆はどうだろう。
魔族には出来るけど神族には出来ないこと。
(……えっと……、超等品か?)
それもあってる。
けれどもっと単純な方法で良い。
(……得意理論か?)
そう。
(いやでも、船を動かすなんて得意理論は聞いた事が……)
洋輔。ベルガには大きな川が通っていてね、海路での輸送はかなり一般的に行われていたよ。そして船の規模はそれなりに大きかった。
乗員は少なかったけどね。
(…………、…………、えっと?)
帆船が多かったかな。
(帆船……、川……、得意理論……あー……、ああ! 解った解った。なるほど、粘塊と風塊を使えってことか)
その通り。
粘塊が持つ得意理論は『液体操作』で、風塊が持つそれは『気体操作』。
多少の訓練さえこなせば『水流』と『風』をある程度操作できるようになると思う。その当たりはノルマンに確認をしてみて。岩塊だって『塊』種で、『固体操作』の使い手なんだ。その辺が理論上出来るかどうかは解るだろう。
そして理論上出来るならば洋輔が得意理論をきちんと整理してやれば、もうそれだけでいいと思うよ。
(だな。……だが、それだけじゃまだ足りねえな)
うん?
船の調達とか?
そのあたりなら、
(それはお前にやらせる)
だよね。耐性も付けないといけないし。
(『凶』種にも手伝わせるってことだ。重力、引力、斥力、それに摩擦力。重力と摩擦力は積み荷や乗員の量を水増しできる、引力と斥力は船団を組むのに便利だろ)
ああ、そういうことか。
そういう便利な方向でもどんどん人員を補充できるようになれば海軍は強くなると思うよ。それに強襲揚陸からの展開ができれば尚良しだ。
(まあ問題はこの世界、基本陸地が広くて海戦はいまいちってことだな)
それでも海岸線上ならば支援砲撃できるだろうし。
(ん……って、大砲はどうするんだ)
神族が既に実践導入してたから、それをコピっていくつかそっちに戻しておく。ベルガあたりに投げて解析と複製させれば良い。
(簡単に言ってやるなよ……)
そのくらいなら出来るよ、ベルガにも。あそこは本当に技術都市だしね。
それとは別に、砦を守らせているように超等品を使った支援攻撃とかもありかな。
(あー……そうだな。それは、やりたいな)
兵力差がどうしようもないレベルであるんだ。だから質で凌駕する。それで多少切り取っていく――そういう方向で反攻作戦は考えておくようにしてよ。それが使えるかどうかは、僕が神都について神王を確認しないとわかんないけど……さ。




